第10章 二学期 第311話 剣王試験編ー㉙ 待ち受ける、最後の試練
「さて……今夜で、果たして何人の脱落者が出るのか……」
そう言って、キリシュタットは切り立った山の上に立ち、フィアレンスの森を眺める。
彼はファーの突いた上着のポケットに手を入れて、オールバックの髪を風に靡かせる。
そして、背後にいる、野営地で休息を取る剣王たちへと声を掛けた。
「お前たちはどうだ? 誰が、一番にこの山頂に辿り着くと思う?」
その言葉に、焚火の傍で三角座りをしていたラピスが、顎に指を当ててうーんと首を傾げる。
「私はー、やっぱり、試験官として立ち会ったロザレナちゃんに期待してるかなー。あと、ロザレナちゃんのメイドちゃんも! 色んな意味ですっごく気になってる!」
椅子に座っていたルクスは、カップを片手に、ラピスに声を掛ける。。
「メイド……? お前は、第一次試験終了時にも似たようなことを言っていたな。何故、使用人などにそんなに期待を寄せる? 第一次試験を見ていたが、あのメイドは基本的にロザレナ・ウェス・レティキュラータスに守られていただけだろう?」
首を傾げるルクスに対して、キリシュタットはフンと鼻を鳴らして、言葉を返した。
「お前、知らないのか? あのメイドは、王宮晩餐会で大立ち回りをしたオフィアーヌ家の―――――」
「あのメイドボインちゃんは、すごいのだぞ、ルクス! 暴食の王が出現した大森林で、平然と、冒険者活動をしていたのだ! 俺が彼女と近隣の村の子供たちを助けたのだが……今は、その子供たちは俺の兄妹になったのだが……いや、今はそこは良いか。とにかく、あの子は病の主人のために冒険者について行き、薬草を手に入れたのだ! うぅ、今思い出しても、彼女のおっぱ……健気さには感涙してしまうぞ……! うぅ……!」
アレフレッドは目元に腕を当て、泣き始める。
そんな彼に対して、ルクスはチッと舌打ちを打った。
「暑苦しいぞ、アレフレッド! お前は女のことしか頭にないのか!」
「そ、そそそそそそ、そのようなことはないぞ! 俺は、正義の剣士として己を律し、日々、過酷な修行を耐え忍んでいる! ロックベルト家の名を継ぐ者として、俺にはけっして、煩悩などはない!! うむ!!」
「おい、てめぇら、少し黙れ」
キリシュタットの言葉に、ルクスとアレフレッドは黙り込む。
その光景を確認した後。キリシュタットは再度、開口した。
「良いか、ルクス。剣王試験の登録名簿にはアネット・イークウェスとしか書かれていなかったから、お前は気付かなかったんだろうが……あのメイドは、オフィアーヌ家の先代当主だ。名を、アネット・オフィアーヌ。フィアレンス事変で亡くなった先代当主の娘にして、正統なるオフィアーヌ家の後継者だ」
「何……!? あのメイドが、アンリエッタを策略で嵌め殺した、オフィアーヌ家の当主だと……!? 王宮晩餐会には任務で参加していなかったから、顔は知らなかったが……アレが……フィアレンス事変の生き残りか……!」
ルクスはテーブルにカップを置くと、拳をギュッと握る。
「聖王陛下に反逆した一族の生き残りがこの場にいるとは、許し難し状況だ。これも全て、ゴーヴェンがちゃんと仕事をしなかったせいだな……! やはり、私が次代の聖騎士団長になり、聖騎士団を浄化せねばなるまい……!」
「おーおー、保守派の騎士様は怖いねぇ」
「何だと、キリシュタット!! 貴様、我が騎士道を愚弄する気なら許さ―――」
「まっ、あのメイドはそこそこ頭が回ると思うぜ。アレフレッドの言う通り、災厄級の魔物が出現していた大森林にいるなんて、大した胆力の持ち主だ。お前は、奴のそういったところを評価してたんだろ? ラピス?」
「えーっと、うーん。ちょっと違うけど、まぁ、説明めんどいからそれでいいかも」
顎に人差し指を当て、可愛らしく眉を八の字にするラピス。
そんな彼女を横目に、料理の乗った皿を両手に持ったロドリゲスと、その背後からおどおどとしながら皿を持つクローディアの二人が現れた。
「諸君。この私が調理した、美しき料理を持ってきたぞ。美の神に感謝し、美しく食べると良い」
「お、お待たせ、しました……私も少しロドリゲスさんのお手伝いをして一品作ったので、よろしければ……って、私の料理なんて食べたくありませんよねごめんなさい捨ててくださって大丈夫です生きててごめんなさい」
「ちょーちょー、何も言ってないのに一人で勝手に落ち込まないでってば、クローディア。というか、クローディア、今は箱被ってないんだね?」
