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第二話 クリス先生



「なんかごめんな、酷いこと言っちまって」

 

 女はガリガリと頭を掻いて、近くにあったパイプ椅子を持ってきた。

 うなだれる一郎に座るように促すと、女はひとつため息をついてから切り出した。

 

「あたしはクリス。プロテスタントだ」

 

 あんたほど熱心に拝んでないけど。

 そう言うとクリスは苦笑して、地ビールをあおった。

 

 ――宗教仲間だ!

 

 一郎はショックを忘れて満面の笑顔になった。

 

 日本では宗教をやっていることを話すと、相手はファイティングポーズを取る。

 さらに言うと、自発的に宗教をやっていることを話すと、相手はアウトボクシングを徹底する。

 一郎がボクシングをしたくなくても相手はボクシングをしてくるのだ。

 ヘラヘラ世の中を渡ってきた一郎は殴り合いをしたくないので、積極的な仏教徒であることは黙ることにしていた。

 宗教は違えど信仰者と会えるのは素直に嬉しい。

 

「あそこを見てみな」

 

 クリスは、三門の向こう、道向かいの二つの建物を指差した。

 左はシンプルな箱型の建物、大手工務店のリーズナブルなモデルルームのようだが、三角屋根の先っぽに十字架が備わっている。

 右はファンタジーでよく見る厳かな教会だ。

 

「どっちがプロテスタントか、カトリックかわかる?」

 

 サッパリわからない。

 口にはしなかったが顔には出ていたようで、クリスはそのまま続けた。

 

「シンプルなのがプロテスタントで、重厚な感じなのがカトリックさ。キリスト教徒なら教会を見たらなんとなく分かるよ」

 

 一郎はもっと言うとプロテスタントとカトリックの違いもよくわからない。

 だが教えて君になるなよ、とヤクザみたいな上司に扱かれてきたので、後で自分で調べようと思った。

 一郎が神妙に頷くのを見て、クリスは授業を続けた。


 

 クリスはJODO歴5年ほどのベテラン戦士職だった。

 戦士職ではあるがクエストがらみで宗教街区に来ることはある。

 クリスが初めてプロテスタント系の教会を訪れた際に、NPC牧師に挨拶した流れで聞いてみた。

 

 ――牧師様、こちらはプロテスタントの教会ですか?

 

 牧師は言った。

 

 ――信者クリスさん。私は牧師でなく、導師の職を頂いております。またプロテスタントというのもよく存じ上げません。祈っていかれますか?

 

 まあ当然だろうな、とクリスは思った。

 意図的に要点をうやむやにしている。

 JODO内のそれっぽい宗教は、やはりあくまで既存宗教のフレームだけなのだ。

 もし中身を詰めてしまうと碌なことにならないのは目に見えていた。

 

 クリスが寺院に行っても神殿に行っても、施設管理者や神との仲介者は『導師』の呼び名で統一されていて、神の名前も具体的に表されていない。

 宗教的タブーも同様だった。

 偶像崇拝、ハラーム、五戒みたいな戒律も、全部まとめてあいまいだった。

 だから運営が地方自治体とコラボをしたら、平気で北海道フェアが催される。


 要するにハリボテなのだ。


 ※

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ!」

 

 一郎が椅子から立ち上がってクリスの話を遮ると、彼女はどうぞ、と片手で譲って夕張メロンパフェを口に運んだ。


「厳しく修行つけてくれるところは?」

「昔はあったんじゃない?ゲームオリジナルのジョード教とかさ」

「そ、それはどこにあるんだ?」

「さあ、私がゲーム始めた頃には廃れてたよ」

「なんでさ?」

「初期の初期に、一部の聖職者プレイヤーたちから要望があったんだとよ。訳の分からん神様に祈りたくないって」


 一郎から少し目線を切ったクリスは、頬をかきながら言った。


「私も本当は聖職者やりたかったんだぜ」

 

 なんでやらないの?の質問を一郎はなんとか飲み込み、慌ててクリスに頭を下げた。

 クリスの目が、教えて君を見る時の上司と同じ鋭さだったからだ。

 

 一郎なりにその理由を考えた。

 一郎の視線の先では、上品な直裰に身を包んだ禅僧が、口いっぱい頬張ったジンギスカンを地ビールで流し込んでいる。

 自分と違って現実で真面目に修行している人たちがこれを見たら、どう思うんだろう。

 プロテスタントの彼女もこの違和感に耐えられなかったのかもしれない。

 

「じゃあ、あの人に教えを求めてもさ」

「そうさ、どこにも導いてくれないよ」


 クリスのドライな正論に、情けない性根が腹の底で悪態をついている。


 ――俺みたいな根性なしが、一人で修行なんてできるわけないだろ


 何だか力が抜けて、膝から崩れた一郎は、境内の砂利に手をついて呻いた。

 めり込んだ手のひらに、砂利の一粒一粒が感じられて必要以上にリアルだった。


 ――修行だってリアルにやらせてくれよ


 鼻を啜った一郎を見たクリスは、腕を組んで何かを考え込んでいた。

 


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