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0、小さな青い花

今回のお話は過去で、薫視点です。

そのため話数は……とりあえず0ということで。

 わたしの名前は睦月薫。小学2年生で7歳です。

 わたしには兄が一人います。睦月真琴、一個上の3年生。


 でもわたしはこの兄が好きではありません。

 いつもおどおどしてるし、それにわたしより女の子っぽいから。

 学校では女の子とばかり遊んでいます。

 家ではわたしの顔色ばかりうかがっていて……正直いらっとする。


 ……ちなみにわたしは男の子と遊ぶほうが多いかもしれない。

 サッカーやバスケットなんかでは男の子に引けをとらないから。

 それに体を動かして遊ぶほうが好き。

 ゴム跳びとかもいいけど、やっぱりスポーツだよね。



 ある日の放課後、わたしは花壇でお花をながめている兄たちを見つけた。

 同級生の女の子かな? 楽しそうにお話ししている。


 そこに同級生の男の子かな? 3人組の男子は兄たちを囲んでしまった。

 仮にもわたしの兄だし、気にならないといえば嘘になる。

 わたしはこっそり様子をうかがうことにした。


「おいおい真琴ちゃんよぉ、お前男のくせになに女の子と遊んでるんだよ」

「おまえ本当は女なんだろ、それかしゅじゅつだ! しゅじゅつしてせーてんかんしたんだろ」

「せーてんかんだ! せーてんかんだ!」


 どうやら、兄はからかわれてるようだった。

 兄とその友だちの女の子も怖がってしまって、下をむいている。


 むかつく。

 あの男子もむかつくけど、それ以上になにも言い返せない兄にいらだちがつのっていった。

 わたしはもう黙っていられなかった。


「ちょっとあんたたち、いい加減にしなよ! みっともないと思わないの?」

 わたしは物陰から飛び出し、花壇の縁にのると、仁王立ちしながらいいはなった。


「な、なんだよお前は! かんけいないだろ!」

「そうだ! ひっこんでろー」

「でろーでろー」

 男子はビックリしながらも反撃しようといかくしてきた。


「うっさいだまれ! 関係あるとかないとかどうでもいい! あんたたちがムカツクことしてることは事実なんだから」

 

 わたしは、「そこにいるのは兄だから関係ある」と口にすることができなかった。

 

「かおるちゃん……?」

 兄が少し反応した。

 いいから黙っててと、兄に目でうったえる。


「ちっ、なんだよ、つまんねえ」

「ほんとしらけちまったね、帰ってゲームしようぜ」

「ゲームゲーム!」

 

 3人はぷいっと方向転換すると、ドカドカと存在を強調するかのように帰っていく。

「はぁ、まったく」

 わたしも高ぶる感情をおさえるかのように、その場をさろうと踵を返した。


「ま、まってかおるちゃん」

 背後から兄の声がきこえたけど、わたしはそれを無視して歩き出した。

 それでもわたしを追っている足跡がきこえた。


 トコトコトコトコ


 お、おそい……正直、走って逃げるのもなんか後味悪いから、歩いているんだけど……

 ――兄はさらに歩くのが遅かった。


 仕方なしにわたしは振り返る。

「なに? もういいでしょあいつらは帰ったんだし」

 トコトコとわたしのところまで追いつくと兄はすでに肩から息をしていた。

 

「はぁはぁ……か、かおるちゃん、あのね、ぼ、ぼく……」

 兄はしゃべるのがやっとという感じで、会話がとぎれとぎれになる。

「もうわかったから、落ち着いて、ゆっくり深呼吸してからでいいから」


 兄は体が小さいせいもあってか、心肺機能が弱い。

 いや、それはそもそもの間違いで、運動をしないから弱いといったほうがいいのかもしれない。

 (そもそも薫と比べれば他の人の体力や運動神経など、標準値以下に見えてしまうのはまた別の話である)



 兄がようやく息が整ってきたところで、わたしは続きをたした。

「で、お兄ちゃんなにか用なの?」

「うん、かおるちゃんにお礼いいたくて……これ」

 そう言って兄は手に持っていた物をこちらに差し出す。

 どうやら小さい花のようだ。


「なにこれ?」

 わたしがぼーっとみてると兄が説明した。

「えっとね、これはオオイヌノフグリっていって……あ、花壇に咲いていたのをつんだんじゃないよ? 花壇の縁の下に咲いていたんだよ」

 わたしは何も言ってもないし、思ってないのに、兄は勘違いして慌てて否定する。


「でその、犬がどうしたの」

 長い名前だったので特徴的な『犬』しか覚えてなかった。

「うん、このオオイヌノフグリを薫ちゃんに渡そうと思って……」

「わたしに?」

 

