第10章 二学期 第323話 剣王試験編ー㊶ 変化属性魔法
《フランエッテ 視点》
「なんなんじゃ、あやつはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ぐうるるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
詰所から王都に辿り着いた妾は、全力で走り、城門を潜っていく。
するとその後ろを、腕を振り回しながら狂人……アルザードと名乗った男が追いかけて来た。
いったい何がどうなってあの男が妾を追いかけてきているのか分からない。
いったい妾が何をしたと言うのじゃ!? 妾、【剣神】になってからまだ何もしでかしていないと思うのじゃが!?
妾は人込みを掻い潜りながら、背後から迫って来るアルザードへと声を掛ける。
「お、お主! まずは落ち着いて対話をしてみぬか!? 何か思い違いがあるのかもしれぬぞ!?」
「だぁぁぁぁまぁぁぁぁれぇぇぇぇ!!!! 貴様が我が姫君の名を騙っていることは分かっているのだ、人族!! 我輩は吸血鬼として同胞の代わりに貴様に罰を与えねばならぬのだぁぁぁぁぁぁ!! 吸血鬼の姫、フランエッテ・フォン・ブラックアリアは、断じて、貴様などではないぃぃぃぃぃ!!!! 許し難し許し難し許し難しィィィィイイ!!!!」
「ま、まさか、お主……本物の吸血鬼だとでも言うのか? そんな馬鹿な……吸血鬼というのは、伝記上の空想の生物では……!」
「我が血を、槍へと変えよ―――【ブラッドリーランス】!!」
アルザードは血が滴る右腕を振り、飛ばした血を槍の形へと変えて、妾目掛けて放ってきた。
しかし、上手くコントロールができていないのか……その血の槍は城門前通りにある露店の一部に命中し、往来に居た人々から、悲鳴が上がった。
続いて、その光景に硬直し、動けなくなっていた子供に、血の槍が襲い掛かる。
「……ッ!!」
妾は足を止めると、袖の下から投げナイフを取り出し、それを血の槍に目掛け投擲した。
ナイフは見事血の槍に当たり弾き飛ばすが……そのままナイフは速度を落とさず、子供の顔に目掛けて飛んで行った。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
男の子の母親と思しき人物が、迫り来るナイフを見て甲高い悲鳴を上げる。
妾は手を伸ばすと、パチンと指を鳴らした。
「我が魔法よ、真実の姿を取り戻せ―――――――【解放】!」
目をつぶった子供の顔に、一輪の花がふわりと当たる。
子供は目を開け花を手にすると、不思議そうに目をパチパチとさせた。
「な……んだ、貴様、今のは――――――!!」
上手くいったのじゃ。
左の袖にあるナイフは元は薔薇だったもの。右の袖にある薔薇は元はナイフだったもの。
何があっても良いように、師匠に両方の武装を袖の下に隠しておけと言われて、良かったのじゃ。でなければ、あの子を救うことはできなかった。ありがとうなのじゃ、師匠。
(救う……そう、妾だって、誰かを救うことができたんだ)
妾は自分の手のひらを見つめ、笑みを浮かべる。
「わ、妾……人を救うことができたのじゃ……ははは……こんな魔法、何の役に立つのかと悩んだこともあったけど……良かったぁ……」
ホッと安堵の息を吐いていると、アルザードが地団太を踏み、怒りの声を上げた。
「ふざけるなッッッ!!!! その魔法はッッ!!!! 我らのように、命という枠組みから逸脱した者だけが使える、世界の方式を書き換える創成魔法―――――『変化属性魔法』だッッッ!!!! 何故人族如きがそのような魔法を扱うことができるのだッッッ!!!! 許し難し許し難しィアアア!!!!」
「な、何を言っておるのじゃ、お主。変化属性魔法……? そのような魔法、12属性の中には無かったはずじゃが……?」
「低俗な眷属どもの中ではそうなのだろう!! だが!! 始祖である我ら吸血鬼と高位人族は違う!! 我らの中にある魔法は、16属性だッッ!!!!」
そういえば……師匠は、妾のこの魔法を、古代魔法の可能性が高いと言っていたっけ……。
現代で知られる12属性と、滅んだとされる古代の4属性が……この世界にある魔法ということなのだろうか? 妾の扱う変化属性魔法? というのは、その4属性の内のひとつなのかの?
