第10章 二学期 第312話 剣王試験編ー㉚ 最強の剣聖
ロザレナとキールケと共に山へと向かって走って行くこと三十分。
時刻は、午後九時過ぎ。
俺たちは、フィアレンスの森の最奥にある切り立った山の前へと立っていた。
「ここが、最後の砦……ね。ネックレスを三つ持って山頂に立つことができれば、第二次試験を突破することができる……」
ロザレナはそう言って、山を見上げて腕を組む。
そんな彼女を横目でチラリと見つめた後。キールケは、前に出た。
「まぁ、どうせあの性格の悪い剣王たちのことだから、他にも何か仕掛けていると思うけど。特にキリシュタットとかいう分家の癖にイキっている雑魚雑魚の豚ちゃんは、簡単に合格者を産むことはしないだろうね。性格的に」
「何、あんた、【剣王】について随分と詳しいのね?」
「四大騎士公の嫡子として、当然のことじゃないかしら? まぁ? 可愛くて頭も良いキールケちゃんと違ってぇ? お前のような頭まで筋肉でできた怪力女にはぁ? 敵の分析なんてできるわけないと思うけどぉ?」
「うっさい、性格最悪女。にしても、意外ね。あんた、敵の情報を分析するくらい、【剣王】になるのそんな本気だったんだ?」
ロザレナのその言葉に、キールケは真顔になり、視線を足元に落とす。
「……別に。ただ、キールケちゃんはバルトシュタイン家当主になりたいだけ。だから、あの甘ったれた兄と姉には敗けたくないの。謂わば、キールケちゃんは、正統なるバルトシュタイン家の意志を継ぐ最後の一人というわけ。キールケちゃんがバルトシュタイン家当主にならなきゃ、この家は終わりなの。お分かり?」
「ぜんっぜん、わかんない。あんたのお兄さんのことは正直マリーランドで見かけただけだから知らないけど……あたしはオリヴィアさん程良いお姉さんもいないと思うけど? あの人程優しくて良い人もなかなかいないわよ? 他は、学園長だとかジェネディクトだとか、やばそうな人ばかりだし。オリヴィアさんが当主になったら、あの家も良くなりそうだけどね」
「そのやばそうな人の方が、バルトシュタイン家の思想を継いでいる人間だって言ってるの。良いかしら、ロザレナ。私たちバルトシュタイン家の人間というのは、武力を以って、長年この聖王国を支配してきたの。唯我独尊、自分の考えに異を唱える者は、力によって黙らせる。我々は本質として、悪なの。暴力と悪意によって、バルトシュタイン家は聖王国を繁栄させていったのよ」
「はぁ? そんなのただの暴君じゃない。繁栄なんて、できるわけないわよ」
「時代には、悪が必要ということよ。全員が全員、国の方針を決定できず、多数決なんかで決めていたら、他国に比べて聖王国は後手に回ることになる。だから、今までバルトシュタイン家は力を以ってして、国を先導していった。国の繁栄には、絶対的な指導者が必要となる。聖王は国のトップだけど、基本的には国民を宥める調停役。国の全てのヘイトを集め、決定権を持つのは、代々バルトシュタイン家の役目なのよ」
……キールケの言いたいことは、分かる。
聖王は基本的に政治に介入することは稀だ。聖王の役目は、国民の顔役。
この国を運営しているのは、四大騎士公たちに他ならない。
そして聖王の裏で暗躍しているのが、セレーネ教のトップ、聖女。
殆どの国の決定権を持つのはバルトシュタイン家だが、根本の決定権を持つのは聖女なのだろう。聖王は、ただの操り人形。これが、この国の実態。
そんな人形でしかない聖王に、何故、エステルやジュリアンは固持するのだろうか。
いや……エステルはこの国の態勢を全て壊すと言っていた。
彼女が破壊する対象は、この国を二分化して支配しているバルトシュタイン家とセレーネ教なのだろう。現に、エステルはジュリアン派閥に付いた両陣営とも対立している。
「……キールケちゃんとしたことが、話過ぎたわ」
