第11章 二学期 第352話 会談終了/不穏な影
廃屋の中。向かい合うフレーチェル陣営とミレーナ陣営。
緊張感が漂う中、最初に口を開いたのは、ヴィンセントだった。
「……まさか、生きていたとはな。フレーチェル王女」
その言葉に、フレーチェルとグリウスは、身構える。
そしてフレーチェルはゴクリと唾を飲み込むと、緊張した面持ちで言葉を返した。
「ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン。こうして面と向かって会話をするのは……初めてですね」
「……」
ヴィンセントはジッとフレーチェルを見つめた後、目を細める。
「……変わったな」
「え?」
「以前までは、配下の老騎士の背後に隠れて、全てあの老騎士に代弁させていた、ひ弱な王女だったというのに。顔つきも変わった。なるほど、アレスが……いや、アネットが会談の場を作って俺を誘ってきた理由は何となく分かった」
「お前……姫さんに対して何て口を利いてるんだ……!」
「先に言っておこう。俺は、王族というものが嫌いだ。この王国の現状を知らぬふりをして、ただ地位に甘んじていた者は特にな」
「それは……姫さんのことを言っているのか?」
「心当たりがあるということは、そうなのだろう? 多少変わったから何だと言うのだ? 過去は……消えないぞ」
「お前……ッ!!」
「良いのです、グリウス。王族だからといって口の利き方を咎めるのは、くだらない考えです。今は、スムーズに事を進めなければなりませんから」
腰にある剣の柄に手を当てていたグリウスを、フレーチェルは手で押し留める。
そんな彼女に対して、ヴィンセントは短くため息を吐いた。
「部下の躾はちゃんとしておくことだな。まだ、あの老騎士の方が、対話をするに相応しい才覚を持っていたぞ」
「……」
「それで? あの老騎士はどうしたんだ? 姿が見えないが?」
「ゾーランドは……民を守るための戦いで、戦死しました」
「……そうか。冥福を祈っておこう」
「貴方が、冥福を祈る? 心にもない言葉はやめていただけますか?」
「いや、本心から言ったのだが―――まぁ、良い。馴れ合いは不要だ。で? わざわざ危険を冒してまで、敵である俺をこの場に呼んだ理由はなんだ?」
「貴方を呼んだのではありません。私は、ミレーナ王女をお呼びしたのです」
そう言ってフレーチェルは、ヴィンセントとコルネリアの前に立つ、背の低い少女へと目を向ける。
「ミレーナ王女。この度は、私の誘いに乗ってくださり、ありがとうございました。ご存知でしょうが、私は第五王女フレーチェル・リーシア・グレクシア。貴方の姉に当たる人物です」
「はぁ、そうですか。あの、もう帰って良いですか? うち、眠くてぇ〜ふわぁ〜」
「……は?」
「というか、何で厄病神メイド……じゃなかった、アネットさんもここにいるですか? まったく、あの人がいるとミレーナさんはいっつも碌な目に合わないです。早くおうちに帰ってベッドで眠りたいですぅ」
こっちを見るな、こっちを。あと、誰が厄病神メイドだ。
こいつ、相変わらずだな……というか、王族同士の会談だって分かってねぇのか、この女……。
「ふわぁ」と大きく欠伸をするミレーナを見て、フレーチェルはポカンとした表情を浮かべる。
そんなミレーナの姿に、彼女の背後にいるヴィンセントと彼の部下であるコルネリアは、眉間に皺を寄せた。
そしてヴィンセントはミレーナの背後に立つと……自身の腰にある剣の柄を、ミレーナの背中へと当てるのだった。
「ぴぎゃう!?」
「……ミレーナ王女。お戯れを」
「ひゃい!! あ、えっと、余は第六王女ミレーナ・ウェンディである!! 平伏せよ、愚民ども!! 余こそが、聖王になる誠の王女である!!」
ミレーナの謎の宣言に、その場にいた全員は唖然として、硬直する。
うん……分かってはいたことだけど……こいつ、やっぱり馬鹿だわ。
「……それは……宣戦布告と取ってよろしいのでしょうか?」
フレーチェルは鋭い目で、ミレーナを睨みつける。
ミレーナの背後に立っていたヴィンセントは、ミレーナの背中に「殺すぞ」と指で文字を書いた。
「ぴぎゃぁぁぁぁぁ!! 今のは違うですぅ!! やり直しますですぅぅ!!」
