トラウマとこれからの僕達は
お待たせしました。これにて「この夏、また貴方に逢えたなら」一応完結です。
悠を送り出した後、暁月は想いをはせていた。
愛しの番をすぐに亡くしてからというものこの100年喪失感でいっぱいで悠が生まれ変わったならただ元気な姿を一目見られれば、今世ではたとえ一緒になれずとも幸せに過ごす姿を見守ることができるのならそれだけでよかった、そのはずなのにまさか悠から求婚されるとは思ってもいなかった。
今世でも変わらず私を愛してくれるなど思ってもみなかったのだ。
あそこまで悠から求められたのならもう逃がしてやることはできない、溺愛して私以外考えられないようにしたいそんな欲がむくむくと湧き上がる。
だが今世の家族は、多忙で悠は寂しさを抱えてはいるもののしっかりと愛情を受けて幸せに育ったのであろう悠を私だけが独占するわけにもいかないだろう。
もう二度と離れないでいられるようにするには――。
悠と再会できたことでこの場に縛り付けられていた見えない鎖は解かれたためいつでもこの地を離れることが可能になった。決意を固めた暁月はこの先ずっと悠と共に過ごせるように下準備をするため一度天に帰ったのだった。
◇
それからというものの悠は毎日宿題を終えお昼ご飯の後、お社で入り浸るようになった。
愛する人と共にいられる日々に喜びを感じていたが、この幸せな日々もこの地を離れる時に終わってしまうのではと不安に襲われることもあった。それでもそんな気持ちに蓋をして今はただこの幸せな日々を謳歌していた。
しかし幸せな日々は過ぎ去るのも早くて明日にはこの地を離れて帰ってしまうそんな日、僕はいつも通りお社に向かっているといつの間にかうす暗い森の中に佇んでいた。
ざわざわとした不安と恐怖に襲われながらここはどこだと辺りを見渡すとそこはどこか見覚えのある場所で、前世の自分が暮らし死んだ場所だと気づく。
「えっ……ここってまさか……なんでこんなところに……?」
一体どうしてこんなところにいるのだと戸惑っていると物音が聞こえた。
目の前で過去の自分が黒い人影によって殴られ火に炙られている凄惨な現場を鮮明に見せられた悠は次第に息がしずらくなってきて苦しくなった。
「い、やだ、見たくないのに……ひゅっ、息が……」
目を離したいのに体が動かない、息が苦しいとパニックになっていると急に背後から黒い靄のようなものに覆い被さられまるで身体を弄るかのように蠢いている。
「ひっ……い、やだ、きもちわるい」
纏わりつき身体のいたるところをさわさわと蠢く感触に気持ち悪さで涙がにじむ。
ふと声がした気がして耳を澄ましてみると微かに聞こえた。
『ゆうこ……アァ……ゆうこ……』
と、そう聞こえた瞬間、急に目の奥が激しく痛みだした。
あまりにもものすごい激しい痛みに苦しんだ末、失くしていた記憶をすべて思い出してしまった。
それは前世の自分が生れ落ちてから捨てられるまでの14年もの間、実の父親から理不尽に受け続けていた暴力と気持ちの悪い性行為の数々。
脳裏に流れる嫌な記憶で目の前が真っ暗になり、こんな過去を抱えた自分は暁月には見合わない嫌われてしまうのではないかと絶望感で苛まれそうになったその時、困ったときは私を呼べとそう何度も言い聞かせられていたことを思い出した。
「もういやだ……たすけて、暁月……」
そう縋るように助けを願った瞬間、辺りに温かい光が差し込み黒い靄は消え去り愛しい人の気配に少し安心した僕はそのまま意識を失った。
「……よく耐えた……もう大丈夫だ」
意識を失った悠を抱え労わるように優しく声をかけた暁月は元凶の妖をあぶり出し一瞬で存在もろとも消し去るともう用はないとその場を後にした。
◇
目を覚ますとそこはいつものお社で、何故か泉の中で暁月に抱きかかえられていた。
「悠、ようやく目を覚ましたか。気分はどうだ……?」
