1話 パラデイソポリス
船上から見えた陸地を眺め、心を躍らせる。
「アレがパラデイソポリスですか!?」
「そうだ。嬢ちゃんは冒険者になって、迷宮ルーシッド・エデンで大稼ぎするんだよな?」
「そうです!そして、いずれは『銀眼』のシュタールみたいに、冒険者のスーパースターになって、故郷まで名前を響かせてみせますよ!」
「ハハハッ、デッカイ夢でなにより。…ただまあ、夢を語りながらも現実に打ち砕かれて帰るやつも少なくない。無事に帰りたかったら、帰りの旅費は常に残しておくことだ」
船乗りさんは優しげな瞳を私に向ける。
彼の語る言葉は現実の一面で、私が歩むかもしれない道なのだ。
遠くの岸に見える賑やかな街に私の夢はある。
『銀眼』のシュタールが強大なモンスターと渡り合い、最後には打ち倒す映像は、今も霞むことのない憧れだ。
絶対になるんだ。スター冒険者に。
―――
魔導力船が接岸し、お世話になった船乗りさんたちに挨拶をしてから船を降りると、入国検査が行われていた。
肩掛けカバンから、出国証明書を取り出して手渡すと、検査官は少し驚いた顔で私を見つめる。
「船でやってくるヒッポフォロスを見るのは初めてだ」
「いえ、私は人鹿ですよ」
「おっと、これはすまない、謝罪させてくれ」
「もう慣れちゃいました、大丈夫です」
エラフォロスの姿は、パラデイソポリスでは風変わりのようだ。
鹿の身体に、人間種の上半身。
こういう特徴の種族は、一般的には四足種族というらしい。
検査官は出国証明書に書かれている情報を一通り確認してから、再び私に向き直る。
「名前は…恋白としか書かれておらず、ファミリーネームがないが、何か事情でもあるのかな?」
「家名を名乗れるのは家の主だけなので、私に家名はありません」
「そうか…失言の詫びとして受け取ってほしいのだが、パラデイソポリスでファミリーネームがない者は、少しばかり軽んじられることが多いんだ。…この国限定でもいいから、ファミリーネームを付けてしまったほうがいい」
声を抑えて教えてくれることを考えると、あまりいいことではないらしい。
それか、家名を名乗れないのは、それほどに不利になってしまうのか。
「そうなんですね。じゃあ…榾火の村から来ましたので、榾火の恋白でお願いします。……あれ、逆でしたっけ?」
「ここだと、ファミリーネームが後だよ。…よし、コハク・ホタビノ、少し変わった響きだけど、パラデイソポリスじゃ珍しくないさ」
「ありがとうございます」
その後、出国証明書の内容との照合が行われていく。
「しかしすっごいね、真っ白な髪に、真っ白な鹿の体毛。君の出身地では、そういった容姿のエラフォロスが多いのかな?」
「私の村では、白い体毛と髪が基本です」
髪も体毛も真っ白で雪のようで、入国検査を待っている人たちがしきりに私を見てくる。
父様も母様も、私たちの部族は先祖代々そういった見た目だったらしい。
「身長は…地面から頭まででいいのかな?」
「はい、出国時もそうやって測りました」
「それじゃあ一五五バシコンだから……出国証明書通りだ。お疲れ様、これが入国証明書になるから、なくさないようにね」
「ありがとうございます」
手のひらに収まるほどの小さな紙には、コハク・ホタビノと書かれており…ホタビのつもりがホタビノになってしまった。
それでも、私の冒険者としての第一歩がここに刻まれた。
街に走り出したい気持ちを抑え、船に揺られた海を見返す。
三〇日の長旅を考えると、榾火の村から遠く離れてしまった。
風に揺られ私に囁くような森も、小魚が泳ぐせせらぎもこの街にはなく、少しばかり寂しさが胸をよぎる。
それでも、私は私の夢のために走り出す。
この潮風の匂いを忘れずにいることで、どんな苦境にも負けず、飛び越えていける気がした。
「頑張ろう!」
それから程なくして、私コハクは現実を知る。
多くの冒険者クランの面接を受けたものの、その全てに、落とされたのだから。
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