24:兄妹げんかは犬も食わない。その4
元の身体の年齢を抜いた歳。
つまり、12歳のヘンリエッタよりアルトの方が年上だとしても、軽くあしらわれると腹が立つ。
14歳のアルト(その年齢にしては大人げない!)をひと睨みしてそっぽを向く。
すると、子供っぽい拗ね方とでも言いたげに笑うアルトの姿が見えたが、放っておくことにした。
なにしろ私は大人なので!
「アルト、鎖を解除出来るって言ってたよね? だったら、早く鎖を解除してくれない?」
「自力で解除するのは諦めたんですか?」
「そんなこと言っていられる状況でもないでしょ。手当てをしないと」
「ああ、確かに。そろそろ貴方の手も限界ですからね」
「私じゃないわ、アルトのよ」
「俺の……?」
嫌味な言い方をするアルトに構わず言葉を続けると、意外とでも言いたげに目を丸くされた。
そんなアルトに早く鎖を外すように目で合図をしながら言葉を続ける。
「何をそこまで驚くことがあるの。お得意の奉仕精神、なんて言ったのは自分でしょ。私だって傷ついた人を前にして放置するほど鬼じゃないし」
「……ここまで来ても信じるつもりですか、俺なんかを」
――俺は貴方を殺そうとしているのに。
続ける言葉は言わなくても分かった。
だから、その前に私は口を開く。
変化するアルトの表情を見たくはなかったから。
「信じる、とは違うけどアルトは守ってくれるって思っているの」
「……っは、相変わらず今のヘンリエッタ様は変なことをおっしゃいますね」
「それはアルトもよ。あなたが私のことをそこまで想ってくれているとは知らなかったわ」
自分の鎖を外し、私の鎖を外そうと眼の前に立つアルト。
無防備な私を見下ろし、こちらを伺う相手にわざとニッコリと笑えば、赤い瞳を細めて笑い返される。
その顔は私と同じく作られた笑みだったけれど、敵意がないのは確かだ。
ゲームじゃないアルト。
マシューやウーゴと同じく、画面越しに見ていた彼らと実際に現実を生きる彼らは違う。
今の私にアルトのことは分からない。
でも、変わらないところや分かることだってある。
アルトはヘンリエッタを殺したいと思っていないことくらい。
私に敵意を向けるたび悲しそうな顔をするアルトは、きっと約束を果たしたいだけなのだ。
自分の気持ちを押し殺してでも、叶えたい。
……いや、叶えてあげたい望みがあったんだ。
「……アルトは妹が大事なだけなのよね。他のことよりも、何よりも」
ゲームでもずっと疑問ではあった。
恵まれた能力に、腐敗した貴族を正そうとする正義感を持つ少年。
将来、優秀な側近となりそうな人物を見つける。その目的のために学園へと入学するアルトが、自分のルートに入ったらハッピーエンドでもバッドエンドでも「自分が前に進むために必要なことだから」とヒロインを放ってまで、ヘンリエッタに執着し凶行を行うのは理解を超えている。
『パンドラ・プリンセス』のプレイヤーたちはアルトのそんなところや猫ちゃんみたいな性格がいい、と言っていたし、私も当時はそうだと思っていた。
けれど、真実は違う。
アルトは確かに気分屋でマイペースだけど、他の人と同じく悩み、後悔だってしているのだ。
「私はさ、アルトのことは全然分からない。多分、これからも。本当の意味であなたを分かることはないと思う。だって、私はどんなに大事な人に言われても望まれた行動なんか出来やしないもの」
運命なんか知らない。
自分と、大事な家族が幸せに暮らせる未来。
それを目指して“原作の流れを変えようとする私”と、“妹が望む展開に従い続けるアルト”。
凶星と吉星。
それだけではなく、真逆な私たち。
お互いに譲れないものがある限り、きっとどこまで言っても交わることはないし、アルトの性格を加味すれば余計に普通に言ったって無駄だ。
だから、私は私の役割を利用してやるのだ。
「アルト」
手首の拘束が緩まり、重力に従って身体が前によろめく。
鎖が外れた瞬間、眼の前の“兄”に抱きついてその耳元に囁く。
「妹の約束なら、なんでも守ってくれるのでしょう? だったら、私の約束だって守ってくれるよね?」
「約束……?」
「そう、優しいお兄ちゃんならわかるよね? 今すべきことが何なのか」
過去に囚われるアルトを解放するのではない。
私が新たなアルトの縛りになるのだ。
「兄妹喧嘩は終わり。これからは、協力していこうよ。……ねっ、お兄ちゃん」
悪役令嬢は悪役令嬢らしく。
私は私の道を進んでみせる。
決意を込めて、アルトに微笑む。
「貴女は、本当に馬鹿だ」
すると、アルトは悲しそうに。
でも、優しく微笑んで……。
「いいですよ、仲直りをしましょう」
アルトの手が私の腕に触れる。
その瞬間、何かが砕ける音がして、私の意識はそこで途切れた。




