第11章 二学期 第372話 巡礼の儀―⑨ 怪物の誕生
「アレは……!!」
【瞬閃脚】で屋敷の外を走っていると、屋根の上で、ロザレナとアイリス、そして、梯子を登りきり、屋根の上へと到着するボルザークの姿を発見する。
嫌な予感を覚えた俺は、即座に跳躍して、屋根の上へと飛び乗った。
「あいつが死んだら、あんたは悲しむのかしら? アイリス」
「え……?」
ロザレナは地面を蹴り上げると、大剣を構えて、ボルザークの元へと走って行った。
血だらけで座り込むアイリスは手を伸ばして、叫び声を上げる。
「あ……やめて……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ロザレナがボルザークへと大剣を振り下ろそうとした、その時。
瞬時に間へと入った俺は、お嬢様の腕を左手で掴んで止めてみせた。
「お嬢様。そこまでです」
そう声を掛けるが、ロザレナは無表情のまま、腕に力を込め続ける。
「お嬢様!!」
俺が声を張り上げると、ロザレナの肩はビクリと跳ね、目に光が戻った。
「……」
ロザレナは何も言わずに、腕から力を抜いて、大剣を下ろす。
俺はふぅと息を吐き出すと、ロザレナの手を離した。
「いったい……何をしておられるのですか、お嬢様」
「……」
「オルベルフの人間に恨みを抱くのは分かります。私にとってもこのお屋敷の方々は、自分の家族のようなものですので。ですが……戦意のない人間を殺すのは間違っています。見たところ、アイリスは既に瀕死。状況を推察するに、恐らくボルザークは主人を守るために頭を下げていたのでしょう。そんな人たちを傷付けるのは、果たして正しい行いと言えるのでしょうか? お嬢様」
「……」
「彼らを自分に置き換えて考えてみてください。アイリスとボルザークの関係は、かつての私とお嬢様と同じです」
ボルザークは起き上がると、俺たちの横を通り、アイリスを庇うようにして前に立った。
怯えた様子で剣を構えるボルザークと、身体をガタガタと震わせて恐怖の色を見せているアイリス。
俺はそんな二人を見て、お嬢様に声を掛ける。
「私とお嬢様も、幼い頃、彼らと同じだったはず。奴隷商団に捕まり、圧倒的な力と残酷な現実を前にした。お嬢様が傷つける側に回ってどうするのですか。それじゃあ、あの時のジェネディクトと一緒ですよ」
「……でも、こいつは、あたしの大事なものを壊そうとした」
「ジェネディクトも同じです。自分の大事なものを奪われたからこそ、彼は、復讐に走ったんです。憎しみの連鎖は新たなる復讐者を誕生させるだけです。自分が傷付けられたからといって、誰かを傷付けて良い道理にはならない。確かに剣とは、お嬢様の仰る通り、人を殺すために作られた道具です。ですから、私は、剣を使ってなるべく人の命を奪わない剣士を目指したい。生かす剣。その在り方こそが、私が憧れた剣士が私に教えてくれた正しさのひとつですから」
「アネットは、強くて正しいのね。でも、多分、その正しさは……あたしとは相反するものよ。剣は、どこまでいっても人殺しの道具にすぎないわ」
「お嬢、様……?」
アイリスとボルザークをじっと見つめた後。ロザレナは、俺に向き直った。
「……ごめん、アネット。頭に血が登っていたみたい。今のは忘れて」
「……」
ロザレナは心の底から、申し訳なさそうな表情を浮かべて、そう俺に謝罪をしてくる。
はっきり言って……今のお嬢様は、今までで一番危ういように思えた。
以前から彼女に、ブレーキがないことは分かっていた。
