17:東国の食事―Gourmet girl―
「で、よく寝れたか?」
「眠れるか!」
太陽が昇り、意識がやっとハッキリし始めた頃、レイジスが昨日温泉で出会った『忍』と呼ばれる組織に所属する男、チョウゾウと合流したレイジスは疲れが見えていた。温泉の効能が効かなかったわけではない。その後、寝床に就こうとしたらイルニス、ライオット、フィリアが色々とし始めたので眠る事ができなかった。同年代の男女の比率が女子寄りになると男子が可哀想になるのは当然で、振り回され続けたレイジスは思わず欠伸を出してしまう。
一方、レイジスが昨日に出会ったと紹介されたチョウゾウに対し、三人娘は警戒心を抱いていた。いや、フィリアに関しては二人の真似をしているだけであるが、ライオットとイルニスはまるで恋人の目の前に別の女が現れたかのように嫉妬心を募らせる。
「おい、なんか睨まれておらんか?」
「知らん。お前から溢れるスケベでも感じているんだろう」
「酷いなぁ、おい」
チョウゾウは後ろから感じる嫉妬の視線の中、レイジス達を連れて店へ案内する。周りを見渡し、そわそわする後ろ三人に比べてレイジスは冷静であった。
家屋のほとんどは木造だ。これは石造りが基本的なセンチェスとの大きな差がある。可燃性がある反面、住み心地と風通しはこちらの方が良い。
住人のほとんどはエルフ、鬼、獣人の特徴が見える。純粋な人種はいない事を前提に考えると、この三種がこのジーパに生息する人種だろう。そうとなればジーパの戦力はバランスのいい戦力配分である。エルフは魔に長けるという。鬼は力に長けるという。獣人は感覚に長けるという。この三要素は厄介だ。
その点を確認したレイジスは、ふとサクヤとチョウゾウの人種に興味が湧いた。サクヤは残念ながらここに今いないため聞くことはできないが、チョウゾウになら聞くことができるだろう。
「チョウゾウ。少し質問いいか?」
「ん? なんだぁ、改まって」
「いや、ふと思ったことなんだが、お前は何種なんだ?」
その質問に、チョウゾウが一瞬顔をこわばらせたのをレイジスは見逃した。チョウゾウにとって、それは踏み入れてほしくない領域でもあった。
「あぁ……親父と御袋はエルフだったが、少し人間の血が混じっているようだ」
だから、咄嗟に嘘を吐いた。レイジスは気にもしないようで、そうか、と呟いた。
またしばらく歩く。活気溢れる店の集まりを越えていく。彼らにとってはレイジス達は奇怪な旅人なのであるが、自然と人は寄ってこなかった。レイジスやイルニス達にとってはありがたい話だ。嘘の身分を語る立場であるから、ボロを出さずに済む。
「着いたぞ」
チョウゾウがそう終わりを告げる。そこにあるのは大きな水車を持つ小さな店であった。人の並びは少ない。だがそこから溢れる匂いは、嗅いだこともないレイジス達にとっても食物の匂いと判断できるものであった。
「いらっしゃい」
「おばちゃん。悪いが寿司と味噌汁を彼らにご馳走してやってくれ。あぁ、俺も頼む」
ちゃっかりと自分も作ってくれるように頼むチョウゾウを横目に、レイジスはライオットに袖を摘ままれていた。ライオットがレイジスだけに用がある時にたまにする合図だ。
レイジスはどうした、と聞こうとしてライオットを見た。するとレイジスはどうにもテンションが上がり、鼻息を荒く、いつも澄まされている目の中に大きな星を浮かべている様子を見てしまい呆気にとられてしまった。グルメなのは知っているし、長い付き合いだからこういうところが好きなのも知ってはいたが、こうもいつものクールさを失っているライオットを見る事は衝撃であった。
「ど、どうした……?」
「スシです、スシ! 名前だけ聞いたことがあります!! 噂で聞いた事があるんです!!」
「お、おい」
「あぁ……ミソシルも聞いた事があります! とある地方で飲まれる食卓の味……」
「…………」
「昨夜、いただいたテンプラでも興奮が抑えるのがやっとでしたのに、ここにきて一度食べたかった物を二つも食べられるなんて!!」
どうやらグルメ魂に火をつけてしまったらしく、ライオットは握り拳を作って瞳の中の星々を燃やす。なんというか、何かに夢中になると燃えてしまって周りが見えなくなる人がいると聞くが、それが身内だった時の衝撃たるや……。というかこの状態を押さえる術を持たないレイジスは打つ手なしで、思わずイルニスらを見るが、
