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第九話 幽鬼



 午前中の来客がひと段落したところ、カショーは熱いお茶をすすっている。

 またマレビトがウィルポーションを買って行った。

 ピカピカの白金貨を顔が映るまで磨くのが老人の趣味だった。

 こいつが一枚あれば一年くらせる。

 若い頃の貧乏暮らしが嘘のようだ。

 

 そういえば今日は、あのぼんやりとした中年が来ていない。

 真っ当な修行者なら登攀行を終えて地上にいる時間だ。

 いつもならあの手この手でもう三回は納品に来ているはず。

 ということは。


 ――マレビトはすぐに逃げ出すの


 カショーは鼻で笑った。

 馬鹿の一つ覚えのように、諦めの悪いところだけは褒めてやってもよかったが、ここまでのようだ。

 銀髪の女性の横顔が浮かぶ。

 心優しい座主が悲しまれるかもしれない。

 それだけが、少し胸が痛んだ。


 ――厳し過ぎたかの


 老人なりに自分の行いを省みていたその時、ドアが開いて男が入ってきた。

 パリグラハ――一郎だ。

 

 カウンターに来た一郎の目つきを見て、老人は訝しんだ。

 一向に成功しない納品依頼。

 今度こそとばかりに切羽詰まった、いつもの情けない様子ではない。

 

 無機質な目で自分を見ている。

 精魂込めて作ったウィルポーションを物としか見ていない、マレビトたちのあの目にそっくりだ。


 ――やっぱりこいつも、お客さんじゃったか


 カショーはつまらなそうに俯いた。

 そして一郎の自分を呼ぶ声に、薄ぼんやりと返事をしたのだった。


 ※


 一郎は扉の前で大きく深呼吸した。

 鋭く息を吐き切って、勢いよくドアを開ける。

 老人と目があった。

 今日の自分は熱血見習い沙門ではない。

 ひとりの冷静なゲーマーとして勝負させてもらう。

 

 カウンターを挟んで一郎とカショーが対峙する。

 一郎が木皿に置いた聖薬草を、カショーはおっとり手に取った。

 シワだらけの指で茎を転がし、品を確認する。


「良い品じゃあ。いくらじゃったかのう」

「銀貨五枚です」

 

 ありがとなあ、とカショーは銀貨五枚を差し出し、一郎はそれを受け取った。

 一郎は、クエストの進行を確認する。


 ◯職業クエスト『薬師への納品』1/3


 やはり成功していない。


「すみません、もう一つあるんです」

 

 一郎がおもむろに取り出した追加の聖薬草を、木皿に置く。

 再び品を確認したカショーは、ありがとなあ、と顔が映りそうなほどピカピカの白金貨十枚を、カウンターに差し出した。


「何やってるんですかカショーさん!」

「おお、すまんすまん、これで良いか?」


 一郎は出された銀貨を受け取って、クエストを確認するが、やはり納品はされていない。

 一郎が首を捻っていると、ふと、目の前の老人の口元が上がった、ような気がした。

 いや、明らかに笑っている。


 前にクリスが言っていた。

 

『なんだよボケてねえじゃねーか』


 彼女の言う通りだった。

 おかしいと思ってたんだ。

 やっぱり自分は何か仕掛けられている。

 

 ――だが今日は違うぞ


 老人を睨みつけた一郎は、インベントリから巨大な頭陀袋を取り出した。

 パンパンに膨らんだ袋の頭から、緑色の肉厚な葉が顔を出している。

 もちろん全て聖薬草である。

 目の前の老人が声を振るわせながら言った。


「と、登攀行、ずいぶん精を出しとるのぉ。よきかなよきかな」

「――もう一袋あります」

「なにっ!」


 焦った老人の目に、ついに理性を発見した瞬間、一郎の中でブチンと音がした。

 何回ここにきたと思っているんだ。

 

「勝負だコノヤロウ!」


 一郎の啖呵が店に響く。

 カショーは一時呆然としていたが、やがてクツクツと笑い、口を開いた。

 

