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【E》te-r-na《L】  作者: 夜方宵
4/12

もう一つの殺し合い


 夜闇に暮れたひとけのない路地に、肉裂き躍る剣と飛び散る赤黒色の飛沫があった。


「さがって」


 声に従い、両刃剣を携えた人影が化け物から距離を置く。


 次いで、冷静で沈着な面持ちで立つ少女の手に握られたそれ。


 元は斧の姿をしていたそれが銃へと形を変え、無数の弾丸を飛ばす。


 刃物のように鋭利な腕を八本も生やした化け物に、数発が命中。二本の腕を捥ぎ、加えて顔の半分を抉り取った。


 久遠が言う。


「今よ、木崎永遠」


「うん!」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、永遠は低い姿勢からのダッシュで悶えるイマーゴの懐に潜り込んでいく。


 ギロリ。イマーゴの片目が永遠に殺意を突きつける。


 咆哮と共に永遠へ降り注ぐ刃が如き腕の嵐。二本の腕がなくなったというのに、まるで刃物で一杯だった箱を頭上でひっくり返されたような、そんな感覚が永遠を襲った。


 しかし、永遠は退かない。


 敵を弾き。砕き。或いは己の皮を斬らせ、肉を裂かせつつ。


確実に彼女は自身の刃を奥へと進めていく。


 そして。


「でああああああ――――っ!!」


 両刃剣がイマーゴの肉厚な図体を貫いた。


 だが永遠は力を抜かない。ここで攻撃は終わらない。


 もう一度柄を握り締め、永遠は垂直に刃を振り上げた。


「やあああああああああっ!!」


 ――両断。


 見事に上半身を引き裂かれたイマーゴは、生臭い腸と毒々しい体液を撒き散らし。


 その場に息絶えた。


「ふう」


 人喰いの死亡を確認し、永遠はやっと息をつく。


「ぶいっ!」


 そして額の汗を拭うと、後ろで見届けていた久遠に向かってVサインを作ってみせた。


 久遠は特に言葉を返さなかったが、背を向けもしなかった。





「私達、だいぶ連携も上手くいくようになったよね」


 最近やっと宇水の街中に店舗を構えた有名コーヒーのチェーン店内に、永遠と久遠の二人は席をとっていた。


 協力関係を結んでから二週間と余り。放課後に二人で宇水の巡回に勤しんだ後には、ここで一服するのがもはやお決まりとなっている。


 もちろん永遠の提案である。久遠がそんな提案をするはずがない。


 それどころか当初の久遠は渋っていたのだ。過剰な馴れ合いなど必要ないと。


しかし、反省かつ新情報共有の場にしよう、これは大事な時間だと永遠が強く押したため、半ば諦観とともに受け入れたのだった。


まあ、それも今の久遠にはどうでもよく。


「全然よ」


 カップの蓋を開けながら久遠は言った。


「私の援護がありながら、あんな雑魚を相手にダメージを受けているようでは全く話にならない」


 手厳しい一言。


「大体あなたは多少のダメージを厭わない傾向にある。確かにソリテュードの回復力は凄まじい。肉が裂けても、骨が砕けても、数分後には治癒を始めて一時間もすればすっかり完治する。だけど、その治癒力に頼りきっているようではいつまで経っても本当に強くはならないわ」


「う、うぅ……」


「そんな戦い方を続けていれば、もし目的のイマーゴと対峙したときには即殺されてしまうでしょうね。それどころか、その前にいつか死んでしまうかも」


「ご、ごめんね叶世さん」


 ボロボロにダメ出しされてすっかり凹む永遠。


 けれどこれも自分のことを思って言ってくれているのだ、前のように口を利いてくれないよりは数十倍マシだと永遠は思う。


「あーあ。私の剣も叶世さんの斧みたいに銃に変形したりしないかな。そしたら私も遠くからバンバン攻撃できるのになあ」


 お気に入りのキャラメルフラペチーノを飲みながらぼやく永遠に、


「二人とも遠距離攻撃をやっていたんじゃ連携も何もない」


 そう言って久遠はブラックコーヒーを一口啜る。ほんの一瞬だけ久遠が渋い顔になったことに永遠は気づかない振りをした。


「それに銃による攻撃は殺傷能力が低い。イマーゴの肉体だって私達と同等、もしくはそれ以上に高い治癒能力を有しているのだから一撃で致命傷を与えない限り時間稼ぎにしかならないわ。だからこそ木崎永遠、驚異的な俊敏性と高い殺傷能力を持つあなたがより強くなることが、いつか目的のイマーゴとの戦闘の際には重要になってくるのよ」