そう言って心配そうにこちらをのぞき込む暁月の顔を見て少し安心感を覚えたのもつかの間、あれは悪い夢とかじゃなく現実に起こったことなのだと悟る。
ただの悪い夢だったならどれほどよかっただろう、悟った瞬間先の記憶がフラッシュバックしてまた息が苦しくなってきて息が上がり涙も溢れてくる。
怖い苦しい、離れないといけないのに離れたくない……パニックに陥った僕はそううわ言のように呟いていたと思う。
ただ汚い僕は美しいこの神様には見合うわけがない穢してしまうから早く離れないといけないその一心で離れようと藻掻いていた。そんな僕のことを暁月は抱きしめ背を撫でて宥めてくれる。
「ゆっくり息をするんだ……そう、いい子だ。さあ私の目を見て、私の声だけを聴いて。私は悠のことを愛しているから番になって一緒にいるんだよ?たとえ過去に何があったとしても悠が悠である以上私は一生愛し続けるしもう絶対に私のそばから離すつもりはないよ。もし悠が嫌だと言っても離すつもりはないからね。……もう大丈夫だから安心しなさい」
どこか怪しい光をまとった瞳で見つめられ愛を諭されているとだんだん悩んでいたことがこの人の前ではどうでもいいことのように思えてきて次第に落ち着きを取り戻してきた。
「あれはいったいなんだったの?」
暁月は少し困ったような表情で話し始めた。
「あー、誤解しないでほしいのだが……お前の魂は傷ついても尚美しく、神や妖好みな言わば極上の獲物のようなものでな。この地に私の加護が薄れてきていたところをそんな極上な魂の気配につられてやってきた妖の仕業だった。己の空間に閉じ込めトラウマを呼び起こして弱らせ喰う算段だったのだろう、少しでも悠が助けを呼ぶのが遅かったら間に合わなかったかもしれない」
「あぁ……本当に間に合って、お前をまたなくさなくて本当に……よかった……」
そう言って微かに震える腕で抱きしめられた悠は、そうか僕はまたこの人を黙って残して逝くところだったのかと愕然とした。
「……不安にさせてごめんなさい、助けに来てくれてありがとう」
目を覚ましてからずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「……ねえ、そういえばどうして僕たち泉の中にはいっているの?」
「元凶は潰したが、あまりにも瘴気に蝕まれていたものだからそれを癒すために浸かっていたのだ。この泉は言わば私そのもの、力が強いからな。まあ、もうそろそろいいだろう出ようか」
そう言って抱きかかえられたまま泉から上がり地面にそっと降ろされた。水に浸かっていたのに一滴も濡れていないのがどこか不思議だ。
「ここまで瘴気に当てられていたとなれば何かしらの後遺症などがあるかもしれない。……この先もし何かあった時のお守りとしてこれを、他人には見えなくもなるからなるべく肌身離さず身に着けていてほしい」
そう言って白銀に輝く指輪を僕の左手の薬指に着けた。
「わあ……綺麗……ありがとう大事につけるね」
キラキラと輝く指輪に目を奪われたのもつかの間、暁月の言葉にどこか引っ掛かりを感じる。
「ねえ、もしかしてもう会えなくなっちゃうの……?」
「元々、この社に参拝してくれる人間が少なくなって信仰の力が弱まっていたんだ。信仰力は神の力であり生命力にも繋がる。明日には祖母と共に故郷に帰るのだろう?この地に私が守るべき人間は居なくなる。そうなれば私がこの地に留まる理由がないから最後に一度天に還帰るんだ」
「そんな……」
もう暁月に会えないのかと思うと僕は悲しくなって涙が溢れてきてしまった。
「そう泣くな。すぐに戻ってくるし必ず悠の元に帰ってくるからどうか安心しておくれ」
「絶対だよ!絶対だからね」
「ああ、約束しよう。……さあ、もう暗くなるし祖母も心配する頃だろう。そろそろ帰ろうか今日は家まで送ろう」