「その汚い言葉遣い、やはり詐欺師じゃったな!」

「さ、詐欺師?」

「うるさい、ニヤーマ様はワシが守る!」


 カショーが大声をあげて立ち上がったその時、店の扉が開いた。

 入ってきたのは女性である。

 生成り色の長衣に、紫の大きな布を羽織っている。

 豊かな銀髪を後ろでざっくりとまとめた、我らの座主であった。

 

 ニヤーマはカショーに挨拶すると、弟子の足元にある二つの頭陀袋を見て口元を緩ませた。


「欲張りはいけませんよ」


 一郎は慌てて頭を下げた。

 

「おじいちゃんはもっといけませんよ」


 ――もっと怒ってくれていいんスよ?


 一郎は人任せに内心で煽ったが、下げた頭からチラリとニヤーマの目を見て、すぐに視線を切った。

 冷たい手に心臓が掴まれたような感覚。

 この人は味方じゃなく、導師だった。


「さて――教徒カショー」

「はっ、はい!」

「見学させて頂いても?」

「もっ、勿論でございます」


 カショーは肩を落として言った。


「――鑑定を始めるぞ」

 

 

 銀貨をもらうくだりを数回繰り返した時に、聞き慣れたシステム音が鳴った。


 スキルレベルが上がりました!

 ――スキル『適正取引』Level 8→9


 一郎はやっと合点が入った。

 今、『取引』が行われたのだ。

 

 次に出した聖薬草に、カショーは金貨十枚を提示した。

 いつもならここで訂正する。

 しかし、今、一郎はゲームを攻略している。


 カショーは提出された聖薬草に対して、毎回べらぼうに高い報酬を支払おうとしてきた。

 その度に一郎は適正な金額を要求して、受け取った。


 ――そういえば

 

 唯一納品に成功した一回、あれは以前に銅貨を一枚貰った時だったんじゃないか。

 カショーからすれば、安すぎて受け取るはずがない提示。

 だが一郎は金には全く興味がない。

 カショーの提示した金額をそのまま受け取ったのは、あの時だけだ。


 ――生臭坊主、上等だ!

 

 一郎は意を決して、金貨を十枚そのまま受け取った。

 

「ありがとうございます。頂きます」


 カショーが苦虫を潰したような顔をしている。

 おそらく今のでよかったはずだ。

 クエスト進行を確認する。

 

 ◯職業クエスト『薬師への納品』2/3


 ――大したじいさんだな

 

 一郎は思わず舌を巻いた。

 この老人は、納品クエストを商談として対応していたのだ。

 だがタネが分かれば、それだけのことだった。

 一郎は聖薬草を木皿に置いた。

 

 ――カショー、俺の勝ちだ


 老人は腿の上に置いた両拳を強く握り締め、フルフルと震えている。

 腹を覗き込むほど項垂れて、表情は窺い知ることは出来ない。

 一郎が訝しんで見ていると、カショーは突然飛び上がって店の奥に引っ込んでいった。


「カショーさん、いかがなされました?」

 

 ニヤーマが心配げに店の奥に向かって投げかける。

 奥から何かを引っ張り出すような音と共に、老人の声が返ってくる。

 

「いえ、どうもございませんよ。それにしてもニヤーマ様、パリグラハさんは立派なお弟子様で、このカショー、ただただ感服いたしました!」


 カショーは抱えるほど大きな木箱を持って、ふらふらと帰ってきた。


「聖薬草の報酬でございます」


 ドカン、と置かれた木箱の蓋が開かれる。


「どうぞ、このままお受け取りください」


 こちらを見るカショーの顔は、幽鬼のように歪んでいる。

 

 一束の聖薬草の報酬。

 蓋を開けた瞬間、店の中に光が乱反射した。

 箱の中身は溢れんばかりの白金貨だった。


 老人の目が一郎に語っていた。

 

 ――ニヤーマの弟子になりたければ、そのまま受け取ってみせろ

 

 無数のシワが刻まれた老人の垂れた瞼の奥で、その瞳は激情に塗れながらも、美しく煌めいている。

 これは彼による、ジョード教団への布施行なのだ。

 一郎は、老人の『ニヤーマ』への信仰に、思わず身震いをした。

 

 

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