「う。は、はあい……」


 ちょっとした呟きからまさか二回目の説教を受け、困った顔で永遠は笑う。


「…………」


「…………」


 少しの沈黙を過ごして、永遠は口を開いた。


「ねえ叶世さん。一つ訊いてもいいかな」


 また一口コーヒーを喉に通し、「なに」と久遠は言う。


 近頃の久遠は、随分と永遠の話に耳を傾ける。


 実際、永遠と手を組むようになってからどんどんと久遠の口数は増え、会話の機会はみるみる数を増していた。それでも瑛奈や穂香と比べたら無口な方だし、無表情で何を考えているのか分からないときもあるけれど。


 ともかく、きっと今の方が本来の彼女に近いのだろうと永遠は考えている。


 でも、だとしたら。


「どうしてあのときソリテュード同士で手を組むなんてあり得ないって叶世さんは言ってたの」


 何故にあれほどまで他人を拒絶していたのか。普通の人間のみならずソリテュードに至るまで全ての人を避け続けていた理由を、永遠は知りたかった。


 ぴくりと動いた久遠の手から伝わる振動がカップの中のコーヒーに波紋をつくる。


「実際に叶世さんと一緒に戦ってみて思ったけど、やっぱり一人で戦うよりもずっと安全で心強いって私は思ったの。それなのにソリテュードのみんなが仲間を作らない理由って一体なんなのかな」


 久遠は目を伏せる。


 躊躇うような素振り。


 そんなに言いづらいことなのだろうかと。


 気を引き締めて永遠は言葉を待つ。


 二人の間に緊張感が漂う。


 やがて久遠はその口を開き、


「それは」


 そのときだった。


 ごんっ。


 ガラス張りの壁が鈍い音を立てる。


 ハッとして見やった永遠の視界に映ったのは。


 涙目で額をさする瑛奈と、苦笑する穂香の二人であった。





「いやー練習が終わって家に帰ろうとしてたら偶然二人を見かけちゃってさー」


「わたしも、その、偶然通りかかって……」


 店を出た先、気まずそうな顔の瑛奈と穂香を加えて、四人は輪を作っていた。


「もう、だからってなんで覗き見みたいなことしてるのっ」


 頬を膨らませてそっぽを向く永遠。


 本当はそんなに怒ってはいないのだが、いいのだ、これくらいして。この親友二人、特に瑛奈はときどき調子に乗っていき過ぎた真似をするところがある。


 瑛奈は顔の前で手を合わせながら、


「ごめんって永遠ー。でも、ねえ穂香?」


「うん。なんか声かけづらい雰囲気だったし」


「そうそう。二人して熱く見つめ合っちゃってさ」


「もうっ瑛奈ちゃん!」


 鼻先まで真っ赤にして永遠は手を振り上げる。


 自分だけをネタにするのならともかく、久遠に誤解を与えるようなからかいを、しかも本人の目の前でされては恥ずかしくてたまらない。もちろん自分にはそっちの気など微塵もないのだから。