「あ、は、はい。太陽の光がない夜なら、主人格がこっちのままでいることができるので……あ、私の顔なんて見たくないって、遠回しに言っているのでしょうか? でしたらごめんなさいもう一度箱被ってますごめんなさい」
「ちょーちょー、だから何も言ってないってば!」
どんよりとするクローディアに、ラピスは呆れた様子で笑みを浮かべる。
そんな二人を無視して、ロドリゲスはテーブルの上に料理を配膳していった。
「ふむ……あまり美しい位置が思い浮かばぬな……諸君、少し待っていてくれたまえ。今、最も美しき位置に料理を―――」
「どうでもいい。さっさとしろ」
ルクスにそう言われ、ロドリゲスはブツブツと文句を言いながら料理の皿を配膳していく。それに続いて、クローディアも配膳していった。
焚火に当たっていたラピスとアレフレッドは、立ち上がり、席につく。
キリシュタットは動かず、そのまま崖下に広がるフィアレンスの森を見つめていた。
「? どうした、キリシュタット。お前は、食べないのか?」
「俺の分はいらない。俺は元々、他人の作った料理は口にしない主義だ。それで……ルクス、お前は、誰が第三次試験に生き残ると思う?」
「私は、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス、ジークハルト王子の3人が最も可能性が高いと推察している」
「箒星とかいうわけのわからない門下生二人と王子か。……ひとつ、疑問がある。何故、門下生の一人のルナティエはそこに入っていない?」
「私は、あいつの底を知っている。あの女は、自分の持つ型である速剣型すらまともに扱えない能無しだ。幼い頃、私とあいつは【剣神】であるキュリエールお婆様の師事の元、剣を教わっていた時期がある。あいつは何をやっても駄目駄目だった。全てにおいて私よりも劣っており、失敗しても情けなくヘラヘラと笑っている始末。【剣神】であるお婆様は、早々にあいつを見限った。お婆様は常に正しい。だから、あいつが第三次試験に生き残れるはずがないのだ」
「……まるで願望のような言葉だな。ルナティエが勝ち残ったら、お前は自分の信じていたものが否定されるから、奴に敗けて欲しいと願っているように聞こえるぜ?」
「…………何だと?」
不愉快そうに眉を顰め、キリシュタットを睨み付けるルクス。
そんなルクスを無視して、キリシュタットは食事を進めるアレフレッドに声を掛ける。
「アレフレッド、お前は?」
「もぐもぐ……ロドリゲス、俺は辛いのが苦手だから、味付けは甘めにしてくれとあれほど……ん? 俺か? そうだな。俺は、やはり、メイドボイ――」
「次、ロドリゲス。お前はどうだ?」
「ノンノン。ナンセンスな質問だよ、キリシュタットボーイ。私は最も美しき者が勝ち残ると思っている。美しさとはすなわち、命を削り合ってこそ産まれるもの。まだまだ、彼らの輝きを私は見ていない。だから、まだ、分からないというのが私の答えだ。……強いて上げるとするのなら、マフラーボーイ、かな。試験官として間近で彼の動きを見たが、速剣型としてとても洗練されたものであった」
「グレイレウスに二票、か。次、クローディア、お前は?」
「ひうっ!? わ、私は、その、黄色ブロックの試験官をしていたので、ルナティエさんとメリアさんかなぁと……」
「ルナティエと……あの亜人だと……?」
「うひぃ!? ル、ルクスくん、ごめんなさい……やっぱり私、駄目駄目ですよね、ごめんなさい、死にます」
「ちょーちょー、どこからロープ取り出してんの、クローディア!」
ロープを手に席を立とうとするクローディアを、ラピスが慌てて止める。
その光景をつまらなそうに見つめながら、キリシュタットは再度、フィアレンスの森へと視線を向けた。
「……俺の師が言っていたな。この世の中は、強者が全てだと」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべた後、彼は、続けて開口した。
「ラピス。アレの修理は済んでるのか?」
キリシュタットのその言葉に、ラピスは口からパスタを垂らしながら、唖然とした様子を見せる。
「え゛。な、直したけど……アレ、本気で使う気なの? キリシュタット?」
「当たり前だ。でなきゃ、お前にあんなことは頼まねぇよ」
戸惑うラピスに対して、ルクスが疑問の声を上げる。
