第11章 二学期 第351話 同盟会議
「で? フレーチェル。お前、この子豚を自分の陣営に引き入れるつもり? 四大騎士公の血筋の中でも、随分と変な奴を引っ張ってきたものね」
そう言ってキールケは俺に視線を向け、嘲笑するように微笑を浮かべた。
第二次試験で手を組んでいたことから、お嬢様とキールケは多少、会話ができるような間柄になったのかもしれないが……やはり俺とはそう上手く対話はできない、か。
俺がキールケと初めて会ったのは、オリヴィアの縁談を断るために偽装婚約者として、初めてバルトシュタインのお屋敷を訪れた時だった。
こいつ、確か俺を奴隷にしようとしたら、ヴィンセントに叱られて、癇癪起こして夕食を全部床にぶち撒けたんだったな。
あの時のことと言い、ジェシカを虐めていたことと言い、個人的には印象は変わらず。キールケは、これぞバルトシュタイン家の人間ってイメージの娘だ。
まぁ、きっと……この女が俺を嫌っている一番の大きな要因は、オリヴィアと仲良いという点、だと思うが。
キールケが俺を小馬鹿にするように見つめていると、フレーチェルが怒った顔で声を掛ける。
「キールケさん。失礼なことを言うのはやめてください。彼女は、先代オフィアーヌ家当主、アネット・オフィアーヌ様です。貴方もご存知でしょう? この方は、アンリエッタの企みを見抜いて、オフィアーヌ家に真の平和を取り戻したのです。この御方は……亡きゾーランドも認めた、立派な騎士公様です」
「勿論知ってるけど? だけど、そいつ、たった数日で伯爵をやめて格下のレティキュラータス家のメイドに戻った変人でしょう? この国において四大騎士公の地位は王位、宰相の下に付く第三位。それがどんなにすごいことなのか分かっていない奴はいないわ。それなのに、そいつはアンリエッタを退けたというのに、アンリエッタの娘を後釜に据えて、メイドなんかに戻った。意味が分からなすぎるでしょ? その地位は、キールケちゃんが求めてやまないものだというのに」
「キールケ様。私は、ただ、四大騎士公になるよりもロザレナお嬢様のお傍にいたかっただけでございます」
「はぁ? ますます意味が分からないんだけど? というか、不気味。わざわざオリヴィア姉様の婚約者を演じて、何の徳にもならないのにあの化け物女を助けたり、わざわざ騎士公の地位を捨てて、ロザレナの元にいたいとか、理解不能すぎなんですけど? いったい何がしたいの、お前?」
「企みなどありませんよ。私にとってお二人は大切な人。ただ、それだけです」
俺のその言葉に、キールケは、心底不愉快そうな表情を浮かべる。
「あ、そ。……キールケちゃんねぇ、初めて会った時から、お前が気に入らなかったの。その演技がかった顔を見ていると、吐き気を覚えたから。……フレーチェル、こいつを引き入れるのは、キールケちゃん反対だから」
「な、何で貴方に反対されないといけないのですか!! そもそも私は、貴方を仲間にするつもりではなく、最初から彼女を……」
「……お前の手に負える存在じゃないって言ってるの」
「え……?」
キールケは、俺を鋭く睨みつける。
対して俺は、表情を変えずに、キールケを見つめ続けた。
「子豚。お前、ただのメイドじゃないでしょ?」
「何故、そう思われるのでしょうか?」
「勘。あと、諸々の情報を踏まえて見ると、お前の側にいる人間は全員おかしいから。剣王になったロザレナ、グレイレウス、ルナティエは、お前のことを元から慕っていたし。あと、オリヴィア姉様に、ヴィンセント兄様とも仲が良いし? 加えてオフィアーヌ家当主にまで上り詰めた手腕もある。俯瞰して見れば、馬鹿でもわかるでしょ。あんたが異常だってことは」
「……」
「あと、マイスや……エステリアルとも関わりがあるんでしょ? お前いったい……何者なのよ、アネット・オフィアーヌ」
「何故、私とエステリアル王女に関わりがあると思ったのでしょうか?」
俺は、キールケの前でエステルのことは一言も口にはしていないはず。
俺のその疑問に、キールケは得意げな顔をして言葉を返した。
「剣王会議の場所に、私の影の一部、仕込んでたから。そこでロザレナが話していたよ? エステリアルは自分の友達だって。当然、お前も……関わりあるんでしょ? 子豚」
なるほど、な。
アンリエッタのようなただの野心家のクズだと思っていたが……やるな、こいつ。
この頭の良さは、アンリエッタではなく、ジェネディクトに近い性質のように思える。
影の一部を置いてきたというのは、ロザレナが言っていた、第二次試験で俺を探し当てた透視のような魔法のことか。
情報収集能力に長けた、器用な魔法剣士。正体を隠す上では、厄介なことこの上ない。
その時。フレーチェルが、俺に、驚きの表情を向けてきた。
「え……? エステリアルと関わりがあるというのは……本当のことなのですか? 先代オフィアーヌ伯?」
「はい。事実です」
俺がそう答えると、フレーチェルの表情に険しさが宿った。
見た感じ、彼女、エステルとは仲が良くないのだろうか?
