第11章 二学期 第353話 動き出した聖騎士団長
《アネット 視点》
11月7日。日曜日。午前6時。
フレーチェルとヴィンセントの同盟を見守り、お嬢様や仲間たちからチョコを貰ったりなど、この二日間は、いろいろなことがあった。
今日はせっかくの休日だ。
先月は剣王試験の騒動で色々と忙しかったから、ようやく、羽を伸ばして休むことができそうだ。
俺はベッドから出ると、窓を開けて、うーんと伸びをする。
その瞬間、頰を、冷たい風が撫でた。
もう、11月だもんな。
そりゃあ寒くて当たり前か。
「ここに来たのは、4月だから……あとちょっとで一年経つのか。早いもんだな」
紅葉した木々から落ちゆく葉を見つめていた、その時。
念話を飛ばされた感覚を覚える。
俺は耳に手を当てて、その念話に答えた。
「……はい。どなたでしょう」
『朝早く、すまない。俺だ。ヴィンセントだ』
「ヴィンセント様ですか。おはようございます。何か私にご用でしょうか?」
『今日、午前九時から、あの王女の約束通りに奈落の掃き溜めに物資を届ける予定だ。お前も見に来るか?』
「午前九時から、ですか」
朝のお嬢様のお世話と満月亭の朝食を用意すれば……間に合わなくもない、か。
「畏まりました。私も見に行きます」
『そうか。なら、俺と一緒に待ち合わせをして、共に向かうか? あそこは、女子供が一人で向かうには少々酷な……』
「いえ、大丈夫ですよ。ああいう場所は、慣れています」
『……そうか。ならば、関所の下で落ち合おう』
そう言って、ヴィンセントは念話を打ち切った。
俺はふぅと短く息を吐くと、クローゼットへと向かった。
「今日も、じっくり休んではいられない、な」
そう言って、俺は、手早く身支度を整える。
メイド服に着替え、髪をポニーテールに結んだ後。
部屋を出ると、いつものように、向いのお嬢様のお部屋をノックする。
「お嬢様、朝ですよー」
返事はない。まぁ、いつものことだから、多分、ものすごい寝相で爆睡して―――――――――――。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」
突如、お嬢様の叫び声が聞こえてくる。
俺は即座にドアを蹴破り、部屋の中に入る。
「お嬢様!?」
「はぁはぁ……あ、れ……? アネット……?」
部屋の中に入ると、ベッドの上で座り込む、ネグリジェ姿のロザレナがいた。
俺はお嬢様のお側に近寄り、声を掛ける。
「何か、あったのですか!?」
「な、なに、か……?」
ロザレナは呼吸を落ち着かせると、首を傾げた。
「別に、何もないわ……ただ、何か、嫌な夢を見た気がして……」
「嫌な夢……ですか?」
「うん。でも、大丈夫。気にしないで」
俺はしゃがみ込み、お嬢様の顔に目線を合わす。
「それは……闇属性魔法に関するものによる影響ですか?」
「いいえ。違うわ」
「お嬢様。特別任務の時から……私に何か、隠していることがありますよね?」
「……」
「私は、幼い頃からお嬢様のことを一番側で見てきた人間です。お嬢様が、何かを抱え込んでいることは、勿論分かっております。私にお話して……いただけませんか?」
「アネット……」
ロザレナはため息を吐くと、やれやれと肩をすくめた。
「貴方には、本当に、嘘を吐くことができないわね……。わかった。全部、話すわ」
そうして俺は、ロザレナから、闇属性魔法に関する話を聞いた。
初代剣聖ラヴェレナのこと。
レティキュラータスの加護、【受け継ぐ者】のこと。
その全てを。
「……【受け継ぐ者】っていうのはね、過去の加護の継承者から、記憶、闘気、魔力……全てを受け継ぐ加護の力なの。レティキュラータスの過去の剣聖たちは代々【受け継ぐ者】で、自分の記憶と能力を伝承し、血族に繋いできた。だけど、近代になって、この加護を発現する剣士は現れなかったみたい。だから今まで剣聖が生まれることもなく、家は廃れたんだって。あたしは、何百年ぶりの継承者みたい」
「お嬢様……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ後、お嬢様の肩を掴んだ。
