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第十五話 鶏蛇獣



 朝の六つ鐘が鳴る頃に出発した一団は、街道をひたすら北に向かっていた。

 いま太陽は中天にある。

 ゆったりとした丘陵が続き、変わり映えはなく、飽き性の一郎にはどうにもつまらない。

 ふと、街道脇にポツンと生えた広葉樹の下に、紫色のかわいらしい花が群生しているのを見つけた。

 

 ――あっ、きれいなお花だな


 一郎が脳天気に駆け寄って跪いた瞬間、頭頂部あたりに風が抜けたかと思うと、耳が割れそうな破裂音がした。


「えっ?」


 顔を上げると、腰を落として槍を突き出したウーパーリが、すぼめた口から一息吹き出していた。

 逆を振り返ると、大木にはさっきまではなかったウロのような目鼻と口があり、眉間の辺りに大穴が空いている。


『ギギギ…………』

「キラートレントですな。Dランクの魔物です」


 ウーパーリが槍を引き抜くと、魔物は枝を腕のようにくねらせて、倒れた。

 随行の自警団員二人が手際よく枝を落とし始める。

 薪になるのだそうだ。

 立ち上がった一郎は足を振るわせながら、魔物だったものに手を合わせた。


 ――すまん、俺が脳天気だったばっかりに

 

 自警団員たちはその一郎の、一見慈悲深い姿に手を合わせたのだった。


 ※


 一晩考えた一郎は結局クエストを受けることにした。

 自分が行かなかったせいで自警団の連中に何かあったらと思うと、とても断れなかった。


「どうぞ召し上がってください」


 キラートレントではない木陰を見つけた一団は小休憩を取った。

 一郎は『駆け出し薬師』で得た薬膳のスキルを使い、スープカレーを作り、皆に振る舞う。

 メインの具は一郎が撫でようと近づいたために首を落とされた角兎の肉。

 火をかけている鍋の薪はキラートレントの腕。

 座っている椅子はキラートレントの胴だ。

 自分のミスでサークルオブライフが完成してしまった。


「美味しいですパリグラハ様!」

「なあ!これ食ったらもう団長の作った飯なんて食えねえよな」


 年若い団員二人が、自分の作った飯をうまそうに頬張っているのを見ているとすさんだ心が癒される。

 鬼上司もよく一郎に飯を食わせてくれた。

 一郎が思いに耽っていると、前に座るウーパーリがスープを流し込んで、頭を下げた。


「この度は、無茶を聞いて頂きありがとうございます。僧侶様に血生臭いことをさせるなど、私はバチ当たりです」


 クエストを受領する旨を伝えたときも、ウーパーリは有り難さよりも、申し訳なさが勝っていたように思う。

 

「頭を上げてください。僧侶に血の匂いがしないのは、誰かが代わりにやってくれているからです」

「――はい」


 偉そうな説教は、自分への確認だった。

 ウーパーリは血に濡れた自分の革鎧を見て、神妙に頷いている。

 若い団員二人も同様だ。

 彼らには街を守ってきた自負がある。

 彼らの奮闘にタダ乗りしてはいけない気がした。

 

「私は自分で選んでここに来ました。覚者ジョードはあなたたちにバチなどあてません」


 ニヤーマにそう教わったわけではない。

 だが一郎には、神様仏様は無限に優しくてバチなんて当てるはずがないという、だらしのない信念がある。

 自分には優しく神様には厳しい都合の良さ。

 クリスに喋ったら危険人物扱いされそうなので喋ったことはない。


 ――とはいえ実際どうなんだろう


 周りが自分を拝んでいることに気づかず、コカトリスのことを考える。

 『不殺生』とどう向き合うのが正しいんだろう。


 一郎には牛さんの牧場で働いている友達がいる。

 そいつはせっせと牛さんを太らせては出荷をしているが、可愛い子牛を待ち受け画像にして、彼らを誰よりも可愛がっている。


 ――そうだ!

 

 一郎は閃いた。

 魔物の命だってそうだ。

 日々命を削りあっている彼らの方が、傍観者の自分より真実に近いんじゃないか?

 

「ウーパーリさん」

「なんですかな」

「不殺生とはなんだと思われますか?」


 不殺生という言葉が分からないようで、ウーパーリは太い首を捻る。


「生き物を殺さないルールです」


 一郎が補足すると、ウーパーリは何度も首を縦に振った。


「それなら分かりますぞ!」

「え?」

「魔物に住民を殺させないことですな!そのためなら殺しますぞ!」


 ――正解ですかな?


 ウーパーリは丸い目をビー玉のように輝かせながら一郎を見ている。

 一郎は黙り込んだ。

 矛盾のあることを、矛盾なく言える。

 ウーパーリは大したやつだった。

 その日の夜、野営地を探しているところ、遠くにコカトリスの影を見つけた。


 ※


 コカトリスは蛇の体を巻いて、鶏の頭部を埋めて眠っている。


 『サーマ・ニローダ』


 一郎が片手印で祝福すると、三人の体が緑色の光に包まれた。

 一定時間の間、状態異常にかかりづらくなる呪文だ。

 ウーパーリと団員二人は口に丸薬を含むと、弾けるように駆け出す。

 団員二人は身を隠せるほどの大きな盾とショートスピアを携えて先行した。

 二人で敵の攻撃を捌き、ウーパーリが槍で突く。

 自警団の必勝戦法だ。

 

 襲撃者に気づいたコカトリスは目玉をグルグルと回して、状況を把握した。

 巨体を支える太い腿を高く上げ、鉤爪を足元の団員に振り下ろす。

 大盾で受け止めた団員の両足が地面に沈んだが、彼は懸命に踏みとどまった。

 だが息を入れる間もなく、もう一度鉤爪が振り下ろされる。


 ――危ない!