「アレとは……何のことだ、キリシュタット」
「ただ、通常通りネックレスを奪い合うだけの試験をするのもつまらねーだろ? だから、この山にあった遺跡の一部を修理して、最終試練にでも使おうかと思ってな。この山は元々、何に使われてたか知ってるか? ルクス」
「確か……王国創世時代の、オフィアーヌ家の後継者が当主となるために使われていた儀式の山……だったか? 古い罠が数多く設置されていると聞いている。それが、最後の試練として使用されているのは私も把握していたが……それのことか?」
「まぁ、そうだな。その罠の中で、俺は、面白い魔道具を見つけたのさ。そいつはぶっ壊れていて、使えない状態だったが……幻惑属性の魔道具だということは分かった。だから、幻惑属性魔法に詳しいラピスに見せて、修理させたってわけだ。その魔道具を……最終試練として、ここ、山頂に繋がる最寄りの部屋に置いてきた」
「またお前は勝手なことを……それで、その魔道具の効果とは、何なんだ?」
ルクスの質問に、ラピスが疲れた顔で答える。
「多分……あの魔道具を使用したら、規定人数の9人合格は難しくなるんじゃないかなって、私は思うよ。第三次試験への合格者、ますます減っちゃうんじゃないかな……」
「なっ……なんだと!? キリシュタット!! その魔道具の効果とはいったい何なんだ!! 即効、やめさせろ!!」
「そんなに慌てるもんじゃねぇよ。何、自分自身の幻影と戦うってだけのシンプルな魔道具だよ」
キリシュタットのその言葉に、ルクスは顔を青ざめさせる。
「なんだと……? 受験者たちは、ネックレスの奪い合いで疲労困憊しているのだぞ……? それなのに、自分と同等の実力を持つ者が相手だと……? ま、まさか、ダメージなどは反映されず、幻影自身はフルパワーの状態だったりするのか?」
「あぁ、そうだ」
絶句する剣王たち。
そんな彼らを気にも留めず、キリシュタットは秋風に目を細める。
「クク……剣王になるのは、本当の強者しかいらない……そうだろう? ゴーヴェン師匠」
そう言って、キリシュタットが笑みを浮かべた――――その時だった。
フィアレンスの森の中央にある崖が、剣で斬られたかのように、バッサリと中央付近で崩れ落ち……ドシャァァァンと周囲に巨大な土煙と音を巻き上げた。
その光景を見て、ルクスが、席を立つ。
「なっ……! 何だ、今のは……!? 土砂崩れか……!?」
先ほどとは一変、キリシュタットは無表情になり、その崖を見つめる。
「……ここからじゃ、誰がいたのかも分からないが……あの崖、まるで剣に斬られたかのように見えたな……」
「そ、そんな馬鹿なことがあるわけないだろう!! 崖を剣で斬るだと? 【剣聖】や【剣神】でもあるまいし……!」
「そりゃあ、そうだな。そんなレベルの剣士が、剣王試験なぞにいるはずがない。だが……万が一、崖を剣で斬る剣士がいたとしたら、どうする? ルクス?」
「そ、それは……私たちの序列が変わる事態になるのでは……」
「序列どころじゃねぇかもな。そんな無茶苦茶な芸当ができる存在は、【剣神】級に足を踏み入れている連中だろ。まぁ、アレは十中八九、ただの崖崩れだ。間違いない」
「そ、そうだな。そうとなったら、一応、怪我人がいないか確認しに行くべきだな。クローディア。食事中悪いが、お前が視察しに行ってくれ」
「わ、分かりました」
クローディアは立ち上がると、【縮地】を発動させ、その場から消え去った。
その光景を見送った後。
キリシュタットは、意味深に、崩れ落ちた崖とその上に浮かぶ満月を見つめる。
「……この俺が、剣王最強だ。誰にも、この座を渡すわけにはいかねぇんだよ」
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《アネット 視点》
「お嬢様!」
ロザレナを見つけた俺は、足早に、彼女の元へと走っていく。
彼女の背後には崩れ落ちた巨大な石の山と、倒れ伏すメリアとアグニス、アイリスの姿があった。
ロザレナは俺と目が合うと、笑みを浮かべる。
「あ、アネット! ようやく会えたわね!」
急に遠くにあった崖が崩れ落ちたから、もしやと思って来てみれば……やはりあの崖を斬ったのは、お嬢様だったわけか……いや、受験者の中でもそんな芸当ができる剛剣型は、お嬢様かジェシカしかいないとは思っていたが。
俺はお嬢様の前に立つと、その手を握り、ホッと息を吐く。
「良かった……お嬢様に再会できて。お傍にいないと心配でしたから……」