「貴様!! いったいどういう経緯で、その魔法を使用することができるようになった!! 我ら吸血鬼のように、自らの心臓を止め不死の領域に踏み出さない限り、生命の枠組みを超えて、世界を変化させる魔法など使用することはできないはずだ!!」
「心臓が、止まっていない限り……? あ」
確か妾って、長い間、エルルゥに心臓を抜き取られていたから……もしかしてあれが作用していたのかも? 師匠にも話したけど、妾、不老になる前は魔法因子なんてひとつも持っていなかったわけだし。それで、変化属性魔法を覚醒した……そういうことなのかの?
「人族などという下等な種族に、自らの心臓を止め、不死の領域に踏み入ることは不可能だ。お前ら眷属どもが心臓を止めたところで、魔に魅入られ、アンデッドになるのが道理。それがこの世界の摂理。それなのに……何故、貴様が、世界創世の魔法を扱える……!! 理解不能!! 理解不能!!」
妾は長い白髪を手で靡くと、顔に手を当てて、決めポーズをする。
「うつけめ。妾を誰と心得ておる? 妾は【剣神】フランエッテ・フォン・ブラックアリア。まだ二つ名はないが……いずれ師匠に付けて貰うが……それは良い。妾は、世界最強の魔法剣士になる女じゃ。貴様ごときが、妾を理解することなどできるはずもない」
妾のその言葉に、周囲にいた民たちから怯えの色が消え、歓声が上がった。
「フランエッテ様ー! やっぱり貴方様こそ、この街の救世主です!!」
「かっこいいですー!! そんな奴、倒しちゃってくださいー!!」
予期していない歓声に、妾は思わず顔を引きつらせてしまう。
まだ【剣神】に相応しい実力を持っていない故、人々を騙してしまうのは……少し、心苦しい。つい癖で恰好を付けてしまった。恰好を付ける時はついつい旅芸人の血が騒いでしまうのは、悪い癖かもしれない。
だけど、妾は―――――。
「ふらんえってさまー!! がんばってー!!」
先ほど助けた男の子が、そう、妾を応援してきた。
妾は振り返り頷くと、傘から剣を抜き、構えた。
「……そうじゃ。妾は……」
妾は、誰かに希望を与えられる人間になりたかったのじゃ。
舞台の上で虚像を演じ、観客に笑ってもらっていた、あの頃のように。
エルルゥが私を見て……勇気を貰ったと、そう言ってくれたように。
妾はフランエッテ・フォン・ブラックアリアとして、この残酷な世界で希望を与える存在になると、現実という舞台の上で踊ると、そう、消えゆくエルルゥの前で決めたのじゃ。
偽物を本物に変え――――もう二度と、エルルゥのように世界に絶望する者が産まれないように。
「アルザードよ! お主が何者なのかは知らぬ! 妾に恨みを抱いている理由も、よくは分からぬ!! きっと、その様子を見るに、謝って済む話ではないのじゃろう!! じゃが妾は―――無辜の人々を傷付けようとしたお主を許すことができぬ!! 妾は亡き友に誓ったのじゃ!! この世界に光を与えるとな!!」
「フ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ようやく我輩と殺し合う気になったのか、異端者!! いいだろう!! 吸血鬼という存在がどれほど高尚で、完全無敵な存在であるかを、お前に教えてやろう!! 魔法という力において、貴様ら人族がいかに矮小な存在であるかを我輩自ら叩き込んでやろう!!」
足が震える。妾は、まともに誰かと戦ったという経験が、殆ど無い。
エルルゥの時は、師匠とテンマさんがいたから、何とか勇気を振り絞って立ち向かうことができたのだ。
今回は、妾一人……それも、よく分からない力を持った、よく分からない存在が相手。
怖くて怖くて仕方ない。だけど、逃げるわけには、いかない!!
