第11章 二学期 第371話 巡礼の儀―⑧ 成り損ない
《ロザレナ 視点》
「うぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
咆哮を上げ、あたしに襲いかかってくるアイリス。
あたしは手前にあった長テーブルを足で蹴り上げ、アイリスへと投げ飛ばした。
「アガァァァァァッッ!!!!」
アイリスは、刀を乱暴に振り放ち、難なくテーブルを切り刻む。
そしてそのまま、あたしに向かって走って来ると、手を伸ばした。
「殺す!! 殺してやる!! 死ね!!!! ロザレナぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「どういう手品か分からないけど、やっぱり、さっきよりも闘気が増えているのは間違いないみたいね。ふぅん? 少しはあたしを楽しませてくれそうね」
あたしは左手に闘気を纏うと、アイリスの伸ばした腕を掴む。
そして、彼女を背後にある壁へと叩きつけた。
「あぐぁ!?」
食堂の壁は崩壊し、アイリスは、屋敷の廊下へと投げ出される。
あたしはアイリスを追いかけるために即座に廊下へと出ると、倒れ伏すアイリスへと横薙ぎに剣を振って、斬撃を放った。
「【閃剣】」
「くっ!?」
圧縮した闘気の一閃が、アイリスに向かって放たれる。
アイリスは即座に跳躍し、その剣閃を避けてみせた。
だが、あたしは【縮地】を発動させて、既にアイリスの目の前へと接近していた。
「こんなもの?」
「なっ……!!」
あたしは回し蹴りを放って、アイリスを床へと叩きつける。
「ぐはっ!?」
床にめり込むアイリス。あたしは落下と同時に、そんな彼女の腹の上に踵を落とした。
「あぐぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あはははははははははははははははは!!!!」
あたしはアイリスの腹の上を踏みつけ彼女の上に乗ると、拳に闘気を込める。
「お前たちは、身勝手な欲望のために、あたしのお父様に手を出した。他人の大事なものを踏み躙るのなら、それ相応の覚悟があってのことよね?」
マウントポジションを取ったあたしは、何度も何度もアイリスを殴りつける。
「ぐっ!! あぐっ!! ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あはははははははははははははは!! あたしのものを奪おうとする奴は絶対に許さない!! 絶対にね!!!!」
「ロザレナ!」
拳を止めて振り返る。するとそこには、あたしを怯えた目で見つめているお母様の姿があった。
「ロ、ロザレナ……もういいわ! やめなさい!」
「? 何故?」
「何故って……もう既にオズワルドに戦意はないし、あの子も完全に貴方に打ち負かされているわ!! これ以上、戦う必要がどこにあるというの!?」
「こいつらは、長年、あたしたち家族を憎んできたんでしょ? そんな奴らを簡単に見逃したら、また、あたしたちに何かしてくるに決まっている。ここで殺してやるのが一番の正解」
「何を……何を言っているのよ、ロザレナ!! いいから、やめなさい!!」
「……」
お母様が何を言っているのかが分からない。
だって、お父様をあんな風に痛めつけた奴らなんだよ?
そんな連中を、許すだなんて、間違っている。
「殺す……絶対に、殺してやる……ロザレナァ……!!」
その時。アイリスが持っている剣のオーラが再び膨れ上がり、彼女の姿が、またしても変貌する。
犬歯は長く伸び、爪も長く伸び、アイリスの身体全体が、黒い毛に覆われていった。
黒い何かへと変貌したアイリスは、紅い目を光らせると、あたしに向かって剣を振る。
「【血霧雨】」
血のように紅い斬撃は、変装のためにあたしが着ていた鎧を粉々に破壊して、胸元に鋭利な斬撃痕を残した。
「……へぇ?」
胸元から血を流しながら、あたしは即座に後方へと下がる。
すると、黒い何かとなったアイリスはユラリと幽鬼のように立ち上がった。
「何それ。完全に人間じゃなくなったみたいに見えるけど。獣? 狼人間? それとも魔物?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!」
アイリスは姿を掻き消すと、あたしの目の前へと姿を現す。
(早い。まさか、【縮地】を使って……? いいえ。足の動きを見たところ、どう見ても歩法を使っていない。こいつ、素の力でこのスピードを……?)
