10、王様ゲーム
「これから始めるゲームは王様ゲームだ! 知らない人もいると思うので説明する」
ビシッと例の12本の棒をだし、鈴木くんは説明してくれた。
「まずは皆でこの棒を一本ずつ引きます。そして王と書かれた棒を引いた人が王様として命令をします、例えば1番と5番が握手をする……とか!!!!」
とか、を強調し鈴木君は説明を終了した。
僕は何と無しに隣の早希を見た。
それはもう不安とか恐怖とかそういうものが入り混じった表情をしていて見ているのが辛かった。
僕は早希ちゃんの手に自分の手をそっと重ねた。
早希ちゃんはビックリしたようにこちらを向いた。
大丈夫だよ安心して、僕はそんな意味をこめた表情をした。
早希ちゃんは少し緊張を残したままの、でも安心したような笑顔をしてくれた。
すると右腕の袖をグイっと引っ張られた。
僕は咄嗟に早希に重ねていた手を放してそちらを振り返った。
そこには薫ちゃんの睨んでいる顔が……
「なにセクハラしてんのよ」
僕に顔を近づけてボソリとそう口にした。
「ち、ちがうよ。僕はただ危険はないよってことを……」
少し声が上ずってしまった。
「お? なんだー真琴、余裕だな! ……ま、まさかこういうゲーム慣れてるのか!?」
僕の声を聞きつけたレンが愕然としている。
「いやいや! 慣れてないし! 始めてだよっ」
てか僕のほうに注目を集めないでー!
「ふん、どうだか」
薫ちゃんは不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
うぅ、僕がそういうの慣れてないって知ってるくせに……
皆それぞれの思惑を胸にゲームは開始されるのだった。
「んじゃ皆引いてー、まだ言わないでね。例の掛け声いくよー」
え? えええ? 掛け声ってなにー!
僕が戸惑っていたら始まった。
『王様だーれだ?』
まさかそんな、皆の声は揃っている。
し、知らなかったの僕だけー!?
僕は隣の二人をちらりちらりと見る。
明らかに挙動不審だ。
その様子に気がついたのか早希ちゃんがそっと耳打ちしてくれる。
「テレビとかで見たことあったんです……なので心配で」
そっか……だからさっきあんなに不安そうに……
「はーい! わったしでーす!」
王様として元気よく手を上げたのはクラスの女子である。
「まあトップバッターだしねぇ……6番が10番の頭をナデナデする」
「お、俺6番だぞ!」
レンが名乗り上げた。
「えーレンなのー?」
王様の女子はがっかりしていた。
「なんでお前が残念がってるんだよ! 王様だから関係ないだろうが」
「関係あるし、お目当ての子が撫でたり撫でられたりするのがみたいんじゃん!」
キラーンと光る目、それは野獣そのものだった。
「ごめんみんな、10番は俺だ」
そう名乗り上げたのは鈴木君だ。
「………………………………」
「まあ早く済ませちまうか」
「そうだな」
レンが鈴木君を撫でている。
二人とも仏頂面でなんかの儀式みたいだ。
ふふっ、これはこれで僕としては面白いんですけど。
「くっふふふ……」
やばいツボに入ってしまった。
「あ、真琴君笑ってるー!」
そんな僕の破顔した表情をみて女子の一人が指摘した。
レンはこれは時機到来とばかりに、撫でる力に磨きがかかる。
もみくちゃにされる鈴木君がおかしくて僕は声を上げて笑ってしまった。
「真琴君の新たな一面が分かったよ……謎の笑いツボ発見!」
「笑う姿かわいいなあ」
「俺はむしろ真琴を撫でたいわ」
みんな言いたい放題だよっ!
でも僕は笑いを抑えるのに必死だった。既に涙目だ。
「そういうことなら私が撫でますからね」
突然隣から手が伸びてきて僕の頭を撫でる。
「か、薫ちゃん?」
「ふふふ、いいでしょう?」
「よ、よくないってばー」
僕は頭の上を這っている手を掴もうと躍起になる。
傍から見たら、大方、猫じゃらしにじゃれている子猫といったところだった。
「ふむ、やっぱりこの組み合わせが最強だわぁ」
ボソッと何か聞こえた。
「だな、安定のヒーリング映像ですな」
「――――よっしゃ! それじゃ次いってみよぉぉぉぉ!」
鈴木君! テンションたかっ!