自分の大事な人間を傷つけられた場合、ロザレナは、容赦無く敵に牙を剥き排除するまで剣を振り続ける。
その在り方は、怒り狂う獣そのもの。
ある意味では剣士に最も相応しい才能を持っており、ある意味では常人の社会では受け入れられない狂った考え方を持っている。
俺やルナティエ、グレイレウス、フランエッテとは、性質が正反対の剣士。
いや……違うか。過去の俺に……アレスと出会う前の俺に近い性質を持っているのか……お嬢様は。
シエルを殺され、鬼子と呼ばれた幼い頃の俺に……彼女はよく似ている。
「俺が側にいなければ……平気で一線を超えていきそうだな、この人は……」
「アネット?」
「いえ、何でもございません。とりあえず、アイリスさんとボルザークさんは、このまま地下牢まで連行させていただきます。現在、コルルシュカとクラリスがヴィクトルを拘束しております。ここに来る途中、食堂で奥様の無事も確認致しました。オルベルフ家は……もうお終いです」
俺のその言葉に、アイリスは俯き、うなだれる。
そんな彼女に肩を貸したボルザークは、剣を腰の鞘へと納めた。
「アネット殿。ご配慮、誠に感謝いたしますぞ」
「勿論、貴方がたには、王国の法に則っていずれ正しい罰を負っていただきます。……その罪の重さは、新しい聖王次第になるでしょうが」
「ええ。レティキュラータス家をここまで混乱に陥れたのです。それは当然の裁きでしょう。さぁ、行きましょう、アイリス様」
「……」
アイリスは何も言わず、ボルザークの言われるまま、屋根の下へと向かって行った。
その後ろ姿を見つめていると、ロザレナが、ある場所と歩みを進めた。
「お嬢様?」
ロザレナの向かう先にあったのは、屋根の上に落ちている紅い刀。
お嬢様はその刀の前に立つと、俺に声を掛けてくる。
「アネット。信じられないかもしれないけど、この刀、持ち主を怪物にしてしまう力があるの。これを使ってアイリスは、黒い狼のような獣に姿を変貌させていたわ」
「姿を変貌させる刀……? そんなもの、聞いたことがありませんが……」
前を歩くアイリスに視線を向けると、アイリスは立ち止まり、振り返った。
「……ロザレナの言っていることは本当のことよ。私はその剣を使って、レティキュラータスを乗っ取ったのだから」
「そんな……いったい、そんな剣を何処で手にしたのですか……?」
「その剣は、ゴーヴェンから貰ったものよ。ゴーヴェンはそれを紅き牙のなり損ない……『紅き贋作』と呼んでいたわ」
「紅き牙のなり損ない? 『紅き贋作』? 何ですか? それは?」
「私も詳しくは知らないわ。だけど、あの人は、レティキュラータスの神具を真似て作ったものだと、そう言っていた」
「紅き贋作……レティキュラータスの神具……まさか……赤狼刀を……?」
俺が驚きの声を溢していると、お嬢様が紅い刀を拾い上げた。
「お嬢様!? 不用意に触っては……!!」
「えい」
お嬢様は右手で剣の持ち手、左手で刀の先端を掴むと、膝に闘気を纏い、膝を使って……呆気なく刀をへし折ってみせた。
すると刀から闇のオーラが宙へと抜けて出ていき、何処かに散っていった。
その光景を見つめたアイリスは、驚いた表情を浮かべた後、ロザレナへと疑問を投げる。
「どうして……それをへし折ったの? その刀の力があれば、貴方、今よりももっと強くなれたんじゃないの?」
「そんなもの、いらないわ。あたしはあたしだけの力で頂点へと上り詰める。それに……別にあたし、化け物になりたいわけじゃないし。あんなものに頼るあんたの方がどうかしているのよ」
