第42節~鼓動とノック
耳の奥で、まだ「キィン」という高周波の残響が鳴っている。
部室を埋め尽くしていた圧倒的な音の奔流が止まったあとも、六人の身体は微かな熱を帯びて震えていた。
「……あー、耳がバカになりそう」
伊武がカホンの上で大きく伸びをして、シャツの襟元をパタパタと煽る。その顔には、憑き物が落ちたような爽快感があった。
八雲は、熱を持った自分の指先をじっと見つめていた。たった今、自分たちが鳴らした「不規則な秩序」の感触を、細胞に刻みつけるように。
「今の……絶対、もっとデカい渦にできる」
ピアスの確信に満ちた言葉。それに、真冬が静かに、けれど深く頷く。
音は逃げ場をなくしていた。あとは、この「毒」を「学校」の日常におとすだけだ。
そんな四人の背中を見つめながら、晴花と天音は部室の隅で視線を交わした。
二人の瞳には、演奏者たちとはまた別の、冷徹で、それでいて焼きつくような「作り手」の火が灯っている。
「……ねえ、天音。私、やりたいことで溢れてる」
晴花の声は低く、けれど確かな質量を持って響いた。
天音は、書きなぐった付箋だらけのノートを胸に抱きしめ、強く頷く。
「うん。心臓が『もっとくれ』って言ってる。……あんな音、聴いちゃったら、もう戻れないよ」
光の刺す角度、影の深さ。そして、その瞬間を捉える「視線」。
晴花の脳内では、すでに本番のステージが、幾層ものレイヤーとなって重なり合っていた。
「……『専門家』を巻き込みに行きたい。天音、ついてきてくれる?」
「専門家って映像研……だよね?」
「そう。去年も学祭の記録ビデオを撮って、後夜祭で流してた。機材の扱いはプロ級!」
天音は一瞬、ためらった。
自分たち「響音部」の嵐に、あの平穏な彼らを巻き込んでいいのか。
けれど、ノートに閉じ込めた「本音」が、背中を押した。
「……いいよ。行こう。いま、すぐ行っちゃおうよ、晴花!」
「えっ、今!?」
晴花が思わず吹き出した。天音の瞳に宿った、静かに燃える光。それが自分と同じものであることに、晴花は最高の昂りを感じた。
部室では、伊武と八雲がまだ今日の音について興奮気味に語り合っている。
その熱量を背中で受け流しながら、二人の仕掛け人は、ひっそりと、けれど大胆に部室を後にした。
夕暮れの廊下。
カツ、カツ、と鋭い足音がリズムを刻む。
目指すは、北校舎の隅。最も静かに、けれど確実に「記録」を支配している場所。
埃っぽい廊下の突き当たり、古びた扉の前に立ち、晴花が天音を振り返る。
天音は深く息を吐き、覚悟を決めて頷いた。
――コン、コン。
控えめなノック。
けれどその一撃は、映像研究会の平穏な日常を終わらせる、開戦の合図だった。