そう言って、キールケは山の麓にある洞窟へ向かって歩いて行った。
ロザレナはそんな彼女の背中を見て、首を傾げる。
「意味が分からないわ。悪人なんて、いない方が良いに決まっているじゃない」
まぁ、当然、ロザレナはそう思うよな。
悪人なんて、いない方が良いに決まっている、か。
ふいに、王宮晩餐会で話していたゴーヴェンの語る正義を思い出した。
もしかしたらあいつも、ヴィンセントやオリヴィアと同じで、バルトシュタイン家にとっては特異な存在なのかもしれない……なんて、それは少し飛躍しすぎた考えかな。あいつは俺の家族を殺し、ギルフォードを地獄に叩き落したんだ。奴は悪人に違いない。
ただ、ゴルドヴァークやジェネディクト、アンリエッタやキールケは、バルトシュタイン家らしい思想、『悪』を持っている存在だったが、ゴーヴェンが持つ理想は、それらとは少し違うのではないのかなと、何となくそう思った。
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洞窟へと入ると、俺は予め拾っておいた木の枝を掲げ、魔法を唱える。
「―――――火球よ、舞い上がれ……【ファイアーボール】」
木の枝に炎が燃え移り、松明となる。
その光景を見て、ロザレナとキールケは異なった反応を見せた。
「え、アネット! 貴方、いつの間に炎熱属性の魔法を使えるようになったのよ! すごいわね!」
「……別に、低級魔法だから、驚くこともないんだけど……子豚、お前、オフィアーヌ家の人間だったのよね? 王宮晩餐会でアンリエッタ叔母さんを策に嵌めたとも聞いたわ。オフィアーヌ家の人間なのだから、それなりに魔法を使えるのよね? どのくらいの階級まで使用できるの?」
「えっと、中級魔法が限界ですかね……」
「なーんだ。オフィアーヌ家の血族とはいえ、その程度なのね。シュゼット程の器ではないということか」
「キールケ! あたしのアネットを馬鹿にするつもりなら、許さないわよ!!」
「お前、メイド如きにどれだけ入れ込んでいるのよ……」
そう言ってはぁとため息を吐くと、キールケは腕にクマの人形を抱きながら、歩みを進める。
そして、両端に松明が掲げられた、最奥にある壁へと目を向けた。
そこには、古代の文字で何か書かれていた。
「……へぇ? どうやらここ、元々は、オフィアーヌ家の嫡子が当主になるための試練の場だったみたいよ」
「試練の場……?」
オフィアーヌ家の名に、俺は思わず驚きの反応を示してしまう。
そんな俺とは反対に、ロザレナは呆けた顔で疑問を口にした。
「え。何、あんた、その昔の文字が読めるの?」
「お前、キールケちゃんを馬鹿にしてるの? キールケちゃんはね、完璧なの。勉強もできるし、魔法も使える、天才なのよ。分かったら、その雑魚雑魚な脳みそで、キールケちゃんの凄さを刻みこむことね」
「キールケ様。壁には、何て書いてあるのですか?」
「―――オフィアーヌ家の後継者よ。当主となりたくば、この洞窟に設置されている試練を乗り越え、山頂を目指せ……って、そう書かれているけど?」
「過去のオフィアーヌ家の試練の場を、剣王たちが試験会場に利用した、ということでしょうか?」
「そうなるね」
剣王の中に、オフィアーヌ家の血族の者はいなかったはず。
なら、この山を試験会場に使用しても良いかどうか、コレットに……いや、ブルーノかシュゼットに、許可を貰ったということだろうか。
……キリシュタットやルクスの横暴さを見るに、許可を貰っていない可能性も十分にあり得そうだが……まぁ、もしそうなったら、シュゼット姉様がブチギレそうではあるな。あの人、多分実力的に剣王クラスはありそうだし。普通に真っ向から戦いそうだ。
「まぁ、どんな試練が待ち受けていたとしても、あたしは全部乗り越えてみせるけどね! 行くわよ! アネット、キールケ!」
そう言って、ロザレナは前に進んで行く。
