13、告白
「はい、実はそうなんです。私、真琴さんを一目みたときから……好きになっていたんです」
――――僕はある程度想像していた通りの答えを耳で受け止める。
しかし、想像していることと、実際に言葉の発音として言われること、自身にうける衝撃の強さは段違いだった。
……例えば自分にとても積極的な人がいたとして。
その場合、大抵の人は自分に好意があって、好きなんではないか? と思うに違いない。
でも本当の事実はその好意を向けてくれている本人にしかわからないものなのである。
当たり前のことだけれども、そのことをどんなに推し量ろうとしても、結局は言葉にして初めて伝わることだと思う。
「ねえ早希ちゃん、それは僕のことが好きなのかな……?」
そう問い掛けると、早希は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、首を傾げつつ僕の顔を見つめる。
少し意地悪な聞き方だったかもしれない。
「ごめん、その、つまりね。僕の容姿だけを気に入ってくれたのかなって……」
僕は恐る恐る言葉を口にした。
そこまで言うと僕の言いたいことが理解したのか、早希は首を大きく振り、
「ち、違いますっ! 確かに最初はその……小さい子で可愛いなって……思ってましたけどっ! 昼間お話をしてわかったんです……私は真琴さんを本当に好きなんだなって」
ああ、僕はなんて臆病なんだろう。
自分のことをこれほど情けないと思ったことはなかった。
本能の中に埋もれている疑心暗鬼によって、相手にここまで言わせないと、本当にそれが真実なのか確かめずにはいられないのだ。
そして僕は早希の言葉は本心なんだと思えていた。
だって実際に僕たちはあの崖で心地良い会話ができていたのだ。
一途な思いで告白してくれた早希ちゃんに惹かれていたのは事実だった。
僕もこの子とは気が合う。そう感じたんだ。
嬉しいはずの告白なのに、緊張のせいなのか、お風呂の中だというのに震えが止まらない。
さっきから心臓の音がうるさいくらいに脈打っていた。
正直僕はなんて答えていいかわからない。
嬉しいと思う反面、言いようもない罪悪感が僕を包み込む。
そうしていつの間にか僕は宙に浮いているような感覚に陥っていた。
頭はぼやけて、目は虚ろで、平衡感覚は完全に麻痺し、そして……僕は暗い世界へと落ちていった。
――――朝。
夏の暑い朝日が僕を包み込み、あまりの眩しさで僕は目が覚めた。
あれ……僕はいつ寝たんだっけ。
記憶があやふやで考えが定まらない中、目に手をかざし眩しさからどうにか逃げ出そうとする。
そういえばお風呂で早希ちゃんと会って……あっ! 告白されたんだった。
ガチャ!
突然扉のドアが開けられる音がした。
ひょっこり顔を覗かせたのは薫であった。
「あ、お兄ちゃん起きたんだね。体は大丈夫?」
手にもったペットボトルの水をちらつかせながら僕に近づいてくる。
そしてハイッ! と水を手渡しされる。
「ありがとう。喉乾いてたんだ。いただくね」
水を一気に半分ほど飲み、ふぅと一息つく。
「おおぅ、いい飲みっぷりだね」
乾ききった体に水が染み渡る。体の中から細胞が喜びの宴を上げてるように活き活きとしてきた。
「この水のおかげで生き返ったよ」
「それは良かった。お風呂で倒れたってきいて心配したんだよ? 早希が血相を変えて私達を呼びに来たもんだから、ほんと驚いたんだから」
どうやら昨日のことは夢だーってことにはいかないらしい。
うぅ、どうしよう。
僕の記憶が確かであるならば、最悪のタイミングで気を失ったことになる。
僕は俯いて落ち込んでいた。そんな様子を見て薫は、
「んで……なんで早希と二人でお風呂に入ってたのか……説明してもらおうかなぁお兄ちゃん?」
にこやかに口ではそう言う薫ちゃん。
だがしかし、目は笑っていない。
「えっとね、話せば長くなっちゃうかなぁ……って?」
「長くて結構。隅から隅まで、ピンからキリまで、包み隠さずすべてきっちりと話してもらおうかな」
「……はい、わかりました」
こうなったら最後である。
僕は告白されたこと以外は全部話すことにした。
朝に挨拶されて知り合ったこと。
海でお話をして仲良くなったこと。
偶然お風呂で会って、そしてそのまま二人で入ってたこと。
すべて話終わるまで薫ちゃんは口を挟まずに大人しく聞いていた。
目は真剣そのものだった気がする。まるで僕の話すことを一字一句聞き逃してなるものかというように。
薫はしばらく考えてる感じだったが、意を決したかと思うと、僕に向かって質問を投げかけてきた。
「それで……お兄ちゃんは早希と付きあってるの?」
「へ?」
今なんて……
「だから! 付きあってるかってきいてるの!」
えぇぇぇぇっ! なんで! 告白のこととか言ってないのに!
そもそもまだ返事してないんだ……どうしよう。
と、とにかくまだなんだし、ここは……
「まだ……付き合ってないけど……」
こう言うしか無かった。
「まだ? なに、それじゃこれから付き合う気あるの? お風呂で告白されたとか?」
まるで、見てきたかのように質問してくる薫。
「えっと……な、なんで薫ちゃんがそんなこと……」
「わかるよ! だってあの早希がそんな積極的になるなんておかしいし。それにお兄ちゃんの態度おかしいから。てか本当に告白されてたんだ……」
薫は今にも掴みかかりそうだった。
実際、僕は迫力に負けて、腰が引け気味だった。今にもバランスを崩して布団の上にねころびそうである。
「あの……薫ちゃん……」
「……ダメだから…………」
「え?」
「付きあったらダメだから!」
ドサッ!
僕は薫ちゃんの手によって布団に押し倒されていた。
手をしっかりと固定し、馬乗りになり、僕をじっと上から見下ろしている。
「もし付き合うのなら私をはねのけていって」
「……僕には無理だよ」
「どうして?」
「だって……付き合う気はないのだから」
――――そう。
僕は断ろうとしていたのだ。
眩暈がして倒れてしまったのも、断ることへの緊張のため。
……僕の心の弱さが問題だった。
「……だから、安心して? ね?」
いつの間にか目に涙をうかべている妹を安心させるように、僕は優しく話しかける。
「ううん、安心できない、だから……お兄ちゃんから……してほしい」
薫は顔を赤くしながら、そうつぶやく。
「え……最後なんていったか聞こえなかったんだけど……」
「だから! その、ね……うー、もういい!」
「どうし……っん!」
僕は薫ちゃんにキスされていた。
ただ口を合わせるだけのキスは、ぎこちないながらも薫の一生懸命な気持ちがストレートに伝わってくる。
しばらく温かい繋がりをお互いに感じ、そしてどちらともなく、自然と離れていた。
僕たちはお互いに見つめ合い、そして意識した。
もう兄妹という枠を超えているんじゃないか。
普通の兄妹というものがどういうものか、僕たちは知らない。
ただ、キスという行為は兄妹ではしてはいけないもの。それは分かっていた。
――でも不思議と、僕たち兄妹にとっては別にいいのではないだろうか。
そんな風に感じていた。
…………それが自分の中のどんな感情なのか、あとはそれを認める勇気だけ。
「遊園地の夜以来だね」
「うん……いつも不意打ちなんだから」
「いいじゃん減るものじゃないし……だから今度はお兄ちゃんからしてほしい」
そこからの僕はとても自然だった。
馬乗りになっている妹の首に手をかけ、そのまま引き寄せる。
……そして僕達の唇は再び重なった。
僕は今、自分の意志で、兄妹という枠を越える決心をしたのだった。




