正義のヒーロー
エリシアが河川敷を悠然と歩いていると、突然周囲に怪人たちが現れた。
怪人たちは不気味な声で笑いながら、じりじりと彼女に近づく。
エリシアと怪人たちが睨み合い、緊張感が高まっていたその瞬間——
「待てえええい!」
突然、土手の上から響き渡る声。
全員が声の方を振り向くと、そこにはメガネをかけた中年のサラリーマンが立っていた。スーツはくたびれ、ネクタイも少し緩んでいる。
エリシアは、少し眉をひそめながら男を見上げる。
「どなたですの?」
サラリーマンは息を切らしながら土手を下りてくる。
「お前たち……その女性に手を出すな……!」
怪人たちは一瞬戸惑いの表情を見せるが、すぐにサラリーマンを嘲笑するかのように笑い始める。
中年の男は、息を整えながらスーツの襟を正し、声を張り上げた。
「俺の名は……ワンダーレンジャー!正義のヒーローだ!」
怪人たちが目を丸くして彼を見つめる中、ワンダーレンジャーと名乗るその中年サラリーマンは、勇ましい口調で続けた。
「日中は平凡なサラリーマン、だが……悪がはびこる時、俺はこの姿で現れる!正義と秩序を守るために!」
周囲に風が吹き、男のネクタイがふわりと揺れる。
ワンダーレンジャーと名乗る中年は、突然カバンを開けて中から何やらコスチュームらしきものを取り出した。
「さあ……本気を出す時だ!」
彼は勢いよくネクタイを放り投げ、次にシャツのボタンを外し始める。
「今こそ、変身だ!」
シャツを脱ぎ捨て、続いてズボンまでも脱ぎ始めた。
その様子に、怪人たちは動きを止め、なんとも言えない表情で立ち尽くしている。
パンツ一枚になった中年のワンダーレンジャーは、カバンから赤いパンツを取り出し、勢いよく履こうとした。
だが、その動きを見かねたエリシアが、ため息混じりに口を挟んだ。
「あぁ……違いますわ……」
中年は手を止め、怪訝そうにエリシアを見つめる。
「えっと、青いタイツが先でしょ?そうそう、それ」
エリシアは少し疲れたように指示を出すと、中年は慌てて青いタイツを取り出し、そそくさと履き始めた。
怪人たちは、無言のままその様子を見守っていた。
中年のワンダーレンジャーは、苦労しながら青いタイツを着たものの、明らかにサイズが合っていない。生地が余っていて、だらしなく垂れ下がっていた。
「そんなはずはない!俺……いや、私はLだぞ!?」
中年は自信満々に言うが、エリシアはふと彼のタイツのタグに目をやると、そこには「Made in USA」と書かれていた。
「えっと……アメリカのMって、日本のL相当ですのよ?ご存知で?」
エリシアは冷静に指摘するが、中年は納得がいかない様子でタイツを引っ張っていた。その間、怪人たちは暇を持て余し、スマホでゲームを始めていた。
「あれ、今週のガチャ引いた?」
「うん、SSR一個だけ出たわ」
「まじか、いいな」
彼らは戦いの場を完全に忘れ、日常のような会話を続けていた。
ワンダーレンジャーの中年は、青いタイツに続き、今度はブーツを履こうと足を入れようとした。
「……あれ?足が……入らない……」
焦った様子で中年はブーツを引っ張るが、どうしても足が入らない。だが、サイズは間違いなく正しいはずだった。
「何でだ……サイズは合ってるのに……」
エリシアは軽くため息をつき、冷静に言った。
「あぁ……そこめくると、多分ファスナーが出てきますわよ」
中年は驚いてブーツの内側をめくってみると、確かに隠れていたファスナーが現れた。怪人たちはその様子をちらりと見ながら、またスマホに目を戻していた。
中年のワンダーレンジャーは、いよいよ最後の仕上げにとマントを肩に掛けようとした。しかし、どうもマントを止めるためのボタンが見当たらない。
「えっ?どこだ……?」
エリシアもさすがに少し困惑し、中年と一緒にマントのあちこちを探し始める。
「ここですの?違いますわね……」
二人は一緒に首元や肩口を探して、手間取っていたが、やっとのことで服の首元の裏に隠されたボタンを見つけた。
「あぁ……ここにありましたわよ」
エリシアがボタンを指し示すと、中年はほっとした表情を見せながらマントを止めた。
ついに、ワンダーレンジャーの変身が完了!
「さあ怪人ども!覚悟しろ!」
中年は勇ましく叫んだが、彼が動き出すよりもはるかに早く、エリシアが怪人たちを一瞬で襲い始めた。
エリシアは怪人の背後にぬるりと回り込み、一気にバックドロップを決めた。
さらに、次の怪人に対しては顎の先端を掠めるように、凶悪なフックが炸裂!
怪人たちは抵抗する間もなく次々と倒されていく。
「いや、戦えるんかい!」
中年の驚きと困惑が入り混じった叫び声が、河川敷に響き渡った。




