第14話 どいつもこいつも
翌朝、日曜日。結局来てしまった。
徒歩で行けばいいのか自転車を使えばいいのか分からなかったが、しばらく乗っていない自転車を引っ張り出すのも面倒だったので、歩いて行くことにした。
建物の隙間に学校が見えてくる。引き返そうかという気分にもなったが、どうせ暇な日曜日の午後だ。
自主練をする気にもなれないし、家で時間を持て余すくらいなら下らない戯れに付き合ってやった方がいい。
そんな言葉を、私は後々撤回することになるのだが。
「ん……?」
学校の前までやってきた。
校門の前にはすでに安達の姿があったが、待っていたのは彼女だけではなかった。彼女の他に三人、予告されていなかったゲストがいた。
まあ、他に誰も来ないとは言われていなかったし、人数が増えたこと自体は特段驚くことではなかった。
一人は静江さん。これは別にいい。
試合の反省会というのだから、キャプテンが来るのは不自然ではないし、私だってそれはやぶさかではない。
次の一人は長岡奈留美。まあ、ピッチャーだから呼ばれたのだという推論は容易に立つ。
昨日は無失点の好投を見せた彼女だが、一応ヒットは打たれていた。キャッチャーの安達としては気に掛けているのだろう。
そして、もう一人。
これは、完全に予想外だった。
「なーんだ。あんたも来たの?」
一行に歩み寄った私に、ツンとした表情で言ったのは、荒木千弘。
はっきり言って、私はこいつがあまり好きではない。
最初こそ、あちらから積極的にコミュニケーションを取ろうとしていたようだが、私の態度が気に入らなかったのか、いつしか声を掛けてくることもなくなった。
「私は呼ばれたから来ただけよ」
「ふーん。あっそ」
会話終了。横を見ると、安達は苦笑を浮かべていた。
「あっちゃんおはよ」
「あっちゃん言うな」
何度言ったら分かるのだろう。いちいち突っ込むのも飽きてきた。
だが、突っ込まないと負けな気がする。面倒なことだ。
「お? あっちゃん。…………っぷぷ。可愛すぎてあんたにゃ似合わないよ」
「うるさい黙れ」
荒木は馬鹿にしたような笑いを一つ。私はそれを切り捨て、顔を逸らした。
「こらこら、喧嘩はダメだぞ。……しかし、『あっちゃん』か。いいかもしれんな」
「やめてください」
静江さんからちゃん付けされるぐらいなら、私は野球を辞めてやる。……冗談だが。
「おはようございます。あっちゃん先輩」
「やめろ一年」
私が睨むと長岡は肩を竦めた。どいつもこいつもあっちゃんあっちゃん言いやがって……。
「んじゃ、全員揃ったし行こうか」
果たして、安達率いる野球部の女子五人組は学校前を発った。
目的地である安達の家がどこにあるのかは知らないが、彼女自身が徒歩で来ていたところを見ると、そう遠くではないと推定できる。
バスや電車を使うという可能性もあったが、それも杞憂に終わった。
歩いていくこと十五分。その間、会話が絶えることはなかった。
特によく喋るのが静江さんと荒木だ。安達はそれに追随する感じで話に加わって、長岡は話を振られると明朗に切り返していた。
私はほとんど口を開かず、会話を外から眺めているだけだった。
「ここだよ」
立ち止まり、安達はとある家を指差した。
「へえ」
私は思わず声に出してしまう。周りの反応も似たようなものだ。
一言で言い表すならば、「庭付き一戸建て」というやつだ。
だが、ただの庭付きではない。住宅がひしめく街並みの中にあって、その家は一線を画した存在感を放っていた。
白に統一された二階建ての洋風建築で、欧米の住宅街からそのまま切り取ってきたような外観をしている。
洋物のホームドラマに出てきても違和感はないだろう。
要するに、安達は結構なお金持ちというやつだ。
「でっかぁ……。つーかでっかぁ……」
「まさに豪邸だな」
「大きい家ですね……」
三者三様の反応。私は特に何も言わなかったが、同じように少し口が開いていたかもしれない。
「まあ、まだ借りてるだけなんだけどね。入って」
「あれ?」
そこで声を上げたのは荒木。
彼女の視線の先には、家の入り口に掛かっている表札がある。
大理石か何かで出来ているほ表札で、家の主の名前が彫刻され黒く塗られている。
「上野……?」
上野。確かに、その表札にはそう彫られていた。
「ん……ああ、気にしないでいいよ。ちょっとこっちの事情でさ」
「おーいお前ら、さっさと入るぞ」
静江さんが促して、私は表札から目線を切った。気になるところではあるが、深入りしてはいけないことだというのは何となく理解できる。
いわゆる家庭の事情、というやつだろうか。
考えてはいけないと思いつつも私は彼女が抱える事情とやらを考えてしまう。
安達は肩から提げていた小さめの鞄の中から鍵を取り出し、玄関扉を開錠した。彼女が内開きの扉を開け放つと、家の内部が視界に飛び込んでくる。
そこにはまず広い玄関スペースと、家の奥まで続く長い廊下があった。掃除は行き届いているらしく、ちょうど入り口から差し込む太陽光を眩しく反射させていた。
それぞれのタイミングで「お邪魔しまーす」とかその類のことを言いながら、客である四人は家の敷居をまたいだ。
「親御さんは不在なのか?」
「うん。仕事に出てる」
靴を脱ぎながら、軽い会話が交わされる。
その後、廊下を少し歩き、刷りガラスが嵌め込まれたその扉を開いた先にリビングダイニングが広がっていた。
「ひっろー……。ここだけでうちの全部より大きいわ」
荒木が溜め息がちに言った。
そういえばこいつの家はマンションだったっけ。それは置いといても、めちゃくちゃ広いリビングとダイニングだ。