妾は、剣士なのだから!! これでもあの3人と同じ、箒星の門下生なのだから!!
「アルザードよ!! 手始めに、妾の最強の奥義をお主に贈ってやろう!!」
「ほう? まだ、他にも魔法が使用できるのか? 面白い! 見せてみろ、異端者! 姫の名を騙る不届き者がどれほどの力を持っているのか、お手並み拝見だ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
咆哮を上げ、剣に魔力を溜める。
そして、妾は身体を回転させ、剣を横薙ぎに振り放った。
「喰らうが良い! 天地を引き裂く我が奥義……漆黒の剣閃を飛ばし、我が敵の首元に食らいつけ!! 【次元斬】!!」
――――――――――――――――――――――――しーん。
しかし、何も起こらなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
無表情で見つめ合う、妾とアルザード。
そして、ポカンとする観衆たち。
妾は「フフフ」と笑みを浮かべると、落ちている傘の鞘の部分を拾い、剣へと仕舞う。
そしてアルザードに背中を見せると―――――――猛ダッシュで、王都の奥へと走って行った。
「フハハハハハ!! い、今のは、相当な腕前の者しか気付けない、素早い先制攻撃だったのじゃ!! まさか、それを防がれるとはのう……民を守るためにも、ここで戦うのは止めておこう!! ヌハハハハハハハハハハハ!!!!」
「……貴様……この我輩を……馬鹿にしているのかぁぁぁぁぁぁ!! 異端者アァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
先ほどよりも怒り狂い、物凄い勢いで追い駆けてくるアルザード。
妾は「ひぃぃぃぃ」と悲鳴を上げながら、街の中を疾走して行った。
逃げるわけにはいかないとか言ったけれども、うむ。あれはやっぱりなしなのじゃ。
「すごい……今の攻撃、私たちには見えなかった……」
「フランエッテ様は、あの男を、先制攻撃で倒せない強者だと察して、俺たち民に被害が及ばないように戦いの場を移動なさったんだ!! 流石はフランエッテ様!!」
「フランエッテ様!! 頑張ってくださいー!!」
応援してくれる人々に対してこう言いたくはないが……こやつらはアホなのか!! この街の住人はアホばかりなのか!!
何故、妾の言動をそのまま受け取ってしまうのじゃ!! 馬鹿馬鹿馬鹿ー!!
「許し難し許し難し許し難し許し難し許し難し許し難し許し難し許し難しィィィイ!!!!!!!!」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
誰か、助けて欲しいのじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!
師匠ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!!!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
「―――――――――くしゅん!!」
俺は詰所の中を見て回りながら、大きなクシャミをしてしまう。
そうして、鼻を擦りながら俺は、廊下を走って行く。
くそ……詰所の中は大体見終わったが、フランエッテの手がかりがひとつも見つからない……。
ここが、最後の部屋か? もし、この部屋にいなかったら……外にいるということになるが……。
俺は足を止め、ある一室の前に立つ。
「ここは……この詰所にいる騎士団隊長の部屋……見たところ、ルクスの部屋だろうか?」
流石にルクスの部屋にフランがいるとも思えない。そして恐らく、この部屋には鍵が掛かっていることだろう。
まぁ、中を見ることはできないと思うが、念のために、な。
俺はノブを押してみる。すると予想とは反対に、扉はすんなりと開いた。
「え……?」
扉を開けて部屋の中に入ると、そこには、机の引き出しなどを開けて何かを探しているラピスの姿があった。
ラピスは俺の姿に気付くと、驚いた表情を浮かべる。
「あ……」
「ラピスさん? あれ、ラピスさんは、確か、闘技場に居たはずでは……」
呆けた表情で見つめ合う俺たち。
すると、その時。
俺の背後……廊下側から、何者かがやってくる足音が聞こえてきた。