『王様だーれだ』
「いえぇっっす俺です」
今度は男子のようだ。
「えっと、そうだな序盤だしまだだよな、うん、じゃあ3番が握りこぶしを顎にあて『お帰りなさいませご主人様』と上目遣いで眼をうるうるさせなが言う」
随分と細かい注文である。
多分女子にやってもらいたいと思ってるんだろうけどね。
「さあ、3番は誰?」
スーっと手を上げたのはなんと薫ちゃんだった。
「わ、私です」
「きたあああああぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!」
町田さん!!? 急にテンション上がった!?
「やべ、これはこれですごい興味が……」
この注文をした本人も興味津津のようだ。
薫ちゃんはプルプル震えている。
が、がんばって。なんだか僕も恥ずかしくなってきた。
「もー! いきます!」
言う前から耳まで真っ赤にしている。
モジモジと手を顎まで持って行き、今まで下を向いてた顔を上げ皆を見る。
あ……
僕は言葉を失った。
あれ? 薫ちゃんってこんな顔できたんだっけ……
「お、お帰りなさいご主人様」
戸惑いながら、羞恥心に耐えながらそう口にする薫の姿は、普段の凛々しい姿とは違い、とても女の子らしい、可愛いと思える表情だった。
「ひ」
「ひゃああああああああぁぁぁ」
あ、町田さんが壊れた。
「お、おい町田! 気持ちはわかるがしっかりしろ!」
「だ、だってあの睦月王子が……ガク」
「ま……町田ーーーーーーー!!!」
き、気持ちはわかるけど、僕は町田さんの悲鳴にビックリだ。
睦月というのは忘れがちだけど僕達兄妹の苗字です。
それで、僕が王女で薫ちゃんが王子……ということらしい。
てか何このコント!!
薫ちゃんはまだ顔を真っ赤にして俯いている。
「よーし、良い感じなってきたな! 次いこうか次!」
みんな意気揚々とクジを引く。
思い思いに王様として命令したいことができたような顔をして……
『王様だーれだ!』
「よし!俺だ!」
そう高々と棒を掲げるのはレンだった。
うわー嫌な予感しかしないよー。
「そろそろいいと思わないか? 少し激しいやつがきてもさっ!」
レンはそう言うと、ぐるりと全員を見渡す。
「そうだな、俺もそう思ってたぜ!」
「あたしもドキドキしたいよー」
「ここはいくっきゃないでしょ!」
うぅ、どうか穏便に物事が運びますように……。
「9番と11番がハグをする」
「ヒョオオォォォォォォォォオオ!」
凄い熱狂だ。特に男子。もう人間の発している言葉とは思えない。
「さあ、栄誉ある9番と11番は誰かな?」
レンの声とともに手を挙げる人物が二人。
えっ!? この二人はまさか……。
一人は男子、そしてもう一人は紀子ちゃん。
二人は昼間、岩場の方で話をしていた張本人たちであった。
うわぁぁぁ。どうなっちゃうのこれ。
僕がハラハラしているのをよそに物語は進行する。
「それじゃやっちゃいますかー。ね?」
まるでこれから焼きそばでも作るかのような気軽さでいう紀子。
「おう。んじゃいくぜ」
同じくあまり動じていない男子。
そのまま二人はぎゅーっと抱きしめ合いハグをする。
え、なにこれ。
僕が呆然と成り行きを見ていたら、薫ちゃんが肘打ちしてきた。
そして小声で、
「どうやら二人は付き合うことになったらしいよ」
「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」
僕はもう驚いたとかそんなんを通り越して動転していた。
そうだったのー。
「あ、真琴君がなんか衝撃受けてるよ」
「刺激が強すぎたんじゃない?」
「驚いてる真琴も可愛いな」
皆がまたなんか言ってるけど今の僕は馬の耳に念仏状態だ。
もしかして、僕だけ知らなかったの……?