「ごめんごめん」


 再び謝る瑛奈に今度こそそっぽを向く永遠の傍ら、言葉なしにその様子を眺めていた久遠が輪を離れる。


「それじゃ私は帰るわ」


「え。あ、うん」


 蚊帳の外に置いてしまったせいで機嫌を損ねてしまったのかと一瞬焦る永遠。

だがしかし、よくよく考えてみれば久遠はそんなに感情的な人間ではないし、店を出たのだから馴れ合いを好まない彼女が帰宅するのは当然のことだと永遠は思い直した。


「それじゃまた明日学校でね、叶世さん」


 手を振る永遠を一瞥して、久遠は帰っていった。


 久遠の姿が見えなくなるまでその背中を見送って。


 心底楽しそうな顔をした瑛奈が永遠の背中に抱きついた。


「あわっ! ど、どうしたの瑛奈ちゃん?」


「どうしたじゃないよ永遠ー」


 つんつんと瑛奈は永遠の柔らかな頬をつつく。


「近頃は随分あの転校生と仲良くやってんじゃん」


 瑛奈のニヤニヤした顔を見て、永遠はまた頬を紅潮させる。


「う、うんっ」


「一体いつの間に、しかもどうやってそんなに打ち解けたのさ?」


「え、えーと……その、色々あって」


 ソリテュードについて話すわけにもいかず、笑いながら誤魔化す永遠。


 穂香は細めた瞳で永遠を見る。


「本当に凄いよ、とわちゃんは。あんなに人との関わりを避けて、一度はとわちゃんのことだって拒んだ叶世さんと、それでも仲良くなっちゃったんだもん」


 仲良く……か。


 周囲から見れば自分と久遠はただの友達に見えるのかな、と永遠は思う。


 確かに出逢った頃に比べて距離は縮まったように感じる。


 けれど、今の自分と久遠は、あくまで一時的な協力関係にあるにすぎない。


 メリット、デメリットを抜きにした仲では、ない。


 でも。それでも。


「まあ、そんな冷たかった転校生を変えるくらいには、永遠の気持ちが伝わったってことでしょ」


 穏やかに微笑む瑛奈。


「よかったじゃん」


 その言葉に、永遠も頬を緩めた。


 そうだ。


 変わったということは、またこれからも変えていけるということ。


 少しずつでも関係を変えていって。


 そして、いつかは久遠と純粋に――。


 永遠はそう思った。


 と。永遠の耳元で瑛奈の溜息。


「ああ、でもあんまり永遠があの転校生にご執心だとあたし達には構ってくれなくなるんだろうなー」


「そ、そんなことないよ!」


 慌てる永遠。


「確かに叶世さんとはもっと仲良くなりたいって思うけど、瑛奈ちゃんと穂香ちゃんはいつだって私の大切な友達だよ!」


「はは、冗談だって」


 悪戯っぽく笑ってみせる瑛奈に「意地悪がすぎるよ、瑛奈ちゃん」と穂香のお叱り。


 ちょろっと舌を出してウインクを飛ばしながら、瑛奈は永遠から離れた。


 どうやら帰るようだ。


 永遠も異論はない。もう空は真っ暗。あまり街をうろついていては補導されてしまう。


「それじゃ永遠、今度あたしらが暇なときには転校生とのデートは入れちゃだめだからね。この間からの約束なんだから」


「分かってるよ。ていうか私、ずっと楽しみにしてるんだから」


「そうだよね。まずはわたしと瑛奈ちゃんが都合を合わせないとね」


「そうだったそうだった」


 そうこうして永遠と瑛奈達は背中を見せ合う。


 二人とは帰る方向が逆なのだ。


「それじゃ帰り道には気をつけなよ」


「うんっ。ばいばい。また明日学校で」


 随分と長い時間を居座った店先。


 笑顔で手を振り合いながら、永遠は二人と別れた。





 永遠の家はだいぶ街中からは離れた場所にある。


 本来がそう発展した場所ではない宇水だ。家に近づくにつれてだんだんと灯りは数を減らしていき、今の永遠の周囲には数百メートルおきにぽつぽつと街灯が立つばかり。おまけにいくつかは切れかけでちかちかと点滅しており、少し不気味だった。


 知った道とはいえいつまでもこんな道を歩きたくはないと永遠は足早になる。まあ、いざとなればイマーゴ以外のもの……例えば不審者なんかが出たところで永遠にしてみれば撃退は容易なのだが。


 歩を進めつつ、永遠は夜空を見上げる。


 深い紺色に染まった空間に散りばめられた光の砂の中、まんまるとした月が一際に輝きを見せていた。


 今日は満月。街灯の少ない道の中、永遠が側溝へと足を落とさずにすんでいるのはこの天然の巨大な電球が地上を照らしてくれているが故だった。


「そういえば質問の答え、結局聞きそびれちゃったなあ」


 永遠の言葉が空に溶ける。


 瑛奈と穂香のおかげでうやむやになってしまった件だ。


 せっかく久遠は答えてくれようとしていたのに。


「まあいっか」


 悔やむ必要はない。


 明日以降、また機会があったときに訊ねればいいのだ。


 そう思ったところでふと、永遠は時間が気になった。


 携帯電話を確認してみると、やがては午後七時を過ぎる手前。


「いけない。あんまり遅くなるとおばあちゃんに心配かけちゃう」


 それに祖母のことだ、自分が帰るまで食事に手をつけず待っているに違いないと、永遠は思った。


 携帯電話をポケットしまい、永遠は駆け足で自宅を目指し始める。


 向かいから来る人影に気がついたのは、駆け出してすぐだった。


 月夜に照らされるそれは。


 おんなの、こ?