「わあ、一緒に帰れるなんて嬉しい」
お社を背に二人手を繋ぎ並んで歩く帰り道、一人で帰るにはまだ少し恐怖心があったから一緒に帰れて安心した。しかしまたすぐに会えると言われていてもこの二週間毎日一緒にいたものだからどうしても寂しい気持ちはある。五分と経たずにおばあちゃんの家が近づいてくると僕は離れがたくて歩みが止まり暁月の少しひんやりとした手をぎゅっと握った。
暁月は仕方がないなと僕の手を引きその胸に抱き寄せ、額にそっと口づけを落とした。
「——今はこれで我慢しておくれ愛しい悠。またすぐ会えるのだから大丈夫だよ。——さ、家に入りなさい」
「うん、わかった。それじゃあ……またね」
「ああ、また。おやすみ」
◇
翌朝、いつもより早く目が覚めた。
今日はおばあちゃんの家から帰る日だ。長いようで短かったこの二週間、いろんなことがあった。嬉しいことも楽しいこと、怖かったことや悲しかったこともありとても濃い期間だったように思う。
何も知らなかった頃の僕にはもう戻れないかもしれない、でもそれでいい。誰に何と思われようと僕が僕であることは変わらないし僕は暁月の番であることが変わらなければそれでいいのだ。
帰りはお母さんたちが迎えに来られないためおばあちゃんの運転で帰ることになっていた。簡単な朝食を食べ終えおばあちゃんの車に荷物を積み込んだら何もなくなった家にお礼を言って車に乗り込んでおばあちゃんの運転でこの地を後にした。僕は窓の外に流れるもう見ることがない景色を目に焼き付けるかのように眺めていた。来た時にも通った橋を渡るとき、――さようなら、‘あかつか村‘――そう心の中で別れを告げた。
長い時間車に揺られ途中パーキングエリアに寄って昼食をとったりもしてようやく我が家に帰ってきた。
お母さんたちはまだ帰ってきていないみたいだったから何時も持っているカギで家に入りそのままおばあちゃんの部屋に案内しておばあちゃんの荷解きを手伝った。
「さ、こんなものでいいかしら。悠君手伝ってくれてありがとうね、疲れたしお茶にしましょうか」
「どういたしまして、そうだね」
リビングでお茶を飲んでのんびりしているとピンポーンとチャイムが鳴った。
「僕出てくるね」
特に届くものもないはずだけどなんだろうと思いながら玄関に向かいドアを開けた。
するとそこには何故か僕と同じ背丈をした暁月の姿があった。
「え……あ、かつき?」
「やあ、そうだよ。だからすぐに会えるといっただろう?これからはずっと一緒だよ」
そういう暁月の顔を見て僕は泣きながら暁月の胸に飛び込んだ。
「あらあら、暁月様お早いご到着で。ほら悠君しがみ付いてないで早く家に入れて差し上げなさいな」
僕は頭に?を浮かべながら暁月の手を取りリビングに通し、ソファに座り尋ねた。
「一体どういうこと?」
「悠に再会した時から準備していたんだよ。悠の祖母や両親には話をつけていたんだ。村で親を亡くした子を祖母が引き取り育てていた子供という態で、この家で世話になる。天に還り人の姿を取り俗世で暮らす許可を取ってきたから、これでこれからもずっと死ぬまで、いや死んでからもずっと永久に一緒にいられるよ」
「本当に?ずっと一緒にいられるなんてうれしい」
「私たちは悠君が幸せならそれでいいわ。暁月様悠君のことよろしくお願いしますね」
「ああ、必ず幸せにする。私は今は神でなく人として暮らしていくのだからこれからは暁と呼んでほしい、晶子さん。これからよろしく頼む」
そんなこんなでこの夏、前世の記憶を取り戻した僕は前世からの愛する僕だけの神様と再会を果たし、この先未来永劫ずっと暁と一緒に過ごせる未来が確約した今僕はとても幸せで、たとえこの先困難が待ち受けていようとも暁と一緒なら乗り越えられるだろう。
暁と共に過ごせる未来はきっと幸せで満ち溢れていることだろう、とても楽しみだ。




