12、追憶
今回は早希のお話です。
話数とかどうしようかと思ったんですが……もうそのままナンバリングしていきます。
――――私は男子が苦手だから女子高に行きたい。親にはそう伝えていた。
お父さんは反対しなかった。だけどお母さんからは、社会人になったときそれじゃ困るから、絶対慣れておいたほうがいい、そう諭されたのだった。
実際その通りだと思う。いつまでも苦手だから無理ですなんて、通用するはずはないからだ。
彼氏でも作れば慣れるんじゃない? なんてお母さんに言われたっけ。
でもお父さんは泣いて、それだけは勘弁してくれ! だって。
お母さんと二人、それが可笑しくて笑っちゃった。
こうして私はこの学校に入学したのだった。
入学式のとき、クラスに一際目立つ子がいた。
その人は女子の制服を着ていたけれど、とてもかっこ良くて、凛とした立ち振る舞いの人だった。
――――睦月薫。
自己紹介の時に聞いたその発音は、とても印象に残っていた。
初日から男子にビクビクしていた早希にとっては、クラスからの注目を一身集めていた薫は、とても眩しい存在だった。
でももしかしたら、あの人と一緒に入れば、男子が苦手という弱点が克服できるのではないかと早希は思った。
その日から私は睦月薫さんと何とかお話をしようと機会をうかがっていた。
そんなある時、いつも睦月薫さんとお話をしている佐藤紀子ちゃんが、私の方に近づいてきた。
「ねね、良かったら一緒に話でもしようよ、いつもあたしたちのほう気にしてたし」
突然の誘いに私は戸惑っていた。ようやくその機会ができたというのに、まったく心の準備ができていなかった。
睦月薫という人物はいつも周りから人が集まってきていて、とても私が触れていい存在ではない、そう感じていた。神々しい……とでもいうのかな。
私が鈍くさかったせいだろうか、いつの間にか睦月薫さんが私の前に来ていた。
「水野早希ちゃんだよね? 良かったら一緒にお話しよう」
とても親しみ深い笑顔で、本当に素敵でカッコイイと思った。
この人がきっと私の王子さまなんだなと、この時は本気で思っていた。
……でもやっぱり現実は否応にも現実なのである。
私は人より臆病なせいか、相手の思っている感情が少し感じ取れた。
有り体にいえば、空気が読める。そんなところだった。
お話をしていくうちに、薫ちゃんと紀子ちゃんは本当の親友なんだということを理解していた。
薫ちゃんが必要としているのは、薫ちゃんに憧れる存在では無く、薫ちゃんと肩を並べて共に歩んでいく存在なんだと分かってしまった。
それに薫ちゃんは普通なのであって、同性に恋をするような人ではなかった。
それが分かった時、私は一人で勝手に恋に落ち、そして失恋していたことに気がついたのだった。
最初、私の考えは純粋に友達になりたいというものではなく、薫ちゃんと一緒に入れば、注目を一緒に浴びてこの性格をどうにかできるんじゃないかという不純な考えだったのだ。
そんな不純な動機から薫ちゃんに近づき、そして好きになってしまった。
私には最初から友達という概念はなかったのだ。
それに薫を好きになることは、根本的な解決になっていなかった。
男子が苦手だからって、男の子っぽい女の子に恋をしても意味がないのではないだろうか?