「……完敗。確かに、私は操り人形でしかなかった。オルベルフ家に操られて、ゴーヴェンに操られて。本当に、私って、何だったんだろう。私はただ……お兄ちゃんにまた頭を撫でてもらいたかっただけなのに……」
そう言って、アイリスはボルザークに支えられて、彼が掛けたであろう梯子を下って行った。
これで―――――――オルベルフ家のクーデター騒動は、完全に終わりを告げた、か。
ゴーヴェンが関わっていた割に、想像したよりも大きなことは無かったな。
いや……ヴィクトルが持っていた人を魔物に変える薬と、人を魔物と思しき存在に変えたあの謎の剣は……おかしな事態だったと言えるか。
ゴーヴェンが人間を使って何か良からぬ実験をしている。それは、間違いがない。
「さぁ……参りましょう、お嬢様」
「……待って。そうだ。アネット、ここに来る途中で、食堂でお母様の無事を確認したって、そう言っていたわよね?」
「ええ。奥様はひどく動揺された様子で、お嬢様を探して欲しいと私に言っておりましたが……」
「オズワルドの奴は、いなかったの!?」
「オズワルド? い、いえ。それらしき人物は奥様のお側にいませんでしたが……」
俺はハッとして、お嬢様に声を掛ける。
「まさか……オズワルドがいたんですか、食堂に!? それで、何処かに逃げたと!?」
俺の言葉に、ロザレナはこくりと頷くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ゼェゼェ……くそっ、いてぇ!! いてぇぞ畜生!! あの馬鹿娘!! 俺の腕を切りやがってぇぇぇぇ!!!!」
オズワルドは布を巻いた片腕を抑えながら、森の中を駆けて行く。
そして彼は疲れたのか、途中で木の幹に背を預けて、大きく息を吐いた。
「こうなったらゴーヴェンの元へと行き……レティキュラータスの地をオルベルフが再び手に入れられるよう、力を借りねばならねぇ……!! 何であの病気がちだったエルジオの娘が、あんな馬鹿みてぇに強いんだよ……!! それにアイリスの奴、ガキの頃から大金をかけて、王国中のあらゆる剣士を呼んで稽古をつけてやったのに……何であんな使い物にならねぇんだよ……!! 奈落に捨てたキリシュタットの奴は剣王になりやがるし、どうなってんだよ、この運の悪さはよぉ!!」
オズワルドは額に玉のような汗を浮かばせながら、徐々に、瞼を閉じていく。
「くそっ……!! 血を流しすぎた……!! 体力が……!!」
立ち上がると、地面に血の跡を残しながら、オズワルドは森の中を進んでいく。
「ふざけんじゃねぇ……!! ナレッサもレティキュラータスも、全部、俺のもんだ……!! 絶対に生き残ってやる、クソが……!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、アネット先輩! おかえりなさい! ヴィクトルと気絶した聖騎士たちは全員、縄で手足を縛り終えました!!」
「アネットお嬢様。避難なされた人質たちは無事、アルフの村へと連れて行きました」
「ご苦労様です、クラリス、コルルシュカ」
ロビーへと戻ると、そこには、クラリスとコルルシュカの二人の姿があった。
俺はそんな二人に、背後にいる人物を目で示し、続けて声を掛ける。
「申し訳ございませんが、アイリスとボルザークも、縄で縛ってください。これで……逃げたオズワルドを除いて、オルベルフ家と聖騎士は全て捕虜にしました。レティキュラータスのお屋敷を、完全に、私たちの手に取り戻しました」
俺の言葉に、クラリスとコルルシュカは良かったと、同時に安堵の息を吐いた。