その足音を聞いた瞬間、ラピスは俺の傍へと物凄い勢いで近寄り、背後にある扉を閉めて、俺の手を引っ張り――――棚の後ろへと隠れた。
カツカツカツと足音が聞こえてきたが、その足音は俺たちがいるこの部屋の前で止まることはなく、やがて遠ざかっていった。
人がいなくなったことにふぅとため息を吐くと、ラピスは俺の手首から手を離し、額の汗を拭った。
「あの……ラピスさん……いったいここで何を……」
「えーっと……あ、あはは……スルーしてもらうことは……できないよねぇ。やーん、もう、まさかバレちゃうとはなー。っていうか、君こそ何でここにいるのかにゃ? うりうりー、私だけじゃないでしょ、秘密事はー?」
「私は、人探しをしていまして。詰所の中の部屋を探し回っていただけです。それでたまたまこの部屋を調べようとしたら……」
「ラピスちゃんと遭遇してしまった、と。あーん、もう、鍵かけとくべきだったねー。私ったらドジっ子ぉ~。ねぇ、メイドちゃん。このこと、秘密にしてくれないかなぁ? ねぇねぇ、おねがぁいー」
俺に顔を近づけると、胸の谷間を強調して、あざといポーズをするラピス。
俺は即座に顔を逸らし、口を開く。
「魔眼の効果を教えてもらっているので、その手には乗りませんよ」
「ちぇっ。私の魔眼に反応する不思議な女の子だからって、面白半分で私の力、教えるんじゃなかったかなー。でも、まぁ、いっか。メイドちゃんさ、見たところ、余計な争いごとには首突っ込まないタイプだよね?」
「まぁ、はい。面倒事は苦手ですので」
「そかそかー。だったら、ここ、触ってみて?」
そう口にして、ラピスは頭の上に指をさす。
俺は意味が分からず、首を傾げてしまった。
「いや、あの……?」
「いいからいいからー。ほれほれー」
ラピスは俺の手を掴むと、自分の頭の上へと持って行った。
そこには何もないはずなのに……何か、硬い感触があった。
「え? これって……角……?」
「正解。私……亜人なんだ。種族は、夢魔族。普段は幻惑魔法で角を隠しているの」
「王国で忌み嫌われている亜人が……隠れて剣王をやっていたのですか……!?」
「そゆこと」
俺が角から手を離すと、ラピスはニコリと微笑みを浮かべた。
「やっぱり、メイドちゃんは亜人に対して極端に怖がったりとかはしないっぽいね? やーん、ますますラピスのお気に入りかもー。ラピス、そっち方面の気はなかったんだけどなー。何か、メイドちゃん、結構美味しそうな魂の匂いしてるからー」
「お、美味しそうな匂い……」
「うん。童貞の匂いがするー」
俺はラピスの言葉に、顔を両手で覆い隠し、涙を流す。
しくしく。女に転生してしまったことで一生童貞が決定してしまったこの俺を嘲笑っているのかな? そうなのかな? しくしく。
ちくしょうめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
「メ、メイドちゃん、大丈夫?」
「……何でもありません。それよりも、亜人であるラピスさんが隠れてルクスさんの部屋を物色しているというのは……並々ならぬ事情がありそうですね」
「そうだねー。ルクスは、聖騎士団の中でも異端尋問隊の隊長だからねー。 異端尋問っていうのは、亜人を捕らえて拷問したり、排除したりする部隊だから、亜人にとっては一番の敵ともいえる存在だねー」
「何か探し物があるのなら……私と話しているよりも、早く動いた方が良いのではないですか?」
「それは大丈夫。監視の目があるから」
「監視の目……?」
「メイドちゃん。私を見て、ひとつ、気付くことないかにゃ?」
「気付くこと……あ」
服装が、闘技場にいた時とは違う。
あそこにいた彼女は、バニーガールの恰好をしていたが、今の彼女は肩を出したセーターを着用している。
この短い時間で、果たして服を変えることができるのだろうか……?
「私、闘技場には、幻体を置いて来ているの。確かメイドちゃんは、第二次試験で、自分の幻と戦うルートに行ったよね? あれと似たような感じ。まぁ、あんなすごい魔法で造られた幻体と違って、私の作る幻体に戦闘力はないから……攻撃されたりしたらすぐに消えちゃうんだけどね。でもでも、こっちで操作して会話とかできたりするから、使い勝手は良いんだー」
「なるほど。ルクス様の行動を見ることができる故の、余裕……といったところですか」
「うんうん。そういうことだよ」
彼女、確か剣王の中では下位の実力と聞いていたが……本当にそうなのだろうか?
