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少女、宿を定める

「そういえば。今日は宿に泊まるとしてだ。この街で家を買う予定はあるのかいノーレ嬢ちゃん」


 錬金術店から出たところでロベールさんにそんな事を聞かれた。

正直、そんなこと考えてなかった。

森が退屈でなにか面白いことがありそうな、大きな街にでられればよかったから、私の知識の中で大きくなる町。

つまり迷宮を抱え込んだ街に来たけれど。

来た後どうこうというのはあまり考えていなかった。


「ベンジー、家を買うと何か面白いことがあるかしら?」

「お、面白いことですか?」

「そうよ。面白い事」

「え、えっとですね。家を買って、ノーレさんが有名になられれば、直接家に何か頼みごとを持ってくる人があらわれるかもしれません」

「それは宿屋ではダメなの?」


 私が問うと、ベンジーはうーんと言って少し考えてから答えたわ。


「宿屋でも取次ぎはしてくれるかもしれませんが……高級な宿だとあまり身なりの良くない、言ってしまえばお金の無い人が、逆に安宿だとお金を持っている人が入るの嫌だから呼び出される、なんてことがあるかもしれません」


 私はふぅんと、生返事を返しながら考えた。

高級すぎてもダメ、安っぽすぎてもダメ。

じゃあ丁度いい具合ってどんな感じかしら。

このあたりはロベールさんなら分かるかしら。


「ロベールさん。何か面白そうな頼みごとが舞い込んできそうな場所ってどこかあるかしら?」

「面白い事、なぁ。うーむ」


 考え込むロベールさんの横から、イアンさんがそっと話に加わった。

その目はどこまでも真摯で、これがデーミックの言う善人なのかしら、と思ったわ。


「面白い事は、待っていてもやってこない。自分から探しにいくんだ」


 なるほど、道理ね。

待つよりは探しにいくほうが早い。

イアンさんはやっぱり良い人だ。

ロベールさんは色々と世話を焼いてくれて頭の回りが早いのが分かりやすい。

でも、あんまり口を開かないイアンさんはその奥にちゃんと光るものを持ってる。

まぁ、そうでもなければあの迷宮の最前線で戦うなんてできないでしょうけど。


「じゃあ、とりあえずは寝心地のよさで選ぼうかしら。ベンジー、この街で一番居心地の良い宿はどこか分かる?」

「え、えと、居心地ですか?」

「ええ、居心地。幸いと言うか、寝心地は長いこと森の木の葉の上で寝るのに慣れてるからそんなに気にならないから」

「えとですね、居心地なら……もう少し時間をくださいね」

「いいわよ」


 道の真ん中で考え込み始めたベンジーを軽く、引き倒さないように優しく引っ張って道の端に寄る。

さて、どんな宿が出てくるかしら。


「でました!ノーレさんのお財布事情と服の仕立てなら鋼竜のねぐらがよろしいと思います!」

「どんな宿なの?」

「高レベルの冒険者が拠点にする宿で、宿屋の使用人全てがそれなりの目利きが出来るんですね」

「それと居心地の良さの関連は?」

「ノーレさんのドレス、高位モンスターの素材を使われてますよね?つまり、そういう素材を使えるお金の持ち主だと黙っていても伝わるんです」

「ふんふん、それで」

「ですから、お金を持っているはずのノーレさん達を歓迎して、精一杯のもてなしをするはずです」

「なるほどね。それならそこでいいわ。その調子で私の解らない事を教えてね」

「はい!あ、そうでした」

「なに?」


 今思いついたというようにベンジーが手を打ち合わせる。

それから何を言うのか気になった私は静かに待った。


「宿屋で色々小間使いがノーレさんのお世話をすると思いますけれど、働きが目に留まったらチップにお金の一枚……銀貨でも渡してみてください」

「金貨じゃなくていいの?」

「金貨は少し多すぎますね。銀貨一枚で喜んで最高の仕事をしてくれると思いますよ」

「……それはお金を渡さないと仕事を全うしない、ということ?」

「いえ、きっと鋼竜のねぐらで教育されている最低限の仕事はすると思いますが、小間使いのやる気が変わりますよ」

「……そう、そうね。ベンジーも金貨を上げたら喜んでいたし。これが人間の現金さという奴かしら?デーミック」


 私が問いかけると、デーミックは恭しく一礼しながら言ったわ。


「そのとおりでございますお嬢様。ただしあまり甘やかしますとつけあがりますので、そこのところをご注意くださいませ」

「分かったわ。人を使うのは有象無象の魔物を殺すのより随分と難しいのね」

「はい。魔物どもには精々殺すと喰らう程度の欲しかありませんから。人間があると主張する良心と欲の入り混じった心の天秤は何時どちらに振れる事になるか計りかねますので」

「デーミック、まるで魔族は純粋なような言い方ね」


 少し引っかかったので問いただしてみると、デーミックはにっと牙を見せて笑う。

その楽しげな犬面のままゆっくりと腰を折ってお辞儀をすると言ったわ。


「我々魔族は欲で動きます。そこに良心などという不純物は存在しません」

「そうねぇ。貴方が私を育てたのは私の魔力の味のため、従者のように振舞うのもそれが楽しいからだものね」

「完璧でございます。お嬢様」

「私時々思うのだけれど、貴方が私に飽きたら、貴方はどこかへ行くのかしら?」

「ははは、お嬢様はご冗談がお上手ですね。極上の美食を自分から捨てる愚か者がいますか?」

「そうよねぇ……まぁいいわ。それよりベンジー」

「はい、なんでしょうノーレさん」


 ちらりと視線を投げかけると、ベンジーはぴしりと姿勢を整えて硬くなった。

 緊張、かしら?

 私は経験ないけど、レベルに差がある相手にみられると無意識に身が竦むことがあるらしいし。


「とりあえず、しばらくの宿はここにするわ。そういう時はどうすればいいの?」

「えぇと、それはですね……」


 ベンジーは宿の人間を呼び付けて説明してもらって、実に細やかにフォローしてくれた。

 ふぅん、私ちょっとこのお姉さん気に入ったわ。

 なんとか協会から買い取れないかしら。そう思ってロベールさんに聞いてみたら、奴隷じゃないから無理だろ、と引きつった顔で言われた。

 ……おかしいわね。デーミックから人は同じ人間を売り買いして楽しむって聞いてたんだけど。

 またからかわれたのかしら、なんだか腹が立つわね。

 と、ソレはともかく面倒な手続きは全部ベンジーに任せて、支払いは適当な数の金貨をマジカルポーチから引き出して済ませた。

 泊まるのはもうちょっと後。ベンジーに護衛をつけなさいと行った手前もあるし。

 一度また組合にいかないとね。

 はぁ、お腹が空いたわ。

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