誘拐
「でさー?今日の体育の授業中リリちゃんが...」
学校の帰り道、剣持一行はあの日行けなかったからと天宮やアキ君などの同じメンツで喫茶店に向かっていた。
剣持がANYCOLARに所属してから一週間が経とうとしていたが、今日にいたるまで任された仕事はゼロ。剣持の心配していた大変な毎日なんてものはなく、結局いつも通りの日常を送る他なかったのだった。
――結局、僕は監視のためだけに所属されただけなのか?いやそれとも...
「――ねえ!ちょっと聞いてる?剣持さーん」
家長が剣持の顔の前で手をひらひら振ろうとした瞬間――。
バシッ!
剣持が家長の腕をつい反射でつかんでしまった。時間が止まったかのように周りも驚いて固まってしまったため剣持も慌てて手を離した。
「わーお、さすが剣道部...?」
天宮の場を和ます一言で剣持もハッとして家長に向き直った。
「ご、ごめん!むぎちゃんちょっと考え事してて...」
「ううん!むぎは大丈夫だから全然気にしなくていいよ~」
そう言ってにへらと笑う家長に剣持は気まずい笑顔を送ることしかできなかった。
そんなやり取りの中で一人、夕陽だけが剣持に鋭い視線を送っていた。
「なぁ、剣持さん最近ちょっと――」
と夕陽が言いかけた途端――。
「おい、あれ見て!」
突然、会話を遮るように三枝が指を指しながら大声をだした。
何事かとみんなが三枝の指の先に視線を向けると数メートル離れた橋の下で小柄な女性らしき人物が現在進行形で無理やり車に乗せられている現場だった。
――こんな、真っ昼間から誘拐?
剣持は何かの撮影かとあたりを見渡すがそんな雰囲気はなかった。
事態が把握できない剣持達だったが、そんななのもお構いなしに女性を乗せた車はすごいスピードで発車し始めた。
――ちょ、行っちゃいますよ!?刀也さん!
脳内に伏見の声が響き渡ってハッとした剣持は迷いもなく追いかける姿勢を取り始めた。
「おい!今から追いかけても無駄だろ、ここは冷静に警察に連絡を...」
「夕陽、みんなは任せた」
それだけ言うと剣持は周りの目も気にしないで出せるだけの全速力で走り始めた。
「嘘...でしょ?」
あまりの人間離れした剣持の速さに驚愕する五人だった。
驚きの連続で言葉も出ない中とりあえず警察にだけでも連絡をと夕陽が携帯を取り出そうとしたその時、五人の横に車が急ブレーキで止まって中から紺色長髪の男が顔を出してきた。
「君たち剣持君のご学友かな?」
急に声をかけられた夕陽達はお互いの目を見合って誰の知り合いでもないでもなさそうな雰囲気から不穏な空気になったため男は慌てて声をあげた。
「あー、なんかごめんね?ぜんっぜん怪しいものとかじゃないんだけど」
「その前提って怪しい人が使う奴だから」
車の中から静かなツッコミが聞こえた。
「な、違っ...もういいや!あーどうも剣持くんの同僚の長尾です以後お見知りおきをって言ってもマジで今はそんなゆっくり自己紹介してる暇ないから。ごめんなさいね、怖い思いさせちゃって!」
長尾はそう笑顔で言い終わると窓を閉めながらはぁと息をついてから真剣な表情に戻った。
「とりあえずこの子たち剣持くんの状況も把握できてなさそうだから出発でいいや、藤士郎GO」
「おけー」
弦月が車のエンジンをかけ直して出発しようとした時。
「乗せて!」
大声とともに車の窓をガンガン叩く音が聞こえて長尾が慌てて窓を開けると夕陽が立っていた。
「私も連れていって、剣持さんのところに行くんでしょ?」
唐突な提案に少し驚いた表情をした長尾だったがすぐに気を取り直してまた真剣な表情に戻った。
「今から行く場所は危険になるかもしれない、子供は連れていけないな」
そう言ってすぐに窓を閉めようとしたが夕陽の手がそれを遮った。
「私は剣持さんの追いかけようとした車のナンバーも覚えてるしその他の知ってる情報だったら渡す。だから連れてって」
「無理なものは無理だ!大体なんで君が――」
強気な姿勢の夕陽だったが長尾も負けじと言い返して車窓を挟んで言い争いに発展したのだが…
「いいんじゃない?」
車の中から二人の言い合いを遮るように弦月が口を挟んだ。
「この子も役にたつって言ってんだから、ね、迷惑はかけないんでしょ?」
その弦月の優しい問いに夕陽は黙って頷いた。
「おい、俺は責任とらねーからな藤士郎。なんかあったらタダじゃすまされないぞ?」
「分かってるよ、僕が責任を取る」
弦月の言葉に長尾はやれやれといった仕草を見せながら後部座席を親指で刺して乗りなと言った。
夕陽は急いで乗り込む中、後ろから家長たちが心配そうな顔で見つめていることに気づいた。
「ごめんな家長、三人を家までしっかり返してやりな」
その言葉に家長は勢いよく首を縦に振った。
「じゃああのバカは私に任しといて」
そう言って夕陽は車のドアを勢いよく閉めた。