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25|『太陽の衣を手に入れ隊 ①』

 北ビアンポルト地方、とある港町。

 早朝の水上飛行場――。


 水上飛行場は、街の海岸に広がる大きな施設で、

 空港のように整然とした建物が並び、

 その中には受付や搭乗ゲートが並んでいる。


 建物の奥には広い待合場所があり、

 そこからは直接海に続く道が見える。


 海面には、何隻もの飛行艇が静かに停泊し、

 そのすぐ先には、空へと続く搭乗桟橋が延びている。


 桟橋は、飛行艇の機体に合わせて水面をスムーズに滑るように設計され、

 飛行艇はそのまま滑走して海上を駆け抜け、空へと飛び立つのだ。


 ◇


 朝霧が海面に淡く広がり、

 波間にたゆたう飛行艇のシルエットを朧げに映し出している。

 

 この世界では、空のインフラは魔法起動式の飛行艇が主流だ。

 

 港に並ぶのは、巨大な白銀の翼を持つ飛行艇たち。

 竜の背のように湾曲した機体に、魔法の蒼光が淡く点滅している。

 機体の側面には、それぞれ異なる紋章が刻まれ、

 コミュニオンや都市国家(キウィタス)ごとの所属を示していた。


 飛行艇の機体下部には、

 魔力を循環させる人工の魔力血管が取り付けられている。

 

 起動していないときは濁った白色だが、

 稼働すると鮮やかな白銀色の魔力が脈打つように流れる。

 

 遠くからは、飛行艇の巨大なプロペラがゆっくりと回転する音が微かに響き、

 魔法石のエネルギーが飛行艇の下部にある魔導機関を稼働させ、

 滑らかな水面を撫でるように、光の波紋を描いていた。

 

 水上飛行場の桟橋には、多くの人々が行き交っている。


 商人たちが木箱を積み、旅人たちがカートを引きながら搭乗ゲートへと急ぐ。

 貴族と思しき者が使用人を従え、優雅な身のこなしで専用の搭乗桟橋を渡っていく。

  片隅では、子供を連れた家族が手を取り合い、飛行艇の出発を待っていた。

 

 制服姿の整備士たちは、機体の点検に忙しく、

 浮遊する魔法陣を操りながら、部品に異常がないかを確認している。

 時折、魔法起動円盤(ディアノイア)を取り出し、

 そこに刻まれた魔法譜を慎重に読み解きながら、

 術式が正しく作動しているかを確認していた。

 

 ターミナル内には、出発を告げるアナウンスが響く。


「――テイルソニア行き、第一便。搭乗手続きを開始いたします」


 搭乗ゲートの前では、旅人たちが列を成し、

 係員が搭乗券を、一人一人確認していく。

 

 広大な水上飛行場の向こうには、遥か彼方に朝陽が昇り始めていた。

 夜の名残を帯びた空に、徐々に橙色の光が滲んでいく。

 その光の中、飛行艇の翼が金色に輝き、


 今まさに新たな旅立ちを迎えようとしていた。



   25.『太陽の衣を手に入れ隊 ①』



 キロシュタインたちが搭乗する飛行艇の側面には、

 リンゴと魔法陣を組み合わせた紋章が刻まれていた。


 ハンプティ・ダンプティのような風貌の男が、

 カカカ! と独特の笑い声を響かせる。


「カカカ! いいのいいの。ゼロシキ商会さんには色々とお世話になってるから」

「それに、わたくしもね、テイルソニアに行く用事があったのね。だから、丁度いいのね」

 

 男の名前は、サラミジャン・ダム。

 アルク・スタークス社というコミュニオンのCEO(主席魔導師)だ。


 通称、サラミと略して呼ばれることが多い。


 彼が経営するスタークス社は、

 魔法起動式のスマートフォン「アルスタ」を開発し、

 通信インフラ業界では、技術的覇権を握っている。

 