 永遠とそれほど年の違わないように見える少女。


 もう夜も遅くなろうというのに今更どこへ行くのだろうと気がかりに思う永遠だったが、知り合いでもないし、声をかけるのは止めておこうと考える。


 幾許もせずして、永遠は少女とすれ違う。


 言葉は交わさぬまま、しかしちらと見やったその少女は。


 何故か、笑っていた。


 微かな怖気が永遠の背筋を上っていく。


 気にする必要はない。このまま過ぎてしまえばいいのだ。


 そう思ったときだった。


「――待ってよ」


 少女が永遠を呼び止める。


 無視するわけにもいかず、永遠は足を止める。


「な、なんですか。私になにか用、ですか」


 見た目は普通の人間だ。イマーゴでないのは確かだったが、永遠は警戒を解かずにおいた。


「なにか用ですか、ってさ。コレよ、コレ」


 振り返った少女は変わらず笑っていた。街灯の光を受けて深い陰影のついた少女の八重歯が、まるで獣の牙のように永遠の目には映った。


 そして、それ以上に永遠の視線を引いたのは。


 胸元から引き寄せられ、掲げられたネックレスだった。


 装飾には、中に6と描かれたダイヤマーク。


 ただの首飾りではない。永遠が持つそれと同じ、フェイタルオーナメントだった。


「ソリテュード……?」


 少女の笑みは、肯定。


 そっか。ソリテュードなんだ。


 そこで永遠はホッと胸を撫で下ろす。


「なんだ。一体どんな人に声をかけられちゃったのかと思ったけど同じソリテュード(仲間)だったんだね。びっくりしたあ」


 すっかり気を緩める永遠を、少女は嘲笑した。


「は? あなた、何を言ってるの」


「えっ」


 まさかそんな言葉を投げつけられるとは思っておらず、混乱する永遠。


 まさに馬鹿を見るような目を永遠に向けながら、少女はネックレスに手をかける。


「仲間だとか意味分かんないこと言わないでよ」


 永遠は理解できなかった。


 どうして。周りにイマーゴはいないのに。


 どうして彼女はフェイタルオーナメントを握っているの。


 わけが分からず立ち尽くす永遠に、少女はもう一度侮蔑の眼差しをくれて。


「あたし達が出逢ってやることなんて一つに決まってるでしょ」


 ――思いきりフェイタルオーナメントを引き千切った。


 闇夜に光が迸り、瞬く間に少女の服装が変貌を遂げる。


 一瞬後には、深紅の衣装を纏った少女が永遠を見据えていた。


「ね、ねえどうして変身してるの。別にイマーゴの気配は感じないけど」


 少女の瞳に宿る殺気の矛先を薄々感じながらも。


 間違いであってくれと願い、永遠は問う。


 だがしかし。


「やかましいよ、あなた。さっさと変身しなよ」


 禍々しくうねった刀身をした双剣を構えつつ少女が言う。


 永遠は唇を噛んだ。


「どうしたの」


 ああ。どうやら本当にそうらしい。


「やる気がないっていうのなら」


 この少女は。


「遠慮なく殺させてもらうわよ――――!!」


 私の命を狙っているのだ。


 迫りくる双剣が永遠の心臓を抉り抜かんと牙を剥く。


 その様子を双眸に映しながら。


 永遠は、自身の首にかかるスペードマークを引き千切った。


 ――――――――。


 少女は、笑った。


「なんだ。やる気はあるんじゃない」


 二本の短剣は、両刃剣の腹に受け止められていた。


「……ぐっ!」


 剣を振り払い、ロリータ衣装を纏った永遠は双剣ごと少女を弾き飛ばす。


「どうして私を狙うの……!」


 いまだ状況を受け止めきれない永遠の眼前。


 空中に浮かせた身体をふわりと舞わせ、少女は軽やかに地面へ立つ。


「そんなこと、どうだってよくない?」


 再び両手の剣を握り締め。


「今はあたしとあなたで命の取り合いをやってんだからさ――――!!」