すると、その時。ロビーに、ナレッサ夫人が姿を現した。
彼女は傷だらけのロザレナの姿を見ると、心配そうな様子で駆け寄って行く。
「ロザレナ!!」
そう言ってナレッサはロザレナを、強く抱きしめた。
ロザレナは驚いた表情で、ナレッサの横顔を見つめる。
「お母様……?」
「良かった……貴方が無事で……! 貴方が、アイリスを殺さなくて、本当に良かった……!」
涙を流してそう口にするナレッサ。
ロザレナはその顔を、意味が分からないと言った様子で、キョトンとした表情で見つめていた。
ロザレナのその様子に俺が目を細めていると、クラリスに両手を縛られているアイリスが口を開く。
「どうして……どうして、ロザレナが私を殺さないことで、喜んでいるの?」
その言葉にナレッサは振り返ると、涙を拭って、アイリスをまっすぐと見つめた。
「子供が人殺しになって喜ぶ親が、どこにいると思うの?」
ナレッサの言葉を聞いたアイリスは、悲しそうに目を伏せた。
「……なるほど。私が持っていないものを、私が焦がれていたものを、レティキュラータスは全て持っているというわけね。少なくとも、私の親は、私が人を殺した方が喜ぶ親だったわ。貴方たちとは違う。……そっか。これが、長年レティキュラータスに嫉妬し続けた、オルベルフの性質か……あはは。私も大嫌いだった祖父や父と同じ、根っからのオルベルフの人間だったわけね」
「アイリスさん……」
ナレッサはアイリスに近づくと、彼女の肩をポンと叩いた。
「私は……最初から分かっていたわ。アイリスさん。貴方は、親に操られていただけ。この騒動を起こしたヴィクトルやオズワルドとは違う。貴方はまだ、やり直せるわ。良かったら……私たちの家に来ない? アイリスさん」
「え……?」
アイリスは目をパチパチと瞬かせる。
そして彼女は、苦悶の表情を浮かべた。
「私が憎くないの?」
「貴方のせいじゃないわ。きっと、エルジオもそう言うはずよ」
「……それは……貴方が、今のレティキュラータス伯の現状を知らないから言えることよ。オルベルフの人間が伯爵に何をしたか分かっている? きっとアルフの村に行けば、私を家に迎い入れるだなんて、言えなくなる」
「いいえ。私は貴方を許すわ。でないと……きっと、憎しみの連鎖は続いていく。アイリスさん。もう、親の言うことに従わなくても良いの。貴方は、貴方自身の考えで、生きていきなさい」
アイリスを抱きしめるナレッサ。
すると、アイリスは瞳を潤ませ、ボロボロと涙を流し始める。
「うぅぅぅ……!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
泣き喚くアイリスを見て、ボルザークも涙を流す。
流石は、ナレッサ夫人だ。彼女は今、オルベルフとの確執を無くそうとしているんだ。
その光景を見つめていると、ふと、お嬢様の様子が気になって隣へと視線を向ける。
そこにあったお嬢様の表情を見て―――――――俺は思わず、硬直してしまった。
「なにそれ」
目を見開き、理解し難いものを見るかのような目で、自分の母親とアイリスを見つめるロザレナ。
その表情には、見る者の心を凍りつかせる何かが、宿っていた。
「お嬢、様?」
俺が声を掛けると、ロザレナはいつもの表情へと戻る。
そして彼女は俺に微笑を向けてきた。
「どうしたの、アネット」
「……いいえ。何でも、ございません……」
明確な、予兆を覚える。
お嬢様は、今回のオルベルフの一件で、確実に……俺が知っている彼女とは違うものになりつつある。
俺に、何か、お嬢様の変化を止める方法はあるのだろうか?