 一郎が悲鳴を上げる前に、もう一人の団員が大盾でフォローに入った。

 二度攻撃を阻まれたコカトリスの動きが一旦止まる。


「せいっ!」

 

 その隙を逃さず、死角に回り込んだウーパーリが渾身の一つ突きを放った。

 その瞬間コカトリスが首を捻った。

 喉袋を狙った穂先は胸元に突き刺さった。


 ウーパーリは舌打ち一つすると素早くバックステップして距離を取った。

 その間にコカトリスが身震いすると、胸が大きく膨らんだ。

 一郎は張り裂けんばかりに叫んだ。


「ブレスが来るぞ!」

「クェェ――――!」


 コカトリスは嘴を大きく開いて頭を振り回した。

 紫色のブレスが三人に降りかかる。

 だが三人は怯まなかった。

 

「総攻撃!」

「「おう!」」


 『サーマ・ニローダ』の祝福は毒ブレスの無効化に成功した。

 団員二人がショートスピアを腿に突き刺す。

 コカトリスが痛みに気を取られ団員の方に向く。

 ウーパーリは敵の重心が動いた瞬間に走り出していた。

 低く下がった後頭部に向かってもう一度突きを放つ。


「ギャオ!」

「なにっ!?」


 槍は頭蓋を抜けて突き刺さったが、コカトリスは止まらなかった。

 再び胸を膨らませてブレスを吐き出した。

 頭に空いた槍の傷からも黒い霧が漏れ出している。

 至近距離で浴びた三人の指先が固まり始めた。

 石化ブレスだ。

 これを吐かせたくなかった。


「薬を!」


 一郎が喉を枯らしながら叫ぶ。

 三人は口内に仕込んだ丸薬を噛み砕いた。

 一郎が調合した糖衣の石化治療薬だが、効くまで時間差がある。

 団員は盾を落として、ウーパーリの手から槍が転がり落ちた。


 コカトリスの目が三人を捉えている。

 感情の乏しい鳥類の瞳が憎悪にくすんでいる。

 コカトリスはたっぷりと息を吸い込むと、喉元がブルリと震えた。

 再び吐かれた紫色のブレスが三人を一瞬で蝕む。

 サーマ・ニローダの加護が切れている。


 ――不殺生とはなんだろう


 一郎は駆け出していた。


「パリグラハさま!いけません!いけませんぞお!」


 ウーパーリが水風船のような血を吐いて、起き上がろうと必死でもがく。

 そのウーパーリに向かって、血走った目のコカトリスが鉤爪で蹴り飛ばした。

 岩にぶつかりふらつく男に、とどめの一撃が迫る。


 『サーマ・スティラ』


 目の前に躍り出た一郎の呪文でコカトリスはバランスを崩して転んだが、鉤爪が蹴り上がるように一郎の顎先に当たり、左の頬を切り裂いた。

 一郎は血を流しながらも、地面に倒れたコカトリスにもう一度サーマ・スティラをかけた。

 鎮静、静止を促す効果があるサーマの上位呪文だ。

 動けないコカトリスは、目を真っ赤にしたまま一郎を睨みつけている。


 二人の団員はなんとか立ち上がろうと、自分の腿を叩いている。

 振り返ると、ウーパーリは瀕死だった。

 一郎は中級ポーションを何本も取り出し、ざぶざぶと傷口にかけた。


 ――みんな酷い有様だ


 コカトリスの黒い眼が揺れている。

 命が失われようとしている。

 全身から血を流し、頭に空いた穴から液化したガスと髄液が漏れている。

 

 こいつはあと数分で死ぬだろう。

 でもこいつだってこの地獄で頑張って生きようとしている。

 不殺生をどうしたらいいか、やはり分からない。

 分からないままやっていくしかない。


「いけませんぞ……いけません……僧侶様が」


 後ろから呻き声が聞こえる。

 

「我らは置いてお逃げください!」


 団員たちが叫んでいる。

 

 一郎はどちらも無視をした。

 今はこいつと一対一なんだ。

 

 コカトリスにサーマをかけた。

 コカトリスの目が穏やかになるまで何度もかけた。


「俺が悟ったら絶対に助けに来るから――またな」


 一郎はコカトリスの瞳が閉じられる前に、ショートスピアで一突きした。


「――パリグラハさまああ」


 ウーパーリの嘆きが空しく夜に溶けていった。

 ピコン、とシステム音が鳴る。


 ウーパーリは朦朧としながら、跪いて地面に拳を叩きつけている。

 団員二人は顔面蒼白で座り込んだ。


 ――称号『破戒僧』を獲得しました。


 なんとでも言ったらいい、そう思う。

 

 ――俺は在家だ

 ――みんなと、この地獄でやっていくんだ


 空には月が出ているだろうが、今日は雲で覆われている。

 暗闇の中、鶏蛇獣の亡骸を見下ろす一郎の目は、半眼に開かれていた。


 三人は誰からともなく、一郎を拝んだ。

 


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