 わたしは無意識のうちにそれを受け取っていた。

「かおるちゃん、ありがと。嬉しかった」

 兄はそう言って元の場所にトコトコと戻っていってしまった。


 わたしはその場から動くことができず、手に持っているお花を眺めていた。

 その花は青くて小さい花だった。

 まるで兄のような花だなと薫は思った。

「オオイヌの……なんだっけ」

 わたしはしばらくその花を眺めているのだった。




 ――――そしてしばらくの後。

 とある男子がいきなりこんなことを言い出した。

「おーいお前、ねーちゃんがいるんだってな?」

「はぁ? なにいってんの? いないし」

 多分兄のこといってるんだろうなとは思った。

 でも本当に姉なんていないし、それを教える義理もなかった。


「いるだろ、一個上の上級生で睦月って苗字のやつが」

 ちっ、ばれてる。薫は面倒なことになったと考えていた。


「しかし随分可愛いねーちゃんだよなー、妹とは大違いだな!」

「はっはっはー確かに確かに」

「こんなガサツな妹を持ってお前のお姉さんは苦労してるんだろうな」

 クラスの男子どもは言いたい放題だ。


「あんだってぇ! それ以上いうと蹴るよ!」

「うわっ! 男女が怒った! にげろー!」

 まったく、ほんと男子はどうしようもない。

 でも困った。

 隠しておきたかった兄のことがばれてしまった……。どうしよう。



 ――――それからクラスはわたしたち兄妹(クラスのみんなは姉妹だと思っている)の話題で持ちきりだ。


「ねえねえ、かおるちゃんのお姉ちゃんってほんと可愛いね、上級生と思えないよ」

 女子の友達も真琴の姿をみたのか、逐一わたしに報告してくる。

 花壇でお花を見ていただの、ゴム跳びして遊んでいただの、図書室で本を読んでいただの……男らしい行動がないのがまた余計いらつく。

 

 唯一男だとわかる瞬間のトイレだって、兄はからかわれるのが嫌なのか職員室のほうまで足を延ばし、そして誰にも見られないようにこっそり入るのだ。

 話を聞く限り、そのときは個室に入り気配を消すのだという。


「おまいは忍者か!」と前にツッコミを入れたのは懐かしい想い出だ。





 ――――そしていかに隠しているとはいえ、薫の姉は実は兄だったってことがバレるのは時間の問題だった。

 それは突然やってきた。


「おい、お前のねえちゃんって実はにいちゃんだったのか?」

「はっ?」

 わたしは咄嗟のことだったので何もいえなかった。


「いや、正直俺もよくわかんねーけど、なんかそう言ってるやつがいてさー」

「あー俺もきいたかも」

「んじゃ本人に聞いてみたほうが早いんじゃね?」

「それもそうだな」


 なんか勝手に話が進んでいる。

 やばい!

 なんかよくわからないけど、きっとバレたら面倒くさい!

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 別に確かめなくても、そんなことどうでもいいじゃん」

 わたしはとにかく止めようと、必死にそう言いながら言い訳を考える。

「えーでも、なんか小骨が歯に挟まってるてーの? ノリが上あごに張り付いてるというか、そんな感じなんだよ」

「もし本当だとしたら面白いしな」

「いこうぜいこうぜ」


 もう止めるのは不可能に思えた。

 こうなったら一緒にいってなんとかしよう。薫はそう決意する。


 どうやら兄の場所はすでに突き止めていたらしくて、花壇に真っ直ぐ向かっていた。

 そしてそこには一人でいる兄の姿があったのだった。


 兄は最初、男子が大勢でくる姿にビックリしていたようだが、わたしの姿を見つけると少し安心したようだった。


「ちわーっす、かおるのお姉さんっすか?」

 一人の男子が軽い感じにそう挨拶した。


「あ、えっとぉ……」

 兄は困ったような、どうすればいいのかわからない感じにわたしの顔をちらちらと見る。

 わたしは自分の顔の前で、小さく人差し指で×を作る。

 もちろん本当の事は言わないで話に合わせてっ! という意味を込めて。

 

 そしたら兄は分かったのか、弱々しい声で、

「ううん、僕は姉じゃなくて兄だよ」

 と答えた。


 なにいってやがりますかああああぁぁぁ!!

 わかってるの? この状況!

 どうしてそんな考えも無しにそんな事が言えるのっ!


