第九話 幽鬼
カウンターに来た一郎の目つきを見て、老人は、おや?と訝しんだ。
一向に成功しない納品依頼に、今度こそとばかりに切羽詰まった、いつもの情けない様子ではない。
この目は、精魂込めて作ったウィルポーションを買い叩こうとする、マレビト達のあの目にそっくりだ。
――やっぱりこいつも、お客さんじゃったか
カショーは一郎の呼ぶ声に、薄ぼんやりと返事をした。
カウンターを挟んで一郎とカショーが対峙する。
一郎が木皿に置いた聖薬草を、カショーはおっとり手に取った。
シワだらけの指で茎を転がし、品を確認する。
「良い品じゃあ。いくらじゃったかのう」
「銀貨五枚です」
ありがとなあ、とカショーは銀貨五枚を差し出し、一郎はそれを受け取った。
一郎は、クエストの進行を確認する。
◯職業クエスト『薬師への納品』1/3
やはり成功していない。
「すみません、もう一つあるんです」
一郎がおもむろに取り出した追加の聖薬草を、木皿に置く。
再び品を確認したカショーは、ありがとなあ、と白金貨十枚をカウンターに出した。
「おっ、多すぎですよカショーさん!」
「おお、すまんすまん、これで良いか?」
一郎は出された銀貨を受け取って、クエストを確認するが、やはり納品はされていない。
一郎が首を捻っていると、ふと、目の前の老人の口元が上がった、ような気がした。
いや、明らかに笑っている。
『なんだよボケてねえじゃねーか』
クリスの言う通りだった。
おかしいと思ってたんだ。
やっぱり俺は何か仕掛けられている。
――だが今日は違うぞ。
一郎はインベントリから巨大な頭陀袋を取り出した。
パンパンに膨らんだ袋の頭から、緑色の肉厚な葉が顔を出している。
もちろん全て聖薬草である。
目の前の老人が声を振るわせながら言った。
「と、登攀行、ずいぶん精を出しとるのぉ。よきかなよきかな」
「――もう一袋あります」
「なにっ!」
「勝負だクソジジイ!」
一郎の啖呵が店に響く。
カショーは一時呆然としていたが、やがてクツクツと笑い、口を開いた。
「その汚い言葉遣い、やはり詐欺師じゃったな!」
「さ、詐欺師?」
「うるさい、ニヤーマ様はワシが守る!」
カショーがいきり立って立ち上がったその時、店の扉が開いた。
入ってきたのは女性である。
生成り色の長衣に、紫の大きな布を羽織っている。
豊かな銀髪を後ろでざっくりとまとめた、我らの座主であった。
中年と老人は静かに席についた。
「こんにちはカショーさん、今日はクリスは来ていませんか?」
「ははあ、来てございません」
「そうですか、失礼いたしました」
デレデレするカショーを、一郎は冷ややかな目で見つめる。
ニヤーマは一郎の足元にある二つの頭陀袋を見ると、欲張りはいけませんよ、とクスリと笑った。
「納品ですか。見学させて頂いても?」
「もっ、勿論でございます」
カショーが肩を落としてつぶやいた。
「――鑑定を始めるぞ」
※
銀貨をもらうくだりを数回繰り返した時に、聞き慣れたシステム音が鳴り、一郎はやっと合点が入った。
スキルレベルが上がりました!
――スキル『適正取引』Level 8→9
次に出した聖薬草に、カショーは金貨十枚を提示した。
いつもならここで訂正する。
しかし、今、一郎はゲームを攻略しているのだ。
カショーは提出された聖薬草に対して、毎回べらぼうに高い報酬を支払おうとしてきた。
その度に一郎は適正な金額を要求して、受け取った。
――そういえば
唯一納品に成功した一回、あれは以前に銅貨を一枚貰った時だったんじゃないか。
カショーからすれば、安すぎて受け取るはずがない提示。
だが一郎は金には全く興味がない。
カショーの提示した金額をそのまま受け取ったのは、あの時だけだ。
生臭坊主、上等だ。
一郎は、意を決して、金貨を十枚そのまま受け取った。
「ありがとうございます。頂きます」
カショーが苦虫を潰した様な顔をしている。
クエスト進行を確認する。
◯職業クエスト『薬師への納品』2/3
一郎は思わず舌を巻いた。
要するに、このじいさんは、納品クエストを商談として対応していたのだ。
だが所詮はコロンブスの卵、攻略は完了した。
一郎は聖薬草を木皿に置いた。
――カショー、俺の勝ちだ
老人は腿の上に置いた両拳を強く握り締め、フルフルと震えている。
腹を覗くほど項垂れて、表情は窺い知ることは出来ない。
一郎が訝しげに見ていると、カショーは飛び上がって店の奥に引っ込んでいった。
「カショーさん、いかがなされました?」
ニヤーマが店の奥に向かって投げかける。
奥から何かを引っ張り出す様な音と共に、カショーの声が返ってくる。
「いえ、どうもございませんよ。それにしてもニヤーマ様、パリグラハさんは立派なお弟子様で、このカショー、ただただ感服いたしました!」
カショーは抱えるほど大きな木箱を持って、ふらふらと帰ってきた。
「聖薬草の報酬でございます」
ドカン、と置かれた木箱の蓋が開かれる。
「どうぞ、このままお受け取りください」
こちらを見るカショーの顔は、幽鬼のように歪んでいる。
一束の聖薬草の報酬。
箱の中は溢れんばかりの白金貨であった。
カショーの薬師として、商売人としてのすべてが、一郎に問いかけてくる。
――この、老い先短いジジイの全財産
――受け取れるものなら、受け取ってみろ
無数のシワが刻まれた老人の垂れた瞼の奥、その瞳は激情に塗れながらも、美しく煌めいている。
これは彼による、ジョード教団への布施行なのだ。
一郎は、老人の『ニヤーマ』への信仰に、思わず身震いをした。