そんな彼女に対して、キールケは不愉快そうに眉を顰めながらついていった。
「……チーム解散となった以上、キールケちゃんは別に、お前たちに同行するつもりはないんだけど?」
「でも、行先は一緒でしょ? あたしも、あんたとなんかは行きたくはないわ。でも……ゴールまでの協力関係を築いた方が得策でしょう?」
「……チッ」
舌打ちをして、キールケはロザレナの元へと向かって行く。
俺はその光景を見て、ふむと、顎を撫でた。
キールケは、ルナティエのような、悪人を演じていただけの善人ではない。改心などしていないし、彼女は根っからの悪人だ。今も、ロザレナを狩れる機会があるのなら、リベンジしたくてたまらないのだろう。だが……。
(――――状況により、手を結ぶことはできるのか)
彼女のことだから、もっとロザレナに対して憎悪を振りまくと思っていたのだが……案外、状況を分別できる冷静さを持っているようだな。その点は、アンリエッタではなく、ジェネディクトの方に近い性質と言えるか。
今、ロザレナに挑んだところで勝てることはできない。
だから、ロザレナの傍でその強さを探る。復讐のその時まで、牙を磨く。
大森林で、俺に対して無暗に挑んで来なかった、ジェネディクトと似ているな。
学園の中でも、退学したリューヌに次ぐ邪悪さを持っていた人物だったが……剣士としては、成長できそうな素養を持っているな。流石はバルトシュタイン家の令嬢といったところか。
「アネットー! 何してるの! 行くわよー!」
ロザレナに呼ばれた俺は、慌てて、二人の元へと走って行った。
数分して、開けたエリアへと出る。
そこには、七つの道があった。
正面にある四つの道、俺たちが出てきた穴の左右にある、二つの道。
左右にあるその穴から俺たちと同時に出てきたのは――――グレイレウスとルナティエ、アルファルドだった。
グレイレウスとルナティエは、俺たちを見て、驚きの声を上げる。
「ロザレナさん!? グレイレウス!?」
「……お前らか」
真ん中の道から出てきたロザレナは背中の剣の柄に手を当てると、左右に立つ二人を警戒し、右側の道から出てきたグレイも腰の剣に手を当て、左側から出てきたボロボロのアルファルドに肩を貸すルナティエも、腰のレイピアに手を当てる。
一触即発の空気。まさか、弟子たちがこの場で鉢合わせすることになるとはな。
無言で睨み合う、ロザレナ、キールケ、ルナティエ、アルファルド、グレイレウス。
長い沈黙を経て、最初に口を開いたのは、ルナティエだった。
「あんなに憎んでいたキールケとチームを組んでいるだなんて……ロザレナさん。貴方、どうかしているんじゃありませんの?」
「別に、チームを組んだわけじゃないわよ」
「それなら尚更、不愉快ですわね。普通、あれだけジェシカさんを泣かした相手と一緒に行動しようと思いますの? 貴方、友達は誰よりも大事にする人だったのに……変わりましたわね」
「そう? 逆にその言葉は、あんたらしくないわね。利害が一致すれば、敵とも手を組む。勝つためなら、なんだってやる。それが、あんたのやり方じゃなかった? ルナティエ。あたしもその在り方には敬意を抱いていたのに……貴方、変わったわけ?」
「……」
睨み合う二人。そんな二人を無視して動こうとするグレイに対して……キールケが熊に針を差し向け、声を発した。
「動くな。そこのマフラー撒いている子豚。今、お前はキールケちゃんの攻撃の間合いに入った。次に私の許可なく動けば……その場で串刺しにするよ」
「……くだらん」
グレイは足を止めると、キールケに対して鋭い眼光を見せる。
「お前の能力など、オレは知らん。だが、お前が攻撃するより先に動ける自信が、オレにはある。ここまで来たということは、ネックレスを三つ集めたのだろう? ゴール直前になって怪我を負って動けなくなるのは……お前も嫌なはずだ。攻撃を仕掛けるのはやめることだな」