コホンと咳払いをした後、ミレーナは再度、口を開いた。
「こ、今宵はお招きいただき、感謝します、フレーチェル王女。さ、先ほどのは貴方を計るためのほんの冗談です。お、お気になさらないでくだしゃい」
「な、なるほど。冗談、だったのですか……」
なわけあるか。今のは全部ミレーナの素だ。
続いて、ヴィンセントが口を開く。
「ご覧の通り、ミレーナ王女殿下は口下手のため、俺が代わりに言葉をお伝えする。理解していただけると幸いだ」
「わ、わかりました。どうぞ、お座りください。先代オフィアーヌ伯は、両陣営の間にある席にお座りください」
「畏まりました」
そうして、両陣営は向かい合う形で置かれた三つの椅子に座り、俺はその間にある椅子に座った。
「改めまして。この度はミレーナ王女とその配下の皆様にご足労いただき、感謝いたします」
「前置きは良い。本題を言え」
「はい。今回お呼びしましたのは、他でもありません。ミレーナ王女陣営と同盟を結ぶことができないかと、そう思い至ったからです」
「ほう? 同盟だと?」
「はい。現状、ジュリアン陣営とエステリアル陣営は、多くの四大騎士公を配下として付けて、二強として君臨しています。この二つの陣営を何とかしないことには、私やミレーナ王女が聖王の座に就くことはできないでしょう。なので、巡礼の儀が始まったら、私たちで協力し合って、この二つの陣営を倒すことができないでしょうか?」
「なるほど。理に適った誘いだ。だが……組むには、まだ、弱いな」
「な……何故ですか!?」
「巡礼の儀とは、四大騎士公の末裔を連れて、各地にある四大騎士公と縁のある祠を巡る儀式のことだ。当然だが、バルトシュタインの祠は、バルトシュタインの血族しか開くことができない。俺はバルトシュタインの長兄。そして、そちらにいる四大騎士公の末裔は、四大騎士公の次女。お互いにバルトシュタインのカードしかない現状では、お互いにひとつの祠を巡り、蹴落とし合う未来しか残ってはいまい。二つの陣営を倒すことを目標に掲げながら、同じ場所に向かうのでは……道中、不戦の契りを結ぶことも難しい」
「……!!」
「それに……俺は剣神としての戦力を保証できるが、そちらは剣王程度しか戦力を保証できない。これでは、対等な同盟とは言えないな。剣神と剣王のみで、ジュリアン陣営のゴーヴェンや、エステリアル陣営のジェネディクトや他の猛者どもを倒せるとは到底思えない」
「……はぁ? お兄様? もしかしてこのキールケちゃんを雑魚呼ばわりしているの?」
「いや? お前は優秀な魔法剣士だ。だが、巡礼の儀に参加する剣士たちは、それ以上の規格外の猛者ばかりだ。剣王一人程度で、太刀打ちできるはずがない。そもそも……元ジュリアン陣営だったお前が、何故、フレーチェル陣営についているんだ? お前らしくない行動だ。いったい何を企んでいるのだ? キールケ」
「あはははは! お兄様ともあろう者が、もしかしてキールケちゃんにビビッてるってわけ? 笑えるー」
「ククク……お前は散々、俺の部屋を監視しようとしていただろう? 俺と長年敵対関係にあったというのに、何故俺が簡単にお前を信用すると思っている? お前はオリヴィアとは違い、バルトシュタインの思想にどっぷりと浸かった愚か者だからな。お前がフレーチェル陣営にいる時点で、端から同盟を結ぶ気は俺にはない」
そういえば、以前オリヴィアの婚約者役でバルトシュタイン家に行った時、ヴィンセントはやたらと盗聴を恐れて、部屋に盗聴防止の魔道具を置いていたな。
なるほど……あれは、キールケの「影を一部切り離す」という、透視魔法のことだったのか。
「はぁ? あの化け物女ばっか贔屓しやがって、このシスコン男。前から言っているけど、バルトシュタイン家の当主になるのは、このキールケちゃんだから」
「ククククク。バルトシュタイン家の当主などと、小さい夢しか持てていないから、貴様は駄目なのだ。貴様の野心は、家を壊すものだ。叔母のアンリエッタがオフィアーヌ家を壊したようにな。身内に潜む毒は……早々に摘んでおくべきか」
そう口にしてヴィンセントは立ち上がると、足元を凍り付かせた。
一気に屋内の温度は下がり、全員、息が白くなる。
その光景を見てキールケは立ち上がると、同じように、足元に影の領域を展開した。