剣の腕は分からないが、妨害属性魔法……幻惑魔法に関しては、なかなかの腕を持っていそうだ。
「それで、こっからが本番。私はね、ある使命を持って剣王をやっているの。オフィアーヌ家の元当主であるメイドちゃん……アネットちゃんだからこそ打ち明けるけど……今から言うことは、絶対に、他の人には言わないでね」
「使命……? それはいったい……」
「私はね――――――――ゴーヴェンを暗殺するために動いているの」
その言葉に、俺は、目を見開いて驚いてしまった。
俺の様子を見て、ラピスはクスリと笑みを溢した。
「アネットちゃんもご両親をゴーヴェンに殺されているよねー? 私たちって協力……できないのかな?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ロザレナ 視点》
「さぁ―――――――勝負よ、ジェシカ!!」
あたしは上段に大剣を構えて、大量の闘気を剣にチャージしていく。
その光景を見て、ジェシカはゴクリと唾を呑んだ。
「闘気は見えないけど、すごい力を込めているのだけは分かるよ。ロザレナ……やっぱり、貴方は私が剣聖を目指す上で、最大の壁だよ。貴方を乗り越えないことには、私は、上に行けない気がする……!」
ジェシカは青龍刀を構えて、笑みを浮かべた。
恐らく、持久力という面においては、あたしよりもジェシカの方が格上だ。
マリーランドで鍛えたとはいえ、あたしは元々、体力はそこまでない。
これが、幼い頃の病……ラヴェレナの能力を受け継いだ時の後遺症なのかどうかは分からないけれど、あたしのスタミナはジェシカには遠く及ばない。常人より少しあるかどうかくらいのもの。いや、比べる相手がジェシカだからこそ、自分の持続力がないと錯覚してしまっているのかもしれないわね。
とにかく、ジェシカ・ロックベルトという少女は、体力の底がない体力お化け。いうなれば、肉体的素養においては、悔しいけれどあたしよりも上の能力を持っている。天性の才能と天性の肉体を持った、天才児と言えるだろう。
ただ、その能力を全面的に引き出すには、迷いなく自分がまっすぐと戦える環境と、身体を温めるための時間を要するのが、彼女の弱点でもある。
未だに闘気をコントロールできずに、全身に闘気を纏っているところも……弱点といえるわね。天才的な素養を持っているのに、闘気をコントロールすることが誰よりも苦手という、何というか、多くの難題を抱えている剣士。それが、今の彼女。
(だからこそ……早期に決着を付けなければいけない。長引けば長引く程、ジェシカとの戦闘は厄介になるのだから……!)
あたしは上段の剣に、今行える限りの全力の闘気をチャージし終えた。
その瞬間、足元がさらに陥没し、暴風が止んだ。
静かに睨み合うあたしとジェシカ。
上段の剣は隙だらけの弱点の多い型だけど、この闘気の圧を見れば……誰であろうとも不用意に近付くことはできないだろう。
さぁ……どうするのかしら、ジェシカ!