「はぁ? 何それ、だっさぁ。自分の方が強いから、能力を解除しろっていうの? 私を舐めるのも大概にしなよ、子豚ぁ」
「舐めてなどはいない。お前は確か、オリヴィアの妹だったな。学園で一度だけ、顔を合わせたことがある。バルトシュタイン家の一族なら、相応の実力を持っているのだろう。オレはこれでもお前を認めている」
「キールケちゃんは、お前のことなんて全然覚えてないですけどぉー? いいから、動くな、子豚。……ほら、ロザレナ。今のうちにあのドリル、やっちゃえば? マフラー男は私が足止めしといてやるからさ。一体一なら、やりやすいでしょう? クスクス。まさか……お友達だから斬れないだなんて、そんなこと言わないよねぇ?」
「……」
ロザレナは一瞬黙った後、口を開いた。
「ええ。当然でしょ。あたしは【剣聖】になるためなら……誰であろうとも、斬るわ」
その言葉に、キールケは真顔になる。
そして、目を細めた。
「お前……やっぱり、どちらかというと私たち側の……」
俺は目を伏せる。
キールケの言いたいことは、分かる。
普通、友人を斬るとなれば戸惑うのが人間の性だ。
だけど、お嬢様には、迷いは一切無い。言葉通り、【剣聖】になるためなら、友人だろうとも斬るのだろう。その在り方は……ルナティエやグレイとは異なる。どちらかといえば……キールケに近いものだ。
神妙な顔をしてロザレナを見つめているキールケに対して、アルファルドが吠える。
「テメェ、このクソ女!! オレ様を無視してんじゃねぇぞ!! ロザレナがルナティエとやるっつーのなら、オレ様の相手はテメェだ!!」
「誰、お前? ……あぁ、思い出した。先代ダースウェリン家の長男か。お前の父親とは、奴隷という共通の趣味で仲良くなれたけど……結局、お兄様に貴族の位を剥奪されちゃったんだっけ。キールケちゃんは、負け犬には興味ないの。しかも、そんなボロボロでよくイキれるね。お前はこの舞台には相応しくない。他に行け」
「あぁ!? ゴルドヴァークの奴に似て、偉そうな奴だな!! これだから、バルトシュタイン家は……!!」
「……? ゴルドヴァーク? 何故、お前がお爺様のことを……」
キールケが何かを呟こうとした、その時。
グレイが何も言わずに、道の奥へと進もうとした。
そんな彼に気付いたキールケは、迷わず人形の足に針を刺す。
「馬鹿だね! キールケちゃんから逃げれると思ったわけぇ!?」
グレイの足から血が垂れた……その瞬間。
足に完全に針が刺さる前に、グレイは【縮地】を発動させ、キールケの元へと走って行った。
その圧倒的な速さに、驚き、目を見開くキールケ。
「なっ……! お前、なんだ、そ、その速さ、は……!」
グレイがキールケに向けて剣を振り降ろそうとした、その瞬間。
ロザレナがキールケの前に躍り出て、大剣を使い、グレイの剣を止めてみせた。
その姿を見てグレイは交差する剣の向こうで目を細め、ルナティエは「嘘……」と、驚きの声を漏らす。
それもそのはず。弟子の中で一番速度のなかったあのロザレナが……グレイの剣を止めてみせたからだ。
ロザレナは笑みを浮かべ、背後にいるキールケに声を掛ける。
「貸し一、ね」
「……ッッ!!」
キールケは眉間に皺を寄せ、心底激怒した様子を見せる。
すると、その時。アルファルドが、ロザレナへと向かって走って行った。
「今、ここで、テメェらの内一人にダメージを与えることができれば……!」
「アルファルド!?」
その突然の行動に、驚くルナティエ。
恐らく、今後のルナティエのために行動したのだろう……アルファルドの奇襲。
アルファルドはロザレナの元へと近付くと、背中に向けて剣を振り降ろす。
だが…………。
「貸し、ゼロ。――――――深淵なる影よ、我が刃となれ……【影の戦刃】」
キールケの持っていた針の剣から影の斬撃が飛び、アルファルドの身体へと直撃する。