アイリスはあたしの頭部を掴むと、そのまま壁へと叩きつけて、廊下を走って行く。
そして窓際の前に立つと、あたしを窓へと叩きつけ、投げ飛ばした。
外へと吹き飛ばされたあたしは、側転をして態勢を整えると、額から血を流しながらまっすぐと大剣を構える。
「姿を変貌させたのと同時に闘気、速度共に、桁違いに能力が跳ね上がっている。いったい、どういう絡繰なのかしら。剣の効力で身体強化するだなんて、聞いたことがないのだけれど」
ルナティエの『水龍神のレイピア』は、水属性魔法の強化、及び火属性魔法への耐性獲得を得ることができる。
グレイレウスの『霧雨鬼影』は、剣を振るごとに影の軌跡が発生し、それで敵を惑わす能力がある。
リトリシアの『青狼刀』は、斬りつけることで、治癒魔法でもダメージが回復しない呪いを相手に付与させることができる。
思い返して見ても、あたしが相対してきた人間たちの中で、あんな力を持っている剣は見たことも聞いたこともない。
単純に考えるとしたら、姿を変貌させ、ダメージを負う度に能力を強化する効果を持っている剣……と言った方が良いのかしら?
あいつが持っている武器の効果はいったい何なのか。
何故、あの刀は、赤狼刀に酷似しているのだろうか。
現状、分からないことが多いけれど……今、分かっていることはひとつだけ。
「痛めつける度に能力を強化できるのなら……あいつは……早めに倒さなきゃ駄目だということね」
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「やはり、あのような失敗作の剣では、黒狼の呪詛に打ち勝つことはできないか。神具を模倣することができれば、高位人族どもを屠る何かに繋がると思ったのだが……残念だ」
馬車の乗車席に乗っているゴーヴェンは、情報属性上一級魔法、遠隔透視魔法【ビジョン】を発動させて、空中に浮かぶ映像を見つめる。
その映像の中では、アイリスとロザレナが斬り合っている姿があった。
ゴーヴェンはその光景を見つめ、続けて口を開く。
「紅き牙はその性質故、長き間、使い手が現れることはなかったと聞く。剣を極め、精神力が強い者であれば、無理やり剣を従わせることもできるらしいが……それでも自身を喰われて終わりだ。今のアイリスのように、生半可な者があれを持てば、荒れ狂う獣魔と化す。紅き牙を作る材料とされた黒狼の爪を混ぜてあの結果だ。オルベルフの人間に本物の赤狼刀など、持てるはずがない」
そう呟くゴーヴェンに、向かいの席に座るリーゼロッテが開口する。
「ゴーヴェン様。恐れながら申し上げますが……何故、オルベルフなどにレティキュラータスの地を任せたのでしょう? いくら神具の模造品でアイリスを強化したとはいえ、流石に彼女一人にあの地を任せたのは荷が重かったのでは……」
「君も分かっているとは思うが、私はオルベルフなどに本気で期待していたわけではない。奴らは単なる捨て駒だ。アイリスにあの模造品を渡したのも、ただの実験の一環でしかないし、彼女が本気であの模造品を制御できるとも思っていない。そもそもアイリスがラルデバロンの『狼の牙』を制御できる器ではないことは承知済みだ。あれは、普通の人間が持って良いような代物ではないからな」
「では、最初から、オルベルフが負けるのは想定内だったと?」
「そうだ。私が見たかったのは、敢えてオルベルフにレティキュラータスの土地を支配させることによって生じる、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスの変化といえる。闇属性魔法因子という特異なものを持ってはいるが、はっきり言って、アレが災厄級であるかどうかはこの私でもまだ憶測の範囲内を抜け出してはいない。故に、追い込むことで、どう変化するのかを観察したいと考えた。そして……」
ゴーヴェンはもうひとつ空中に浮かんでいる【ビジョン】に目を向ける。
そこには、屋敷の中を走るポニーテールのメイドの姿があった。
「無理やり表舞台に引き摺り出したアレが、果たして本気で私と戦う気があるのか、再確認したかった。ククク……もう実力を隠す気はないようで安心したぞ、アネット・イークウェス。やはり私があの時施した儀は、成功していたようだ」
「ゴーヴェン様。貴方の目的は……いったい……」
「アーノイック・ブルシュトロームは、かつて育ての親シエルを失い、世界に憎悪を振り撒く悪鬼と化した。私は、あの頃の彼を取り戻したいのだ。ロザレナという、彼女が今世でもっとも大事に想っている人間を使って、な」
「? アーノイック……? あのメイドと、最強の剣聖に、いったいどんな関係が……?」
