少女、保護者との連絡手段を持つ
組合でモンスターの死骸を紙切れに替えて、ロベールさん達に案内されて銀行へ。
辿りついた随所に金の装飾が施された、いかにも金貨溜め込んでますっていう建物の中でもちょっとした問答があった。
私の口座を作るに当たって、サインを求められたのだ。
まぁそれはロベールさんにノーレと書く文字を見せてもらって、その形を覚えてさらりと書いたのよ。
で、口座ができたから早速モンスターと引き換えにした紙切れを渡して、私の口座に入金するように言ったのね。
そこまでは良かったの。
でも入金したっていうから、全額引き降ろそうとしたら必死で止められたわ。
なんだか一支店の貯蓄額では金庫を空にしても払えない、とか言ってたわね。
引き降ろせない金額をなんで入金できた扱いにするのか全然解らないわ。
あの人達ったら、架空の金貨で遊んでいるんじゃないかしら。
ロベールさんに、他の預金者も金をひきだしたりするんだから、銀行の金庫を実際に空にするような引き出しは控えるべきだ、って。
銀行の味方みたいな事言われて、私の頬は膨れていたと思う。
でも、引き出すのに手数料銅貨五枚が、その時の私には払えなくてロベールさんに払ってもらったからあんまり文句もいえないんだけど。
他にもなんだか預入金保険制度とかいう、お金を払って預けたお金の安全を保障してもらう仕組みもあったみただけど、私には関係ないわね。
この程度のお金を稼ぐの、迷宮に潜ればあっという間だもの。
だからベンジーに言って、金貨をどの位引き出してもいいか聞きださせる。
その結果、八百枚くらいに抑えて欲しいといわれて、私はベンジーに一枚一枚数えさせてマジカルポーチにそれを収めた。
それから、金貨を数える手間賃にベンジーに金貨を一枚上げたわ。
酷く驚いていたけど、八百枚の金貨を数えるのは時間も掛かるし手間な作業だったと思う。
だから私は無理やりにでもベンジーにそれを渡した。
するとベンジーはガチガチに緊張した顔でそれを財布の袋に入れて、腰で紐で縛って括れを作るワンピースの胸元に仕舞いこんだ。
だから私は聞いたの。
「ねぇ、ベンジーなんでそんなお腹にお財布を入れるの?ふっくら膨れて不恰好よ?」
ってね。
そしたらベンジーは酷く緊張した様子で言ったわ。
「だ、だって金貨!金貨よ!?こんな……ああ!あれもこれも買えるわ!」
ですって。
変なベンジー。
でもそう思いかけてやめたわ。
私にはたかが一枚かもしれないけど、ベンジーにはまさかの一枚かもしれないのだし。
ベンジーの仕事の給金っていくらくらいなのかしらね?
そんな事がありつつも、今は通信結晶を販売する錬金術店、真理の末端で買い物中。
通信結晶の水晶はいろんな色があって、どれを選ぶべきか悩んじゃう。
この翠色の水晶も落ち着いてて良いけど、あっちの薄い桃色の水晶も可愛いのよね。
それに結晶の色だけじゃなくて、それに付属して色々アクセサリも付けてくれるみたいで、それにも悩む。
なんて悩んで、さっさと決めてしまった様子のロベールさん達をわき目に、横からデーミックが黒い色の水晶を差し出してくる。
「失礼ながら、お嬢様にはこちらの黒の物がよろしいかと」
「何故?ちょっといかつい感じがして好みじゃないわ」
「黒は古くからよからぬ物、邪悪を象徴してまいりました。私のような従者を従えるお嬢様にはお似合いの色かと存じます」
「この透ける蒼の通信結晶にするわ。ベンジー、二つあるか店員に聞いておいて。私はまだアクセサリを選ぶから」
「え、は、はいぃ!」
「お嬢様。無視はあまりにも無情すぎませんか?」
私は光沢のある翠色の蝶の形のアクセサリや、金の葉のついた去枝のアクセサリを見ていたからデーミックの方を見ていないから正確にはわからないけれど。
笑ってるわね、あいつ。
私がイラっときて無視するとそれを喜ぶ変態だから。