もう頭が真っ白だった。
まるで失神してるかのように真っ白な灰となってる僕の姿に、紀子はさすがに悪いと思ったのか、
「ごめんなさい真琴さん、隠してる訳じゃなかったんだけど、自分から言いふらすのもどうかなと思って……皆にはバレてるみたいでしたけど」
紀子はフォローしたつもりが実はフォローになっていなかった。
「皆……知ってたの?」
僕がそう聞くと、一同は一斉に頷くのであった。
救いを求めるように早希ちゃんの方を向く。
「早希ちゃんも……?」
「え……あ、はい、何となくですけど、お二人の言動や仕草とか、この旅行中の行動で……そうじゃないかなーって思ってました」
僕ってなんでこんなに恋愛に疎いんだろう……全然気が付かなかった。
さらにショックを受けていたのだった。
「どうしよう、真琴君が灰になっちゃってるけど……」
はっ! いけない!
ゲームはまだ続いている。僕の恋愛の疎さなんてどうでもいいから、皆が楽しめるように頑張らないと! 僕にはそれくらいのことしかできないのだからっ。
「僕のことは大丈夫だよっ! 続きしよっ! ね?」
目一杯の笑顔でそう言った。
「真琴が続きしよだなんて、なんだかエロいな」
「レン……そう言う卑猥な冗談はやめようね」
目はニコニコとしながら、口は少しも笑わない僕。
「ほほぅ真琴君はそんな顔もできるんだねぇ新鮮だ」
「確かに、だがそれもいいな、なんかゾクゾクするわ」
「うんうん、だね」
う、しまった。ついいつもの癖でレンと二人で話している時のようにしてしまった。
「でも、真琴君のそんな新しい一面を見れてよかった。私ね、真琴君ってなんだかいつも壁を一枚作っているような気がしていたんだ」
突然町田さんがそのようなことを言い出した。
「あー、それは俺もわかるわ。なんか親しみやすいことは親しみやすいんだけど、それ以上深くにはいけなくてな。正直レンが羨ましかったぜ」
男子も町田さんの言葉に感化されたのか続いて発言した。
「うんうんそうだねぇ、だからさ、私たちはね、この旅行をきっかけにもっと真琴君とも仲良く慣れたらなって思って参加したんだよ」
「だな」
「うんうん」
みんな……
僕は勘違いしてたのかもしれない。
心のどこかで僕は遊ばれてる人間だと思っていたのかも。
僕をダシにして、それで楽しく遊ぶのが目的だと……
実際は違っていた。
皆は心から僕と仲良くしたいと思っていたんだ。
それなのに僕は勝手に思い込んで心を閉ざしてしまっていた。
簡単なことだったんだ。
最初から僕の心の扉を開けてくれている人は身近にいた。
扉の向こうの光は届いていたのに、僕はすぐに閉じて、暗闇ばかりを見ていたんだ。
あまりに光が眩しくて、新しい光が怖くて、踏み出せずにいたのだ。
僕はもう皆のいる場所にでたのだ。
あとは僕自身の覚悟だけだとおもう。
皆と一緒の場所に居続ける覚悟が――――
「ありがとう皆……僕、本当に嬉しい」
情けないけれど、泣いてしまった。
「よかったねお兄ちゃん」
薫ちゃんが僕のことを優しく撫でてくれる。
「うん……うんっ」
頷くことしかできなかったけれど、僕はそのとても心地よい感触にしばらく身を委ねているのだった。
「あーあ、これで皆の真琴になっちまったかぁ……」
残念そうに言うレンであったが、顔はとても爽やかな笑顔をしていたのであった。
――――数分の後。
「あ、ごめんなさい。ゲームしてたのに僕のせいで盛り下がった感じになっちゃって……」
僕は開口一番申し訳ない気持ちでそう口にする。
「もぅ、そんなこと気にしないでいいよ? むしろあたしたちは真琴君と仲良くなれたしハッピーなんだからさ」
僕に視線が集まる。
嬉しい。
前は視線を集めるのが苦手だったのに、今はとても自然な感じに嬉しいと思える。
「そうそう、むしろ俺たち、ちょぉぉぉぉ心が萌え上がってきてるんだぜえええええ!!!!」
「萌えってそっちの萌え!!?」
僕はいつも心で思っていたツッコミを今度は口から吐き出す。
「おっ! いいねぇ! それだよ! それを待ってたんだよぉぉぉぉ!」
すごい、テンションがMAX状態になっている。
「あはは」
本当に楽しい。こんなに心から笑うのっていつぶりだろう。
「んじゃ続きをいっちょやりますかー!?」
鈴木君の合図とともに、
『おー!』
『王様だーれだ!』
今までで一番元気な声が部屋一面に響き渡った。