巡礼の儀の参加をやめさせる? いや、それは危険な行為だ。
お嬢様の身の安全は、ジークハルト陣営にいるからこそ、守られている部分もある。
それに……こんな状態のお嬢様を一人にするわけにはいかない。なら、俺もこの戦いから抜けて傍にいる? そんなことをしたら……オフィアーヌの血族である俺とレティキュラータスの血族であるロザレナがジークハルト陣営を抜けたりしたら、ジークハルトが勝利する可能性はかなり低くなる。マイスの覚悟を無駄にする行為だ。
(今は……進むしか……ない、のか……)
……今、分かっていることだけは、ひとつだけ。
お嬢様は、俺の声を聞くと、自分に戻るということだけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
空が暗くなり、赤みがかってきた―――――午後四時過ぎ。
クラリスとコルルシュカにアイリスやボルザーク、ヴィクトル、聖騎士たちをお屋敷の地下牢へと連行するのを任せた後。俺たちはアルフの村へと戻った。
「エルジオ!!」
教会の扉を開くと、ナレッサ夫人は慌てた様子で中へと入って行く。
俺とロザレナは、そんな夫人の後をついていき、礼拝堂の奥にある部屋へと入り……ベッドに寝かせられているエルジオと、そんな彼の側にいるオリヴィア、メアリーとギュスターヴ、シスターイザベラの元へと駆け寄った。
「オリヴィアさん! お父様の容体は……どうなの!?」
「ロ、ロザレナちゃん……!!」
オリヴィアは焦燥した様子で、俺たちへと青ざめた顔を見せる。
彼女の手は真っ赤に染まっており、エルジオの身体に巻かれた包帯からは……大量の血液が滲みでていた。
ベッドの上は……真っ赤に染まっていた。
「なによ、これ……!!」
ロザレナは血の気が引いた様子で、身体から力を抜いて、床に膝を落とす。
「お嬢様!」
俺はそんな彼女の肩を、咄嗟に支えた。
俺とロザレナの横を、ナレッサが通って行き……ナレッサは、ベッドの上で眠っている血だらけのエルジオの側に寄り、彼の額を撫でた。
「エルジオ……こんな姿になって……痛かったよね? 苦しかったよね? ごめんね、エルジオ……私、貴方がこんなことになっているだなんて……全然、知らなかった……ごめんね、エルジオ……ごめんなさい……!! 貴方に全てを背負わせてしまった……!!」
涙を流すナレッサを見て、メアリーは「私のせいで息子が」と悔しそうな表情を浮かべて、それをギュスターヴが「お前のせいじゃない。オルベルフの奴らが、エルジオの善意に付け込んだ結果だ」と、メアリーを慰めた。
オリヴィアは苦しそうな表情でナレッサを見つめた後、俺たちの側へと歩いて来る。
「ぐすっ、ひっぐ。ごめんなさい、アネットちゃん、ロザレナちゃん……!! 私の信仰系魔法じゃ、全然、エルジオさんの傷を塞ぐことができなくって……!! 本当に、ごめんなさい……!!」
「……オリヴィアさんのせいじゃないわ」
ロザレナはそう言った後、足に力を込めて立ち上がり、ナレッサへと怒声を上げた。
「この状況を見ても!! まだ!! あいつらを許すだなんて言えるの!? お母様!!!! この先、オルベルフがいる限り!! ゴーヴェンがいる限り!! あたしたちは奪われ続けるに決まっているわ!!!!」
「ロ、ロザレナ……?」
驚きの表情を浮かべるナレッサ、そして、メアリーとギュスターヴ。
俺も同じ気持ちだ。お嬢様がこのようなことを言うとは、思わなかったからだ。
「敵は、排除し続けるしかないの!! アイリスを許す!? くだらない!! お父様はオルベルフとゴーヴェン、そして、この村の人間たちに生け贄にされて、今、そんな状態になっているの!!!! 弱いということは、罪そのものだわ!!!!」
「何を……いったい、何を……言っているの? ロザレナ……?」
「お母様はお父様がこんな状況になっている間、何かした!? ただ、助けられるのを待っていただけでしょ!? 結局、あたしたちがここに来なければレティキュラータスはオルベルフに支配されたままだった!! 力がないから、何かを奪われ続けるのよ!! あたしは、この村に住む人間を……お父様を見殺しにした全て憎――――――――――」
「ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!!!!」
そう大きな声で叫んだのは、先代当主メアリーだった。
メアリーは鋭く目を細めて、ロザレナを睨みつける。
「今、エルジオは苦しんでいるのです。そんな状況で、母親や領地の人間に対して責任を追求するのは、間違いだと思いますよ」
「でも……!!」
「全ては、エルジオが選んだことです。エルジオは、村の子供たちを助けるために、自分の命を使った。私は先代当主として、レティキュラータス伯のそのやり方は、貴族として相応しいものだと認めています。貴族とは、領民のために生きるもの。貴方も貴族であるのならば、その在り方を見習いなさい、ロザレナ」
「……!!!!!」
ロザレナは、射殺さんばかりに睨みつけ、メアリーに殺意を向ける。
もし万が一メアリーに手を出す気ならば、俺が止めなければならないと考えていた……その時。
エルジオが薄らと目を開け……口を開いた。
「ゲホッ、ゴホッ。やめるんだ、ロザレナ……」
「!! お父様!?」
「エルジオ!?」
ロザレナはナレッサの横に並び、ベッドに眠るエルジオの顔を覗き込む。
エルジオは苦悶の表情を浮かべながらも、笑みを浮かべ、ロザレナの頭を撫でた。
「……ロザレナ。怒らないでくれ。悪いのは、領地を守ることができなかった、伯爵である僕なのだから」
「お父様……」
「ナレッサ。無事で良かった」
「エルジオ……!!」
「さっきの話が少し耳に入ってきたけど……良いかい、ロザレナ。アイリスさんを許してあげるんだ。憎しみの連鎖は絶対に作ってはいけない。レティキュラータスは……過去、身内から反乱軍を生み出してしまったせいで古くから忌み嫌われ、排斥されてきた御家。現に今だって、闇属性魔法因子があるからといって、ロザレナの命が狙われている。こんなに可愛い僕の娘が、災厄級であるはずがないのにね。だから……憎しみや差別というものは、いつか必ず断ち切らないといけないものなんだ」
「……」
ロザレナの額を優しく撫でるエルジオ。
そして彼は、ふぅと深く息を吐くと、ロザレナの頭に手をかざした。
「ロザレナ……今のうちに、君に、レティキュラータスの家督を渡す」
「ぇ……?」
「僕の意識が、どこまで持つか分からない。だから……この地を守ってみせた君に……レティキュラータス伯爵の座を譲るよ」
「何を……何を、言っているの? お父、様……?」
「――――――我、レティキュラータス家の当主として、彼の者に、国の守り手の役目を引き継がせる。黒狼よ、レティキュラータスの血を引きしこの者を、王国の剣として認めたまえ」
いつか、俺がオフィアーヌ家の家督をギャレットから受け継いだ際に聞いた、あの詠唱。
エルジオが詠唱を唱えた瞬間、淡い光が宿り、レティキュラータスの紋章……黒狼の紋章が宙に浮かび上がる。
紋章が消えた瞬間、ロザレナは立ち眩みを覚えたのか、ふらっと、よろめいた。
「い、今のは……?」
俺の時と同じであれば、ロザレナは恐らく、レティキュラータスの神獣である黒狼と接触したのだと思われるが……。
困惑するロザレナに、エルジオはフフッと笑みを溢すと、徐々に瞼を閉じていった。
「ちょっと……疲れたかな。ロザレナ。家族は仲良く、だよ。僕がまた元気になったら、伯爵の座を譲ってもらうからね。若い君に一時的にでもこの役目を任せてしまうのは、申し訳ない、けど……いつか君は、僕の意思を継いだ、レティキュラータス家の当主に……なるのだから……その予行練習とでも……思って、欲しい……ルイスが大きくなったら、二人で仲良く領地を……」
エルジオの腕が、ぼとりと、ベッドに落ちる。
絶望した表情を浮かべる、ロザレナ。
「お父……様……?」
その時。シスターイザベラが、慌てた様子でエルジオの手首に指を当てた。
「まずい、脈が……!! 悪いけど、オリヴィア以外、出て行ってもらうよ!! オリヴィア!! 急いで薬草と綺麗な水を!!」
「は、はい!!」
「ね、ねぇ……お父様は……? お父様は、大丈夫、なの……?」
