第六話 得度式 四捨五帰依
「一郎さん、その文字は?」
ニヤーマの足元で、一郎は額を地面に擦り付け言葉を続ける。
「も、文字ではございません。マレビトの、我が浄土真宗の、ご本尊でございます」
ニヤーマは一郎の言葉を反芻する。
『我が』浄土真宗?
ご本尊?
かつての総本山で、ニヤーマは多くのマレビトを見てきた。
覚者ジョードの像から僧侶職の加護のみを賜りに来る者。
三捨の行を遊び半分で受けて逃げ出す者。
コウリャクハンと言ったか、儀式を終えたと思えば、修行駆け出しひと月ほどで消えていった者。
だが出家にあたり、信仰を表明して、なおかつご本尊を持ち込む者など聞いたことがなかった。
とは言えだ。
ニヤーマは馬鹿正直なマレビトに言った。
「一郎さん。ジョードの教えは、ただひたすら自らを見つめること。入信にあたり何かを縛るモノでも、罰を与えるモノでもございません。それについては、覚者ジョードから賜った加護でお分かりでしょう」
「そういう問題ではないのです」
一郎はステータスを確認する様子もなく、ニヤーマに食ってかかった。
「ジョード様ではございません。中途半端で小狡いわたしを、わたしの仏様が見ているのです!わたしの決意を、わたしの正念場を!」
ニヤーマの顔つきが変わる。
「では、どうすると言うのです?」
背中を押されるように一郎が声を出す。
「こ、このご本尊を――」
――いけない
一瞬で顔色を失ったクリスは、組んでいた腕を解いて一郎に駆け寄ろうとする。
――こいつ、棄教する気か!
だが踏み出した足は、ニヤーマの苛烈な眼光で食い止められた。
そうだ、儀式の最中である。
でも宗教仲間の一郎に、自分の紹介から棄教させたとなっては、わたしの神様が許さない。
無作法失礼!
クリスが叫ぼうとした、その瞬間。
一郎が大きく息を吸い込んだ。
「――捨てます!」
静止は間に合わなかった。
※
一郎は背中に冷たい視線を感じた。
おそらく二つ。
クリスとニヤーマだ。
仏教は棄教を禁じてはいない。
だがわざわざ宣言するものでもない。
信仰を持つものからすれば、決して気持ちの良いものではない。
だが。
――だからどうしたってんだ
お前らじゃない。
俺は今、覚者ジョードと話してるんだ。
体に、血が巡る。
聞け、ジョード!
「そして、阿弥陀如来に誓います。必ずジョードの教えを我がものにすると!」
「「は?」」
「本尊捨てて四捨、阿弥陀如来に誓願し五帰依とする!わたしの四捨五帰依の行、覚者ジョード!お受け取りください!」
一郎が喚き上げたちぐはぐな祝詞は、五色の煌びやかなエフェクトを伴い月夜に放たれた。
光が淡く空に溶けた、その時、
――ピコン
と無機質なシステム音が鳴った。
一郎の体が薄く光り、程なく収まっていく。
――まさか、あんな無茶苦茶が受理されたのかよ
クリスは棒立ちになって、ポカンとした顔で一郎を見ている。
一郎は、自分が阿弥陀如来を棄教したのか、それとも改めて帰依をしたのか、よく分からなかった。
「一郎さん、覚者ジョードから加護は賜りましたか?」
「はい、少々お待ちを」
なんだか疲れたな。
体を起こして正座で座る。
目端に、UIのメッセージが点滅しているのが見えた。
内容を確認する。
――これは
――職業『見習い沙門LV1』を獲得しました
――覚者ジョードから称号を『パリグラハ』賜りました
「ニヤーマ様、『パリグラハ』とはなんですか?」
ニヤーマはキョトンとした後、弾けるように笑った。
「『欲張りちゃん』です。明日からよろしくお願いしますね!」
クリスがゲラゲラと笑っている。
――恥ずかしい
一郎は下唇を突き出して、後ろに倒れ込んだ。