本当に、魔族っていうのはしようのないものなのかと思うわ。
「お嬢様、アクセサリにこちらのクリスタルスカルなどは……」
「不要よデーミック。そういう趣味の悪い女に仕立て上げるなら他の女にして頂戴」
「これは失礼を……やはりお嬢様は中々に手ごわい。では先ほどの蒼の結晶にはこちらの金の小鳥などいかがでしょう。薄い色の本体に濃い色の鳥が映えるかと」
「……最初から悪くない組み合わせを出せるならきちんとそういう選択をしなさい。まったくもう」
「恐れながら黒の結晶はお嬢様が思われているよりもお似合になるかと。ドレスが赤ですので、強い黒と言う色は身につけていて良く映えるでしょう」
「そうね。確かに言われて見れば赤と黒はそんなに悪くないかもね」
「そうでございましょう。両方とも蒼では入っている連絡先を咄嗟に取り違えることもあるかもしれませんし、どうですか、お一つ黒の通信結晶にするというのは」
「じゃあ黒も足そうかしら」
「替えるのではなく足すので?」
「デーミック、貴方との連絡用よ。基本的に貴方は私と共に在るけど、場合によっては離れることもあるかもしれないわ。その時の為に買うわ」
「それはそれは、恐悦至極に存じます」
なんだか遠回りに巧い事デーミックとの専用の通話機を持たされた気がするけど、まぁお金ならあるし良いかと思っているとロベールさんが話かけてきたわ。
その顔にはなんだか苦笑が浮かんでいるわね。
「ノーレお嬢ちゃんとデーミックさんは仲がいいのか悪いのか良く解んないなぁ」
「お互い捻くれてるだけよ。私の場合育ての親がアレだしね」
「そんなもんかね……お嬢ちゃんは捻くれてると言うか、妙に物を知らないことがあるよな」
「ふんだ。仕方ないじゃない。私にとってはデーミックが教えてくれる事がほとんど全部で、それ以外のことなんて知らないんだから」
「ああ、それもそうか。村から出てきたばっかりのイアンもそんなもんだったか……ま、勉強しろよ?」
「……気が向いたらね」
無遠慮に私の髪をくしゃくしゃと撫で回すロベールさんは、きっと私の事を心配していってくれてるんだと思う。
でも私勉強嫌いなのよね。
それだって理由はある。
デーミックがいれば、大抵なんとでもなるから別に勉強なんていらないかなって。
そう思いながらデーミックの方をチラリと見ると、いまだに作り物の頭蓋骨をつるりと撫でてたわ。
あいつそんなにアレが好きなのかしら。
「デーミック」
「はい、どのような御用ですかお嬢様」
「そういえば貴方にも通信結晶必要よね」
「いえ、私とお嬢様は心と心で……」
「繋がってないから買ってあげるわ、そのドクロも付けてね」
「私といたしましてはドクロよりもこちらの猟犬を象った……」
「さっきからずっとドクロを撫でてるじゃない。遠慮しなくていいのよ。ベンジー、デーミック用に適当に通信結晶一つ見繕ってあげて。ついでに水晶ドクロのアクセサリもつけてあげて」
「は、はいぃ!あ、後蒼の結晶は在庫あるみたいですけど……」
「ああ、それならやっぱり一つは黒にすることにしたわ。手間を掛けるけどこれで支払いをお願い」
そういいながらマジカルポーチに放り込んでおいた金貨を二、三枚適当に放る。
「あ、あの!通信結晶三、四個で金貨なんていりませんよぅ!」
涙目になって震えるベンジーだけど、一度出したお金を引っ込めるのも面倒。
だからベンジーに言ってあげる。
「ベンジー。余ったお金は貴方の大事なお腹の袋に入れていいから」
「えぇぇぇぇ!?ノーレさんは私に死ねって言うんですか!?」
店中に響くような声を上げるベンジーを少しうるさいと思いながら、何でお金をあげると死ぬのかが分からない。
分からないなら聞いてみる、と言うわけで早速声を掛ける。
「なんで死ねっていうことになるの?言って見なさい」
