誤解と勘違い
説明会が終わって間もなく、何の用かアイシャが自らロロに話を振ってきた。
「カレンが『レイチィム』に来た理由は本人から聞いて分かったけど、君は何のために『レイチィム』に訪れて、何故カレンと一緒に行動を共にしていたの?」
「ああ、そいつはな―――」
「ロロは、ストーカーなんだよ!」
「ブふっ!!?」
「………」
事情を話す前にカレンがロロに気遣って、自分も事情の説明を手伝おうと思って会話に割り込むが、単語の本当の意味を知らないまま、とんでもない事を口走り、ロロはその発言に吹き出し、アイシャは眉間にシワを寄せた。
「ちょっ! おま、お前なっ!! なにイキナリ誤解を招くような事を言い出すんだ!!?」
「だってロロ『水底の洞窟』で言っていたよね? ストーカーって言葉」
「た、確かに言ったが、俺自身がストーカーだなんて一言も言ってねぇだろ!? だから俺はストーカーじゃねーし、もしストーカーだとしたら、むしろお前の方だろ!!」
突如として勘違いしているカレンに自身の事を『ストーカー』と説明されたロロは、思わぬ事態になって慌てながらも、擦り付けられた不名誉極まりない称号を返上しよう兼第三者のアイシャに誤解されぬようと必死に抗議し始め、言い出しっぺのカレンに『ストーカー』はお前だと言い放つ。
「だったら、僕ら二人共ストーカーって、事で……」
「何でだよ!? 嫌だよ! 俺は絶対に嫌だよ!!」
現在、金髪の少女を追いかけている自分と少し前まで、自分を追いかけて来たロロとは『人を追う』という共通点が有るので、自分達二人は『ストーカー』仲間だとカレンは評するが、もちろんロロは断固拒否する。
「でもストーカーって、人を追いかける人の事を言うだよね? だったら、ロロもストーカーになるんだよね?」
「だ、だから、それは俺の勘違いだって言っただろ!? 大体『ストーカー』って言うのは、陰湿な奴がやる事なんだよ!!」
「えっ? ロロって陰湿なの?」
「ちげーーーよ!! 俺はどっちかって言うと明朗な方だよ!」
ロロの性格が陰湿な方か明朗な方かはともかく、カレンの誤認や天然ボケにロロは反論や突っ込みが絶える事は無く、このグダグダした会話は何だかんだで『ストーカー』という汚名の返上は一向に進まずにいた。
「いいか? ストーカーって言うのはな…つまり…その……」
カレンの根本的に間違った認識を解消しようとロロは『ストーカー』の本当の意味を伝えようとするが、自分自身も『ストーカー』という意味はどうゆう物なのかは大方理解しているつもりなのだが、その理解している部分が何処か漠然としていて、うまく口では説明できない感じであり、言葉が次第に詰まって行った。
「……ストーカーって言うのは、自身の自己中心的な考えや被害妄想、或いは勘違いに因る好意に突き動かされて、特定の人物に対してしつこく付き纏い、相手に不快感や不安を与える等という、迷惑行為を自覚在り無しで行なう、世間から忌み嫌われる人物の事を指すんだよ」
「そ、そう、それだよアイシャ! 俺が言いたかったのは!!」
『ストーカー』の説明で詰まっているロロを見て、見ていられなくなったのか、アイシャはフォローする形で、代わりに説明を行い。ロロは予想外の援護に助けられる。
「それが、ストーカーの本当の意味?」
「ああそうだ! 今の説明でストーカーの意味が分かっただろ? 俺は確かにお前を追いかけたが、それは男として決着を付けなければならない勝負の行方をハッキリさせる為に追った訳で、別にやましい気持ちや負けたのが悔しいからリベンジしようとか、そうゆう事を思ってお前を追った訳じゃない!」
拳を握り締めて、豪語するみたいにカレンを追いかけた理由は男同士の勝負の決着の為だとロロは述べるが、本当はカレンに負けたのが相当悔しかったのが本音らしい。
「すなわち、俺の行為はストーカーには分類されないし、お前も特に不快や不安を感じてはいないんだろ?」
「うん、確かに僕はロロが追って来た事については特に迷惑なんて感じてはいないし、それどころかロロには色々助けられたから、むしろ感謝しているよ」
「だろ? 俺はストーカーなんかじゃねぇ!」
人を追いかけたのは確かだが、カレンに嫌な思いをさせていないし、成り行きだけれども感謝されているから自分はセーフだと言い切るロロは、何処か顔に安堵の色を見せる。
「でも、まぁあ……お前を追いかけた俺様の運の尽きだったな、お前を狙っていた盗賊達に仲間だと勘違いされて追われる羽目になって、『レイチィム』に逃げ込めば盗賊達に捕まっては戦った挙句、今度は軍に追われる身になっちまったし、『水底の洞窟』からお前と一緒に行動する事になってから今日一日散々だ……」
「つまり、偶然そこに居合わせた君はカレンを狙って来た盗賊達に仲間か何かだと誤解され、一緒に追われる羽目になって、仕方なくカレンと共に行動していたという訳なんだね?」
「その通りだ」