「その加護は、力を代償にして己を消す、恐ろしい力です。はっきりと言ってください。今のお嬢様は……お嬢様ですよね? 初代剣聖や、過去の剣聖たちでは……ないですよね?」
「うん。あたしはあたしよ。さっきも言ったけど、【受け継ぐ者】で引き継いだのは、闇属性魔法のコントロール方法だけ。他は一切、受け継いでいない。だって、剣聖には、自分の力だけでなりたいから」
ロザレナの目をじっと見つめる。
その燃えるような紅い瞳は、幼い頃から変わらない。
直感で分かる。お嬢様は、お嬢様のままだ。
「闇属性魔法のコントロール方法だけ……受け継いだのだとしても。やはり、その加護は危険な力です。よろしいですか、お嬢様。その加護は、闇属性魔法と同様、今後一切使用しないでください。未来の継承者に己の記憶と力を引き継がせるのも駄目です。良いですね?」
「え? でも、もし、あたしの記憶を未来の血族……たとえば、ルイスの子供や孫に引き継ぐことができるのなら、それってあたし、未来でも生きることもできるってことよね? 何かそれ、結構、すごそう―――――――――」
「お嬢様!!!!」
俺は声を張り上げ、ロザレナの肩を強く掴む。
「それは、生きるということではありません!! 未来の子孫に記憶を上書きしているだけです!! それに、上書きされた子孫は、どうなるというのですか!? 知らない人間の記憶を重ねるということは、それすなわち、その人間を殺すということに……」
チクリと、胸が痛む。
俺は人のことを叱れる立場に、ない。
何故なら俺は、アネット・イークウェスという少女の人格をアーノイック・ブルシュトロームという人格で上書きをして、今を生きているからだ。
まぁ……人格の上書きと、魂の転生というものは、原理は異なるのだろうが。
「ご、ごめん。知らない人間に対して、そんなに怒るとは思わなかったわ。【受け継ぐ者】はもう使わないから。安心して」
「知らない人間に対して……そんなに怒るとは思わなかった……?」
お嬢様って……そんな、人の命を軽んじる人だったか……?
元々、自分の周囲の人間以外に対して特別に興味を抱く人ではなかったのは、知っている。
俺やルナティエ、グレイ、フランエッテは、弱っている人間がいたら迷いなく助けるタイプの人間だ。
ロザレナも、曲がったことは大嫌いな性分だ。
弱いものいじめは許さないし、自分の中で許さないと思ったものがあったら、とことん戦う人間だ。
なのに今の彼女は、未来の血族に記憶を上書きすることに、忌避感を覚えていない。
何か……嫌なものを感じる。お嬢様が、徐々に変化しているような予感がする。
「どうしたの? アネット? まだ……怒ってるの?」
俺の顔を覗き込み、不安そうな様子を見せるお嬢様。
俺は首を横に振り、平静を装う。
「何でもありません。それで、先ほど叫んでいたのは何故ですか?」
「最近、毎日、ラヴェレナとは別で……ある刀が夢に出てくるの。自分を握れ、力を欲せよ……って。勿論、いつもふざけんじゃないわよって、断るんだけど、こう毎日見ていると……ね。ちょっとイライラしちゃって」
「刀……?」
背筋に、冷たいものが走る。
俺は立ち上がると、お嬢様に声を掛けた。
「その刀というのは……?」
「赤狼刀よ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
お嬢様と共に、リビングへと降りる。
するとそこには、既に、満月亭の仲間たちが席に着いていた。
「あ、おはよう!!!! ロザレナ!! アネット!!」
そう言って、席に座っていたジェシカが、大きく片手を振って俺たちを出迎える。
その隣に座っていたグレイは、「フン」と鼻を鳴らし、腕を組んで座っていた。
「朝から声が大きい女だ。お前も剣王になったのだから、少しは落ち着きを覚えたらどうだ?」
「もー、うるさいなぁ、グレイレウス先輩は。そういうのは私じゃなくてお兄ちゃんに言ってよ。剣王で一番問題あるの、あの人でしょ」」