 心底、薫は兄に向かって失望を覚えた。

 そして薫はこれから起こるであろうことを予測して頭が痛くなった。


「うおおぉぉ! やっぱり兄だったのかー!」

「うはっまじかよ! てことはなんだ?」

 みんなは面白いおもちゃを手に入れたような、そんな期待感あふれる顔をして、

「あっはっは、男みたいな女の妹に女みたいな男の兄がいるなんてな」

「お前らなんで逆転して生まれちゃったんだよ」

「今からでも入れ替わればいいんじゃね?」

「そうだそれがいい」


 さすがに悪乗りしすぎなクラスメイトに、わたしはもう腹が立って仕方なかった。

 いい加減わたしが口をだそうとした時、以外な人物が口を挟んできた。


「だまって!」


 わたしは一瞬誰が言葉を発したのかわからなかった。

 クラスメイトの男子も誰が言ったのかとお互い顔を見合わせていたが、ふと目の前の人物だってことに気がつく。

 それもそのはずだ、わたしの中で一番この場で発言するのに相応しくない人物が発言したのだ。

 しかもかなりのトーンが低い声色でだ。


 そう、それは兄の声だった。


「僕のことをバカにするのは別にいい。でもかおるちゃんのことまでバカにするのは許さないよ!」

 真琴はそこで見たこともない真剣な表情で男子たちを見る。


 兄の意外な迫力に気圧されたのか、

「う、ごめん、ちょっといいすぎたかも」

「ごめんなさい」

「調子にのりすぎました……」

 と男子たちは次々と反省した。


 わたしは今何が起こっているのか目の前の出来事なのに、理解できなかった。


 あの兄が……なんで?

 自分がからかわれている時は何も言わなかったのに……

 なんでいきなり? しかもあんなに怒って……


 わたしは兄のあんな顔を見るのは初めてだった。

 今までいじめられてても下を向いてるか、へらへらしているだけだったのに。



 そこでようやく、そこに自分が関わってることに気がついた。

 ……わたしたち兄妹が一緒にからかわれるのは、もしかして初めて?


 ――――え、それってもしかして、わたしのせい?

 わたしがいじめられてると思って?


 

 実際そうだった。

 真琴は、薫が男子にいじめられてる! そう思ったら感情が抑えられず憤怒し、それを口に出さずにはいられなかったのだ。




 薫は兄に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 わたしは兄に対して、こんな純粋に心配する気持ちを持ったことはなかったのだ。

 いつもいじめられている兄を見て、身内として情けない思いや、しょうがいない気持ちで助けていた。

 そう、自分のために手を差し伸べていたのだ。


 わたしはいつの間にか涙を流していた。

 男子の姿はもう無く。目の前には兄がいた。


「かおるちゃん、もう大丈夫だからね。泣かないで?」


 そういうと兄は、一生懸命背伸びをしてわたしの頭を撫でてくれた。


「ちがう、ちがうのお兄ちゃん……わたしは……」

 わたしは悪い子なんだ。

 そう言いたかった。

 兄に嫌われようとも、全てを白状して、自分の汚いところをすべて洗い流したかった。


「僕は知ってるよ、かおるちゃんの優しいところも、女の子らしいところも、だから大丈夫だよ」

 

 そう言うとわたしの全てを包んでくれるかのように抱きしめてくれた。

 兄は勘違いをしている。

 でも、もはやわたしは兄の温もりによって、心が雪のように溶けていくのを感じた。


 温かい……それにあの花のような香りがする。

 ――オオイヌノフグリ。

 兄に抱きしめられわたしは花の名前を思い出したのだった。






 ――――それから。

 

「お兄ちゃん! はやくはやくー」

「ま、まってよかおるちゃん!」

「もう遅いよ! 早く学校行って遊ぼうよ」

「うぅぅぅ、おにきょうかんー」


 わたしはあれから毎日のように兄と遊ぶようになった。

 もちろんスポーツ系だ。そこはゆずれない。

 それにお兄ちゃんには体力が必要なのである!


「スポーツすると身長伸びるっていってたよ」

「ほ、ほんとに? うぅ……なら頑張るよ」


 お兄ちゃんの気にしていることはなんでも知ってる。

 身長のことでウジウジ悩んでるのを疎ましく思っていたのもいい思い出だ。

 悩むくらいなら解決するしかない!

 

 バスケットをしている兄はオロオロとするばかりではっきり言って邪魔な感じになっているのだけど、そこはわたしのカバーがあるから大丈夫。

 むしろ今までよりやりがいがあって面白い。

 わたしと兄が組めば調度良いバランスになるのだ。


「うぅ、なんか僕お荷物みたいで嫌だよ」

「だったら少しは上手くなればいいよー」


 兄はそう言いながらも一生懸命頑張ってる。

 うん、兄はいいところがいっぱいある。


 わたしがそれに目を背けていただけだったんだ。

 

「ほら、そこでシュートだよ」

「う、うん! それっ」


 ガンッ! コロコロ……スポッ!


「ないっしゅー! お兄ちゃん!」

「や、やったよー、初めてシュート決まった」


 わたしたちは手を高く上げて思い切りハイタッチをした。


「さあ、まだまだいくからね」

「うぅ、嬉しいけど疲れたよー」

「だーめ! もう一本決めないとお昼ごはん抜きだよ」

「なにそれお母さんみたい」

「でも、お母さんの場合もっと怖いでしょ、ほらこんな顔して……」

「ぷっなにそれ、全然違うし」

「そうかなー似てると思ったのにー」


『あはは』



 二人の笑い声は校庭の隅で咲く、小さな青い花のもとまで響き渡った。


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