いや……王位継承を争う王女同士だ。仲が良くないのは普通のことか。
エステルも以前、王族は全員敵だと言っていたしな。
「私は……貴方のことを、貴族の中で誰よりも尊敬しています、先代オフィアーヌ伯。貴方は私に現実を教てくださり、立ち向かうことの勇気を教えてくれた。貴方はメイドの身でありながら、フィアレス事変以降長年争いの絶えなかったオフィアーヌ家一族をまとめあげ、アンリエッタに立ち向かった。立場に関係なく、現状を変えてみせようと考えた貴方に、私は、尊敬の念を覚えたのです。貴方だからこそ、私は信頼して、姿を現したというのに……その貴方がまさか、エステリアルと繋がっていたなんて……!」
「些か早計すぎですよ、フレーチェル殿下。貴方とエステリアル殿下の間に何があったのか、私は知りませんし、聞くつもりもございません。ですが、はっきりと言わせていただくのならば、私は―――エステリアル殿下の配下ではありません。そして、今現在、私はどの王子の配下にもなっていません」
「え? あ、そ……そう、なんですか……?」
「お前、馬鹿? 何そいつの言葉を簡単に信じちゃってるの? 嘘かもしれないでしょ? 少しは疑うことを覚えなよ、箱入り娘」
「え? え?」
「そうですね。証拠を提示できない以上、その可能性もございます。なので、フレーチェル殿下は、私とキールケ様、どちらの言葉を信じるか己の直感で決めてください」
俺のその言葉にゴクリと唾を飲み込むと、フレーチェルは俺の目を見つめてきた。
「私は……アネット様を信じます」
その言葉に、俺は笑みを浮かべる。
「その直感は、大事になさってください。人の言葉の真偽を計るのも、王の実力のうちでございます」
まだ拙い部分はあるが、臣下の言葉に左右されずに、自分の頭で物事を判断する力はある、か。悪くない。
俺自身、フレーチェルのことは別に嫌いじゃない。いや、むしろ、フランから話を聞いて好感を抱いている。
俺の故郷……奈落の窮地を救ってくれた、唯一の王族だからだ。
「フレーチェル殿下。改めてお聞きします。貴方は……聖王になって、この国をどのように変えたいとお考えなのですか?」
俺のその言葉に、フレーチェルは胸に手を当てて、真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
その目、その表情は、以前とは異なったもので、甘さがどこにも感じられなかった。
「私は……民を正しき道へと導くことのできる、真なる聖王を目指しています」
「真なる聖王……ですか?」
「はい。奈落に落ち、私は知りました。この国は、女神に守られし天上楽土なのではないのだと。毎日、泣いている人がいました。毎日、飢えている人がいました。毎日、身体を売って生計を立てている人がいました。王都というのは、こういった人々を見て見ぬふりをして、その上で何食わぬ顔をして建っているハリボテの国です。既得権益が肥え、奈落の人々は痩せていく。こんなのは間違っています。ですから私は―――正しい王となりたい。人を救うのは、女神ではありません。人を救うことができるのは、人だけです。人を導けるのは、正しい理想を持った王だけです。弱者に寄り添える、弱者の気持ちを知ることができる王が、今の世には必要なのです」
そう言って、眼帯の姫君は俺をまっすぐと見つめてくる。
その目には、力強い信念が見て取れた。
「……可愛いものだらけの国の創設は……もう、よろしいのですか?」
「あ、えっと……それは、忘れていただけると……助かります……」
照れたように頬を赤く染めるフレーチェル。
そんな彼女に、背後に立っていたグリウスが声を掛けた。
「俺は良いと思うけどな。姫さんの、その夢も」
「な、何を言っているのですか、グリウス! あの時の私は―――」
「別に、好きなものを無理に否定する必要もないんじゃないですかね? 聖王になってやるべきことをやったら、姫さんが思う可愛い洋服屋や人形屋を開いたって良いんすよ。ゾーランドの旦那は、別に、姫さんのその夢を否定したことなんて一度もないんすから」