……でも、男子を好きになれない以上、女子を好きになるしかないんではないか。
薫ちゃんを好きになったのは単なる憧れなのではないのか。
私は自分の心がよくわからないまま、解決の糸口もつかめない、まるでゴールのない螺旋階段を下っているような……そんな心の葛藤を続けていた。
――――そもそも私は男子が苦手ではなく嫌いだった。
小学生のころから物静かな私はよく男子にはからかわれていた。
そして極めつけは、人よりずば抜けて成長している部位である。
中学生になった時には特にそれは抜きん出ていた。
体育の授業なんかでは、男子の視線が突き刺さるようにわかり、それがとてつもなく嫌だった。
なんとか目立たないように努力をしてきた成果があったのか、それとも他の人が早希の成長に追いついてきたのか、高校に入る頃にはそれも目立たなくなっていた。
そんな苦い想い出が早希の中を駆け抜け、私はある考えに至った。
別に男子を無理に好きになることなんてない、今は機会がないだけだと思うし、努力してもどうにもならないことだってある。
男子なんてどうでもいい。
結婚なんて憧れてもいないし。
生涯独身を貫いてやるんだ。
まるで悟りを開くかのごとく、私は自分にそう言い聞かせた。
要は、考えることを止め、現実から逃げ出したのだ。
――――入学してからひと月が経とうかという頃、私はその姿を見つけた。
その子は私たちと同じ学校の制服だったけど、男子の制服を着ていた。
でもその顔立ちはどうみても女の子そのものだった。
仮装でもしているのかな? 最初はそう思ったが、ここは学校内だ。そんなことできる場所ではないと思い直した。
私は興味がわき、その子のことを少し離れた場所から観察していた。
校門の辺りまできたとき、その子の隣に見覚えのある人がやってきた。
薫ちゃんだった。
私は何が何だかわからず、その場に立ち尽くしていた。
家に帰ってからも、あの二人のことが気になって悶々とし、その日の夜はなかなか眠れなかった。
次の日。私は気になって我慢ができず、最近は疎遠になっていた薫ちゃんに昨日の小さい子は誰かと尋ねていた。
そうしたら予想もしてない答えが返ってきたのだった。
なんと二人は兄妹だという。
しかもあの小さい子が一つ上の先輩だとか。
名前は睦月真琴……まこと……マコト……真琴……
私は心の中でその名前を反芻する。
うん、なんていい響きなんだろう。
…………それに何より、本当に男の子なんだっていう事実に震撼していた。
私は俄然、真琴さんに興味がわいていたのだった。
――――水野早希は小さいものが好き。
それは言わずもがな、自分のトラウマのせいでもある。
大きく成長しすぎた自分の胸は本当に悩みの種だったのだ。
そのせいもあり、小さい物が好きだった。
ドーベルマンよりダックスフンド。
オールドファッションよりDポップ。
いくらよりとびこ。
例えをあげたらきりがないけれど、とにかく小さいものに目がなかった。
特に好きなのがキーホルダー。
お土産として有名なそれは、各地の名産を取り上げていることが多い。
そのためなんでも小さく仕上がっており、早希にとってはこれ以上ない素晴らしいものだった。
そんな早希の前に現れた、真琴の存在は、天から舞い降りた天使のような……いや、女神といっても過言ではないだろう。
先輩なのに小さい、だけど男の子。
子供みたいに可愛い、そして女の子みたいな容姿。
なによりもう高校生だから、これ以上成長の見込みはないのである。
つまりこのまま小さいままなのである。
小さいものが大好きな早希。
男が苦手な早希。
女の子を好きになってしまう早希。
そんな早希の条件をピッタリ満たしてしまう存在は真琴ただ一人なのであった。
それは早希を魅了してやまないことは明白な事実なのだ。
とにかく話がしてみたい。
そして一緒に遊んだりしてみたい。
できることならそのまま彼氏として楽しい時を過ごしたい。
そんな早希の妄想はとどまることを知らなかった。
――しかし現実は非情にもただただ過ぎていった。
一学期も終わろうかという頃、早希の耳に楽しそうな会話が流れこんできたのだった。
薫ちゃんと紀子ちゃんが旅行に行くという話をしている。
どうやら夏に先輩たちと一緒に旅行にいくらしい。
薫ちゃんが行くのだとしたら、その先輩の中に絶対お兄さんの真琴さんがいるはず、早希はそう確信していた。
この機を逃したら私に一生チャンスはないと思った。
……今、勇気をださないで、いつだすっていうのよ!
私は自分自身にそう言い聞かせ、勇気を奮いだたせるのだった。
気がついたら私は薫ちゃんと紀子ちゃんの前に立っていた。
こうして私はついに自分の力で道を切り開くことができた。
これで真琴さんに一歩近づくことができた。
あとは、当日に話しかければいいだけ。
大丈夫、私はもう変われる。そしてどんな結果になろうとも、後悔することはない。
不思議とそう思えるのだった。
――――そして夏休みが始まるのだった。