今日、自分に振り掛った出来事を愚痴っぽく呟いたロロにアイシャは的確にカレンとの経緯を推測し、ロロは顔の表情が安堵の色から疲労の色に変わりながら、肯定する。
「これで、分かっただろ? 俺の事情も俺がストーカーじゃないって事も?」
「了解、事情は分かったよ…ストーカーじゃないことは……とりあえず、信じておくよ」
と言いつつアイシャは、自然的な動きでロロから遠ざかって行く。
「っておい! さりげなく引いてんじゃねぇよ!!」
「良かったねロロ、ストーカーじゃなくって」
「やかましいわ!!」
さりげなく自分から引くアイシャと悪い気無しだが慰めの言葉掛けるカレンの両方にロロは突っ込みを入れながら、一行は足を止めず前へ進み続け、『白霧山脈』へ着々と近付いて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロロの話通り道中で何回か数体の魔物に遭遇したがアイシャの鮮やかな銃捌きで瞬時に魔物は撃退され、カレンとロロも一応戦うとしたがアイシャが一人で一瞬の如く片づけてしまうので出る幕はなかった。
そして、カレン達は更にひたすら東に向かって歩き続けて約1時間以上が経ち、長い上に進めば進むほど険しくなっていく道のりをようやく乗り越えた三人は『白霧山脈』の手前付近に辿り着いた。
「着いたよ」
山々の下層部分を覆い隠す無数の木の群れの前に立ち止まってアイシャは此処が『白霧山脈』だと二人に知らせる。
「うわ~~高いね~~~!」
「話では聞いていたが、まさかここまでとはなぁ」
山脈と呼ばれることもあって雲によって頂上が見えない程の高さと巨大な壁と思わせる形状を持ち、そして山脈の由来通り、薄い白い霧が山脈全体を包み込むように覆い尽くしており、その眼の前に広がる山々の光景にカレンとロロは二人揃って圧倒される。
「見るのは初めてなの、ロロ?」
「ああ、ここ等辺に来るのは実際初めてだからな」
カレンに『白霧山脈』を見るのは初めてなのかと聞かれ、このバムボア大陸の出身者であるロロはどうやらこの辺りは見るのも来るのも初めてらしい。
「入口は……何処かな?」
「それを言うなら登山道だ」
キョロキョロと周りを見渡しながら山脈の登山道を探し始めたカレンにロロから訂正を貰う。
「在った! あそこだ!」
「確かめるまでも無かったが、此処が本当に『白霧山脈』で間違いはないようだな」
二人の視線が止まった先には山脈の前に生えている木の群れの中に古びた一つ木製の看板が立たれており、看板にはしっかりと山脈の名前『白霧山脈』と書かれてあった。
言うまでもなくロロは此処が最初の目的地だと確信し、しかも木の群れの中を突っ切るように何も生えていない一本の道が伸びており、看板にはそこが山道へ続いている登山道だとご親切に矢印で示していた。
「さぁあ二人共、登山道が見つかった事だし、早くこの『白霧山脈』を越えて首都『リア・カンス』へ向かおう」
そう言ってアイシャは、一足先に登山道の方へ歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ心の準備が……」
「そうだね、ロロ、早く行こう!」
「お、おい、待てコラ! 置いて行くなって!!」
多く死者を出している危険で有名な『白霧山脈』に入り込む心の準備がまだ出来ていないロロは、待ったを掛けるが、生憎二人の耳には届かず、カレンもアイシャ同様、先に登山道の方へ行ってしまい、このままでは一人取り残されると思ったロロは急いで二人の後を追った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
登山道といってもカレン達が昇っている登山道は道という割にはかなりの悪路であり、そこら中に大きい物から小さい岩が凸凹と無数に生えており、カレン達は周りにいつも以上に注意しながら先へと進まなければならないのでこの山脈の登山道は昇るにしても一苦労だった。
おまけにとうとう日が沈んでしまい、すっかり辺りが暗くなってしまったのでカレンとアイシャは『暗通薬』を飲んで視界を確保し、体力も神経も疲労させられる坂道をなんとか昇っていた(アイシャは自前で持っていたらしい)。
「はぁ………」
ちなみに置いて行かれそうなったロロはすぐに二人の後に追い付き、予定通り三人で山脈越えを行なうが結局ロロは心の準備を満足に整える事が出来ぬまま、『白霧山脈』へ乗り込む事になり、抑え込んでいた心の中の不安が一気に込み上げ来てロロは表情に不安の色を覗かせていた。
「半日で『リア・カンス』に着けるのは俺にとっても魅力的だが、逆に半日も掛けて此処に居なきゃいけないのは、俺としては不安で仕方ねぇ」
「……怖気付いたのなら、引き返した方がいいじゃないの?」
三人が山脈の山道に続いている思われる、視界を遮る程では無い微かな白い霧が広がる登山道を登って間もなく、ロロは心の中で積もる不安を呟き、それを聞いたアイシャは辛辣な言葉を投げ掛けた。