「いつまでも王国最強の魔法剣士が自分だけだって思わないことね、お兄様? キールケちゃんだって……いつか必ず、上に立つんだから!!!! キールケちゃんはバルトシュタインの失敗作なんかじゃない!! 剣士の称号も、当主の座も、ぜーんぶ、キールケちゃんが手にいれるの!!!!」
そう息巻いてみせるが、キールケの身体は少し、震えていた。
彼女は、理解しているのだろう。兄との戦力差が。
「くだらぬ野心だ。お前はやはり……バルトシュタイン家にとっての癌。父上同様、排除すべき敵だ」
ヴィンセントが剣を抜こうとした、その時。
フレーチェルが、二人の間に割って入った。
「おやめください!! まだ、会談は終わっていません!!」
手を広げて身を挺してキールケを庇うフレーチェルに対して、ヴィンセントはギロリと鋭い眼光を向ける。
「退け」
「退きません。お二人の間に何があったのかは知りませんが、私、キールケさんは……悪い事をするために、私の陣営に付いたのではないと思っています」
「はぁぁぁぁぁ!?」
フレーチェルのその言葉に、キールケは驚きの声を上げる。
ヴィンセントは無表情のまま、口を開いた。
「根拠は?」
「ありません。勘です」
「話にならんな」
「そうでしょうか? もう一度、キールケさんの方を見ていただければ、私の言いたいことも理解していただけると思いますが」
その言葉に、俺とヴィンセントは同時に、キールケの方へと視線を向ける。
するとそこには、今まで部屋の隅で待機していた、首輪を付けたある少女がキールケを庇うようにして立っていた。
あれは、確か、以前キールケが奴隷として連れていたメイドの……。
「フ、フレイヤ!? お前、何してんの!? 向こう行けよ!!!! 外で待ってろって言ったよね、私!! 何命令無視してんの? ふざけんなよ!!!!」
「……」
以前と異なり、首輪に鎖を付けていないフレイヤと呼ばれた少女は、身体を震わせながらも涙目でヴィンセントを睨みつけていた。
その光景を見て、ヴィンセントは眉間に皺を寄せた。
「だから、何だと言うのだ? あいつは奴隷を使って自分を守っただけのことだ。まさか、あの行動で、奴が善人にでもなったと言いたいのか? くだらん。いつか奴は必ず、お前にも害をもたらす存在に―――」
「私は……ここまで話してきて、ヴィンセントさんが、噂ほど悪い人ではないのだということを理解しました」
その発言に、ヴィンセントは、心底驚いた様子を見せる。
「……何だと?」
「本当は、良い人なんですよね、ヴィンセントさん。貴方は何もしていない人を殺すような、悪人ではない。キールケさんのことも、本気で殺す気はなかったんでしょう?」
「根拠は?」
「勘です」
「……根拠のない勘に頼るとは、お前は、俺とはまったく異なるタイプだな」
そう言ってため息を吐くと、ヴィンセントは剣を持ち上げ、その切先をフレーチェルの額へと差し向けた。
「姫さん!?」
グリウスが剣を抜いて動こうとするが、フレーチェルは振り返らずに、手で押し留めた。
剣を向けられても一切表情が動かないフレーチェルを見て、ヴィンセントは「ほう」と感嘆の息を溢す。
「驚いたな。怖くないのか?」
「怖いですよ。ですが……私は自分の考えを信じています。ここで、ヴィンセントさんが私を殺すはずがない。私を殺したところで、貴方にメリットはありませんから」
「メリットならあるぞ。フレーチェル陣営が滅べば、また一歩、ミレーナ陣営が聖王の座に近づくことができるのだからな」
「いいえ、無理ですよ。貴方が、無抵抗の人間を殺した後にできた国を、良しとするはずがない」
「甘いな。俺はそこまで人道的な人間ではない。目的のためならば……自分が思い描く世界のためならば、何だってするぞ?」
「だとするのなら、見込み違いでした。それでは、現バルトシュタイン伯と何も変わりませんから。私を殺せば、平和への道は無くなり、後に残されたのは非道なジュリアンとエステリアル、そして、何もしていない無抵抗な王女を殺した騎士を持つミレーナだけです。この国は……ここでお終いです」
「……」
フレーチェルとヴィンセントは数秒程、睨み合う。
そしてヴィンセントは冷気が漂う剣を下げると、腰の鞘へと仕舞った。