「グルメのライオット……。前々から料理を創作してたのって、自分の中の食の探求を慰めるためだったのね……。あぁ、友人として申し訳ないというか何というか……」
「うわぁ……」
冷静に呆れるイルニスに、あまりの変貌に言葉を失くしているフィリアを見て役に立たないと悟る。
このままではセンチェスの単語を出しかねん、そう考えたレイジスはついに実力行使に出る。
「落ーちー着ーけっ!」
「いたっ!?」
今にも口を滑らせてしまいそうなライオットの頭に手加減を加えたチョップをする。手加減を加えたとしても、いつも剣を振るうレイジスの鍛え上げられたチョップはゲンコツの如くライオットに衝撃を与える。
痛みに蹲るライオットに、レイジスは後味悪そうに黙る。
「お、ケンカか?」
「黙れ」
茶化しに来たチョウゾウに素早く突っ込むレイジスは大きく溜め息を吐いた。昔、まだセンチェスがあった頃、イルニスがその体質の事もあって暴走した時もこうやって事を治めた。後味は悪いがこうやるのが主としては最も簡単に事が終わるからだ。
ふと、ライオットと最初に出会った頃を思い出す。あの頃から二人とも大きくなった。あまりなかった胸も少しは大きくなったし、彼女の純白な脚はイルニスに劣らず魅力的だ。そういう目で見る自分は、ライオットを本当に従者と思っているのか、と疑問に思う。まぁ、実の妹のイルニスがあんなのなのだから女性への感覚がマヒしているのかもしれないが、同時にライオットという女を幼馴染やその他の区切りを消して、女性として見始めているのかもしれない。
そう思うと、レイジスはライオットに悪いことをしたなと思い、蹲るライオットに手を伸ばした。
「……悪かった。すまん」
「……女に暴力を振るうのはいけませんよ」
「以後、気を付ける」
そう言うと、ライオットは目に溜まりつつあった涙を振り払いレイジスが差し出す手を受け止めて立ち上がる。そんな様子を、チョウゾウは何とも複雑な表情を向けていた。そんなチョウゾウの様子を横で見ていたイルニスは、警戒心を持ちながらもチョウゾウがしたように茶化しに行く。
「どうしました? まっさかー、妬いてる?」
「ちげぇよ、嬢ちゃん。なんつーか……あいつモテるだろ?」
「そりゃ、私のお兄様ですし」
「嫉妬だな、こりゃ。イイ女には何度も出会ったが、まぁ報われんでさ。いいね、青春ってのは」
チョウゾウは何か悲しそうにそう言った。イルニスは短く、そう、と言うしかなかった。この男は少なくとも私達よりも長く生きている。だから、何か思う事は仕方がないのだ。
だがチョウゾウはレイジスとライオットの掛け合いが終わるとその悲しみを含んだ表情を隠し、満面の笑みを浮かべ口を開く。
「さぁ、準備はできたようだぞ。白い嬢ちゃんも、小さい嬢ちゃんも早く来な!」
「小さくないもん!」
「白いって、安直な……」
「はっはっはー! 食いな食いな」
チョウゾウがそう大声を出し笑っている間に、ライオットとフィリアは店の中へ進んで行く。イルニスもウィンクを見せて店内へ入っていく。レイジスはそんなチョウゾウに俺達も行くぞ、と言って彼女達に続いた。
チョウゾウは大きく溜め息を吐いて肩を降ろす。本当に、レイジスという男は自分の過去の投影であり、そして自分が得られなかった理想の姿かもしれない。そうとなれば……せめて、戦うのではなく、共に歩める男であることを祈るしかあるまい。
チョウゾウの組織、『忍』に課せられた任務、それは監視と不審な行動を見つけた瞬間、斬殺するという本来の暗殺者としての任務であった。今宵、彼らはカグヤの元へ招かれる。それまでせめて、あぁせめて、見届けたい。
そう、小さく願った。
【武器】
・フェルヴェス
レイジスが扱う魔剣。サイズ的には長剣であるが、レイジスが片手で扱えるほど軽い。しかし剣自体は重く、フェルヴェスの魔力とレイジスの魔力が呼応してレイジスのみに効果が働いている。
合計四つの同型の刃とそれを繋ぐ赤い魔石、柄を繋げる赤い魔石で構成されている。この魔石を軸にレイジスの意識に呼応して刃の組み合わせを変えて様々な武器の特性を発現する事ができる。またその際に、レイジスはフェルヴェス自体を強化しているため、「形態名+ドライヴ」となっている。
また通常の切れ味も高い。魔を使う事で本来の性能を発揮する武器であるが、通常戦闘も魔に頼らずに十全に扱える武器。
レイジスの母から授けられた武器であるが、レイジスはこの武器のそれ以上の出典を知らない。