第四十八話 来訪者
世怜音女学院を囲んでいたクヲンを殲滅してから、数時間後。卯月たち相羽隊は、学院から少し離れた山の中を歩いていた。
「……あれは絶対逃げてたよね」
山道を登りながら、卯月が呟く。
「何がですか?」
「フミって名乗ってた神」
少し前を歩いていたリゼが振り返る。
「それは……まあ状況的に見れば」
「じゃあ何で逃げたんだろ」
卯月は首を傾げた。
それが学院を出てから相羽隊がずっと話し合っている疑問だった。
フミは圧倒的な力で相羽を一撃で無力化しリゼとアンジュを指一本で拘束、さらにその状態を維持しながら卯月と甲斐田を相手取っていた。
しかもフミは撤退直前、明らかに――何かを見ていた。
「俺たち五人相手は無理だと悟ったとか?」
甲斐田が一つの可能性を挙げる。
「さすがに五対一は面倒だったとか」
「でも」
アンジュが首を傾げる。
「それなら私たちを見て逃げるはずじゃない?」
「だよねだよね」
相羽も頷く。
「あの人、外を見てから急に様子がおかしくなったもん」
「外にいたのは……」
リゼが思い返す。
「長尾さん、弦月さん、そしてシェリンさんですよね?」
「そうだな」
リゼが少し考えてから口を開く。
「でも長尾さんって神様とか、そういう存在に詳しいんですよね?」
「いや、俺は祓魔師だからどっちかというと弦月の方が詳しいな」
「じゃあ弦月さんを見てたとか?」
「うーん、違うと思うけど」
「やっぱり、長尾が何かやらかしてるんだろ」
甲斐田が笑う。
「何だよ甲斐田まで!」
「いや、長尾ならありそうだなって」
「ねぇよ!」
山道に長尾の声が響く。そんなやり取りをしていると先頭を歩いていた相羽ういはが振り返った。
「着いたよー!」
「え?」
全員が前を見ると木々の向こうに古びた鳥居があった。
「……ここか」
卯月が呟く。
地図に名前すら載っていなかった神社の鳥居の表面は色褪せ、石段には苔が生えていて長い年月、人の手がほとんど入っていないことが分かる。
「すごいですね……」
リゼが鳥居を見上げる。
「何年くらいあるんでしょう」
「相当古そう」
アンジュも周囲を見回す。
「こういう場所に神様がいるって言われると、ちょっと納得するね」
「入ろう!」
相羽が迷いなく鳥居をくぐる。
「相羽さん待ってください!」
リゼたちも続く。
石段を上り境内へ入っていくとそこには。
「……来たか」
フミは神社の建物の前に堂々と立っていた。
学院で見せたものと同じ巫女装束に狐の耳で完全に神としての姿だった。
「待ってたの?」
相羽が尋ねる。
「来ると思ってたからな」
「じゃあ話早いね!」
相羽が拳を鳴らす。
「さっきの続き――」
「待て」
フミが手を出す。
「ん?」
「我はもうお前らと争うつもりはない」
「え?」
リゼが驚く。
「なら、話を――」
フミの視線が動いた。
「…………」
長尾を見ると露骨にフミの顔が歪んだ。
「やっぱり来てるよな……」
「ん?」
長尾が首を傾げる。
「何だよ」
「…………」
「何だよその顔」
「別に」
「絶対何かあるだろ!」
「ないわ!」
「じゃあ何で俺見てそんな嫌そうな顔するんだよ!」
「気のせいだ!」
「嘘つけ!」
「長尾さん」
卯月が言う。
「やっぱ何かしたんじゃないですか?」
「してねぇよ!」
「…………」
そんな騒がしい相羽隊を前に突然、フミの狐耳が動いた。
「――!」
表情が変わる。
「フミさん?」
相羽が声をかける。
「どうしたの?」
「お前ら」
フミは答えない、が代わりに相羽隊のさらに後ろへ視線を向けた。
「気をつけよ」
「――ほう」
突如、背後で声がした。
「妾たちに気づくか」
「!」
全員が振り返ると鳥居の上に一人の女性が座っていた。
一目見ただけで惚れてしまうほどの美貌を持った女性だったが人間ではないことが額から生えた二本の角が物語っていた。
「誰!?」
相羽が構える。
「つれないのう」
女性がコロコロと笑う。
「エニカラともあろう者が、妾の顔も知らぬか?」
そしてその横からもう一人白塗りの男が現れる。
「いやいや仕方ないでしょう、尊さん。何しろ俺たちそんなに表へ出る仕事じゃございませんからね。ほら俺なんてこの格好よ?」
白いスーツ姿を纏った男は鼻で笑いながら言った。
「街中で見かけたら『ゲーマーズだ!』より先に『狂ったピエロだ!』ってなるでしょう?」
「……いや」
卯月が呟く。
「どっちにしろ通報はすると思う」
「いや手厳しい!」
男は楽しそうに笑う。
その反面、甲斐田の顔が険しくなる。
「……ゲーマーズか」
「あ、正体バラしちゃった!」
ピエロが指を鳴らして、てへッという表情を浮かべた後に丁寧に自己紹介を始めた。
「俺の名前はジョー・力一」
大袈裟に一礼して。