「あの阿呆は、お前が何とかしろ。任務の時にいちいち女の胸や尻に発情していたら、役立たずにも程があるぞ」
「私じゃ無理だよー。グレイレウス先輩は、剣王最強なんでしょ? 何とかしてよー」
そんな会話を交わす、グレイとジェシカ。
俺はそんな二人に笑みを浮かべると、ロザレナを席に座らせ、声を掛ける。
「おはようございます、お二人とも」
「おはよー、アネット!」
「はっ! 師匠! おはようございます!」
席を立ち、俺に頭を下げてくるグレイ。
世間でこんな姿を見せたら、何故剣王最強の男がメイドに頭を下げてるんだと大騒ぎになりそうだが……生憎、満月亭の寮生たちにとってこの光景は日常となっているため、誰もつっこまなかった。ジェシカはカップに入ったココアを、のんびりとした顔で飲んでいた。
「グレイレウス先輩……外ではそういうの、やめてくださいね……」
「分かっています。オレは成長しましたので!!」
キラキラと目を輝かせるグレイにため息を吐いた後、俺は、厨房へと入った。
するとそこには、料理を皿に盛り付けているオリヴィアの姿があった。
「あ、アネットちゃん! おはようございます!」
「おはようございます、オリヴィア」
ここにある料理のほとんどは、俺が昨晩作っておいたものだ。
一部……今朝、オリヴィアが作ったものもあるのだが。
俺とオリヴィアは料理をトレーに乗せて、食堂へと足を運ぶ。
そうして、テーブルの上に料理を載せてると、リビングにルナティエとマイスが姿を現した。
「おはようございますわ」
「はっはー! おはよう諸君! 良い朝だな!」
「おはようございます、ルナティエ様、マイス先輩」
俺がそう挨拶を返すと、二人は俺に会釈をして、席に座った。
残るは、新参者の、フランエッテとジークハルトの二人だが……。
ジークハルトはこの寮に来てから、みんなで食事を囲んだことは一度もない。
まぁ、マイスがいるのもあるだろうが……彼は不思議と、俺たちと関わろうとしない。
元々、彼は、特別任務でロザレナやルナティエと協力するためにこの寮に来た生徒だ。用が済めば、この寮を出て行くのだと思っていたが、未だ、彼はこの寮に住んでいる。
あまり接したことがない生徒のため、その理由は分からない。
だけど、何となく……ジークハルトは、誰かと関わりたいと、そう思っているんじゃないかなと思う。勘だが。
「……あら? またフランちゃんとジークハルトくんは来てないのですか?」
料理を配り終えたオリヴィアが、キョロキョロと辺りを見渡して、そう口にする。
そして彼女は俺に顔を向け、声を掛けてきた。
「ごめんなさい、アネットちゃん。フランちゃんを起こしてきてくれるかな? それと……一応、ジークハルトくんにも声を掛けてください」
「分かりました」
俺は頷いて、食堂を出て行った。
そして三階へと登り、廊下を進んで……俺とロザレナの部屋とは反対側にある、最奥の部屋の前へとたどり着く。
俺はコンコンと、ノックをした。
「フラン。朝ですよ。起きてください」
「ぬ!! もう起きておるぞ、師匠ー!」
俺はため息を吐いて、ドアを開けて、部屋の中に入った。
するとそこには……怪しい呪術師の祭壇……もとい、手品道具や魔術書が散乱している、散らかった部屋が広がっていた。
そんな中、部屋の奥にあるのは、天蓋付きのゴシックな雰囲気のベッド。
その隣にあるゴシックな化粧台の前には、寝巻き姿で、化粧をしているフランエッテの姿があった。
「すまんのう、師匠。妾は、人一倍、支度に時間がかかるのじゃ。皆には先に食べていてくれと、言っておいてくれぬか」
「あの、フラン……そろそろその化粧とか衣装に時間かかるの、何とかしてくれませんか……?」
「無理じゃ! フランエッテ・フォン・ブラックアリアになるには、時間を要するのじゃ!! 肌を白く塗らないと、妾、吸血鬼には見えなくなるのじゃ!!」
「そういえば……以前、吸血鬼を名乗っていたあのアルザードと戦った時、不思議なことが起こったと言っていましたよね? ゾンビに噛まれても、アンデッド化しなかったとか」