「……グリウス。ゾーランド……」
フレーチェルはギュッと、胸に当てた手を握りしめる。
以前一緒に居た老騎士、ゾーランドが、フレーチェルを庇ってアルザードに殺されてしまったことは、フランから聞いていた。
きっと……彼女が以前と変わったのは、奈落の惨状を知り、ゾーランドを失ったからなのだろう。
現実を知り、大切な人を失って、フレーチェルは聖王を目指す覚悟を決めた。
王政を否定するヴィンセントとも、世界を統一して唯一の王を目指すエステルとも違う。
フレーチェルは……この国のシステムを壊さずに、正しい聖王を目指そうとしている。
誰かが聞けば、彼女のその夢は馬鹿らしいものだと笑うだろう。
一世代で正しい国を作ったところで、この先また上層部が腐敗する可能性はあるからだ。
フレーチェルの理想は、恒久的な平和にはなり得ない。
王一人が正しさを目指しても、何も変えられるはずがない。
正しい王様が世界を救う。
それは、子供が思い浮かぶ、絵本の中の幼稚な空想だ。
だけど……そんな理想を抱く者が一人いたって、俺は良いと思う。
「率直に言って、穴だらけの理想です。たとえば貴方が一世代で正しい国を作り上げたとしても、その後はどうするのですか? もし、貴方の子孫が腐敗を良しとしてしまったら?」
「そうならないように、新たな教育と法律を作ります」
「足りませんね。きっとその理想を衆目の前で語っても、すぐにジュリアン殿下やエステリアル殿下は、貴方の穴を突くことでしょう」
「うぅ……」
「ですが、考え方自体は悪くありません。私が今まで見てきた王子王女候補の理想の中では、一番、貴方が平和的な指導者になりそうです。ジュリアン殿下は今のままで良しとすることで、弱者を救済はしないでしょう。エステリアル殿下は将来を見据えて世界を統一しようとしており、将来の平和のために多くの犠牲者を出そうとするでしょう。ミレーナ殿下は王政・貴族制を廃止して、民主制の下、国を動かそうとする。こちらもまた、貴族たちは大きく反発して、国内の紛争は免れない。故に……国のシステムはそのまま、それでいて奈落の民を救おうとしている貴方様の理想は、一番平和的なものだと思います。シンプルであるが故に、誰もが救われる道だと、私は思います」
俺の言葉に、ぱぁっと、顔を輝かせるフレーチェル。
「で、でしたら、先代オフィアーヌ伯、私と一緒にこの理想を……!」
「……フレーチェル殿下。はっきりと申し上げさせていただきます。私は今のところ……何処かの王子王女の派閥に付く気はございません。ミレーナ陣営、エステリアル陣営と多少の交流はございますが、どちらにも肩入れはしていません」
ミレーナ陣営の知名度を広げるためにリューヌの情報を売ったりはしたが、あれはまぁノーカンで良いだろう。ルナティエがリューヌを倒すための策でもあったのだからな。
「そう、ですか……ということは、つまり、私の配下になる気はないということですか?」
「はい」
俺のその返事に、あからさまにがっかりした様子を見せるフレーチェル。
俺はそんな彼女に、笑顔を見せる。
「ですが、助言することはできます。私に協力を求めて、コンタクトを取ったのですよね? 察しますに、他の王子に見つかっては危険な状況と見える。だからキールケ様は、必要以上に私を警戒していた」
俺はそう口にしてチラリとキールケに視線を向ける。
キールケは眉間に皺を寄せ、そっぽを向いた。
「私は少し、貴方のことを誤解していたかもしれませんね、キールケ様。貴方は本気で、フレーチェル殿下の身を案じていたんですね」
「はぁ? 何、お前、キールケちゃんのことを分かったように言ってるの? 私がこの箱入り娘に付いたのは、バルトシュタイン家の当主になるためだって言ったよねぇ? 馬鹿なの? 話聞いてた?」
「だったら、ジュリアン殿下の元にいたままでも良かったのではないのでしょうか? ジュリアン陣営に付いたゴーヴェンの子供は、貴方だけだった。そのまま残ってジュリアン殿下が即位すれば、次期当主の座は間違いなく貴方だったはずでは? 何故、わざわざ弱小であるフレーチェル陣営に付いたのですか?」
