8、早希
僕はレンと別れて早希の元へ向かった。
レンを置いてきたのは単純に早希が男子が苦手だからだ。
ちなみに薫は女子達に連れていかれた。
「あ、薫ここにいたー、急にいなくなっちゃうんだもん。ビーチバレーに戻るよ」
なんて言われて。相変わらず大人気だ。
水野早希は追われていた。
その道筋を遡ると、男子の死屍累々が……
――――なんて大げさだが。まあ何人かは落ち込んで地面にのの字を書いていた。
きっと告白して玉砕したのだろう。
真琴はその男子から話を聞いて早希の所へとたどり着いたのだった。
早希は断崖絶壁でしゃがんでいた。
どんなサスペンス!?
まさか自殺とかじゃないよね大丈夫だよね。
と、とりあえずまずは……「はやまっちゃダメだ!」かな。
そ、それとも「自首するんだ!」なのかな。
いやいやまず僕が落ち着こう。
なんて考えていたら早希の横顔がちらりと見えた。
潮風を頬に感じ髪をなびかせ、手で髪をそっと押さえながら遠くを見ているようだった。
しかしその表情はとても穏やかだった。
僕はほっと一息つき自然と話しかけていた。
「ここは風が気持ちいいね」
僕は驚かせないように風で流し届けるような声で喋った。
すると早希はゆっくりと振り返った。
「真琴さん……はい、とっても気持ちいい風です」
「うん、昼寝とかしたらいい感じかも」
「ここでお昼寝はオススメしません、落ちたら大変ですから」
「確かに、起きた時ビショビショでビックリしちゃうね」
「ふふふ」「あはは」
二人は笑いあった。
――――後ろのほうで微かに動く気配があった。
「なんか楽しそうなんですけどー」
「まあまあ薫殿、微笑ましいではありませんか」
「何その殿って! まあいいけど……むぅ私達の入る隙間ないじゃん」
「ふふふ、ここはしばらく生暖かく見守りましょうや」
「まさかこのまま二人がくっつくってことはないよな」
「なんでアンタまでいるのよ」
「こまけーこたーいいんだよ」
木の影からにゅるりと薫、紀子、レンの三人が顔を出していた。
気になってこっそり後をついてきたのである。
「ちょ! どさくさに紛れて変なとこ触んないでよ」
「ば、触るわけないだろ! 女になんて興味ないんだ」
「ごめん薫、触ったのあたしだわ」
………………
…………
……
「あはは、しかしレン先輩もそんな冗談をいうのですねえ。女に興味ないなんてまたまた」
それを聞いたレンは心外だと言わんばかりに、
「いやいや、小学生のころから真琴が好きだって散々言ってきたじゃねえか」
「え、好きって……本気のマジのLOVEってことですか?」
紀子は本当に驚いた顔をした。
「つか、遊園地の時も言っただろーが」
「いやそうなんですけど、あれは普通にあたし達が邪魔だったから言ったんだとばかり……あ、あれ? でもだとしたら……」
紀子は薫の顔を見た。
薫は微妙そうな表情をしてそっぽを向いた。
「あーあはは。そうなんですねーうん……」
紀子もまた微妙そうな感じに答えるしかなかった。
……紀子は気がついたのだった。
薫は遊園地で何故あれほど落ち込んでいたのか。
大好きなお兄ちゃんが取られるというよりは、大好きな人が盗られるという切迫感だったのではないだろうかと。
なんて後ろでこんなやり取りがあること露知らず、真琴と早希は楽しそうに話を続けていた。
「――――ふむふむ、早希ちゃんは料理部に入ってるんだね」
「はいそうなんです、是非今度食べに来てくださいよ、きっと他の皆も喜ぶと思います!」
「いやぁ喜んでもらえるなら嬉しいけど……早希ちゃんの作る料理は食べてみたいかな」
薫ちゃんならきっとキャーキャー言われて歓迎されるだろうけど、僕がいってもそんな喜んでもらえるのだろうか?