「うむ。そうなんじゃ。アルザードのやつも驚いておったわ。奴から知ることができた、変化属性魔法と呼ばれる、妾のこの力もそうじゃ。そもそも、この魔法は、死を理解した者にしか扱えぬらしい。あやつは妾のことを、逸脱者と、そう呼んでおった」
「まぁ……災厄級の魔物に心臓を抜き取られ、長年、不老の身になっていたのですからね……特異な能力に目覚めるのも理解できますが……ゾンビに噛まれてもアンデッドにならないというのは、理解しかねますね。もしかして、フランエッテは、本当に吸血鬼になっていた、とか?」
「む! 妾……いつの間にか、憧れの吸血鬼になっておったのか!?」
目を輝かせて、俺を見つめてくるフラン。
自分が得体の知れない生物になった可能性があるというのに、こいつ、なかなかメンタルずぶといな。
「そもそも吸血鬼という存在も、よく分かりませんけどね。高位人族が人間を創り、吸血鬼が亜人を作った……頭が混乱する話です」
「そうじゃなぁ。まぁ、今は頑張って、魔法の研鑽をするしかないのかのう。変化属性に関する書物も王国にはない故に、いろんな文献から引っ張って、試行錯誤していくしか方法がないのが、辛いところじゃが」
「そうですね。後は、いつか帝国に行って、その力の正体を調べてみるのも手ですね」
「帝国!! 魔法の国!! 行ってみたいのじゃ!!」
「それじゃあ、私は先に行っていますよ。リビングにフランエッテの朝食は置いておくので、後で食べてください」
「分かったのじゃ〜」
俺は手を振るフランを置いて、部屋を出る。
そして、二階へと降り、ジークハルトの部屋をノックした。
「ジークハルト様。いらっしゃいますか?」
そう声を掛けてみるが、案の定、声は返って来ない。
恐らく部屋にはいるのだろうが……無理矢理話しかけ続けるのも、な。
俺は短く息を吐いた後、一階へと降り、食堂へと戻った。
みんなで食事を終えた後。
俺は、ロザレナに、所用で少し出かけてくると伝えた。
するとロザレナは、笑みを浮かべて、言葉を返してきた。
「あたしも行くわ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時を同じくして――――――王城四階。
ジュリアン派閥が支配をしている東の棟のとある一室で、ゴーヴェンは目を伏せ、笑みを浮かべて立っていた。
「……ククク。さて。ついに我が右腕と左腕は揃い、準備もほぼ整った、か」
そう口にして、ゴーヴェンは目を開けると、目の前に立つ二人の騎士へと順に声を掛ける。
「現聖騎士団副団長、黒獅子隊隊長、フォルター」
ハット帽を被った不気味な男は、細い腕で帽子を掴み、頭を下げた。
「ヒヒヒ……私めにお任せを、ゴーヴェン様」
「元聖騎士団副団長、元諜報部隊隊長、リーゼロッテ」
「はっ。ゴーヴェン騎士団長殿。何なりとお命じください」
二人の騎士は頭を下げ、主人であるゴーヴェンに礼を尽くす。
そんな二人を見つめた後、ゴーヴェンは天井を見上げた。
「ここまで、実に、長い時を要した。幼き日より夢見し我が野望……それを叶えし時がついにやってきたのだ」
ゴーヴェンの脳裏に思い浮かぶのは、幼少の頃、バルトシュタイン家の屋敷で書物を読み耽っていた時の自分。
過去の情景を思い起こした後。ゴーヴェンは「ククク」と笑みを溢すと、マントを翻し、部屋の外へと向かって行った。
「行くぞ。――――――私が……この国を掌握する」
「「はっ!!」」
ジュリアンの私室。
そこでジュリアンは、宰相セオドアと、二人で会話をしていた。
「殿下。申し訳ございませんが……配下たちを何名か四大騎士家の元へ向かわせましたが……あまり色良い返事は貰えませんでした」
「何を言っているのだ、お前は? ちゃんと私の書状を届けたのであろうな!? オフィアーヌのブルーノはどうした? 奴は当主の座を欲していただろう!? ならばこそ、必ず私の元へ来るはずだろう!?」
「オフィアーヌ家に向かった騎士の話ですと、『当主の座を餌に誘いを掛ける王子の元に仕える気はない。これ以上、当家に争いの火種を持って来るのはやめていただこう』と言われて、門前払いをされたとか……」