「むー。アネットってば、本当、いつまで経ってもあたしを子供扱いするのだから。やになっちゃうわね、もう」
お嬢様本人は闇属性魔法を克服できたとは言っているが、俺自身はまだ予断を許さないと思っているからな。
いつ、また暴走するかも分からない。剣王の中には、闇属性魔法を嫌悪する者もいるかもしれない。余計な敵を作らないよう、第三次試験開始までは、俺が傍でお嬢様をお支えしなければ。
「お嬢様、今までお一人で行動なさっていたのです……か……?」
俺はそこで、ロザレナの背後に立つキールケに視線を向ける。
俺と目が合ったキールケは、不愉快そうに目を細めた。
「何、私を見ているの? 子豚」
「キ、キールケ……様……?」
俺は思わず、お嬢様の腕を引っ張り、こちらに引き寄せる。
そんな俺の様子に、ロザレナは肩を竦めてみせた。
「大丈夫よ、アネット。あいつは、あたしと一時的に手を組んだから」
「え? まさか……キールケとチームを……?」
「まだ3人揃ってないから、正式に組んではいないけどね。でも、アネットが来たから、これでチームを組むことができ――――」
「アイリスお嬢様!」
その時。ボルザークが、倒れ伏しているアイリスの元へと駆け寄って行った。
……ミスったな。まさか、ロザレナがアイリスを倒した現場に、従者のボルザークが出会すとは。
ボルザークは治癒魔法を詠唱し、アイリスの怪我を治療する。
するとアイリスは目を覚まし、後頭部を押さえながら、上体を起こした。
「わ、私…………そうだ……私、ロザレナに敗けて……」
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
「ボルザーク……」
アイリスは申し訳なさそうな表情を浮かべ、ボルザークに頭を下げる。
「ごめんね、ボルザーク。私……ロザレナに勝つことができなかった……それどころか、一瞬で敗けちゃった……」
「構いませんよ。私は、お嬢様が無事ならば、それで良いのです」
アイリスはふぅと息を吐くと、立ち上がる。
そして、俯き、口を開いた。
「……私の完敗よ。私は……まだ、【剣王】を目指す境地には至ってなかった。でも……!」
彼女は顔を上げると、悔しそうな表情で、ロザレナをキッと睨み付ける。
「私は、またいつの日か、貴方に挑むわ……! オルベルフ家の後継者として……! そして……【剣王】キリシュタットの妹として……!」
「ええ。いつでも来なさい。返り討ちにしてあげるから」
ロザレナのその言葉に、また何か言おうとしたアイリスだったが……口を閉ざし、そのまま背中を見せて、去って行った。
ボルザークは俺とミフォーリアに視線を向けると、「では、私はここで」と言って、アイリスと共にその場を去って行った。
ロザレナとアイリスの間に何があったのかは分からないが……何となくは察することができる。恐らくは、ロザレナに圧倒的な差を見せつけられたのだろう。
元々、ロザレナとアイリスの間には、大きな差があることは分かっていた。
アイリスは、言うなれば……ただの貴族の剣士だ。
幼い頃の夢見がちなお嬢様が、人攫いに遭わず、俺とジェネディクトの戦いを目撃せず、ただ無謀な理想を追いかけ祖母に剣を教わっていただけだったのなら……ああいうふうに育っていたのではないかと思う程の、平凡な剣士。それが、アイリス。
まぁ、俺はアイリスの剣を直に見たわけではないので、詳しいこと何も分からないが。
それでも、雰囲気からして、ひたすら闘気を磨いてきたお嬢様の実力とは雲泥の差があることは分かっていた。
彼女では、どう逆立ちしたってロザレナには勝てない。
多分、それは、この先もずっと。良き師に出会い、良き志を抱かない限りは、けっして。
「ボルザーク殿、行っちゃいましたね……」
そう言って、ミフォーリアが、俺の隣に並ぶ。
ミフォーリアは笑みを浮かべると、俺に向けて深く頭を下げて来た。
「アネット殿もロザレナ様に再会できたことですし……では、某もここでお別れさせていただくであります! ヒルデガルトお嬢様を探しに行くであります!」
「一人で大丈夫ですか? ミフォーリアさん……」
「大丈夫であります! あ、そうだ。ロザレナ様、ヒルデガルトお嬢様を見ていないでありますか?」
「ヒルデガルトさん? 見ていないわ」
「そうでありますか……ありがとうございます! ではでは、さようならであります~!」