 砕かんばかりにアスファルトを踏み蹴って、少女は永遠へと猛進する。


 まともな会話をしてくれるつもりは、向こうにはないらしい。


 仕方なしに永遠は剣を構えて少女を迎え撃つ。


 再び、三つの刃が交錯。


 甲高い金属音が、今ここに殺し合いが存在することを高らかに謳い。


 鋼と鋼のぶつかり合いが火花を散らして闇の中に光をもたらす。


 繰り返される剣戟の中。


 時折照らし出される少女の顔は狂気に満ちた笑みを浮かべていた。


「ねえどうして! どうして私とあなたが戦わなくちゃいけないの!」


 先ほど久遠と共に倒したイマーゴを凌駕する少女の手数。


 それらを懸命に凌ぎながら永遠は叫ぶ。


「あなた、本当にしつこいね」


 少女の手は止まらない。


「そんなのあたしがあなたを殺したいからだよ! この双剣でズタボロに引き裂いてぶっ殺してやりたいから! それ以外に理由なんてありはしない!」


 そんな。


 そんな理由でソリテュード同士が争って良いものか。


「おかしいよ! あなたはおかしい! 私達の武器は、この剣とその剣はイマーゴを倒すためのモノでしょう!? ソリテュード同士が向け合っていいモノじゃないはずだよ!」


「なんなの」


 瞳の色を冷ましていく少女に、それでも永遠は叫ぶ。


「だって私達は! 私達ソリテュードは同じ目的を持つ仲間でしょう!?」


 永遠の懸命な訴えが続く中。


「ったくさあ」


 少女はいい加減呆れた顔を模った。


「あなたの言ってること、意味分かんないよ」


 一瞬の隙を突いて。


 少女の双剣のうち一本が、永遠の両刃剣を跳ね上げた。


「しまっ――」


 そしてもう片方が、一度刺さったら二度とは抜けないようにうねり捻じれた刀身の切っ先を永遠の腹部を目がけて突き出す。


 まずい。まともに食らったらただでは済まない。


 永遠は筋肉を、関節を捩じ切る覚悟で身体を捻った。


 間一髪で鳩尾に風穴を開けられるのだけは避けた。が、追って飛んできた少女の強烈な蹴りを受けて、永遠は数メートルの距離を吹き飛ばされた。


 放り出されたマネキン人形のように力なく地面を転がる永遠。


「ごほっ……がはっ……!」


 剣を地面に突き立て、杖のようにして立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞いてくれない。


 どうにか膝立ちまで身体を持ち上げ、永遠は視線だけは前方に飛ばす。


 蹴りを受け、受身もなしにアスファルトを転がったせいで全身が酷く痛む。


 しかし、それより深刻なのは横腹であった。


 ズタズタになったロリータ衣装に、どくり、またどくり、と血が滲んでいく。


 完全に避けきることはできなかったのだ。あの残酷な形状をした刃物に抉られた永遠の横腹はきっと衣装よりも惨たらしい有様になっていた。


 痛みをこらえ肩で息をする永遠を、少女はつまらなそうに見つめる。


「なるほどね。やけにぴーちくぱーちくうるさいと思ったらあなた新人なのね。そりゃまるで殺気なんて籠ってない、アホみたいに軽い攻撃にもなるわけだ」


 途端に落胆し、「あーあ。もっと手応えのある奴をぶっ殺せるのを期待していたんだけどなー」などと少女はぼやく。


 しかし。幾許もなくしてその唇は厭らしく歪んでいく。


「けどまあ、そっちの方が有難いっちゃ有難いか。後のこと(、、、、)も楽になるしさ」


 そう呟いて。


 じゃき、じゃき、と双剣を擦り合わせながら近づいてくる少女。


 トドメを刺す。そういうことらしい。


「……はー……っ……はーっ……!」


「そんなに怖がらないでよ。あたしは確かに命を懸けた殺し合いをやって、その上で相手をぶっ殺してやるのが大好きだけどさ。死にかけの奴を甚振り尽くすような趣味の悪い人間じゃないよ」