「かはっ!」
血を吐き出し、倒れるアルファルド。
そんな彼を見て、ルナティエはキールケを睨み付け、咆哮を上げた。
「キールケェェェェェェェェェェ!!!!!!!!」
「何? フランシアの子豚がキールケちゃんに挑んでくるわけ? いいよ、来なよ。――――――【影を支配する者】」
足元に影の領域を展開するキールケ。
構図的には……ロザレナVSグレイ、ルナティエVSキールケといったところか。
普段なら弟子たちに喧嘩はやめろと言っているところだが、これは剣王試験。
お互いが勝つためには、戦い合うのも仕方なし、だ。
俺が静観を決め込もうとしていた、その時。
新たな人物が……俺の背後から、現れた。
「え? な、何、これ……」
そこに現れたのは、なんと、ヒルデガルトだった。
まさか弟子3人と同じ速度でネックレスを集め終える者がいるとは思わなかったので、俺は思わず驚きの声を溢してしまう。
「え? ヒルデガルト、さん……?」
「アネットっち? ……って、ルナティエ!!!!」
ヒルデガルトは腰の鞘から剣を抜き、ルナティエに敵意を向ける。
新たな来訪者に、ルナティエは足を止めると、キールケと対峙しながらヒルデガルトへと目を向けた。
「まったく! 次から次へと……!」
ロザレナはグレイの剣を弾く。
そして、グレイに向けて大剣を振り放つが……グレイは空中に飛び、クルクルと旋回した後、離れた場所へと着地した。
そんな彼を見て、ロザレナは肩に大剣を載せて、口を開く。
「いいわね。面白くなってきたわ!! 全員、あたしにかかってきなさい!! ここでぶっ飛ばしてやるから!! 【剣聖】になるのは……このあたしよ!!」
「お嬢様……これは、剣王試験なのですが……」
俺は、呆れた様子でお嬢様を見つめる。
グレイは「フン」と鼻を鳴らすと、腰に剣を納めた。
「……相変わらずの馬鹿さ加減だな、ロザレナ」
「何よ、何で剣を仕舞うのよ!! あたしと戦いなさいよ、グレイレウス!!」
「今、ここでお前たちと戦って何になる? ネックレスは三つ集まったんだ。なら、後は山頂に登るだけ。ここまで来れば、争う理由は何もない。別段、オレにはお前たちの足を引っ張る理由もないしな。戦いたいのなら、第三次試験で思いっきり戦えば良い」
グレイのその言葉に、キールケが言葉を返す。
「だけど、先に行って、罠を仕掛けることもできるでしょう? 誰もが、一番に山頂に辿り着きたいはず。違う?」
「……なら。こうすれば良い。見ろ。ちょうど道は、四つある」
そう言って、グレイは奥へと指を差した。
「オレは、一番右端の道を行こう。あとはお前たちで好きにすれば良い。現状、これがベストな選択と言えるだろう」
グレイの言う通りだな。ここで争い合うメリットは、皆無に等しい。
キールケも納得したのか、それ以上、口を挟むことはしなかった。
不服そうだったが、ロザレナも大剣を背中に納め、戦闘態勢を解く。
ルナティエも腰の鞘に剣を納めると、アルファルドを起こし、肩に手を回して支えた。
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ、ルナティエ!! ……って、それ、アルファルド……?」
ヒルデガルトが、アルファルドの様子を見て、驚きの表情を浮かべる。
ルナティエはそんなヒルデガルトを一瞥すると、一番左側の道を進んで行った。
「……彼は、わたくしのために尽くしてくれましたわ。ヒルデガルトさん。やっぱりわたくしには、彼が必要です。もし、彼を気に入らないというのなら……第三次試験でわたくしに挑んできなさい。主人として、相手をしてさしあげますわ」
そう言って、ルナティエとアルファルドは去って行った。
そんな二人を見送った後。
ロザレナは、中央の道、左右の穴に指を指し示し、どちらにしようかなと、運任せに決める。そして、右側の道になり、ロザレナは俺とキールケを連れて、穴へと進んで行った。