そう言って、ミフォーリアは、走って去って行った。
その背中を見つめて、キールケが指を差す。
「アレのネックレスを奪わなくて良かったの?」
「ん? なんで?」
「なんでって……3人チームを組むとなると、ネックレスの数が6つ必要になると思うんだけど?」
「あ゛! 確かに。奪えば良かったわ!」
「いえ、あの、お嬢様。私は、第三次試験に進む気はありませんので……別に、チームを組んでネックレスを集めなくても……」
「はぁ? だったら、キールケちゃんもここにいる意味ないんだけど?」
鋭い目で俺を睨み付けてくるキールケ。
なんか……雰囲気がジェネディクトやアンリエッタみたいだな、この子。
俺がキールケの眼光に引き攣った笑みを浮かべていると、ロザレナが俺の肩をがっしりと掴んできた。
「アネット! 駄目よ! 貴方は、第三次試験に進むのよ!」
「何でですか!? 私、嫌なんですけど!?」
「そ、それは……とにかく、第三次試験に出なさい!! いいわね!!」
俺はジト目でお嬢様を見つめ、キールケに聞かれないように、彼女の耳元で小声で囁いた。
「お嬢様……もしかして、第三次試験に出て、私と戦いたいだなんて……思っていませんよね?」
「ぎくっ!」
「まったく。いいですか、お嬢様。私は、第二次試験の最後までお嬢様をお見守りしますが、第三次試験には絶対に出ません。それに……第三次試験で私と戦っても、お嬢様は満足されないと思いますよ。魔法剣のみで戦う私が、お嬢様に勝てるわけがありませんから」
「そ、そんなことは……だって、あのアネットなら、魔法剣でも強いはずで……」
「私のことを過信しすぎです。私のメインは剛剣と速剣のみ。剛剣型を極めているお嬢様に、付け焼刃である魔法剣で勝てるはずがありません」
「そうは……思えないんだけど」
ぶーっと頬を膨らませるお嬢様。
俺は「はぁ」とため息を吐いて、エプロンのポケットから二つのネックレスを獲り出すと、それをキールケへと投げ渡した。
キールケはそれをキャッチすると、眉を顰める。
「なに、これ」
「私が持っているネックレスです。ちょうど、キールケ様の分と合わせて三つ。これで、キールケ様は合格確定ですよね? それでどうか溜飲を下げてはいただけないでしょうか?」
第三次試験に進む気がない俺にとって、俺とマリィの分のネックレスは不要なもの。
ここでチームを組むのを拒否して、キールケの敵意を俺に向けさせたくはない。ああいうジェネディクトやアンリエッタに似ているタイプは、根に持つととことんしつこそうだ。だから、ここは、ネックレスを渡しておくのが得策だろう。
「……はぁ? 意味が分からないんだけど? なら、この三つを提出すれば、ここにいる3人全員合格できるじゃん? 何で、あんたはそんなに第三次試験に進みたくないの? 馬鹿なの、子豚?」
なかなか、鋭い奴だな。
「そうよ、アネット! アネットがネックレスを二つ持っているのなら、チーム組んではい終わりじゃない!」
少し黙っていて貰えますかね、お嬢様。
俺はコホンと咳払いをし、もっともらしいことを言う。
「そうですね……私は、実力的にも【剣王】になれる器ではありませんので。なので、少しでもより相応しい方に合格枠をお届けした方が良いと、そう考えました次第です」
「……馬鹿すぎて話にならない。普通、【剣王】になれるのなら、誰もが、何が何でも第三次試験に進みたいって考えるのが普通だと思うんだけど? 子豚、お前の考えは、この試験を受けている全ての剣士を侮辱しているよ」
それは……そうかもしれないな。俺は、【剣王】になるためにこの試験に参加したわけではない。お嬢様をお見守りするために、この試験に参加した。
俺が参加したせいで、第二次試験に参加できなかった者もいることだろう。
俺は、他の参加者たちの未来を奪ってしまったことになる。
「そうですね。なので、私は、主人がゴールしたのを見届けて……第二次試験で辞退しようと思っています」
「ロザレナの近くで実力を観察しようと思っていたけど……これでお終いなの? つまらない。萎えた」
そう言ってキールケは、踵を返し、去って行く。
「キールケ? チームはもう組まなくて良いの?」
「あんたと一緒に戦えるのなら、面白そうと思ったけど……あとは、山に行くだけでしょ? つまんない。第二次試験はもういいよ。キールケちゃんは、あとはさっさと山登りしてくるー」
あれま。俺がネックレスを渡したのは、むしろ悪手だったか……?