「ククク……あぁ、楽しみだ。アレスから託された剣聖の呪縛を解き放ち、再びこの世界に絶望する、かの英雄と相見えるのが。私と同じ目線に立ったその時こそ、神殺しは成されるのだろう。この世界は、力こそが全てだ。力の頂点に立つ君が、そのことを知らぬはずはなかろう? なぁ、アネットよ」
そう言った後、ゴーヴェンは再び、ロザレナとアイリスへと目を向ける。
「そのために……お前には踊ってもらうぞ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。災厄級のなり損ないを前にして、果たしてお前はどこまで戦えるのかが楽しみだ」
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《ロザレナ 視点》
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
あたしに向かって連続して剣を振ってくるアイリス。
あたしはそれらを紙一重で何とか避けようとするが、全て回避しきることが叶わず。身体中、斬り傷だらけになってしまった。
(正体不明の能力を持つ剣の攻撃を受けたくはなかったけれど……こいつ、段々とあたしよりも早くなってきているわ。闘気を纏っている剣も、徐々に研ぎ澄まされてきている。本当に、意味のわからない能力を持っているわね)
「全部全部全部、壊れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
大ぶりに剣を振り上げるアイリス。
後方へと下がると、アイリスが振り下ろした剣は地面に辺り、巨大な地割れを起こした。
「チッ。徐々に闘気の方もあたしに追いついてきているわね……何なの、あんた。まるで、さっきまでのアイリスとは別人―――――――」
一瞬、【受け継ぐ者】を使用し、過去の人間の人格を憑依させたのかと思ったけど……【受け継ぐ者】は過去の人間の記憶と能力を受け継ぐだけのもの。姿を変貌させるものではない。
(ならば―――――――)
以前、アネットは言っていた。妖刀というものは、相応しい持ち主が持たない場合、持ち主が妖刀に支配される可能性があると。
アイリス本人のものとは思えない、闘気、速度、耐久力、回復力。
その全ては、あの刀のものであることは間違いない。
恐らくアイリスは、刀を御し切ることができず、暴走している。
つまり、今あたしが戦っているのは、アイリスではなく……あの刀の意思そのものということだ。
「で、あるのならば……アイリスからあの刀を奪うことが先決かしらね。流石に動かす肉体が無ければ、あの刀もどうしようもないでしょ」
あたしはアイリスの剣を弾くと、跳躍し、屋敷の屋根の上へと着地する。
すると案の定、アイリスも跳躍して、あたしを追いかけてきた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!」
黒い獣と化したアイリスは屋根の上へと着地する。
そして、紅い目を光らせると、あたしに向けて赤い斬撃を放ってきた。
「【血霧雨】!」
あたしは大剣を上段に構え、振り下ろす。
「【覇剣】!」
あたしの覇剣は難なく赤い斬撃を消し去り、アイリスへと襲いかかる。
アイリスは即座に空中に跳躍して、その覇剣を避けてみせた。
しかし、あたしは【縮地】を発動させて、アイリスの背後へと姿を現す。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
そしてあたしは咆哮を上げると、アイリスが剣を持っている右腕へと向けて大剣を一文字に振り放った。
「ガァ!!」
アイリスは振り返り、その攻撃を止めようとするが……あたしが振った剣の方が早く、血飛沫が上がると共に、宙にアイリスの右腕が飛んでいった。
「取った!! これであんたは剣の力を使えない!!」
右腕を無くして、屋根の上へと落ちていくアイリス。
勝利を確信した、その時。突如、横腹に痛みを感じる。
何事かと自分の横腹を見てみると、そこには――――――紅い刀が突き刺さっていた。
「ぐっ!? 何で!?」
あたしの横腹から剣が抜かれる。
落下しながら振り返ると、宙の上には、あたしがさっき斬ったばかりの右腕が浮かんでいた。
「あぁ、なるほど、ね」
どうやらあの剣、アイリスの手から完全に手放させないと、意味がないみたい。
まったく。切り離されている腕でさえ制御できるとか、剣の力を超えているんじゃないかしら。何なのよ、アレ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