「それじゃあ、あたしはこっちにするから。ヒルデガルトさんは、そっちの道に行ってね」
「……うん。分かった」
ルナティエの言葉に、何かしら思うところのありそうなヒルデガルト。
しかし……あのヒルデガルトが、まさか第二次試験をクリアできるとは……思ってもみなかった。彼女自身の分とミフォーリアの分を合わせても二つ。あと一つは……いったい誰を倒して得たのだろうか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……いたたた」
メリアは目を開けると、上体を起こし、後頭部を撫でる。
そして彼女は、ぼそりと口を開いた。
「……ロザレナに敗けちゃった、か」
そう言って起き上がると、メリアは衣服についた砂を落とす。
「……ジャストラムには第二次試験までは、まだ、全力を出すなとは言われてたけど……敗けるのはちょっと嫌だな。でも、流石に、あれだけじゃ勝つのは難しい、か。……って、あれ?」
メリアはそこで、自分の身体に包帯が撒かれていることに気付く。
「……これ、なんで……?」
「メリアー! 起きたんだねー!」
彼女が振り返ると、そこには、枝を両手いっぱいに抱え込むジェシカと、鹿を肩に背負っているアグニスの姿があった。
二人の姿に、メリアは驚いた様子を見せる。
「……なんで、二人とも、まだここに……?」
「え? だって、私たち、チーム組んだでしょ? 第二次試験終了までは一心同体でしょ?」
「……まだ、諦めてない?」
「うん。三人で、一からネックレスを集めよう。その前に……腹ごしらえ! 私、さっきからずっと一人で野営の準備してたんだよ! メリアも手伝って!」
ジェシカの明るい様子に、ニヤリと、メリアは小さく笑みを浮かべる。
「……良い性格をしているね、ジェシカ・ロックベルト」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後。俺とロザレナ、キールケは、協力して、遺跡を進んでいった。
オフィアーヌ家の試練場ということもあり、そこは、罠だらけだった。
「見て見て、アネット! あそこに宝箱があるわ!!」
「ちょ、お嬢様!?」
「え?」
宝箱を開けた瞬間、足元の落とし穴が開き、俺たち三人は落下していく。
「こんのアホ豚がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! あんな古典的な罠にひっかかるなんてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
落下しながら怒りを振りまくキールケ。
下を見ると……一面に、鋭利な棘が広がっていた。
俺は魔法を詠唱し、穴の底に広がる棘に向けて手を伸ばす。
「大地の盾よ、我が身体を守りたまえ――――【ストーン・ウォール】」
石の壁を出現させ、棘を防ぐ。
石の壁の上へと着地を果たした俺たちは、何とか難を凌いだ。
「アネット! 見て! 何か変な石像があるわよ! なにこれなにこれ!! へんなかおー!!」
「お嬢様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「豚ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
落とし穴から協力して這い出で、次の部屋へと行った、その時。
ロザレナが、部屋の中央にあったあからさまな石像を触った。
その瞬間、左右にあった壁が徐々に迫ってきて、俺たちは押し潰されそうになってしまった。
「深淵なる影よ、我が刃となれ……【影の戦刃】!」
キールケが影の斬撃を放つが、壁はびくともしない。
その光景を見て、キールケが珍しく、慌てふためく。