「なるほど。自分の命を賭ける覚悟くらいはあるということか。悪くない」
そう言って席に座ると、ヴィンセントは再度、開口した。
「座れ。もう一度、話くらいは聞いてやる。同盟を組むかどうかは置いておいて、まずは……お前がどういった国を目指しているのかが、知りたい」
「……!! はい!!」
フレーチェルは笑みを浮かべると、席に座り直した。
少しヒヤヒヤしたが……どうにか、対談の場に着くことができたようだな。
しかし、フレーチェルの観察眼の成長はすごいな。
ヴィンセントを噂通りの悪人だと決めつけて、会談を拒絶するようならば、俺も見込み違いだったと彼女を見限るところだったが……想定通りに、ヴィンセントの本質を見抜いたようだ。
まだ甘いところは多いが、今後の成長がすごく楽しみな王女といえる。
―――――――――――1時間後。
「だーかーら!!!! 正しい王が国を導かないと、民をまとめることはできないんですよ!!!! この国に必要なのは、正しい王様です!!!!」
「いいや、違うな。これまでの歴史を見てみろ。世襲制で王族や貴族に就いた者は皆、腐敗の一途を辿っている。これから先、重要なのは、身分に関係なく、有能な者が国政に関わるシステムだ。王政や貴族制などはもはや過去の産物。いらぬものだ」
「じゃあ、ミレーナ王女はどうなるのですか!?」
「お飾り……じゃなかった。民主制が整うまでの期間、最後の聖王として、この国を統治していただく。その後は、王は戴かず、有能な議員のみで国を動かしていく」
「そんなの、国が混乱するに決まっています!! 今まで国政に関わってきた貴族たちはどうなるのですか!? 四大騎士公たちは!? 彼らがお抱えの騎士を率いて、反乱する恐れもありますよね!?」
「その時は、騎士団ではなく、国軍で迎え打つまでだ。国とは、民のためにあるもの。国を変えるのに、多少の痛みや犠牲は必要不可欠なものだ」
「ふざけないでください!! 民を第一にするその思想は同意いたしますが、血を流すことを良しにするなんて、私は許しません!! 貴族も民も、皆、この国に生きる人間です!! 私は……この国に生きる全ての人間を救いたいのです!!」
「幼稚な理想論だ。たとえ君が正しい聖王としてこの国を上手く統治できたところで、それは次世代には続かない。ひとつのところに留まっている権力というものは、いずれ必ず腐敗する運命にある。王も貴族も必要ない。王を目指すのならば、取捨選択をしろ。全てを守れるはずがない」
「どうして、そう、決めつけるのですか!! 権力が腐敗しないように、新たな法律や教育をこの国に作れば、わからないじゃないですか!!」
「それこそ眉唾な話だ。良いか? 俺は、もう二度と、フィアレンス事変のような地獄を生み出したくはないのだ。あれは、貴族の権力闘争が引き金になって起こった事件。独占された権力というものがあるからこそ、あのようなことが起こったのだ。世襲制の権力など、いらん!! この国に必要なのは、富の独占ではなく、個々の能力に沿って生まれに関係なく民が活躍できる場だ!!」
「権力は必要です!! 民に国の運営を押し付けるのは間違っています!! 今の国のシステムを大きく変えれば、多くの血が流れます!! それは私の望む平和ではありません!!」
熱い討論を続ける、フレーチェルとヴィンセント。
打ち解けることはできたの良いものの、やはり、二人の理想は相容れないか。
だけど、ジュリアンやエステルとは異なり、お互いにこの国を平和的に統治したいということは、理解できただろう。
手を組む余地があることも……理解できただろう。
「……ゼェゼェ……すみません、少し、熱くなってしまいました。貴族を犠牲にするところは、絶対に認めることはできませんが……まだ、ジュリアンやエステリアルよりは、貴方がたの目指す国の方が良いと思いました」
「それはこちらも同意だ。あの二人の王子よりは、まだ、君の理想の方が民に救いはある。……王政を継続するところは、如何なものかと思うがな」
そう言って、笑みを浮かべる二人。
置いてけぼりのミレーナさんは……鼻提灯を作って居眠りしていた。何なのこの子。君がミレーナ陣営の総大将なんじゃないの? 何で寝てるの?