屋根の上へと落下していると、落下地点に、腕を無くしたアイリスの姿があった。
アイリスは足に闘気を纏うと、落ちてきたあたしの顔に向かって、強烈な蹴りを放ってくる。
「かはっ!」
頰を蹴られたあたしは、血を吐き出しながら屋根の上を跳ねて、滑っていく。
アイリスは宙から落ちてきた自身の右腕をキャッチすると、それを切り口へと当て、腕を接着させていた。何それ。ちょっと卑怯なんじゃないかしら。
あたしはザザザザーッと滑った後、大剣を屋根に突き刺し、何とか停止する。
そして口の端から流れ落ちる舌で舐め取ると、笑みを浮かべて立ち上がった。
「やるじゃない。ようやく、楽しくなってきたわ」
「があぁぁぁぁぁぁぁ……」
息を吐き出し、低姿勢を取りながら、剣を構えるアイリス。
その身体に纏っている闘気は、先ほどよりも膨れ上がっていた。
姿形も、人間のそれより、徐々に狼へと近付いていっているような気がする。
何なのだろう、あれは。
あの異様な気配……前にあたしが相対したあのベルゼブブに似ているような……。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
アイリスは叫び声を上げると、あたしに向かって突進して来る。
あたしは不適な笑みを浮かべながら……口を開いた。
「まぁ……ウォーミングアップはこれくらいで良いかしらね。ここから……ギアを上げていくわ」
ふぅと大きく息を吐くと、あたしは両手を伸ばし、屈伸をする。
そして――――――――――瞬時にアイリスの目の前へと姿を現して、彼女の腹に向けて蹴りを放った。
「おかえし」
吹き飛ばされるアイリス。
あたしは【縮地】を発動させると、アイリスの背後へと回った。
「確か、こんな感じだったっけ? ちょっと違う? うーん、やっぱり【瞬閃脚】は難しそうね。でも、あたしがこれを覚えれば、敵なしだと思うのだけれど……今後の課題ね」
あたしは再度、アイリスの背中を蹴り、宙へと浮かした。
そしてそんな彼女に向けて、大剣を上段に構えた。
「【覇剣】!!!!」
巨大な斬撃が、アイリスに直撃する。
闘気で全身をガードしていたアイリスだったが……全身傷だらけになり、屋根の上へと落ちていった。
しかし即座に態勢を整えると、屋根の上に着地し、剣を構えた。
ゼェゼェと荒く息を吐いた後。彼女は甲高い叫び声を上げ、さらに闘気を倍増させた。
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「あはっ。頑丈ね」
あたしは【縮地】を発動させ、アイリスへと接近する。
「貴方……良いトレーニング相手になりそうだわ」
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《アイリス 視点》
『……狼の牙。この二つの刀に、私は、神獣黒狼が持つ善性『未来を切り開く力』と悪性『破滅の力』を分けて授ける』
何処かの祭壇のような場所。
そこには、台座に乗った巨大な二本の牙と、骸と化した巨大な獣の死体があった。
台座の前に立った筋骨隆々の男は両手を合わせ、牙に祈りを捧げる。
そして巨大な鉈を手に持つと、牙の一本に手を当て、研いでいくのだった。
ザザッと砂嵐が起こり、場面が変わる。
フランシア平原と思しき草原に立つのは、二人の姉妹。
紅い刀を持つ青紫色の髪の少女と、蒼い刀を持つ赤紫色の髪の少女。
二人はお互いに不適な笑みを浮かべると……戦場へと走って行った。
ザザッと砂嵐が起こり、場面が変わる。
『何故……王国に反逆した……! ロヴェレナ!!』
青紫色の髪の少女は、赤い刀を構え、そう吠える。
そんな彼女の前に立った黒い鎧を着込んだ赤紫色の髪の少女は、青い刀を手に持って、言葉を返した。
『ラヴェレナ姉さんもすぐに分かるようになるわ。この国に居ては……人が真に救われることはない。私は、この国が邪法と定めた魔法を元にした、新たな国を作る。そして……何年かかっても、この大陸を人の手に取り戻す』
『ふざけるな……!! 私たちは二人で一つの剣聖……そうだったはずだろう!!』
ザザッと砂嵐が起こり、場面が変わる。
『……なるほど。ロヴェレナは、王城の地下に封じられている、あの秘密が分かっていたのか……。ハハハ……まさか、こんなことになるなんて……憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!』
何処かの地下牢で、怨嗟の声を上げる両腕を鎖で繋がれた青紫色の髪の少女。
そして彼女は何度も後頭部を壁にぶつけながら、闇の中で紅い目を光らせた。
『未来へ……託すしかない。私のこの怨嗟を。そして、紅き牙の意志を』
