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私には、とても大好きな物語がありました
勇者が世界を滅ぼす悪魔と戦うお話です
世界の平和を守るために果敢に悪魔に挑む勇者の心の強さに感動しました
一方で、勇者に負けた悪魔は言いました
「ただ、幸せというものが何なのか知りたかっただけなのに」と
私は
わたしは─・・・
その悪魔は私の兄(仮)です
「おぎゃぁ」
体の弱かった私は、生涯を病室で過ごし二十歳を迎える前に現世を去りました。
そして次に目を開いた時には
「あか、ちゃん」
大好きだった物語の世界の住人になっていたっていう
異世界転生ってやつです
私の視界いっぱいに映っているのは
灰を被ったようなくすんだ髪とそこから除く真っ赤な瞳を持った少年
「あう」
「そう、赤ちゃんよ。シリウス」
そして、キラキラ輝くような金髪を靡かせた優しい笑みを携えた女性
「可愛いでしょう?私の愛娘。名前はエマというの」
私は産まれたばかりの赤ちゃんで、できるのは呻くことと寝ることくらい
「え、ま」
「えぇ、そうよ。シリウス、抱いてみて」
私の母(推定)は私を抱き上げ、感情の乏しい灰色の少年の手をとった
母の手に比べれば小さな子供の手
5~6歳くらいかな
骨ばった細い細い手だった
灰色の少年は、母に手を添えられて私を抱いているから
私の視界にはもう、灰色しか映っていない
けれど、私の体を支える2つの小さな手は暖かく、そして優しく
宝物を抱えるように私に添えられているのがわかった
「えま・・・エマ・・・」
「そう、私の宝物よ。シリウスには、私の宝物を守るお兄ちゃんになってほしいの」
視界は灰色でいっぱいだけれど、母の優しい声が聞こえ
灰色が揺らめいている
母が少年の頭を撫でているのかもしれない
「シリウスには大切なものが必要だと思うの。守りたいと思えるものが。他に守りたいものが見つかるまででいいから、私のエマを守って、愛してあげてくれないかしら」
穏やかな声と子供特有の高い体温にだんだんと眠気が襲ってくる
「あなたが幸せになれるように。世界を愛せるように」
徐々に視界がぼやけてゆく
「・・・エマ・・・」
意識がドロップアウトしても
私は暖かいものに宝物のように包まれていて
こうして2度目の人生の幕が開けたのだった