「……ッッ!! お前、やっぱり、面倒臭いよ。私、言ったじゃん、ジュリアンがうざいって」
「貴方には、他にも目的があったのですよね。その目的とフレーチェル殿下の理想が近いものだったから、貴方は手を貸した」
「……………殺されたいの? お前」
キールケが、足元に、影の領域を展開する。
そんな殺気立つ彼女の目を、俺は、ジッと見つめ続けた。
「王の騎士となる気ならば……簡単に殺気を見せるのはよくありませんよ、キールケ様。貴方がこれから戦うべき相手である、ゴーヴェン、ジェネディクト、ヴィンセントは、そんな心構えで挑めるような相手ではありません。本気でバルトシュタイン家の当主を目指すおつもりならば…………ここから先はその幼稚な殺気はやめろ、キールケ・ドラド・バルトシュタイン。足元を掬われるぞ」
「ッ!?!?!?」
俺が素を出してそう言葉を放つと、何故かキールケは部屋の隅へと飛び退いた。
そして彼女は汗をダラダラと流しながら、俺の顔を見つめてくる。
「なっ……何? お、お前……?」
闘気を放っていないのに、本当の自分を少し見せただけで、危機を察知したか。
反応は悪くない。彼女は剣王になるだけの才覚を持っている。
これなら、フレーチェルを守れる素養は十分にあるか。
(とはいえ、キールケだけでは心許ないな)
俺はキールケから目を離すと、不思議な顔で背後のキールケを見つめているフレーチェルに、声を掛ける。
「話を元に戻しますが……私は配下にはなれませんが、貴方を助力することはできます。殿下、今の貴方の状況を、私にお話できますか?」
「は、はい……」
その後。フレーチェルは、先月に起こった事件を話してくれた。
ジュリアンにエステルの暗殺を命じられたが、それを行うことができず、ジュリアンに見限られたこと。
結果、ジュリアンの騎士から逃げる際に、奈落へと落ち、そこで娼婦たちに拾われて助かったこと。
娼婦たちの手助けのおかげで地上へと戻ろうとした時、奈落にアンデッドが現れたこと。
アンデッドを操っていたアルザードが、剣神フランエッテに倒されたこと。
その全てを、話してくれた。
「……その後、私はグリウスの提案により、奈落に身を隠すことに決めました。奈落の民も、一緒にアンデッドを退けた結果、私を快く匿ってくれました。ですが……このままでは、奈落は困窮の一途を辿ってしまいます。関所は壊れ、地上との物資の交流が止まってしまっていますから。ですから私は今の現状を何とかしようと、裏ルートを辿り、地上へとやってきたのです」
「そうだったのですか。ちなみに裏ルートへは、いったいどうやって?」
「奈落のマフィアである餓狼の方たちが手助けしてくれました。リーダーであるキリシュタット様も、快く手を貸してくれましたよ」
元剣王キリシュタット、か。これまた不思議な縁を持っているな。
「なるほど。フレーチェル殿下が隠れなければいけない理由はわかりました。ですが、奈落を救済するにしても、聖王になるにしても、このまま正体を隠し続けるのは不可能だと思います」
「……巡礼の儀が始まる前には、表舞台に戻ろうと思っています。表舞台に立たなければ、他の王子たちとは戦えませんから」
「はっきりと言いましょう。そのまま表舞台に上がったら、貴方は間違いなく死にますよ」
「え……?」
「貴方が今保有している戦力は、奈落にいる聖騎士四名と、グリウス、そしてキールケ様だけ。これで表舞台に上がっても、他の王子たちに勝てるわけがない。どこの陣営も、剣神クラスの騎士を持っているのですから」
「で、ですが……! 今から剣神レベルの剣士を配下に誘おうとしても……!」
「身を守るためならば、何も、配下に誘うだけが手ではありませんよ」
「それは……?」
「私は、貴方に答えは教えません。自分で導き出してください。王になるのならば……考える頭脳が必要です」
「……。ゾーランド、貴方、何か分かって……」
そう言ってフレーチェルは背後を振り返るが、そこにいるのはグリウスとキールケだけだった。
フレーチェルは前を向くと、頭を抱えた。
