第12話 ちゃんとやれ
七回の表は三者凡退に終わり、すぐに七回の裏がやってくる。
スタミナ的にはまだ余裕だが、精神的に休養十分だとは言い難い。少しは休ませて欲しいものだ。
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この回は八番から始まる。
その八番への初球。内角へのスライダーは、やや詰まり気味に打ち返される。
ふらふらと上がったボールは、芯は外れていたが、不運にも内外野の間に落ちるポテンヒットとなってしまう。
ツいてない。だが、仕方ない。そう思う以外にどうすればいい?
続く九番。カーブを引っ掛けさせたつもりだった。いや、実際その通りになったのだ。
だが、転がった方向が悪すぎた。打球は速くないものの、ショートとサードの中間のデッドゾーンにボールは駆け込んでいく。
ショートが追いついてファーストに送球するが、間に合わない。
内野安打になって一、二塁。まだ一つのアウトも取れていなかった。
「気にするな敦子! 次の打者を打ち取ればいい!」
分かっている。分かっているんだ。
だが、私は明らかにイラついていた。さっきはエラーからエンドランを掛けられて結局一点を失い、この回は不運な連打でピンチを迎えている。
私は普段あまり感情を顔や声に表さない代わりに、それが行動に出てしまうタイプだ。
感情と同じように制球も乱れる。
一、二、三球とコースを狙ったつもりが、ことごとくボールゾーンへ逃げていくように外れる。
四球目は安達もやや甘いコースに構えたが、私が投げたボールはストライクゾーンの遥か上を通過した。
今度は完全な失投だった。
ストレートのフォアボールで、ノーアウト満塁。走者一掃で同点。ホームランが出れば逆転。
ダメだ。どうしても悪い方向に思考が向かってしまう。ダメだ。ダメだダメだダメだ。プラスに考えろ。まだ点は取られていない。
まずはここをゴロか内野フライに仕留めて……
「佐山!」
私は声に振り向いた。その声の主は、セカンドを守る荒木千弘だった。
「ちゃんと抑えなさいよ! このままじゃ逆転されちゃうでしょっ!」
「……るさい」
分かってる。そんなことは。言われるまでもなく。それは私が、一番良く理解しているとも。
「何? 聞こえないんだけど」
「うるさいって言ってんのよっ!」
だからといって、あんたに言われる筋合いはない。私はキッと一つ睨みをよこして、また視線を前に向けた。
「何よアイツ……」
悪態をつく荒木を視界の端に捉えつつ、私はセットポジションに入る。
サインは……ウエストボールか。またスクイズを警戒しているのだろう。
まだ三点差だぞ。……だが、さっきサイン通りにウエストせずに痛い目を見ている手前、首を振るわけにはいかない。
一球目。要求どおりにウエストボールを放るが、ランナーは動いてこない。
二球目はストレートでストライクを取り、三球目はまたウエストボール。やはり、ランナーが動く気配はない。
だが、四球目だった。
私が足を上げ、腕をテイクバックした瞬間、三塁ランナーがスタートを切った。
ここでか……!
私は投げると同時に前へダッシュする。しかし、バッターの絶妙なバントに処理が追いつかず、ランナーはホームに生還。
「ファースト!」
安達の指示通りにファーストへ送球。ランナーはそれぞれ塁を一つ進めた。
スクイズを決められ、二点差となってなおもワンナウト二、三塁とピンチは続く。
「っ…………」
私は悔しさでマウンドを蹴った。
さっきから、クリーンヒットはほとんど打たれていないのだ。不幸の連続。戦いの女神がいるのなら、彼女は私に背を向けているに違いない。
満塁策は取らず、内野前進のシフトで対応するようだ。
初球はスライダーを低めに決めてストライク。
二球目はストレートが大きく外れボールとなる。まだ、制球は荒れているらしい。
その三球目。やはり不幸は連鎖する。
サイン通りのカーブだったが、バッターは芯を外しながらもセカンド方向に高いバウンドのゴロを打った。
前進守備といえど、高さには適わない。
セカンドの荒木が打球を捕った頃には三塁ランナーは生還しており、ファーストでバッターランナーをアウトにしただけだった。
二塁ランナーは三塁へ進み、一点差でツーアウト三塁。
――――ひどい有様だ。
ゴロ二本、スクイズ一本で一点差。タイムリーヒットは一本もない。
まだ追いつかれたわけではない。だが、追い詰められているのは確実にこちら…………というより、私だった。
私は焦っていた。とにかくここで切らなければ、という思いで頭が一杯だった。
なのに、私の体は言うことを聞いてくれない。抑えるため。この悪い流れを断つため。私が全力で投げたボールは――
(あっ…………)
――しかし思い描いた軌道に乗ってくれない。
外角低めに投げ込むはずだったストレートは、もっと内側、もっと高めに飛んでいく。
ど真ん中、に。