「真琴さんが来てくれるのでしたら私、腕によりをかけて作っちゃいます」
「うん楽しみだよ、あ、でも料理だけ食べに行くのってなんか図々しい気がするけど大丈夫なのかな」
うぅ、僕は小心者なんです。周りから白い目で見られた時には耐え切れなくて逃げ出しちゃうんです。
そんな僕の心配を見通してか、
「あはは、大丈夫ですよ。料理は食べて貰う人がいて初めて頑張ろうって気になれるんですから。むしろ今の料理部の状態はダラダラとしていていまいち緊張感がないんです。だから新しい波が! 真琴さんの存在が必要だと思うんです!」
すごい、すごいよ早希ちゃん。
オーラが……オーラが見えるよ!
料理に対する熱意というものがひしひしと伝わってくる!
「なんて熱弁を振っちゃいましたけど実は料理部の先輩から、好きな人呼んできて食べてもらいなさいって言われてたんです」
早希は右手を握って頭にコツンと当てると、えへへと照れた笑いを浮かべた。
って好きな人って言った!?
いやいや、多分そういう意味じゃなくて友達を呼べとかそういうことなんだろうな。
てか僕は何でこんなにドキドキしてるんだろう。
「そ、そっか。それなら僕も遠慮せずに行くことにするよ。あはは」
「ふふふ、そうですよ。堂々ときてくださいね」
それから料理のことしばらく話したあと、真琴の好きな食べ物や甘いものは好きか? などなど。話は膨んでいくのだった。
――――いっぽうその頃後方で話を伺ってた3人は、
「だー! ここ虫多すぎ!」
「もうこんなこ所いやぁ」
「おい、うっさいぞお前ら」
もう、てんやわんやの大騒ぎでした。
「もう戻ろうよ、ね? このままじゃ虫刺されで大変なことになっちゃうよ」
紀子の悲鳴のような言葉に、
「そうだね、さすがにもういいでしょ……私もここはキツイわ」
薫は間髪いれず賛成したのだった。
「俺はここで二人を見守る! お前らは帰っていいぞ」
どうやらレンは虫よりも真琴が気になるようで……薫はレンのその生一本なさまに何となく負けた気持ちがしたが、さすがに体中が真っ赤に膨れ上がることを天秤にかけたら帰らざるを得なかった。
なんか悔しい。
「あとはあんたに任せるからもし何かあったら……その、よろしくね」
言った後に、何かってなんだよなんて思ったけどレンには通じたらしく、
「あいよー、まああとは俺に任せとけ」
レンは崖の二人を見たまま手だけを振って答えた。
薫は最後に真琴と早希の表情を見た。
とても楽しそうな雰囲気に、ちょっと……いや、かなり嫉妬をしてしまった。
兄に友達ができるのは別に嫌ではない、気持ちではわかっているんだけど、感情がそれを許さなかった。
最初は早希ともっと仲良くなるつもりだった。兄と一緒にお話をしようと思ってここにきたのに。
多分薫一人だけだったら最初の方に、真琴と早希の間に入っていっただろう。
しかしレンもいたので出ていくことができなかった。
「あんなやつのことなんかほっといて、紀子と話に加わればよかった……」
薫は誰にも聞こえないような囁きで一人ぼやいていた。
――――どれくらい時間が経ったのだろう。
太陽はすでに西の方に傾いていた。
真琴と早希はまだ崖にいたのだった。
いくら夏とはいえ、こんな風が強い場所にいつまでもいられないな。旅行にまできて風邪なんて引きたくない。
そろそろ別荘に戻って夕食の準備とかしたほうがいいよね?
