20話 みんなでお引っ越し
書類の山に囲まれながら、ロゼッタは目を光らせていた
自室の静かな空間にペン先が走る乾いた音だけが響く
不意に、その手が止まる
「これは……まずいですね」
『再開発通知
場所:ノエル住居
理由:老朽化のため
王国騎士団』
表向きは再開発通知
発行者が王国騎士団というのはおかしい――スパイからの文書だ
「ノエルちゃんが狙われている」
この前のガサ入れで、ノエルに感づいた奴が居るという事か
こういう時のための昔のコネ
『不正を黙ってやるからスパイしろ』という脅しだが
今回も役に立った
――
「やはりそうですか先回りして正解でしたね」
「対策済みですか?」
翌日マスターに報告すると頷いた
「郊外に古い別荘屋敷があります 売却予定でしたが社員寮にしましょうか」
「お屋敷!?」
更衣室からノエルが目を輝かせて出てくる
「わー!それって貴族のお屋敷?いいなあ、お庭とか広いかなっ? 」
ノエルが「やったー!」とぴょんぴょん跳ねている
「とりあえず、ちゃんと着替えてから出て来て下さい」
マスターが視線を合わさずに言う
裏からシルが静かに現れた
「引っ越しですか」
「そうだ 急で悪いが準備を頼む」
シルはロゼッタの手元の書類に視線を落とし、ぎこちなく頷いた
「……わかりました」
その顔は、まるで苦いものを食べたかのようだった
納得していない様子だ
――
結局屋敷が広いため
ノエル、ロゼッタ、シルが住むことになった
荷造りと引っ越し作業は、専門業者かと思うくらい手際が良い
ロゼッタがリストを作り、ノエルが元気よく箱詰めし、シルは静かに最後の掃除をした
力仕事は呼んでも無いのに、手が空いている護衛や裏方が総出で手伝っている
何しろマスターまで居るくらいだし
ロゼッタが聞いて見たら
「マスターがいないくらいで仕事が回らなくなるほど、うちのギルドは貧弱じゃないらしいですよ」とのこと
周囲の護衛たちも静かにうなずいた
馬車3台分の荷物を運び、貴族街外周部に建つ屋敷に到着する
「うわー広いっ!あの階段登っていい!部屋どこにしよう!」
引っ越しの日に子供が1人いるようだ
ロゼッタはさっそく構造を把握し、最適な配置を考えている
シルだけが中に入らずに立ち尽くしていた
マスターはその様子に気づき隣に立つ
「知ってる場所か?」
「いえ 広い家ですね」
お互いそれ以上は言わず中に入る
――
引っ越しも無事終わり、ノエルがはしゃぎ疲れて寝てしまった後
屋敷の裏庭にシルの姿があった
月明かりが、静かにその横顔を照らしている
「帰ってくるなんて思わなかった」
誰にも届かない言葉が夜に消えていく
――
朝の陽射しが大きな窓から差し込み、大きなベッドでノエルが起きる
「むにゃ……凄いお姫様みたい」
貴族屋敷での朝にテンションが上がる
「あ、走っちゃった朝は静かにしないとね……」
階段を駆け下りたが人の気配がしない
「……ま、いっか探検しよう!」
廊下を奥へと進むと、重い扉の1つが開いている
「……ここ開いてたっけ?」
中はホコリっぽく、前の持ち主の荷物が残されたままだった
本棚の前で小さな人影がじっと立っている
「シル?」
「……」
「なにしてるの?」
シルは振り返らずに古い本の表紙を撫でていた
「鍵がかかってなくて、本が多いので見てただけです」
ノエルも適当に1冊手にとってみる
「う~ん難しすぎて読む気もしないや本好きなの?」
シルは何かを言いかけて黙る
違う言葉をシルが言う
「……きっと、前の持ち主が貴族だったんでしょうね」
「ふーんやっぱりお屋敷だったんだ!」
ノエルは純粋な笑顔で部屋の奥へ進んでいく
「うわっ!こっちも本だらけ」
適当にキレイな背表紙の物とかを抜いて遊ぶ
その時「カコッ」と音がなる本があった
開けてみると、本に偽装した入れ物で古びたブローチが出てくる
ひし形の紋章が付いてるが宝石が曇っている
「ちょっと年代物っぽい誰のかな?」
シルは近づきブローチを見た瞬間、目を見開いた
家紋を模した特注の品
「それ捨てておいてください」
声が揺れている
「え? でも──」
「お願い見なかったことにして」
ノエルは戸惑いながらも、かわいいシルの頼みなら仕方ない
――
「マスター古い記録も残っていました 早急に処理すべきかと」
「好きにしろ、目立つものだけ燃やしておけ」
それだけ言うとマスターは窓の外を眺めた
そこには、庭先でノエルとシルが花壇を見て騒いでいる姿があった
ノエルが笑い、シルがわずかに笑みを浮かべた
「似てるんだよな、あいつら」
悲しみとも憎しみともつかない表情を浮かべ、黙って彼らを見つめていた