「だ、誰も怖いだなんて言ってねぇだろ!」
「嘘だね。さっきから君の身体、微かだけど震えているよ」
不安と同時に恐怖を感じている心情を見抜かれて、ロロは図星を突かれながらも強情に否定するが、それも否定するようにアイシャは身体の震えを指摘する。
「うっ! だ、だったら、お前はこんな危険な場所に来て、不安も何も感じないのかよ?」
「私だって不安だよ。でも何事も何かを得ようとすれば、必ずリスクが伴い、それを覚悟して挑まなければ、手に入れられるものは少ない筈だよ」
「……会った時から思ってだけど、お前って結構肝が据わっているよな? いつも此処と同じ危険場所にちょくちょく行っていたりするのか?」
最初に会った時から外見とは裏腹にとても一般人の女性とは思えない程の強さと『白霧山脈』に来ても、本人は不安だと言っているが表情からにして不安や恐怖を微塵も感じさせない度胸を持っているアイシャにロロは、彼女にいつも危険な所に行ったり来たりしているのかと問い掛ける。
「危険な所か……時と場合に因るけど、此処より危険な場所に行った事は何度も経験しているよ」
「此処より危険な所を何度も? ……お前、一体何者なんだ?」
『白霧山脈』より危険な所に何度も行った経験が有ると打ち明けるアイシャにロロは、彼女を不審に思い、何者なのかと尋ねた。
「私は……」
「はっ! 分かったぞ、お前の正体!」
「!」
アイシャが自分の事について告白する直前にロロは閃いたのか、アイシャの正体が分かったと声を上げ、突如の行動にアイシャは珍しく目を見開いて、驚く。
「お前の正体は……」
「……」
「幼い頃からとある国で特別な訓練をしてきた、特殊部隊の兵士だな!」
「………え?」
自分の正体が分かったと言っておきながら、見当外れのアンポンタンな答えを自信満々に発言したロロに、アイシャは呆気を取られる。
「昔、聞いた事が有るんだよ! とある国で世界中から優秀な素質を持つ子供を集めて、とても強い兵士にさせる為に特別な訓練をさせて、やがてそいつらを特殊部隊の兵士に配属させ、世界中を飛び周る程の危険な任務を与えているって話をな!」
「………」
誰に聞いたかは分からないが、まるで漫画のような話をどうやら信じ込んでいるロロは、アイシャがその話に出て来る特殊部隊の兵士だと思い込んでいるようで、それに対して見当外れ過ぎるロロの勘違いにさすがのアイシャも目をあらぬ方向に向け、無表情だった顔が呆れ顔に変わってしまう。
「お前の強さや肝が据わっている所はお前がそのとある国の特殊部隊の兵士だからに違いない! ……そこに気が付くとは、いや~~~~~俺様って冴えてるな~~~!」
「……まぁ、そうゆう事にしといてあげるよ」
アイシャが呆れているのにも気付かず、まだ肯定すらしていないのに相手の正体を見破ったと一方的に決め付けたロロは、誇らしげに自身を賛美し、一方アイシャは、自分の本当の正体を説明するのが、アホらしくなるぐらい呆れてしまったようで、ロロには聞こえない小さい声で適当に話を終わらせた。
「ヒール! ……あれ? 出ない……」
「……何やってんだ、お前?」
二人の話が終わった矢先に一人余所で光の回復魔法『ヒール』の名前を叫び出したカレンにロロは、怪訝そうに一体何をしているのかを問い掛けた。
「僕もロロやアイシャみたいに魔法を出したかったんだけど、うまくいかないんだ」
「お前なぁ……今みたいので魔法が出る訳無いだろ!」
「……えっと、一応聞いておくけどカレン、魔法がどうゆう原理で発動できるか、分かってる?」
「ううん、全然分からない」
「やっぱり」
「分かるぞ、お前の気持ち」
魔法を出したかったカレンにアイシャは、魔法がどのような仕組みで発動するのかを尋ねると案の定の如く、分からないと素直に答えるカレンにアイシャは顔には出さないが、態度からにしては呆れているみたいで、そんなアイシャにロロは何時ぞやの自分を見ているような気持ちになってしまい、同情する。
「カレン、魔法は私達生物体内に在る、大きく分けた『マナ』の〝三つ〟の内一つである、『力のマナ』を消費して、発動している事は知っているよね?」
「〝三つ〟? 『力のマナ』以外にまだ他に何か在るの?」
『力のマナ』については以前、『水底の洞窟』でロロに教えて貰ったが、『力のマナ』の他にも別の『マナ』が在るのと言うのは、初耳だった。
「体内の『マナ』についても、一から説明しなきゃいけないようだね………良く聞いてカレン、体内には―――」
「待った待った! ごめんなアイシャ、魔法についても俺の説明不足だった。魔法についての説明は俺に任せろ! なっ?」
「……別に構わないけど」
自分が『水底の洞窟』でちゃんと説明しなかった所為でアイシャに負担を掛けるのは気が引けたのかロロは、魔法についての説明役を代わりに引き受けた。