「なっ……! 何これぇ!! ちょ、潰されて死ぬなんて、キールケちゃん、嫌なんだけど――――――っ!!!!」
そんなキールケを横目に、ロザレナは背中から大剣を抜くと、壁に向けて上段の剣を放った。
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ロザレナの闘気の斬撃により、壁が崩壊し、道ができる。
「さっ、行きましょ」
「……何、この脳筋女」
目を見開き口をあんぐりと開け驚くキールケに、俺は、引き攣った笑みを浮かべた。
そうして、数々の罠(好奇心旺盛なロザレナがまんまと引っかかって)を乗り越え、俺たち三人は……ある扉の前へと辿り着いた。
そこには、五つの扉があった。
そして扉の前の石碑には、古代文字が書かれていた。
キールケは、それを読み上げる。
「『――――――汝、自分一人で自分と対峙し、己を乗り越え、真の強さを手に入れるべし』。意味分からないけど、多分、次の部屋の試練のことっぽいね。ふーん」
キールケはそう言って、右側の扉へと向かって行く。
そんなキールケに対して、ロザレナが首を傾げた。
「どこに行くのよ」
「自分一人でってことは、この試練は一人で受けろってことでしょ。多分、階層的に、これが最後の試練っぽいし……後はバラバラで挑んで、山頂を目指すのがベストだと思うけど?」
「あぁ、そういうことか。それじゃあね、キールケ。あんたのことは嫌いだけど、なかなか面白かったわ」
ロザレナの言葉を無視して、キールケは扉を開けて中へと入って行った。
すると扉はガチャリと施錠され、扉の上にある魔道具のランプが赤く光る。
恐らく、部屋の中に人がいることを示すランプ……だろうか。
「さて。あたしたちも行きましょうか」
「そうですね、お嬢様」
俺とロザレナは頷き合い、扉へと向かう。
第二次試験を突破する気がない俺は、別にここで引き返しても問題はないのだろう。
だけど、せっかくなら、山頂に辿り着いたお嬢様を近くで見たいしな。
それにどうせ、ネックレスを集めていない俺は山頂についても失格で済まされるはずだ。ここまで来たのだし、最後の試練も乗り越えて、お嬢様の勇姿を目に焼き付けよう。
「それじゃあね、アネット。また山頂で!」
「はい、お嬢様」
俺たちは同時に扉を開け、中へと入る。
部屋の中は……密閉されており、今まで通ってきた道と同じく、石壁で、洞窟然としていた。出入口は、自分が入ってきた箇所のみ。
ドーム状の部屋の中央には、石碑が立っている。
勿論、俺には古代文字が読めないので、何が書いてあるかは分からない。
だが、石碑に手を当てるような手形の窪みがあったので、ここに手を合わせろと言うことのようだった。
俺は、石碑に手を当てる。
すると、その瞬間。
周囲に、薄紫色の煙が舞った。
一瞬、眠り薬か、毒か何かが舞っているのかと思い、口元に手を当てたが……どうやら、匂い的に、そういったものではないようだ。
なら、この煙は何なのだろうか? 魔法……のようなものなのか?
俺がその光景に困惑していると、部屋の最奥に、ユラリと何者かの影が現れる。
見上げる程の、巨大な影。まるで、熊でもそこにいるかのようだ。
俺は箒丸を構え、目を細めて、影を睨み付ける。
「誰ですか? そこにいるのは?」
俺の言葉に、返事はない。
影は煙の中、ゆっくりと、こちらに向かって歩いて来る。
そして――――――俺の前へと、姿を現した。
「……………は?」
目の前の光景に、理解が追い付かなかった。
だって、そこにいたのは――――――過去の俺―――――アーノイック・ブルシュトロームそのものだったからだ。
アーノイック・ブルシュトロームは、青いマントを靡かせると、腰の鞘から青狼刀を取り出す。
そしてそれを……上段に構えた。
「まっ……なっ……」
『【覇王剣】』
次の瞬間。俺の視界が全て、吹き飛んだ。