ジェシカはふぅと短く息を吐くと、突如、構えを解いた。
そして彼女は不機嫌そうに頬を膨らませて、あたしを睨み付ける。
「私、馬鹿だけど……今、ロザレナが考えていること、何となく分かったよ」
「……あたしの考えていることが分かった? 何かしら?」
「ロザレナ……私との戦いを、手早く済ませようとしているよね? ロザレナが今見ているのは、私じゃなくて……その先にいる、グレイレウス先輩とルナティエだよね?」
「……」
「確かに、未だに闘気すらコントロールできてない私が、グレイレウス先輩やルナティエと同じに見てっていうのは、無理あるかもだけど……だけどさ……私だって、ロザレナと同じ夢を抱いて競い合っているライバルなんだから! なんか、ムカツク!」
「クスッ。ジェシカでも、怒ることってあるのね?」
「あるよ! 私を何だと思っているの!」
「そうね。確かに、ムカツクわよね。だけど……あたし、別にジェシカを舐めてなんかいないわよ? 貴方を脅威だと認めたからこそ……一瞬で勝負を終わらせようと思ったの」
「え? そうなの? それなら嬉しいよ! ……じゃなかった。私はもっと長い時間ロザレナと戦って、戦いを楽しみたいの。戦いの中で、成長していきたいの。だから……こんなすぐには終わらせないよ。気合があれば、貫けないものは何もない。お爺ちゃんの言葉。私は、ロザレナの全力の剣も、貫いてみせる!」
「そう……なら……かかってきなさい! ジェシカ!」
「うん! とりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「【覇――――――」
あたしは上段の剣を振り降ろし、ジェシカに目掛け、闘気の斬撃を放とうとする
するとそれよりも早く、ジェシカが闘技場にある石板をひっくり返し、それをあたし目掛けて放り投げてきた。
「……ちっ!」
あたしは舌打ちをして、上段に剣を構えたまま、横に逸れてそれを回避する。
その瞬間、ジェシカが岩の影に隠れながらこちらに接近し……あたしに回し蹴りを放ってきた。
(上段の剣の構えを解けば、せっかくチャージした闘気が無駄になってしまう……腕は使えない……なら……!)
あたしは足を上げて、闘気を纏った蹴りを放ち、ジェシカの回し蹴りに当て相殺してみせた。
いや……相殺、できなかった。
「熱っ……!?」
異様な熱を持ったジェシカの蹴り。
足を見るとそこには、黒痣ができていた。
「闘気を纏っていたのに……また、ダメージが……! 今のあたしよりも、ジェシカの闘気の方が上だというの……!?」
「【気合斬り】!」
あたしは即座に横に逸れる。
その瞬間、あたしの頬がスパンと斬れ、火傷のような状態となった。
「なっ……! さっきよりも威力が上がっている……! それよりも、この熱は、いったい……!」
「【気合斬り】!【気合斬り】!【気合斬り】!【気合斬り】!」
あたしが上段の剣を振り降ろさないように、連続して気合斬りを放ってくるジェシカ。
あたしはその全てを避けていくが……一度放つごとにどんどん気合斬りの威力は上っていき、完璧に斬撃を避けているのに、何故かあたしの身体は……風圧だけで切り傷だらけとなっていった。
しかも、その傷の全てが、火傷のような状態になっている。
あたしは自分の身体を見て、思わず、驚きの声を上げてしまった。
「これは、いったい……!?」
そうあたしが驚きの声を上げたのと同時に、観客席で悲鳴が上がった。
振り返ってみると、観客席の一部が爆発し、巨大な斬撃の痕が刻まれていた。
寸前で観客が逃げて事無きを得たようだが……どうやら観客席はパニックに陥っている様子だった。
「あ」
その光景を見て、ジェシカはしまった、という表情を浮かべる。
そんなジェシカに対して、剣聖・剣神が座っている特別席から、怒号が響き渡った。
「こらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! なにやっとるんじゃ、ジェシカぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 一般の方に手を出すとは何事じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ご、ごめぇぇぇぇぇぇん、お爺ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」
わんわんと泣き喚くジェシカ。
あたしは観客席に刻まれた気合斬りを見て、戦慄を覚える。
闘気を剣に集中させていないのに……闘気をコントロールしていないのに、あたしの【覇剣】と同等の【気合斬り】を、この短時間で放ってきたジェシカ。
……特別任務前のあたしは、自惚れていた。
剛剣型であたしより強い存在なんて、いないと思っていた。
だけど、違う。以前アネットが言っていたように、世界は広い。才能に恵まれた剣士は、何処かには必ずいる。
(そうね、ジェシカ。あたしにとっても、剣聖を目指す上で……貴方は、超えなければいけない壁のようだわ)
あたしはジェシカに向き合い、上段に構えたまま、鋭く目を細める。
手早く済まそうなんて……できる相手じゃないかもしれないわね。
この子はグレイレウスやルナティエと同等の……強者だわ。