 舌舐めずりの後に覗いた少女の八重歯はやはり獣のそれだった。


「横腹の傷、痛いでしょ。すぐ楽にしてあげる」


 ソリテュードになってこれほど酷い傷を負ったのは初めてだ。


 流石に治癒が間に合わない。


 永遠の意識はもう、繋ぎ止めておくことが難しい状態にあった。


 そんな状態の永遠が、少女に抗える力を残しているはずはない。


 ……叶世さん。


 今にも飛びそうな意識の中で、永遠は懸命に久遠の名を呼んだ。


 ……助けて。……助けて、叶世さん。


 来るはずがないだろうことは分かっていた。


 それでも呼ばずにはいられなかったのだ。


 空に浮かぶ満月を少女が遮り、永遠に影を落とす。


 もう、終わりだった。


「それじゃまあ、お疲れ様」


 既に永遠の血に濡れた短剣が、今度こそ命そのものを刈り取らんと、その細い首を目がけて振り下ろされた――



 ――鎖。何処からともなく伸びてきた鎖が少女の片腕を縛り上げた。



「な……っ! どういうこと!?」


 封じられた腕に繋がる鎖の先へ、少女は憤怒に満ちた視線を飛ばす。


 かつ。かつ。落ち着き澄ました足音と共に。


 どこの業者が所有しているのかも分からない倉庫の屋根から鎖の持ち主は姿を現した。


「そこまでにして頂けないでしょうか、暮乃朱音(くれないあかね)さん」


 久遠ではなかった。


 大人びた少女だった。


 自分達と同じく特殊な衣装。


 首に嵌められたリングに見えるハートマークとQの文字。


 間違いはない。


 彼女もまたソリテュードであった。


愛愛門華蓮(いとしまなかどかれん)……っ!」


 暮乃朱音は鎖の向こうに立つ少女――愛愛門華蓮に犬歯を剥き、敵意を顕わにする。


「久々に姿を見せたと思ったらいきなり何をするの! まさかあたしの獲物を横取りしようってわけじゃないわよね!」


 激怒する朱音とは対照的に、華蓮は実に冷静で沈着だった。


「そんなつもりはありませんよ」


 静かに朱音を見下ろし華蓮は言う。


「ただ、人目につくような場所での戦闘は避けて欲しい。それだけです。一般人に私達の存在を知られては困るでしょう」


 敵意はなく。殺意もなく。


 あくまで冷静に。お願いするように。


「だから、ここは退いて頂けませんか」


 華蓮は朱音に語りかける。


 けれど朱音は、


「くだらない」


 そう一言、吐き捨てた。


「そんな理由で目の前の美味しい獲物をみすみす見逃してたまるもんですか。この子は殺す。なあに、心配は要らないわ。もし誰かに見られるようなことがあったら、その子達もまとめてあたしがぶっ殺してあげるから。そうすれば問題はないでしょ」


 わざとらしく口角を吊り上げて笑ってみせる朱音。


 そしていまだ自由な左手に握られた短剣を構え、


「だからさ。あたしがこの子を狩り終えるまでのちょっとの間、あなたはそこで黙って眺めて――」


 言いながら自身の腕を縛る鎖を斬り落とそうと振り上げた。


 だがしかし。


「あら、そうなんですか」


 刹那、新たに四方八方から伸びた鎖が朱音の身体を絡め取り。


 一つの瞬きを終える間もなく両手両足の全てを束縛した。


「ぐっ……!」


 完全に動きを封じられ、もがく朱音。


 さらに一本の鎖が、じゃらり、と音を立てながら彼女の首に巻きつく。


 落ち着き払った華蓮の表情はあくまで優しく、しかし先ほどまでとは明らかに違っていて、どこか寒気のする冷酷さを滲ませていた。


「でも、あなたがその子を殺し終えるのを待っているよりも私があなたを殺し終えることの方が早く済みそうですね」


 ぎり、ぎり、と鉛の大蛇が朱音の首を締め上げていく。


 苦しそうに顔を歪めながらも、朱音はそれだけで人を殺せそうなほどに殺意の籠った眼差しを華蓮に突きつける。


 激昂した双眸と平静な双眸とが、互いに互いを映し合う。


 数秒間の沈黙があった。


「……くそ野郎」


 やがて朱音はそう吐いて。


 奥歯を噛み締めながら変身を解いた。


 確かな降伏を見届け、華蓮は微笑む。


「ありがとうございます暮乃さん。ご理解に感謝いたします」


 そして朱音を鎖から解放した。


 大変に赤くなった首や手首をさする朱音は、戦意は収めながらも、いまだ確かな殺意をもって倉庫の上に立つソリテュードを睨み上げる。


 そうして一言、


「次に会ったときは絶対に殺してあげるから」


 と言い残して。


 暮乃朱音はその場を去っていった。


 小さくなっていく朱音の姿を、華蓮は言葉なく見つめていた。


 しばらく倉庫上に佇んでいた華蓮だったが、ほどなくして飛び降りると永遠の元へ歩み寄ってくる。


 そして笑顔を浮かべると、手を差し伸べた。


「あの、大丈夫ですか?」


 問われた永遠は、華蓮の言葉に応えられない。


 永遠は既に朦朧としていた。


 それでもただ、自身が命の危機を脱したということだけは理解していた。


 助かった。


 私、助かったんだ。


 この人が私を助けてくれたんだ。


 華蓮の表情に、言葉に、安堵して。


 永遠は、遂に意識を手放した――。


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