「なんだと!? オフィアーヌと言えば、長年本家と分家の仲が悪く、争いが絶えない家だと聞いているが!? 先代当主の娘シュゼットと分家長男ブルーノは、相当仲が悪いと聞いていたが……話が違うではないか!!!!」
「オフィアーヌ領の村で聞いた話によると、先代当主アネット・オフィアーヌが一家をまとめあげ、最近ではそのおかげか領地が活性化しているとか何とか……」
「アネット・オフィアーヌ……? それは確か、フィアレンス事変の生き残りの……おのれぇ!! ゴーヴェンの不始末が回り回ってこの私に降りかかってくるとはぁ!! ならば、フランシアはどうだったのだ!! あの家は、セレーネ教とは根深い家だろう!!」
「フランシア伯は、相変わらずで……『当家はジュリアン殿下に付くつもりは今のところない。次期当主である娘の意向に従う』と。肝心の娘のルナティエにいたっては、『ルクスを切り捨ててわたくしを取ろうとするところに付くつもりはありませんわ。当主の座? そんなもの、実力で手に入れますからいりませんわ。わたくしを取り入れたければ、もっとマシな取引材料を提示することですわね。オーホッホッホッホッ!』……と」
「あんの親馬鹿のアホ当主と、無礼な馬鹿娘めぇ……!!」
ジュリアンはテーブルに拳を叩きつけ、ゼェゼェと荒く息を吐く。
そしてギロリと、テーブルの前に座る宰相を睨みつけた。
「ということは、だ……オフィアーヌもフランシアも……私の配下になる者は一人もいない、と……?」
「はい……現状、我ら陣営は、バルトシュタインの血を引くゴーヴェン騎士団長と、レティキュラータスの血を引くアイリスの二人で、戦っていくしかないと思いますな……」
「確か、エステリアルの奴は、配下に、バルトシュタインの血しか持っていないと聞いているが……あの女のことだ。必ず、配下を隠し持っている。くそ! 二つの祠しか回れないときたら、私の陣営の敗北は必至だ……!! どうにかしなければ……!!」
そう、ジュリアンが呟いた……その時だった。
部屋の扉が豪快に開け放たれ、そこから――――――――――ゴーヴェンと、リーゼロッテ、フォルター、アイリス、そして複数名の聖騎士が、姿を現した。
その光景を見て、ジュリアンと宰相セオドアは、驚き、目を見開く。
「なっ……!! これは何事だ、ゴーヴェン!! 王子の許可なく部屋に入りおって!! 無礼であろう!!」
宰相セオドアのその言葉に、ゴーヴェンは「ククク」と笑みを溢す。
「能天気ですな、宰相殿。この光景を見て、まだ、状況に気づいておられないとは」
「な……何が言いたい……?」
「今日これより……ジュリアン殿下、並びに宰相セオドアは、我が管理下に置き、軟禁状態にさせて貰う。ククク、安心されよ。殺しはしない。ただ、世間にはこう伝えさせてもらう。―――――ジュリアン殿下は病に伏してしまい、危篤状態に陥った。そして、殿下はご自身の後継者として、私を推挙してくださった。よって、これより先、ジュリアン陣営の全指揮権は、ゴーヴェン・ウォルツ・バルトシュタインが担う、と」
「な……何をふざけたことを言っている!!!! 気でも狂ったか、貴様!!」
「狂ってなどいないさ。そもそもの話、だ。私の部下たちは、ジュリアン殿下を聖王にするために、私についてきたのではない。私を王にするために、ここまでやってきたのだ」
「乱心しおってぇ!! ゴーヴェン!!」
セオドアは立ち上がると、腰の鞘から剣を抜いた。
だが、その瞬間、ゴーヴェンは剣を抜き、セオドアの間合いに入ると……彼の手から剣を弾き落とし、剣の切先をセオドアの眼前に突きつけた。
「ものが違う。諦めよ」
「くっ……!」
「ククク……お前たちは、実に、間抜けであった。聖騎士団が、セレーネ教の味方だとでも思っていたのか? 笑止。王国最大の武力が味方に付いたと考えて、自分たちの戦力を蔑ろにした、それがお前たちの敗因だ」
ゴーヴェンの言葉に続き、フォルターが口を開く。