手に持っているこの刀を通じて、遠い過去の情景を見ていたような気がする。
意識を取り戻した私は、ゆっくりと目を開ける。
すると、目の前には、拳を構えているロザレナの姿があった。
「――――――――――265」
ドシンと頰に衝撃が走り、私の口から、折れた歯が飛んでいく。
「……ぇ?」
今、気付いた。私の身体の周りが、血の海となっていることに。
「なに、これ……」
「266」
再び拳が振るわれ、私の頰に拳が振るわれる。
「あぐぅっ!? い、いたい……や、やめて……!!」
「あら? ようやく人の言葉を喋るようになったじゃない。267」
「ぐふっ!? ま、待って、な、何、この状況……!!」
「あたし、あんたに勝ったんだけど……あんた、いつまで経ってもその剣を手放そうとしなかったから。だからあんたがその剣を手放すまで、殴り続けていたの。また回復されると厄介だしね、攻撃を与え続けるのが最良ってわけ。268」
「あがぁ!? け、剣……? こ、これを離せば、良いの……!?」
私は手から剣を離す。
するとロザレナはその剣を蹴って、私の側から遠くへと飛ばした。
すると、私の中から何か大きな力が抜けていく感触がし……身体中から、何か毛のようなものが抜けていった。
「な……なに、これ……」
頭がズキズキとする。食堂でロザレナと戦ってからの記憶がない。
状況が飲み込めず混乱していると、私の前に立っているロザレナが大剣を抜いた。
「じゃあ、あんた、殺すわ」
「え……?」
私が動揺していると、ロザレナは私の顔に大剣の切先を突きつけてくる。
私は慌てて、口を開いた。
「ま、待って!! 降参する!! 降参するから!!」
「あのさ……虫が良すぎるんじゃないの? あんたたちは、あたしの大事なものに手を出した。それで、自分が危険な目に遭ったら命乞い? おかしくない? それ」
「も、元を辿れば、レティキュラータスのせいでしょう!? あんたの祖母がお爺様から家督を奪ったりなんかしたから!! だから私は子供の頃から毎日地獄のような生活を強いられてきたし、お兄ちゃんは追い出されることになったの!! 全部全部、お前たちのせいでしょう!? 私たちオルベルフがあんたたちを恨むのは、当然の話なの!!」
「操り人形」
「……え?」
「それ、あんたのお爺さんの恨みであって、あんた自身の恨みじゃないわよね。あたしはあんたに地獄を強いたわけじゃないし、キリシュタットを家から追い出したわけじゃない。あんたは……そもそも最初から、恨む相手を間違えている。御家に洗脳されて、操り人形になっている」
「……ッ!!」
「だからと言って、同情なんかしない。あたしは、お父様をあんなふうにしたお前らを絶対に許さない。そうね。ただ殺すのなんて生ぬるいわ。一人ずつ村に吊るして、切り刻んでやろうかしら。同じ目に遭わせてやる」
「ひぅっ……!? ご、ごめんなさい、私、ただお兄ちゃんを取り戻したくて、それで……!!」
「もう遅い。お前は、あたしの大事なものを奪おうとしたのだから」
紅い目に、闇のような青紫色の髪。
こちらを見下ろしているロザレナのその姿に、私は、心の底から恐怖を抱く。
私たちは……何かを勘違いしていた。
この少女を怒らせた時点で、私たちオルベルフの敗北は、必至だったんだ。
「……苦しみながら死んでいけ」
「お、お待ちくださいませ!!」
その時。ロザレナの背後に、屋根を登ってきた老執事……ボルザークが姿を現した。
ロザレナは振り返ると、目を細める。
「誰」
「アイリス様の執事でございます。どうか、アイリス様のお命はお助けいただけないでしょうか……!! 彼女は、オルベルフやゴーヴェンに利用されていただけなのです!! 本来、我が主人は、誰かを好んで傷つけるような人間ではありません」
「……」
「何卒……何卒、お願い致します!! ロザレナ様!!」
そう言って、土下座をするボルザーク。
ロザレナはそんな彼を見つめた後、ぽそりと呟いた。
「あいつが死んだら、あんたは悲しむのかしら? アイリス」
「え……?」
ロザレナは地面を蹴り上げると、大剣を構えて、ボルザークの元へと走って行った。
私は手を伸ばして、叫び声を上げる。
「あ……やめて……やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ロザレナがボルザークへと大剣を振り下ろそうとした、その時。
突如、ポニーテールのメイドが姿を現し、ロザレナの腕を掴んで攻撃を止めた。
「お嬢様。そこまでです」
「……」
「お嬢様!!」
メイドが声を張り上げると、ロザレナは無表情のまま、大剣を下ろすのだった。




