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プロローグ 未来



 崖上に立って礼拝する男の首元を、朝の冷たい風が一巻きして通り抜けていく。

 陽が差しているのか、体が少しずつ温まっていく。

 男は閉じた瞼の向こうにご来光の光を感じた。

 

 ふと、光の気配が途切れ、後ろからいくつも悲鳴が上がるのが聞こえた。

 ゆっくり目を開けるとバスケットボールほどの巨大な目玉が二つ、男を捉えていた。

 金属質な漆黒の鱗が陽に当たり、てらてらと光っている。

 見上げるほどの真っ黒な巨体に、何本も真っ赤な線が走っている。

 

 古代龍だ。

 男はSランクの脅威を前に、逃げ出す様子もない。

 ぼんやりと龍の眼を見つめ返している。

 背後で、誰かが振り絞るように叫んだ。


「お逃げください!」


 と同時に、龍の口が開かれ男に向かって閉じられる。

 男は無造作に合掌印を作り口元を動かした。


 『サーマ・ア・パリグラハ』


 男が紡いだ言葉は五色の光となり、龍の体を包んだ。

 龍は崖が崩れそうなほどのたうち回ったが、少しずつ巨体の輪郭が解けてゆき、やがて花の蕾のような形に変わった。

 周りがざわめく中、男は五色に光る蕾に手を当て、片手印でなにごとかを唱えた。


 『プナラジャンマ』


 蕾がゆっくり開き出す。

 蕾が蓮の花のように開ききった時、龍は美女に変わっていた。

 男は中空からビロードのマントを取り出すと、それを女に渡し、何事もなかったかのように礼拝に戻った。

 龍は自分の姿が人間になったことに気づくと、男に駆け寄り、その足元に身を投げ出した。


「パリグラハさま!この龍王アスラヴァ、貴方に帰依いたします」


 男が首を傾げながら振り返ると、足元で黒髪艶やかな長身の美女が五体を投げ出していた。

 その奥では岩棚いっぱいに広がった修行僧たちが、男に向かって拝んでいた。

 

 パリグラハと呼ばれた男、一郎は来光に振り戻ると、座り込んで目を閉じた。


「覚者ジョード、なんでこんなことになったんですかね」


 ――パリグラハさま!

 ――聖者さま!

 ――施薬院さま!


「――ただの修行僧に戻りたい」


 一郎は肩を落として細い声で独りごちた。

 分不相応な賛辞が聞こえてくる。

 一郎の瞑想のレベルでは、未だ俗世の雑音から逃れることは出来なかった。




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