 コミュニオンのロゴは、リンゴと魔法陣。

 どうやら、旧世界の某大企業をルーツに持つらしい。


 通信網100%カバーが夢だと、サラミはメディアでよく語っている。


「これ、本当にいただいていいんですか?」


 ツキナは、サラミからプレゼントされた新型のアルスタを手に、

 まるで神か仏でも抱えるような仕草で固まっていた。


「カカカ! いいのいいの。それ、試験中でもあるのね」

「だから、じゃんじゃん使ってくれると助かるのね」


 そう言って、サラミは丸いお腹を叩きながら笑う。


「ねえ、触っていい?」


「カカカ!! どうぞどうぞ」


 サラミに許可をもらったノアは、

 楽しそうに彼の腹をぼよんぼよんと触っている。


「おぉ~……弾力がすごいねぇ……」

「感触としては……うん、マシュマロ」


 その様子を、キロシュタインとポリプは呆れたように見ていた。


「やれやれ。まったく」


「ヤレヤレ、マッタクダゼ」


 ポリプはキロシュタインの真似をして肩をすくめる。


 そんな感じで――。


 アサンの謎の人脈もあり、

 キロシュタインたちはタダで、

 テイルソニアへ行けることになったのだった。




   ◇ 

  ◆ ◆

 ◇   ◇




 魔法起動式の飛行艇は、巡航速度:1100km/h。

 キロシュタインたちが出立した街からテイルソニアまでの距離は、約9500km。


 つまり、到着までは八時間半ほど。


「うわー、すっっっごいよ!! おっきい街だー! あ、あっちの街もすごーい!!」


 円形の窓から遥か下の景色を眺めながら、

 子供のようにはしゃぐノア。


 飛行艇が離陸してから十分が経過していた――。


 キロシュタインたち三人に用意されていたのは、

 豪華な家具で揃えられた個室だった。


 床には、真っ赤な絨毯。

 キングサイズのベッドが二台。

 キッチンもあり、浴室もあり、

 ふかふかのソファーまで完備。


 そして、壁には、

 サラミの肖像画がでかでかと飾られていた。


 ソファーでは、キロシュタインとツキナが話している。


「そういえば。アンタのこと、あまり知らないかも。てか、何歳なのよ」


 キロシュタインが尋ねると、

 ツキナは指を折りながら、何かをゆっくりと数え始めた。


 数秒後――。


「……数えたところ、私は十七歳でした」


「あ、ああそう。ラテルベルと同い年、ってことは年上なんだ」


 キロシュタインは、

 ツキナの独特な空気に押されがちになる。

 

 ツキナは髪をかき上げながら、静かに言葉を紡いだ。  


「私に、ついて。ですよね」

「さて……私は何者なのでしょうか」

「ドロシー……ホムンクルス……亡霊……」


 段々と、顔と声のトーンが暗くなっていくツキナに、


「イヤッ! イマカラカイダンバナシデモハジマルンカ!!」


 愉快なクラゲ――ポリプがツッコんでいた。

 ツキナはきょとんと首を傾げ、再び話し出す。


「私は、檻庭という場所で幼少期を過ごしました」

「牢屋のような場所です。……あるのは、トイレとベッドだけ……」

「鉄格子の窓からは、となりの『劇場の箱庭』が見えました」

「そこから見る舞台の演劇は、私にとって、唯一の娯楽でした……」


 ツキナが遠い過去を思い返すように、下を向く。


「……ある日。私の牢屋の前に、鬼の面を被った男が現れました……」


 そう言いながら、ツキナは、

 首から下げている鬼の面をそっと指で撫でた。


 ツキナの静かな声が、飛行艇の個室に響く。  


「彼は、当時の私が知らなかった外の世界について、丁寧に教えてくれました……」

「……私が使う魔法も……そして、この『月涙』という名前も、」

「……彼が与えてくれたものです。……私は、今のツキナになるまで……」

「数多いるドロシーの一人でしかありませんでしたので……」


 ツキナの口元に、微かな微笑みが浮かぶ。


「私だけの名前をもらった時、とても嬉しかったのを覚えています」


 キロシュタインは、時折小さく頷きながら、

 ツキナの話に耳を傾ける。


「私は、彼のことを師匠と呼んでいました……」

「……名は、最後まで名乗りませんでした」


 話し終えたツキナは、ふぅっと小さく息を吐く。


 彼女の指先が、再び鬼の面を撫でた。

 その仕草は、どこか優しく、どこか寂しげだった。


 ◇


 それからまた、数分が経った頃。

 キロシュタインがおもむろにソファーから立ち上がる。

 

 そして――。


 手に持ったアルスタを、高々と掲げた。


 ノア、ツキナ、ポリプの視線が集まる。


「……なーになに?」


 ノアが怪訝そうに首を傾げる。


 キロシュタインのアルスタの画面には、

 検索アプリで開かれた記事が表示されていた。



『伝説のアイテム――太陽の衣がテイルソニアに!!』

『今夜、都内のホテルで競りが行われる模様!!』



「キロちゃん。どゆこと?」

 

 ノアが眉をひそめる。


 すると――。


 キロシュタインは、

 待ってましたとばかりに胸を張り、


「手に入れるのよ! 太陽の衣!!」


 その瞬間、場が凍りついた。


 ツキナも、ポリプも、

 そしてノアまでもが、困惑の表情を浮かべる。


 ここまでテンションが高いキロシュタインは、

 美しい魔法譜を発見したときくらいしか見ることができない。


「つまり、どういうことですか?」


 ツキナが、ノアとほぼ同じような疑問を口にする。


 キロシュタインは、

 アルスタの画面をスクロールしながら言った。


「来月、ラテルベルの誕生日があるでしょ?」

「あの子、魔法使うのへったくそだからさ、」

「この伝説のアイテムをプレゼントしてあげようぜって話よ」


「……なるほど?」


 ノアが、興味深そうに画面を覗き込む。


 そこには、



『この太陽の衣は、

 術者が使う火の魔法の威力を倍増させます!!』



 と、書かれていた。


「ナンヤ、アヤシイナ」


 ポリプが冷静にツッコむ。

 だが、彼の主人はとなりで大きく頷いていた。


「いいねぇ、キロちゃん」


 ノアが指を立て、得意げに宣言する。  


「このプレゼント計画、名付けて――」

「太陽の衣を手に入れ隊っ!! ……だね」


 ノアの声がしーんと室内に響く。


 キロシュタインは、

 一瞬ノアを見つめ、一言、


「……だっさ」


 そう呟いた。

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