「以後お見知りおきを」
そして鳥居から女性が飛び降り、音もなく着地した。
「竜胆尊じゃ」
酒瓶を軽く持ち上げる。
「よろしくのう」
「竜胆……尊……」
リゼが警戒を強める。
「聞いたことがあります」
「知ってるの?」
アンジュが尋ねる。
「社さんが話していたゲーマーズの中でも特に危険視されている人物です」
「ほう」
尊が嬉しそうに笑う。
「妾も有名になったものじゃ」
「数千年生きている鬼って……」
リゼは剣を抜く。
「ご名答」
尊の笑みが深くなる。
フミは二人を眺め。
「……また面倒な奴らが来おった」
「そこの神さんよ」
尊が神を見る。
「会いたかったぞ」
「我は会いたくなかったぞ」
「そう冷たいことを言うでない」
「用件は分かっているからな」
フミの声が低くなる。
「どうせ我の力だろ?」
「話が早い」
そう言いながら尊が笑うと卯月が眉をひそめる。
「神の力だと……」
三年前からゲーマーズは人ならざる存在の力を集めている。
その目的が何なのか未だエニカラは全容を掴めていない。
「まだそんなことをしているのか……」
甲斐田が呟く。
「ええ」
力一が笑う。
「我々もなかなか物持ちがよろしいもので」
「物扱いするな」
フミが睨む。
「これは失敬」
「……勝手にしろ」
突然、フミが踵を返した。
「え?」
相羽が驚く。
「フミさん?」
「我は戦わないぞ」
「は!?」
卯月が声を上げる。
「いや、あんた目当てで来てるんでしょ!?」
「だからこそだ」
フミは本殿へ歩いていく。
「お前らで勝手に争っていればいい」
「ちょっと待ってください!」
リゼが叫ぶ。
「我は関わらないからな、さらばじゃ」
ピシャッと本殿の扉が閉まった。
「…………」
境内に沈黙が流れる。
「また逃げた……」
アンジュが呟く。
「逃げてないぞ!」
本殿の中から声がした。
「何なんだあの神……」
卯月が呆れる。
「いやあ」
力一が拍手する。
「愉快な神様じゃありませんか」
そして相羽隊の方を見る。
「まあよい」
腰の酒瓶が揺れる。
「妾たちを邪魔するなら」
一歩。
「おぬしらを先に片付ければよいだけじゃ」
相羽が前へ出た。
「みんな!」
「はい!」
相羽隊が一斉に戦闘態勢へ入る。
尊はそれを見て。
「……ふむ」
何かを考えるそして。
「そなたが隊長か?」
相羽を見る。
「そうだけど?」
「なるほど」
次の瞬間。
「――え?」
相羽の目の前に尊がいた。
「相羽さん!?」
リゼが叫ぶ。
「まずは」
尊が拳を握る。
「一番厄介そうなそなたからじゃ」
「――ッ!」
相羽も反射的に腕を構えるがもう遅い。
尊の拳が相羽の腹部へ突き刺さった。
「――――ッ!?」
「相羽さん!?」
空気の音が爆ぜる音と共にリゼたちの目の前で相羽の身体が消えた。
否、遠くに吹き飛んだのだ。
境内を越え、鳥居を越えて木々の遥か向こうで何本もの木が倒れる音が響く。
その瞬間、全員固まった。
「……え?」
卯月が絞り出して声を出した。
「相羽さん……?」
「安心せい」
尊が拳を開く。
「殺してはおらぬ」
「あなた何をしたんですか!」
リゼが叫ぶ。
「いやなに」
尊は楽しそうに笑った。
「そなたらの中で一番厄介そうだったからのう」
相羽が消えていった方向を見る。
「ちと遠くへ行ってもらった」
「ちょっとどころじゃないでしょ!?」
アンジュが叫ぶ。
「そのうち帰ってくるじゃろ」
尊は残された六人を眺める。
「さて」
その瞳が僅かに深い紫色に輝く。
「次は誰じゃ?」
その瞬間、リゼが動いた。
「アンジュ!」
「分かってる!」
リゼがヘルエスタセイバーを構えアンジュが地面へ手をつく。
「錬金!」
石畳が隆起し無数の槍が尊へ伸びる。
「長尾さん!」
「おう!」
長尾も刀を抜く。
「ほう」
尊が笑った。
「三人で来るか」
そして一方。
「おやおや」
力一が卯月たちの前へ移動する。
「尊さんばかり人気者では困りますねぇ」
「いや」
卯月が右手を構える。
「俺はあんた相手も十分嫌だよ」
「初対面で悪口言われてるみたいで嫌だねぇ」
「見た目が特に」
「偏見だった!」
「コウ、来るよ!」
甲斐田が爆弾を構え、弦月も戦闘態勢へ。
「三対一とはこれはこれは」
大袈裟に両腕を広げた。
「随分と賑やかになりそうだな!」
卯月の右手から白い冷気が溢れる。
「……嫌な予感する」
「奇遇ですねぇ!」
力一が笑う。
「俺もですよ!」
そして、二つの戦闘が始まった。
「さて!」
力一が両手を広げる。
「それでは皆様!」
その笑顔が不気味なほど大きくなる。
「楽しい楽しい――」
周囲の空間が僅かに歪んで行く。
「ショータイムと参りましょう!」
神が祀られる名もなき神社で新たな戦いの幕が上がった。