「ゾーランドはもういない……これから先は、自分で全部考えなければ……!」
必死な様子で数分ほど思案した後。フレーチェルは、顔を上げ、開口した。
「……同盟、ですか?」
俺はニコリと笑みを浮かべ、頷いた。
「ええ、その通りです。では、今組むべき相手は?」
「ジュリアンとエステリアルはあり得ない……だったら、ミレーナか、ジークハルト……? いえ、ジークハルトは配下を持っていません。ミレーナ、ですか?」
「正解です。貴方の目指す道は、平和を望むミレーナ殿下と近いものですから。ミレーナ殿下は、貴方が唯一、同盟を組める相手だと思いますよ」
「ミレーナ……ですか。最近見つかった、行方不明になっていた王女ですよね? まったく話したことがないので、どのような人物なのかわからないのですが……」
「話してみますか?」
「え……?」
「私が間を取り持ちましょう。同盟を上手く結ぶことができれば、奈落の復興にも繋がります。ヴィンセントという騎士は、民にはお優しい御方ですから」
「あの、子供の腸を好んで食べるという、地獄の騎士が……?」
王族にも勘違いされているとか、やばすぎだろ、あの男。
俺はため息を吐いた後、開口した。
「まぁ……会ってみて決めれば良いと思いますよ」
「姫さん! 俺は反対です! あの地獄の騎士が仕える王女なのですから、碌でもないに決まってます!」
「ですが、グリウス。ミレーナは麻薬を生み出していたリューヌという修道女を排除したという話ですし、悪い王女ではないのでは?」
「バルトシュタインの長兄は、キールケの比じゃないくらいやばい奴って噂なんですよ!! 俺は反対です!! ……キールケ、お前は?」
グリウスのその問いに、キールケは無表情のまま、言葉を返した。
「知らない。組むかどうかは、お姫様の決めることでしょ?」
「……」
フレーチェルは数秒ほど思案した後、顔を上げた。
「会いましょう」
「姫さん!? もし万が一、ヴィンセントが、ゴーヴェンに姫さんの生存を伝えでもしたら……!! 俺は、旦那に会わせる顔がないですぜ!?」
「このままでは、私も奈落の民も良くない結果で終わってしまいます。確かに、地獄の騎士に会うことは怖いですが……行動しないことには何も変わらない。大丈夫です、アネット様が会った方が良いと言ってくださった方なのですから。ミレーナ陣営と対談しましょう」
まだ未熟な部分が多いが、ちゃんと、物事を考える頭脳を持っているな。
俺は笑みを浮かべて、口を開いた。
「では……今日の夜、再びこの場所に集まりましょう。ミレーナ陣営の方々は、私が連れてきます。詳細な時刻などは、追って、念話でお伝え致します」
「はい。よろしくお願いします、アネット様」
「姫さぁぁぁぁぁん!!!!」
グリウスの悲痛な叫びが、部屋の中に轟いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕方。
ジークハルトは満月亭の屋上で、都市に沈みゆく夕陽を見つめていた。
「ジーク。こんなところにいたのか」
その時。屋上へとやってきたマイスが、そう、ジークハルトに声を掛ける。
振り向くこともしないジークハルトに対して、マイスは柵の側へと近寄ると、弟の隣へと立った。
「何だ、どうしたんだ? 黄昏て物思いにでも耽っているのかね? 何か悩み事でもあるのなら、この兄に相談してみると良い」
「失せろ。貴様と話すことなど、何もない」
「もうすぐ……巡礼の儀が始まるようだな」
「……驚いたな。王位継承権を剥奪された貴様にも、聖女から書簡が届いていたのか?」
「いや? 俺は知り合いが多い分、この国の情報は誰よりも耳に入るのでね。たまたま、その情報が俺のところへ入ってきたというだけの話さ」
「貴様は……巡礼の儀に参加する気はないのか?」
「おいおい、今、お前が言ったんだろう、ジーク。俺には、王位継承権がないって」
「貴様は、いつまで逃げているつもりだ!! 私に夢を語ってみせたのは、貴様だろう!! 私に聖王になると宣言したのは、貴様だろう!! 何故、約束を破った!! マイスウェル!!」