「ヴィンセントさん。同盟に関しては、まずは、軽いもので良いのではないでしょうか?」
「軽いものだと?」
「はい。明確に助け合う、というわけではなく、お互いにどちらが勝利しても国は平和になると考えて……とりあえず、巡礼の儀でぶつかり合うまでは、両陣営とも休戦するんです。それで、もし、敵陣営に関する何かしらの情報があったら、共有しましょう。どうでしょう?」
「まぁ……そのくらいならば、良いだろう。もしお互いにバルトシュタイン家以外の騎士公の仲間を加入することができた時は、対等な同盟を結んでやっても良い」
「本当ですか!!」
顔を輝かせるフレーチェル。
この二人の対話は、両陣営に良い変化をもたらすことができたようだな。
俺がニコニコと微笑んで二人を見つめていると、突如フレーチェルが、真剣な表情をした。
「あの、すみません、ヴィンセントさん。同盟とは別に、ひとつ、協力していただきたいことがありまして……」
「協力? 何だ?」
「今現在、奈落の掃き溜めは、関所が破壊されたままで、物資を送ることができない状態になっているのです。なので、その……関所を直し、食糧などの物資を奈落に運んでもらうことは……できないでしょうか? もちろん、食糧などの経費は、私がお支払いします」
「……」
ヴィンセントは思案した後、口を開いた。
「……良いだろう。あの場所は、当家が産んだ闇でもある。俺が何とかしよう」
「!!!! ありがとうございます!!!!」
フレーチェルは立ち上がると、ヴィンセントに深く頭を下げた。
その姿を見て、ヴィンセントはポソリと呟く。
「……王族が他人に頭を下げる、か。本当に変わったな。まさか王族に、まだ、このような人物がいたとは驚きだ」
「……? 何か言いましたか?」
「何でもない。奈落の掃き溜めには後日向かおう。貴殿は巡礼の儀が始まる12月までは、身を隠しておけ。それまで、各々、配下集めに勤しむとしよう」
「はい!! ……って、え? 12月?」
「ん? 何だ? 知らないのか? 巡礼の儀は、12月1日に開幕すると、昼間、聖女から書簡が届いたのだが……って、そうか。お前は死んだことになっているから、聖女から書簡が届いていないのか」
「じゅ、12月に始まるのですか!?!?!? そ、そんな早く始まるなんて、思ってもみませんでした……」
その情報は、俺も今初めて聞いた。驚きだ。
そうか……ついに、次の聖王を決める戦いが、12月に始まるのか……。
唖然としているフレーチェルに、ヴィンセントは笑みを浮かべる。
「不安かね?」
「い、いえ!! 戦う覚悟はできています!!」
「頼もしい限りだ。行くぞ、クズ……じゃなかった、行きましょう、ミレーナ殿下」
そう言ってヴィンセントは居眠りしているミレーナを脇に抱える。
そして、去り際、俺に目配せをしてきた。
俺は頷くと、席から立ち上がり、フレーチェルに声を掛ける。
「それでは、フレーチェル殿下。私も、今夜は帰らせていただきます」
「あ、はい、アネット様。立会人になっていただいて、ありがとうございました。もしまた何か相談したいことがありましたら、グリウスを使ってお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はい。勿論」
俺はそう言ってフレーチェルに頭を下げた後、ヴィンセントに続いて廃屋の外へと出た。
夜空に星々が浮かぶ中。外に出ると、案の定、ヴィンセントがそこで待っていた。
ヴィンセントは俺の姿に気がつくと、振り返り、笑みを浮かべる。
「来たか、アレス。じゃなかった、アネット」
「あははは……呼びやすい方でよろしいですよ、ヴィンセント様」
「ククク。いまだにお前がメイド服を着ているのには慣れないな。いや、今はそんなことはどうでもいい話か。それよりも、驚いたぞ。いったいどのような魔法を使って、あの甘ったれの王女を変えたのだ? つくづくお前の行動には驚かされてばかりだ」
「いえ、私が変えたわけではありませんよ。彼女は、自分の意思で自分を変えたのです」
俺は、フレーチェルから聞いた、奈落で起きた騒動のことをヴィンセントに伝えた。
するとヴィンセントは眉間に皺を寄せ、ため息を吐いた。
「そうか……あの王女は、実の兄に命を狙われた結果、奈落に落ち……そこで地獄を知って、変わったというわけか……」
「はい」
