銀貨の重み (後)
さて、とセリウスが仕切り直した。
「だいぶ話が逸れてしまいましたが、フィルさんとしては、この内容通り、報酬を分割でお支払いするという形でよろしいですか」
「はい、ありがとうございます」
「エルン師も、何か気にかかることなどはありませんか」
「フィルが納得しているのであれば、異存ありません。フィル、よろしいですか」
「はい」
「では、証書係を呼びますね」
「お願いします」
エルンが席を立つと、セリウスがあからさまに気が抜けた様子になった。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です。本当にフィルさんは平気なんですね」
「ええ、まあ」
そもそも天氏族が怖いものだという認識がない。強いていうならメリアばあちゃんの説教部屋は怖いと思っているが。
「その感覚を持ったまま、ぜひ領主館で天氏族の対応をしていただきたい」
「……それってけっこう上級のお役人じゃないですか」
「上級学校で適切な単位を取れば大丈夫です。後見をするからにはフィルさんの単位取得についてはぜひ助言をさせてくださいね」
「まず試験対策からお願いします」
「それはエルン師に一任しています」
「都合のいい時だけ……」
「そういえば」
ふとセリウスが真面目な顔になる。
「平民の方の上級学校進学率を上げるのに、奨学金というのは有効だと思いますか?」
「え?」
「ああ、気負わず雑談として話してください。あなたが報酬の上乗せではなく、奨学金を希望したことについて、少し考えてみたんですが」
「はい」
「……家に余剰のお金があると、家計のために使われてしまいますか? 子ども個人の財産としてでなく?」
ちょっとフィルは詰まった。
「えーと、まず誤解をしていただきたくないんですが、うちの親は、私の稼いだお金を取り上げるようなことはしません」
「そこは大丈夫です」
セリウスは微笑んだ。
「あなたは第三子でしょう。学校に進む進まないに関わらず、いずれ家を出るなら、元手となるお金はあったほうがいいのでは?」
セリウスのいうことには一理あるのだが。
「……とはいっても、今回こんな大金をいただけることになって、自分の仕事の報酬だからといって自分のためだけに使うというのも、なんか違和感というか、居心地が悪いというか……」
ふむ、とセリウスが肘をつく。
「商売をしている家ならなおさら、予測外の事態も起こり得ますしね」
「ある程度、子どもの働きって家業の計算に入ってますよね。私もそれで商売のこと学べるし、例えば独り立ちして別の村とかで商売始めるなら、家の持ってる水領との販路は紹介してくれると思うし」
「なるほど」
「……それはそれとして、進学したくても家にお金がなくて諦めるとか、そもそもその発想が浮かばないってこともあるとは思います」
「そうですか」
「子どもが多すぎるとみんなに公平に財産分けするってのも難しいとこあるし、他の職につくなら学校に行ったほうがすごく進路が広がるとは思うんですが」
セリウスがうなずく。
「それは我々の領分でもありますね。領都でも、やはり下の弟妹たちの就職や進路というのは問題になるのですよ」
「これは勝手な想像ですが、商売が大きくてお金をいっぱい持っているお家の方が色々大変そうです」
「まあそういう事例もあります」
机に出しっぱなしになっていた銀貨を、セリウスが手に取って財布にしまう。
「上級学校に行って、専門知識や技術を学ぶ道がある、新たな仕事に就く、というのは一つの手段ではあると思います。今は生徒のほとんどが貴族の出ですからね。もちろん魔力を扱う専門職が多い以上、その傾向はあるんですが、もう少し色々な視点が増えるのは良い事ではないかと思うのですよ」
「……セリウス様は、生まれは貴族ではなかったんですか?」
首を傾げながらのフィルの問いに、セリウスがうなずく。
「そうです。シュナのフレイ家に婿に入った形になります。とは言っても、フレイの本家はシュナの妹が継ぎますが」
セリウスが肩をすくめる。
「私はもともと領都の『商売が大きくてお金をいっぱい持っている家』の四子でして」
「……失礼しました」
「いえ、フィルさんの想像通り、兄が家を継いだ後に揉めそうな気配がうっすらありましてね。……財産分与の代わりに、上級学校の学費と在学中は支援をしてくれ、とお願いしたのですよ。私が無事上級職に就けば実家にも便宜が図れますし、仮に卒業できなくても、もう財産は分与したのだからと放り出すことが可能なわけですし」
「……」
セリウスがにこりと笑った。
「私には能力と、少なくとも実家に余裕があったから取れた手段なわけですが。……奨学金制度の充実があれば、学校を目指すという手段をとれる子どもが増えるかな、と。もちろん風領としても、優秀な人材が増えることは利益なわけですし」
「……選択肢が増えるのは、すごくいいことだと思います」
なんだか自分の思いつきが大ごとになってないか、とフィルは冷や汗を流した。
「そうそう、アウローラ様からご伝言です。『進学したら、私の教育の成果を存分に発揮なさってね』と」
フィルは無言で突っ伏した。
「お待たせしました。……フィル、どうしました?」
エルンと証書係の神官が入ってくるのにフィルはのろのろと顔を上げる。
「いえ……やっぱり、働きに見合った報酬って大事だなって」
「? その通りですね」
「今回の報酬はフィルさんの働きに見合った正当なものだと私もヴァレリス様も認識しておりますが」
「金銭感覚の認識とかもすごく大事だなって」
「そうですね」
首を傾げながら契約書を準備していく大人たちをみて、フィルは軽く自分の頬を叩く。
「いただいた報酬に見合うよう、精一杯がんばります」
エルンとセリウスが首を傾げる。フィルは証書に署名を書き入れるため、ペンを取った。