「っともう随分と話し込んじゃったね。そろそろ戻ろっか」
僕は話しの区切りがついたところでそう切り出し立ち上がった。
「あ……はい……なんだか楽しくて時間を忘れちゃってました」
早希もいい時間だと気がついたらしく慌てて立ち上がった。
「そうだね、早希ちゃんとは相性がいいのかな……お話するの楽しくてなかなか切り出せなかったんだ。でもさすがにいい時間だしね」
「ほ、ほんとですか。相性いいのかな……だとしたら嬉しいです」
「う、うんいいと思うよ、こんなに落ち着いて話せる相手って薫ちゃんかレンくらいだし……それじゃ帰ろう?」
そう言って僕は歩き出そうとする。
しかし、このあと早希から思ってもいなかったことを聞くことになる。
「待ってください真琴さん!」
あまりの大きな声で僕はビクリと反応してしまった。
振り返ると早希は手をぎゅっと握りこみ、顔は下を向いてしまっていた。
僕は何となく落ち着かない気持ちだった。そしてその場から金縛りになったように動けなくなっていた。
「わ、私とつ、つつ……ぁ…………さい」
嫌な予感がした。
こういう展開は避けたかった。
だって僕の答えは決まっているもの。
「私と付き合ってくだしゃぃぃぃぃ!」
………………………………
「えっと……」
早希ちゃん……君はほんと可愛いね。
なんて不謹慎ながら思ってたら、
「あ、あの違うんです! いや、その、違うってことはないんですけど、そうじゃなくてええと……あの、その……あー私ってほんともぅ……」
早希は顔を真赤にして手をブンブンと振っている。
僕はいつの間にか、ふふふ、と笑いをこぼしていた。
「ほ、本当に違うんです、言いたいこといっぱいあって! えっと、いろいろと中身を飛ばして結論を言ってしまったというかなんていうか……って真琴さん笑わないでくださいよっ……もー」
「ごめんね、だって早希ちゃん可愛いんだもの……とりあえずほら、手に『人』という字を3回書いて飲みこもう? ね?」
「はぃ……」
――早希は律儀にもしっかりと人という字を3回書きしっかりと飲み込んだ。
そして落ち着きを取り戻したあともう一度話をすることにした。
「あのですね、私って男性が苦手なんです。それでですね、前々から噂になっていた真琴さんとお話ししてみたいなって思いまして……」
早希は順を追って話をし始めた。
「それは僕が女の子みたいっていう噂なのかなやっぱり」
「はい、だから薫ちゃんに頼んでこの旅行に連れてきてもらったんです。もちろんこれを機に普通に男子と話しができるようになるんじゃないかっていう目論みもあったんですけど」
「ふむふむ」
なるほど、早希ちゃんは男子が苦手な事を治したいとは思っているのか。
僕は相槌だけ打ち続きをたす事にする。
「それで今日ここにきて一番に真琴さんに挨拶できて、少しは自信がついたんですけど……ダメだったみたいです」
「ここに来る途中にいた男子のことだね……」
明らかにしょぼくれていたもんね。
「そうなんです、一言も……いえ、顔さえまともに見れなかったです」
それは……確かに凹むかも。
「そ、それでですね、ここでまた真琴さんに会って、こんなにお話できて私には真琴さんしかいないなって思ったんです!」
ってまた話飛んでるー!
「ま、まって確かに僕とは話を普通にできるけど……ってまた話ちょっと飛んじゃってない?」
早希は少し興奮していたのか僕の方に乗り出して顔を近づいて来ていた。
「あっ、ご、ごめんなさい。えっとですね、まともに話せる男子は真琴さんだけなので、しばらく私とお話の相手をしてほしいなって……男子とお話するチャンスなんてきっともう無いと思って焦ってしまって、付き合ってくださいなんて言ってしまったのです」
僕は内心かなりほっとしていた。
「そっか……つまりはお友達になろうってことでいいんだよね?」
「はい! その通りなんです。男子の友達初めてなので緊張してしまって……そのいろいろごめんなさい」
早希はペコリとお辞儀をした。
「ううん、僕も嬉しいよ。早希ちゃんとはもっと話もしたいし遊びにも行きたいしね」
「私も真琴さんと一緒にお買い物したりとか美味しいケーキ食べたりとかいろいろしたいです」
「ふふふ、それもいいけどね。僕は男子だから、ゲームセンターとかもいっちゃうよ?」
「望むところです!」
二人はまた楽しそうに別荘に帰っていくのだった。
――――しかしその後ろに二人を見守る影が一人……佇んでいた。
「付き合ってくださいとか言ってたか……? てかその後の会話が聞こえなかったが……」
ただ二人が楽しそうなのを見ていたので不安にかられるのだった。