いや、渡さなかったら渡さなかったらで、チームを拒否した俺に敵意を向けてきただろうし……仕方ないか。
「さぁて。アネット、それじゃあ、ゴールである山のてっぺんに向かいましょうか」
「はい、お嬢様」
「っと、そうだ、ジェシカは……」
ロザレナは振り返る。そこには、ジェシカの姿はなかった。
代わりに、崩れ落ちた崖を見つめている……見慣れぬ少女の姿があった。
「うわぁ……これは酷いですね……見たところ、崖崩れの被害者はいないようですが……」
あの小柄な少女は、いったい誰なのだろう?
剣王にも受験者にも、あのような少女はいなかったはずだが……。
少女は振り返ると、目線を合わせずに、おどおどとした様子で声を掛けてくる。
「あ、あの、この崖崩れの被害者は……いませんか……?」
「え? 崖崩れ? そんなもの、起こってないけど……?」
「あ、もしかして、私と会話したくなくて敢えて嘘吐いているんですか? 話しかけてしまってごめんなさいでも被害者はいないですよね血痕もありませんしうんじゃあ、そういうことにしておこうかなもう人と話したくないし」
俺は首を傾げ、ブツブツと呟く少女に声を掛ける。
「あの……貴方はいったい、どなたなのでしょうか? 受験者、ではありませんよね?」
「私なんて影薄いから誰も剣王だなんて覚えていないよねうん私なんて他のみんなに比べたらキャラも薄いしミジンコみたいだしミジンコクローディアだしあはははほらこの主従私のことミジンコを見るような目で見ているもう駄目だ早く死のう死にたい」
「クローディア……?」
クローディアって、あの、頭に箱を被っていたよく分からない剣王か……?
俺が困惑した様子を見せていると、背中に巨大なのこぎりのような刀を装備した少女……クローディア(?)は、【縮地】を発動させ、その場を去っていった。
その後ろ姿を見て、ロザレナは口を開く。
「いいなー、【縮地】。あたしも使えるようになりたいなー……って、はっ! 【縮地】を使えるグレイレウスやルナティエは、先に山頂に行っている可能性があるわね! こうしちゃいられないわ! アネット! あたし、一等賞目指すから! 休まずに山頂目指して行くわよ!」
「お、お嬢様、別に、一着でついても何も貰えないと思いますが……」
「あの二人に勝つことが重要なのよ! 考えてもみなさい! 山頂について、あの二人が先に立っていたら! 絶対、あたしを馬鹿にして、勝ち誇ってくるわ!! むきー!! 想像しただけで腹が立つわね!! 行くわよ!! うりゃりゃりゃりゃ――――――っ!!!!!!」
「お、お嬢様ぁ!? せめて、食材を調達して、夕飯食べた方が良いと思いますよー!?」
先に行っていたキールケは、自分の元に走ってくるロザレナを見て、驚きの声を上げた。
「は、はぁ!? 何、お前!? 何でそんな勢いで走ってるわけ!?」
「うりゃりゃりゃりゃ!!!!」
「ちょ、こっちに来るな……! こわっ!! いったいなんなわけ!?」
そうして、俺とロザレナとキールケは、遠くに見える山へと向かって……走って行った。
その先に待ち受ける、俺にとって最大級の難所が待ち受けているとは……つゆ知らず。