「あの王女には厳しいことをたくさん言ってしまったが、あの娘もこの国の被害者だな。王族とはいえ、通常、あの年齢で命を賭ける覚悟を身につけること自体、おかしな話だ。ギルフォードと言い、この国は人を大きく変えてしまう。フレーチェルの成長は、王族としては喜ばしいものかもしれないが、少女としては可哀想なものだな。巡礼の儀という、殺し合いに参加しなければならないのだから」
「そうですね……。ですが、ヴィンセント様も、少しは肩の荷が降りたのではないのですか?」
「どうして、そう思うのかね?」
「今までは、この国の平和を望む者は貴方だけだった。それが、今では、自分に近い理想を持った王女が現れてくれた。もし、自分が負けたとしても、フレーチェルが勝利してくれれば……と、そう思っているのではないのですか?」
「俺はそんなに甘くはないぞ、アネット。確かにフレーチェルの理想は悪くはないものだが、俺の理想とは相反するものだ。自分が勝利できるのならば、あの王女とて倒してみせよう。だが……そうだな。彼女の登場で、少しは、楽しくなってきたか」
そう言ってヴィンセントはマントを翻すと、ガチャガチャと鎧の音を鳴らしながら、去っていった。
そんな彼の背後に立っていた女騎士が、俺の元へと近づいて来る。
「初めまして。こうして会うのは初めてですよね、アネット・オフィアーヌ様」
「えっと、はい。貴方は?」
「ヴィンセント様の一の配下、聖騎士のコルネリア・クラッシュベルと申します。アネット様のお話は、我が主であるヴィンセント様からよく聞いています。あの御方をお支えしていただき、いつもありがとうございます」
そう言って深く頭を下げてくるコルネリア。
俺はそんな彼女に、慌てて手を振った。
「い、いえいえ!! 私は、ただ、ヴィンセント様とお話しているだけですから、何も……って、あれ? クラッシュベル……?」
俺が疑問の声を溢すと、コルネリアは顔を上げ、困ったように笑みを浮かべた。
「……はい。ヴィンセント様から聞いておりますが、以前、アネット様が排除した、聖騎士団元副団長であり、学園で剣術指南役をしていたリーゼロッテ・クラッシュベルは……私の姉です」
「え゛」
俺は思わず汗をダラダラと流してしまう。
彼女の姉であるリーゼロッテは、以前、完膚なきまでにボコボコにしてしまったからだ。
俺の焦りようを見て、コルネリアは慌てて俺の肩を掴んできた。
「だ、大丈夫です! 私と姉は、長年、敵対する関係でしたから! ご安心くださいませ! むしろせいせいしたというか! はい!」
「そ、そうなんです……ね?」
「ええ! 私は、ヴィンセント様の親友であらせられる、アネット様の味方ですから! ヴィンセント様はいつも、貴方のことをとても楽しそうに語っておられました。周囲から勘違いされて、一人で戦うしかないと思っていたところに、同志が現れたと。アレスという人間は、誰よりも信頼できる存在だと」
コルネリアが、口元に手を当てて楽しそうに笑みを浮かべていた、その時。
ヴィンセントが抱えていたミレーナが、声を張り上げた。
「うーん、よく寝たぁ〜! お腹減ったですぅ!! オッサン、せっかく王都に来たのですから、どこかの料亭に連れて行けですぅ!! 奢れですぅ!!」
ミレーナのその言葉を聞いた瞬間、コルネリアは微笑みの表情から一変、不愉快そうな表情へと変わる。
「チッ。あの穀潰しが……またヴィンセント様にご迷惑をおかけして……」
「え? あ、あの、コルネリア、さん……?」
「あ、私としたことが! 失礼しました、アネット様! 今後、何かありましたら、いつでもご連絡をくださいませ!」
そう言ってまた深く頭を下げた後、コルネリアは急いで、ヴィンセントとミレーナの元へと走って行った。
何というか……ミレーナのせいで、色々とストレスが溜まっていそうだな、あの人……。
それにしても、リーゼロッテとは違い、話ができる人だったな。
ヴィンセントが以前言っていた、自分の本質を知る唯一の部下というのは……あの人のことだったのか。
(それにしても……リーゼロッテ、か。今となっては、懐かしい名前だな)
強制契約の魔法紙であいつの口を封じることには成功したが、あの女……今どうしてるんだろうな……。
まぁ、聖騎士団を辞めたと聞いたから、もうこの国にはいないのだろうが。
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「……ゴーヴェン団長、お久しぶりでございます」
騎士学校・時計塔。最上階。
机の上で手を組んでいるゴーヴェンの前に、フードを被った謎の人物が姿を現した。
その人物に対して、ゴーヴェンは笑みを浮かべる。