「お嬢様……今は……!!」
俺は暴れるロザレナを羽交い締めにして、教会の外へと連れて行く。
ナレッサもメアリーとギュスターヴに支えられて、外へと連れ出されていた。
「待ってよ……何よ、それ……レティキュラータス伯爵は、お父様でしょう!? 何で……何で何で何で何で、お父様がこんな目に遭わなきゃいけないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
エルジオに向かって手を伸ばし続けるロザレナを、俺は、無理やり外に連れ出すのだった。
「どうやら……大変なことになったみたいですわね……」
村の広場にあるベンチに座り込み、泣き噦るロザレナを宥めていると……俺たちの前に、ルナティエが姿を現した。
ルナティエは塞ぎ込むロザレナを辛そうな表情で一瞥した後、俺に、声を掛けてくる。
「アルファルドが、レティキュラータスの祠を見つけましたわ。この辺の地域に詳しい村の人に聞いたら目撃情報もあって、思ったよりも呆気なく、祠を見つけることができました」
「そうですか……」
「本当なら、今からロザレナさんに祠を回っていただくところですが……難しい、ですわよね……」
「……明日に致しましょう。タイムロスを避けるために、私とお嬢様、オリヴィアは、別働隊の馬車を使って遅れてレティキュラータスを出ます。ルナティエたちは先に他の領地へ向かってください」
「それが正しいとはわたくしも分かっていますが……その……ロザレナさんは、本当に大丈夫なんですの?」
「きっと、大丈夫です。お嬢様はこんなところで止まりはしません」
「……」
ルナティエはふぅと息を吐くと、俺に紙を渡してきた。
その紙には、この詳しいレティキュラータスの地理と、祠がある場所が詳細に書かれていた。
「レティキュラータスの祠を見つけたら、すぐに戻ってきてくださいましね。わたくしたちは……北の地……オフィアーヌを目指しますから」
「フランシアではないのですか? レティキュラータスと比較的近いのは、南のフランシアですが?」
「アルファルドにこの周辺を探らせたのですが……この地を離れた馬車が、フランシアを目指した形跡がありますの」
「この地を離れた馬車、それはつまり……」
「ゴーヴェンですわ」
俺はゴクリと、唾を飲み込む。
「よろしいんですか? ゴーヴェンがフランシアを目指したとしたら、レティキュラータスのように、マリーランドが危ないと思うのですが……」
「先ほど、お父様と連絡を取ることができましたの。レティキュラータス領の境で、お父様は、アイリスと聖騎士の襲撃に遭い、追い返された。ですが、あまり損傷はないそうです。お父様はレティキュラータスを助けるためにマリーランドで兵と武装を集めていたそうですが……この地が守られたと伝えると、マリーランドを守るために準備を進めると、そう仰いました。お父様が心配ではないと嘘になりますが……今は、巡礼の儀で勝利を掴むのが先決。わたくしは、ゴーヴェンと争って無駄な消耗を避けるために、オフィアーヌを目指すことを決めました」
「そうですか……了解しました。では、こちらを」
俺は紙紐を外して、ルナティエに渡す。
「これは?」
「もしオフィアーヌ家の誰かに会ったら、私がジークハルト陣営についたことを伝えて、その髪紐を見せてください。私がルナティエたちの味方だと分かったら、オフィアーヌ家の一族は必ず祠を探すことに協力してくれるはずです。見せるとしたら一番良いのは、コレットかブルーノ、あまり良くないのが、アレクセイとシュゼットですかね……。前者は私の紐だと気付かない可能性があり、後者は予期しない決めつけで暴走する可能性がありますので」
「まぁ、シュゼットに関しては、同意ですわね。あんまり会いたくありませんわ、あの戦闘狂には」
俺がいないと、俺からその髪紐を奪ったとか勘違いしそうだからな、あのお姉様は。
「……それじゃあ……行ってきますわ」
「はい」
ルナティエはこくりと頷くと、馬車に向かって歩き出した。
するとそこには、こちらを不安そうに見つめているジェシカの姿があった。
「ロザレナ……」
「行きますわよ、ジェシカさん」