「だ、だって、金貨四枚……三枚でも私を殺して盗ろうって、人が十分に思う金額ですよ!」
「そうなの?はぁ、本当に同族ながら人間ってどうしようもないわね」
私の言葉に怯えるように縮こまるベンジーに、さらに追加で金貨十枚を渡す。
びっくりした表情で顔を上げて私をみるベンジーに言ってあげる。
「ここの会計を済ませたら買取所のあのおじさんにこのお金で信頼できる護衛をつけて貰いなさい。デーミックは貸し出せないし、ロベールさん達は専門は魔物相手だし、きちんと護衛に長けた人間をつけなさい」
「あ、あの……いいんですか?」
「いいのよ。いちいち私に付いた小間使いが浚われたりしていなくなるんじゃ、たまったものじゃないわ。それを防ぐ為ならお金は惜しまないわ」
「あぁ……ありがとうございます!」
妙な反応。
私のせいで狙われるのに、私に感謝する。
後でどういう心の動きになってるのかデーミックに聞いてみようかしら。
そんな事を考えながらロベールさん達に簡単な通信結晶の使い方を教わる。
通信相手との通信を開く為の波長を刻む為に魔力を込めて結晶同士を触れ合わせる。
後はいつでも通話したい相手を思い浮かべながら魔力を通して話かければ、受け手の結晶が音を発する。
魔力を使うのは通話するときだけなので魔力の充填も不要。
盗まれても使用者が最初に流し込む魔力の波動を結晶が記憶するので悪用される心配も無い。
そんな簡単な教示。
私はそれを聞きながら随分便利な物があるものだと思ったわ。
錬金術師って凄いのね。
こんな綺麗で便利な物を作るなんて。
その内、錬金術師が欲しがる素材を集める仕事なんてして見るのもいいかもしれないわね。
私に錬金術はわからないけど、こういうものを作るのに関わるのは楽しそうだわ。
「ノーレさん。通信結晶買い取りました。えっと、デーミックさんの分も……どうぞ」
少し考え込んでいた私におずおずと通信結晶とアクセサリを渡してくるベンジー。
私は軽くありがとうと言って受け取り、アクセサリを通信結晶の台座に取り付ける。
ちゃらちゃらと鳴る可愛い小物に満足した私はロベールさん達に声を掛ける。
「それじゃあ、早速連絡先の交換をしましょ」
「ああ、いいぜ。イアンもいいか?」
「大丈夫だ」
「それじゃまぁ……」
といった所でデーミックがさりげなく私とロベールさんの間に入ってくる。
何かしら。
「無礼を承知でお願い申し上げます。どうかお嬢様の初めての連絡登録相手の座を私に賜りたく」
そういうと、デーミックは自分から見れば虫に等しい人間に頭を下げる。
ふさふさの耳を垂らし、お腹に腕を当て、おりめ正しく腰を折るその姿に動かされた、というわけではないようだけれど。
ロベールさんはそのお願いを聞き入れた。
「分かった分かった、だから頭を上げてくれデーミックさん。保護者だもんな。当然の権利だ。譲るよ」
「ご理解ありがとうございます。さぁ、お嬢様、登録を」
うやうやしくいつのまにかベンジーから受け取った通信結晶をデーミックが捧げ持つ。
私はベンジーから受け取った結晶石の、デーミック専用の黒の結晶石に魔力を通す。
そしてそっと結晶石同士を触れ合わせると、結晶石が明滅して登録が終わったみたいだった。
「聞こえますでしょうかお嬢様」
手に持った結晶石に語りかけるデーミックの声が結晶石からも聞こえる。
問題は無いみたいね。
「気は済んだわねデーミック。それじゃあ登録しましょうロベールさん」
「おう、一つよろしく頼むわ」
軽い調子でロベールさんが購入したばかりの緑色の結晶石を、私の蒼の結晶石に触れさせる。
さっきみたいにチカチカと瞬く結晶石。
続いてイアンさんとベンジーとも登録しあって、取りあえずは終わり。
面倒だからそんなに連絡取れる相手を増やす気はないから、とりあえず二つあれば事足りるでしょ。
そう思いながら私は店を出た。