「帝国に行って……魔封じを刻み、契約を無効化してきたと言ったところか。よく帰って来たな、リーゼロッテ」
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深夜午前一時。満月亭の裏手にある小高い丘。
そこでは、いつものように箒星の弟子たちが剣の稽古に励んでいた。
剣の素振りをするロザレナ、腹筋するグレイ、アルファルドと組み手をしているルナティエ、魔術書を片手にブツブツ呟いているフラン。
俺はその光景を見つめながら、思案に耽っていた。
(もうすぐ、巡礼の儀が始まる、か。そして12月になれば、生誕祭がある。生誕祭は、ゴーヴェンが言っていた約束の日であり、ギルフォードが俺を王国から無理矢理連れ出すと言っていたリミットの日だ。何かが起こりそうな予感がする……)
そもそも巡礼の儀の開催が決定したのなら、ギルフォードの奴は生誕祭のリミットを前倒しにしてでも、俺を国外に連れて行きそうな予感がするな。
ギルフォードが俺の前に姿を現す前に、コルルシュカやオフィアーヌのみんなに、相談するべきかな……。
……そうだな。これから巡礼の儀も始まるのだし、一度オフィアーヌのみんなと今後について話し合うのが得策か。
みんなも、一族同士で争い合うことは避けたいだろうしな。
コレットやブルーノ、アレクセイ、シュゼットと、万が一王族に付く際はどの王子に付くのか、意見を一致させておいたほうが良いだろう。
これから始まる戦いで、俺の周囲の人間は、誰も傷つかないと良いんだけどな……。
「? どうしたのよ、アネット。ボーッとしちゃって」
顔を上げると、そこには、額の汗を拭っているロザレナの姿があった。
俺は笑みを浮かべ、口を開く。
「お嬢様。もうまもなくこの国で、王子たちの戦いが始まるらしいのです。そのことについて少々、考えていました」
「え? あ、何だっけ? 確か、巡礼の儀ってやつ? 今日の剣王会議で、話題に上がってた奴ね。次期聖王を決める戦いだとか何だとか」
「あ、ご存知だったのですね……って、お嬢様、何で知ってるんですか!? これって、王族にしかまだ知らされていないお話ですよね!?」
「知らない。グレイレウスが言ってたのを聞いただけだわ」
「な、何故、グレイが……?」
「師匠! 呼びましたか!?」
腹筋を止めて起き上がったグレイが、猛スピードで俺の前に走って来る。
その姿を見て、ロザレナがうざそうな顔をした。
「ちょっと……急に割って入ってくんじゃないわよ、変態男」
「黙れ、二番手。それで、師匠、オレをお呼びしたのは、何故ですか!?」
「あ、あぁ。グレイ、何でお前、巡礼の儀のことを知って―――――」
「あんた今、さりげなくあたしのことを二番手って言ったわねぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ロザレナは咆哮を上げると、大剣を手に、グレイに襲いかかった。
グレイは小太刀を抜くと、その攻撃を避けて、後方へと下がり、戦闘態勢を取る。
そんなグレイに向かって、ロザレナは大剣を構えて、突進して行った。
突如戦いを始めた一番弟子と二番弟子に、俺は思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。
「いや、あの……突然戦い始めるのはやめてくれないかな? 話している途中だったんだけど……」
俺がそう呆れた声を溢していると、ルナティエとアルファルドが俺の前へとやってきた。
「師匠。グレイレウスが巡礼の儀のことを知っていたのは、ジークハルトから聖女の書簡を受け取ったから、らしいですわ」
「なるほど、そういった背景があったのですね。それにしても、ジークハルトは、大事な書簡を他人に渡すとは……巡礼の儀に関するやる気があまり感じられませんね……」
俺のその言葉に、アルファルドは「ケッ」と口にして、後頭部をボリボリと掻く。
「あの野郎、剣王試験でも、何か迷っていた様子だったぜ。自分が剣を振る理由が分からないだとか何とか言ってやがった。それでこのオレ様に、勝ちを譲ってきやがったんだぜ? ムカツク野郎だ」
「アルファルドは、剣王試験でジークハルトと戦ったのですか?」
「あぁ。ボコボコにやられたけどな」
現状、今の王子たちの中で、一番勝つ気力を感じられないのは、ジークハルトだ。
特別任務の前、満月亭にやってきたばかりの彼は、俺に、法律を遵守する王の理想を語っていたが……今の彼からは、聖王になるやる気が感じられない。
この一ヶ月の間、いったい何があったのだろうか……?