「ねぇ、ルナティエ。私も残って良い? ロザレナが心配だよ……」
「駄目ですわ。最大の戦力が残ると決めた以上、できる限り、こちらに戦力は集めたいですわ」
「最大の戦力? ロザレナのこと?」
疑問を投げるジェシカを無視して、ルナティエは馬車へと乗って行く。
ジェシカは辛そうにこちらを見つめながらも、続いて馬車へと向かって行った。
「お嬢様……とりあえず、今は、休みましょう」
俺はそう言ってロザレナの背中を撫でて、赤く染まる空を見上げた。
「……アネット。その地図、見せてくれない?」
「え? 地図?」
「うん。レティキュラータスの祠の場所が書かれている地図なんでしょ? それ。あたし、見ておきたくて」
「……どうぞ」
ロザレナに地図を渡すと、彼女はそれを見つめる。
「これ……あたしが持っていても良い?」
「構いませんが……」
「ありがと」
その会話に首を傾げていると、メアリーが近寄ってきた。
「アネットちゃん。村にある空き家を借りたから……今夜はそこで休んでね」
「ありがとうございます、メアリー様」
「ロザレナちゃんは……」
「大丈夫です。私が見ます」
そうして俺は俯くロザレナを立たせると、空き家へ向かって、歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
―――――――――――――深夜。午前二時。
オズワルドは、必死に、森の中を走っていた。
「ハァハァ……!! 何で、俺がこんな目にぃぃぃぃぃ!!!!」
彼は背後を振り返る。そこには、鬱蒼と生い茂る草木と、暗い闇が広がるだけだった。
その闇の奥底――――――――森の中に、紅い目が浮いていた。
暗闇に潜む何かは、地面に濡れた血の跡を見つめながら、ゆっくりと、獲物に向かって歩いて行く。
「何なんだ、アレは……!? 何で、あいつ、俺の場所を特定して―――――――――――」
そこでオズワルドは、自分の腕に目を向ける。
「そ、そうか……!! あいつ、血の跡を辿って……!! あ……!!」
その時。オズワルドは木の根に躓き、派手に転倒した。
彼は「ヒィィィ」と悲鳴を上げると、上体を起こし、背後を見つめながら後退する。
「く、来るな!!!! 俺は、本当のレティキュラータス家当主、オズワルド様だぞ!! レティキュラータス家当主の命令を聞けないのか!! 俗物が!!」
黒い怪物は何も答えない。
怪物はオズワルドの前に立つと、背中から剣を抜いた。
「ひ、ひぃ!? ほ、欲しいものならなんでもやる!! だから―――――」
「お前に生きる価値はない」
そう言って怪物は、オズワルドの首を切断したのだった。
レティキュラータス家のお屋敷。地下牢。
そこには、牢の中に入っているアイリスとボルザーク、ヴィクトル、聖騎士たちの姿があった。
聖騎士たちは眠っていたが、アイリスとボルザークは起きていた。
ボルザークは、不安そうな表情を浮かべるアイリスに、声を掛ける。
「大丈夫ですぞ、お嬢様。貴方様は、今回の一件、親の命令に従っていただけ。情状酌量の余地があり、恐らくそこまで重い罰則を課せられることはないでしょう。ここからまた一から始めましょう。今度は、正しき道を進みましょうぞ」
「……ええ、そうね。でも、エルジオ伯爵がどうなるのか……私は心配。まさか、ナレッサさんのような、あんなに優しい人がいたなんて……ナレッサさんにどう謝ったら……」
「お嬢様……」
牢の中で会話をする二人。
そんな二人に、ヴィクトルは口を開く。
「レティキュラータスに絆されるな。奴らは、我らの家督を奪った一族だ」
ヴィクトルの発言に、ボルザークは怒りの表情を浮かべる。
「もうお嬢様を洗脳するのはやめていただきたい! 貴方がたのせいで、お嬢様は……!!」
その時だった。
扉が開き、地下牢に何者かが現れた。
カツカツと階段を降りてきたのは―――――――――紅い目の怪物だった。
その手に握られていたのは、血に濡れた剣と、オズワルドの頭部。
怪物は苦悶の表情を浮かべて息絶えているオズワルドの首を牢の前に放り投げると、不気味な笑みを浮かべる。
「あ、貴方、は……!!」