「ジーク。幼い頃、俺が言ったことは全て忘れろ」
「なんだと!?」
ジークハルトはマイスの胸ぐらを掴むと、怒りの形相を浮かべる。
そんなジークハルトに対して、マイスはニコリと微笑みを浮かべた。
「良いか、ジーク。俺は、お前が思うほど……聖王の器ではなかったのさ」
「貴様は……貴様は……!!」
「俺は、非情になりきれなかった。王とは、どこまで自分の心を殺し、理想を追求できるかにある。本当に、俺は何もかも中途半端な男だよ。だけど、これで良いんだ。俺はお前が一番、大事なんだからな。ジーク」
「……? いったい何を……言っている? 非情? 大事? 中途半端?」
「いや、何でもないさ。それよりもジーク、お前、聖王になる気は……ないんだよな? 四大騎士公の配下を、持っていないし」
「……貴様に答える義務はない」
そう口にして、ジークハルトはマイスの胸ぐらから手を離した。
マイスは優しく微笑むと、夜空を見つめた。
「この寮は、良いところだろう? 本当に、みんな、良い奴らばっかりだ」
「……」
「ここに入った当初、この寮にいたのは、グレイとオリヴィアだけだった。グレイは剣のことにしか興味がない変な奴で、オリヴィアは家事が趣味とか言いながら寮を壊すしグロテスクな料理を作るし、まいってしまったよ。だけど……俺はこの寮に来て、心の底から笑うことができたんだ。今では、ロザレナ、アネット、ジェシカ、ルナティエ、ジーク、フランエッテ……賑やかな大所帯となって、さらに楽しくなった。毎日が明るいよ」
「……何が言いたい」
「窮屈だっただろう、王宮は」
「……」
「お前もそろそろ、心を割って、彼らと接してみてはどうだ、ジーク。本当のお前は……」
「……」
「いや、急く必要はないか。とにかく、ジーク。俺は、この大切な居場所を守りたいんだ。そして、その大切なもののなにかには、お前も入っている」
そう口にしてマイスは、ジークハルトに、一枚の紙を手渡した。
「なんだ、これは」
「帝国領土へ渡るための通行証だ。……巡礼の儀が始まる前に、王国から逃げろ、ジーク。そんな状態のお前が巡礼の儀に挑んでも、敗北するだけだ。敗北して王族の地位を取り上げられるだけならば良いが……エステルはそう甘くはない。王族は全員、殺される」
「ふざけるな!! 私に逃げろと言いたいのか、貴様は!! それに、エステルはそう甘くないだと? まるでエステリアルが勝つのが分かっているような言い草だな!?」
「俺には既に戦況が見えている。誰も勝てやしないよ、あの白銀の乙女には」
「……ッッ!!」
ジークハルトは受け取った紙を地面に叩き捨てると、マイスの横を通り、満月亭の中へと戻って行く。
そんなジークハルトの背中に、マイスは声を掛けた。
「ジーク。冷静になれ。お前は……分かっているんだろう? 王族同士殺し合う虚しさが。そんな殺し合いを強いている、聖女の恐ろしさが。聖女がいる以上、聖王になっても、何も変えられないという残酷な現実が。聖王が……ただの、聖女の操り人形であることが」
「……」
「12月が始まるまでに、答えを決めるんだ。戦うのか、逃げるのか」
「全てを見透かした気になるなよ、マイスウェル!! 私の運命は、私が決める!!」
そう叫んで、ジークハルトは去って行くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
――――――午後19時過ぎ。
王都、某所。路地裏にある廃屋。
昼間フレーチェルと会談したその場所には、お互いに顔を見合わせて立つ、二人の王女とその配下たちの姿があった。
ミレーナ陣営 王女ミレーナ 剣神ヴィンセント 聖騎士コルネリア。
フレーチェル陣営 王女フレーチェル 剣王キールケ 聖騎士グリウス。
その間に立つ、俺、アネット。
殺伐とした空気の中……バルトシュタイン家の騎士しか持たない両陣営の同盟会議が、今、行われようとしていた。
自分で引き合わせといてなんだが……王族同士の会談の間に立つメイドって、何だか場違い感すごくないか、今の俺……。