…………まぁ、何となく、その原因が分からなくもないが。
「今日行った剣王会議で、グレイレウスは、剣王全員に特定の王子の派閥に付く意思があるのか、聞いたんですの。万が一災厄級などの大きな敵が現れた時、一致団結することができなかったら、元も子もないから、と」
「確かにそうですね。万が一の時、贔屓にしている王子に加担するのか、それとも剣王として職務を全うするのか。そこがブレていたら、剣王同士で争う可能性もありますからね。グレイのその考えは、正しいものです」
「……師匠も、一応、オフィアーヌの血族ですわよね? どこかの王子に付く気はあるんですの?」
俺の顔をジッと見つめ、こちらを観察する素振りを見せるルナティエ。
俺はそんな彼女に向けて、首を横に振った。
「今のところ、特定の王族の派閥に付く気はありません。私にとっては、誰を王にするかよりも、大事な人をこの手で守ることの方が重要ですから」
「でも、師匠ほどお強かったら、好きな方を聖王にすることも可能なのではないんですの?」
「そうですね。ですが、いくら強くても、私が守れるものは私の目に映るものだけです。誰かを王にするために力を振るえば、必ず私に恨みを抱く者が出てくるでしょう。そうすると、お嬢様やグレイ、ルナティエ、アルファルド、フラン……満月亭のみんな。私にとって大事な人たちが、私が見ていない間、危害を加えられるかもしれない。私は、もう、剣士として表舞台に出る気はありません。新たな人生で得た大事なものを守るだけで、精一杯ですから」
俺のその言葉に、ホッと安堵の息を吐くルナティエと、「新たな人生?」と首を傾げるアルファルド。
……そう。いくらこの国の現状を変えたいと思っていても、真に守るべきものは、履き違えてはいけない。
俺にとって大事なものは、今、目の前に映るこの日常なんだ。
箒星の弟子たちに、満月亭のみんな。学園の友人たちに、オフィアーヌの家族たち。レティキュラータスのみんなに、そして……お嬢様。
特に、お嬢様は、闇属性魔法という危険なものを持っている。
ロザレナを下手に注目させないためにも、彼女のメイドである俺が表立って動くわけにはいかない。
無論、ヴィンセントやフレーチェルたちには、助言という形で力を貸すつもりではあるが。
(だが……果たしてこのままの状態で、エステルやゴーヴェンに、ヴィンセントとフレーチェルが勝利できる未来があるのだろうか……?)
脳裏に、かつてお嬢様の薬草探しに訪れた大森林で……雨の中、エステルを抱きしめた時のことが思い起こされる。
『―――――ねぇ、アネットさん。もし、僕と一緒にこの国から逃げだして欲しいって言ったら……君は、この手を取ってくれるのかな』
あの時、彼女の手を取ることができていたら……エステルは、今とは別の道に行くことができたのだろうか?
ロザレナや俺の前で見せたエステルの笑顔。あれは、きっと、俺たちだけに見せてくれる本心だったのだろう。
恐らく、エステルはもう止まらない。
全ての王族を殺し、この大陸の覇者となるまで、彼女の覇道は止まらない。
エステルは他の王子たちとは異なり、巡礼の儀で勝利した、その向こうまで見据えていた。
すなわち、彼女は、最初から……自分が勝つことが当然だと思っているんだ。
どこか、他の王子たちとは格が違うような、そんな気配を感じる。
『―――冗談だよ。君は何があっても、ロザレナさんを裏切ることはしない。僕と共に逃げ出してくれることは……絶対にない』
「エステル……」
「師匠?」
ルナティエに声を掛けられ、ハッとする。
するとそれと同時に、フランが声を張り上げた。
「ぬ、ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!? 何か失敗したのじゃ!! でっかい鳩になろうとしたら、腕だけが翼になったのじゃ!! 羽ばたきが止まらないのじゃぁぁぁぁぁぁ!! 助けてなのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
翼をはためかせて、泣きながら空へと舞い上がっていくフラン。
そんなフランを見て、ロザレナとグレイは戦いを止めて、口を開いた。
「馬鹿がいるわ」
「馬鹿がいるな」
「見ていないで助けて欲しいのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
……この稽古場も、最初に比べて賑やかになったものだな。
俺は空を舞い上がっていく鳥人間を見て、呆れたため息を吐いた。