「ヒヒヒ……貴方たちの切り札であったルクスや異端尋問隊は壊滅。戦力はどこにもありません。まぁ、当初の予定では、私とキリシュタットが、ルクスたちを排除してから動く予定でしたが……どちらでも問題はありませんねぇ。無論、剣王如きに遅れを取るつもりもありません」
その言葉を聞いて、ジュリアンは叫び声を上げた。
「最初から……貴様は最初から、私を利用するつもりで配下となったのか!! ゴーヴェン!!」
「お前は、まるで自分が才能のある王子と勘違いしていたようだが……私から言わせてみれば、お前は自分が馬鹿にしていたフレーチェル王女と何ら変わりのない、低脳そのものだ。お前ではどのみち、あの白銀の乙女に勝てる道理はない。そこを退け。これから先は、私が舵を取る」
「き……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
咆哮を上げるジュリアン。
そんな彼をつまらなそうに一瞥した後、ゴーヴェンは踵を返す。
そんなゴーヴェンの背中に向けて、宰相セオドアは声を張り上げた。
「ま、待て! 聖王陛下が亡き今、この国を動かしているのは、私だ!! 私を軟禁すれば、この国は動かなくなるぞ!!」
「これより先は……この国は、私が動かす。ククク……セオドア殿、安心すると良い。世間には、貴方は通常通り、宰相をやっていると伝えさせてもらおう。勿論、セレーネ教や……聖女殿にも、ね」
「お、お前はいったい……何がしたいのだ、ゴーヴェン……!!」
「すべては、己が正義のため、だ。……そうだ。セオドア、もし、君が私の側に付くというのなら、軟禁は解いてやろう。セレーネ教を欺くために、家族とも会わせてやる。どうだ?」
「お前の側に付くだと!? 何を世迷言を……!!」
「リーゼロッテ」
「はっ」
リーゼロッテは一枚の家族写真を、セオドアの足元に投げ捨てた。
そこには、セオドアとその妻、そして、十代後半の若い娘の姿がった。
「な……!」
「家族は大事であろう? 知っての通り、うちの黒獅子隊は少々野蛮でね。常に血を求めている。妻と娘が酷い死に方をするのは……避けたいのではないのかね?」
「げ……外道……! 何が、正義、だ……!」
「何とでも言うが良い。英雄を蘇らせ、神を殺す。私の目的は、ただ、それだけだ」
そう言い残すと、ゴーヴェンは部屋から去って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王城。東にある棟。ジュリアンの私室前。
部屋から出てきたゴーヴェンとその一行を、廊下の物陰に隠れていたジェネディクトは、静かに見つめていた。
「……本当に、変わらないわねぇ、あの男のやり口は」
ジェネディクトがそう言葉を呟いた、その時。
ゴーヴェンは足を止め、振り返らずに、背後に向けて言葉を投げた。
「久しいな、ジェネディクト」
「!? ジェネディクトだと!?」
リーゼロッテ、フォルター、アイリス、そして五名の聖騎士たちが一斉に振り返る。
その視線に対して、物陰から出てきたジェネディクトは、「フフフ」と笑みをこぼした。
「驚いた。気配を殺していたつもりだったんだけど?」
「お前が強くなったように、この私も日々強くなっているというわけだ、ジェネディクト」
「ふざけた男ねぇ。やっぱり、ジュリアンは使い捨てというわけ? 貴方は人間を踏み台にしてのしあがるのが得意な男だからねぇ。この私を聖騎士団団長の座から引きずり落としてその座に座っているように、今度はジュリアンを引きずり下ろして玉座でも狙っているわけ?」
「ククク……やはり、私にとって、一族の中で一番厄介なのはお前だな、ジェネディクト。子供の頃からそう思っていたさ。父ゴルドヴァークでもなく、妹のアンリエッタでもない。私と最後まで雌雄を決するのは、お前だと思っていた、ジェネディクト」
「……」
ジェネディクトは鋭くゴーヴェンを睨みつけると、一言だけ言葉を残し、影の中に消えていった。
「巡礼の儀で……必ず貴方を殺してあげるわ、ゴーヴェン」
その言葉を聞いたゴーヴェンは、笑みを浮かべる。
「ククク……あぁ、来るが良い。父の最高傑作、愛を知らぬ半・森妖精族よ」




