第十一話 薬師パリグラハ
大岩壁中腹、岩棚に腰掛けたカショーは、朝露に濡れた岩肌を掴んでよじ登ってくる一郎を、じっくり観察した。
『登攀』スキルが熟達しているカショーには及ばぬものの、一郎は自分に遅れること一分ほどで岩棚に辿り着いた。
悪くない。
カショーは内心でそう頷く。
一郎の日々の鍛錬の成果が伺えた。
老人の厳しい視線の中、一郎は休むことなく、すぐに這いつくばって薬草を探し始めた。
聖薬草は適度に湿気を好む。
陽が届き辛い亀裂のあたりによく自生する。
一郎が目ざとく亀裂を見つけると、指を差し込んで、器用に根っこから採取した。
カショーはその手際にフムぅ、と顎を撫でた。
二人して店に戻ると、一郎は自分から師匠であるカショーの袋を預かり、自分の採取したものと合わせて選別を開始した。
鑑定の手際はなかなか迅速であり、単純なABCではなく、その間の微妙な品質差を判断し、木皿に分けていった。
カショーはカウンターの向こうで作業する一郎を見て、腕を組んだ。
買い込んだ薬を整理しながらクリスも向こうに目をやる。
「じいさん。一郎の調子はどうだ?」
「うむ。正直、筋がええのお」
今日のクリスは黒いレオタードの上にマントを羽織り、首元にマフラーを巻いて、ゴツい額当てだけを頭に巻いていた。
カショーは追い剥ぎにでもあったのかと聞いた。
マレビトの中ではニンジャアーマーと言ってスタンダードな装備らしい。
「小僧は何やっても、そこそこにはなれるぞ。修行僧以外はな」
「そりゃ自分でお坊さん辞めるようなやつだよ。修行僧はダメだな」
一郎は後ろから聞こえてくる二人の会話をバッチリ聞いていた。
――勝手なこと言いやがって
人の悪口で下品に笑っている二人を見て、一郎はため息をついた。
正確には修行僧になるために、修行僧を辞めたのだが、自分で言っても意味が分からない。
ついこの間、素晴らしい師匠のもと夢の修行僧デビューをしたはずが、売り言葉に買い言葉で、今は薬師見習いになっている。
――俺、このままで大丈夫か?
一郎は頭をブンブン振った。
そして浮かんだ雑念を薬草と共に乳鉢に放り込み、ゴリゴリとすり潰していった。
一息ついてエプロンを外すと、自分の薬棚に向かい、商品をインベントリに収納した。
この一月、薬師見習いとして修行し、製作物を売り物にできるまでになった。
ドアに向かって歩く。
そうだ、出かける前に一声掛けなければ。
「師匠、ギルドに納品に行ってきます」
そう言って振り返ると、二人はカウンターで酒盛りを始めていた。
なみなみに注がれたエールを見て一郎の喉が鳴る。
物欲しそうな視線に気づいたクリスは、ニヤけながら身体をくねらせ、わざとらしくこちらを手招いた。
――俺は今、在家だったよな
脳裏に浮かんだ悪魔の言葉を、頬を叩いて追い出す。
心は修行僧だ!と叫んだ一郎は、街の東側、職人街へと走り出していった。
※
「おはようございます!」
薬師ギルドの木製扉を押し開けた一郎は、大きな声で挨拶をした。
挨拶の声の小さな営業は良い営業にはなれない。
鬼上司から叩き込まれた鉄の掟である。
納品カウンターで頬杖をつきながら帳面をつけていた男は、ホールに響いた大声に驚いて周りを見渡した。
だが声の主が確認できると、つまらない物でも見た、とばかりに作業に戻った。
冷ややかな反応ではあったが、一郎は慣れたもので男の元に近づいた。
この程度で一喜一憂していたら、立派なルート営業マンにはなれない。
「おはようございます、カーセネンさん」
挨拶された男は手を止め、憂鬱そうに対応した。
目深に被ったフードから覗く陰気な目が、こちらをじっとり睨め付けてくる。
薬師ギルド長は今日もご機嫌が悪そうだ。
「おはようパリグラハさん、今日も元気だね。大声で瓶が割れてしまうかと思ったよ」
嫌味を添えてくる同年代の男に、一郎はへこへこ謝罪しながら椅子に座った。
UIを操作してインベントリから製作物を取り出し、カウンターに置く。
何もないところから突然現れた十本の初級ポーションに、カーセネンは眼鏡のツルを指で摘んで整えながら、また毒づいた。
「マレビトはずるいよね。リスクもなしに行商人の真似事ができてさ」
「ですよねえ。カーセネンさんも引越しの時は言ってください。わたしお力になりますよ」
一郎にとってこの人物は、別に得意ではないが、苦手なタイプでもない。
ルート営業マンからしたら、ダンマリ決め込んで無視されるより、嫌味でもいいから会話してくれる人の方がマシなのだ。
カーセネンは鼻で笑うと、瓶を手に取った。
瓶の口から香りを嗅ぎ、目の前に翳して色と容器の破損を確かめる。
自分を品定めされているようで、そわそわしてしまう。
「初級ポーションA+。駆け出しももう卒業だね」
残りのポーションも速やかに検品された。
おめでとうさん、とささやかな賛辞を頂いたので、一郎は恭しく頭を下げた。
システム音が鳴り、UIのメッセージが点滅している。
クリスに『真面目にゲームやれよバカ』、と説教されて以来、UIを操作することに、一郎は何のためらいもなくなっていた。
真面目にゲームをやっていいのなら、一郎は喜んでやる。
――クエストを完了しました。
◯職業クエスト『自警団の置き薬』100/100
依頼者 薬師ギルド ギルド長 カーセネン
受領者 駆け出し薬師 パリグラハ・イチロウ
報酬 カーセネンより受け取ること
依頼内容 街を守る自警団の為に、初級ポーションを納品すること。なおポーションの品質は全てC以上とする。
――職業『見習い薬師』Level 19 → 20(MAX)
――職業『駆け出し薬師LV1』を獲得しました
――スキル『劇薬調合』Level 1を獲得しました
――スキル『即席調合』Level 1を獲得しました
「おたくのお師匠さんにそっくりだねえ」
一郎は目の前に置かれた報酬の銀貨袋に、ハッと我に帰った。
クリスが言うには、一郎がステータスを見ている時の顔は、カショーが白金貨を見ている時と似ているらしい。
「光栄です」
「全く、よく言うよ!面白い人だなあ」
一郎にはカーセネンの笑いのツボはよくわからない。
だが、カーセネンはアウトプットが少し嫌味だけで、基本的には社交的でいい奴だと一郎は思っている。
「ご祝儀だよ。僕のお古で悪いけど」
どこか遠慮がちに差し出されたポーションホルダーを、一郎は素直に受け取った。
師匠の教えは、一にも二にも損をするな!だ。
『遠慮はただのより好みじゃ』
師匠が言うには、遠慮すると相手の布施行を邪魔することになる、とのこと。
貰えるものは最大限に受け取るのが信者の務めらしい。
口八丁でマレビトから高額なウィルポーションの代金を巻き上げることは、彼なりの行なのかもしれない。
常に火の車のギルドを陰日向で支えるカーセネンと、セカンドキャリアの薬師で下積みから取り組む一郎。
同年代の二人である。
一郎はポーションホルダーを大事そうに懐にしまった。
それを見たカーセネンは、フン、と鼻を鳴らして後ろに引っ込んだ。
水屋から食器を用意する音が聞こえる。
一郎は鼻歌を歌いながら、スキルの確認を始めた。




