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第43節~記録と記憶

 映像研究会の部室は、校舎のいちばん端にあった。

 昼間でも薄暗い廊下の突き当たり。

 古いプレートには、色褪せた文字で「映像研究会」とだけ書かれている。

 コン、コン。

 晴花がノックすると、少し間が空いた。

「……はい」

 中から聞こえた声は小さい。

 扉が半分だけ開く。

 眼鏡をかけた男子生徒が顔を覗かせた瞬間、固まった。

「……え」

 目が泳ぐ。

 晴花と天音。

 学内でも目立つ二人が、なぜこんな場所にいるのか理解できない――そんな顔だった。

 部室の奥でも椅子がガタッと鳴る。

「誰?」

「……いや、え、晴花さんと……天音さん」

 一瞬、空気がざわついた。

 映像研究会の部室は静かだった。

 機材のファン音と、キーボードを叩く音しかしないような場所。

 そこに突然、一軍の空気が流れ込んできた。

 その反応に、天音は少しだけ胸が痛くなる。

 ――慣れてる。

 こういう空気に。

 自分たちが入った瞬間、場が緊張する感覚に。

「急にごめん」

 晴花はいつもの調子で笑う。

「ちょっと相談したくて」

 その一言だけで、部室の空気がさらに硬くなった。

 奥にいた男子が、慌ててモニターを閉じる。

 別の女子部員は、机の上のコンビニ袋をそっと足元へ隠した。

 晴花は気づいているのかいないのか、そのまま部室を見回す。

 壁際には編集用のモニター。

 三脚。

 古いハンディカム。

 学祭の記録ディスクが並ぶ棚。

 映像研の部長らしき男子が、ぎこちなく椅子を引いた。

「お、お願い……ですか?」

「うん」

 晴花は迷いなく頷く。

「私、去年の学祭エンドロール、めちゃくちゃ好きだった」

 その一言に、映像研の空気が少し止まった気がした。

「え……」

 晴花は思い出すように目を細める。

「カメラワーク綺麗だったし、切り抜き方とかも格好よくてさ」

 褒め慣れていないのか、部員たちが露骨に視線を逸らした。

「いや……まあ、好きでやってるだけなんで」

「でも」

 晴花が続ける。

「プロってそうなのかもだけど」

 部室が静かになる。

 晴花は、まっすぐ言った。

「なんか、外からだった気がして」

「え……?」

「学祭の最高の“記録”だった。……でも、“記憶”じゃないっていうか」

 天音は、その言葉の意味が少し分かった気がした。

 ただ綺麗に残すだけじゃない。

 その場にいた人間の熱や息苦しさまで、映したいのだ。

 映像研の面々は、言葉の意味を測るように黙っている。

 晴花はさらに踏み込んだ。

「遠くから撮ってると見えないところってあるじゃん」

「準備で死にそうになってる顔とか」

「直前で泣きそうになってるやつとか」

「成功した瞬間の、あの崩れ方とか」

 一瞬、晴花の声が熱を帯びる。

「そういうの映った瞬間、映像って“残る”じゃん」

 誰も口を挟まなかった。

 映像研の部長らしい男子が、小さく言う。

「……でも、俺らみたいなのが、そんなグイグイ入ったら迷惑じゃないですか」

 その言葉に、周囲の部員たちも小さく頷いた。

「結局、邪魔になりそうで」

「撮ってるだけのほうが安全っていうか……」

 自嘲気味な笑い。

 その空気を、天音は知っていた。

 “前に出ないほうがいい”。

 そうやって、自分で線を引いてしまう感覚。

 晴花は少し黙ってから、笑った。

「じゃあさ」

 全員が顔を上げる。

「明日、一日うちらが案内する」

「……え?」

「一緒に回ろ」

 晴花は当然みたいに言った。

「教室も、ステージ裏も、準備してるとこも」

「撮りたいと思ったら、そこで撮ればいい」

 映像研側が完全に固まる。

「いや、でも……」

「無理無理」

「そんな急に……」

 言葉では拒否している。

 でも。

 天音には分かった。

 「無理」と言いながら、目だけは少し光っている。

 怖がっている。

 でも、それ以上に――興味を持っている。

 晴花はニヤッと笑った。

「大丈夫。噛みつかれたりしないから」

「そういう問題じゃ……」

「あと、うちの学校、絶対面白い瞬間いっぱいあるのに、今まで誰も撮れてない」

 天音も、一歩前に出る。

「……たぶん、それ撮れるの、映像研だけだよ」

 その言葉で、空気が止まった。

 奥で黙っていた一年の男子が、小さく呟く。

「……それ、ちょっと楽しそうかも」

 すぐ横の先輩が、

「お前すぐ乗るなよ……」

 と焦ったように言う。

 けれど、その声は少し笑っていた。

 晴花と天音は視線を交わす。

 映像研の部室には、さっきまでとは違う熱が残っていた。

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