第10章 二学期 第306話 剣王試験編ー㉔ オレ様にだって、意地はある
《ジークハルト 視点》
――――――私、ジークハルト・ルゼルフ・グレクシアには、誰よりも尊敬していた兄がいた。
三つ歳が離れている兄は、常に私の前を歩いていた。幼い私は、その背中に追いついて行くので精一杯だった。
兄の名は、マイスウェル・フラム・グレクシア。
大人顔敗けの頭脳を持ち、剣の才覚もあった彼は、10歳にして、天才と呼ばれていた少年だった。
長兄である兄ジュリアンでさえもマイスの才には届かず。
マイスウェルは、周囲から次期聖王として、有力視……いや、後継者として見られていた。
『……こんなところにいたのか、ジーク』
王宮の掃除用具入れの収納。
その中で三角座りして俯いている私に、マイスが、そう声を掛けてくる。
幼い私は、マイスのように精神的に強くはなかった。才能も無かった。
だから、ジュリアンを推しているセレーネ教派閥の人間に嫌味を言われても、言い返すことができなかった。私は、何か嫌なことがあると、すぐに誰もない暗い場所に引きこもってしまっていた。
そんなすぐに逃げる情けない弟を、マイスはいつも必ず見つけ出して、光の中から手を差し伸べてくる。
『大丈夫だ、ジーク。私がついている。私が、お前を守ってやる』
『兄ちゃん……この城にいる人たちは、みんな、おかしいよ……。他の兄妹たちはみんな僕のことを敵でも見るかのような目で見てくるし、貴族たちは、みんな利用できるかできないか、僕のことを値踏みしてくる。あと、僕が料理を作ったり絵を描いたりすると、それは王族がすることじゃないって……父上は怒るんだ。僕は、この城で生きるのが辛い。自分を曝け出して生きることが、できないんだ……!』
『……そうだな。私たちは王子という出自に産まれた結果、皮肉にも、産まれながら自由というものを失ってしまった。だけど、安心しろ、ジーク。私が、聖王となり、聖王国を変えてみせる。貧富の格差を無くし、身分の格差を無くし……誰もが笑って暮らせる理想郷を作ってみせる。無論、ジーク、お前も笑って暮らせる国さ』
『そんなこと……できるの?』
『私ひとりじゃできないかもしれないな。だから……副王として、お前が傍で私を支えてくれ、ジーク。私たち兄弟で世界を変えるんだ』
『む、無理だよ……僕は、臆病者だもん……兄ちゃんみたいに、真面目で、頭も良くて、勇敢じゃないもん……』
『そんなことはないさ、ジーク。私は、誰よりもお前のことを信じている。私と共に世界を変えるのは……お前しかない。できるさ。お前は、この私の弟なのだからな。お前の尊敬する兄がそう言うんだ。信じてみろ』
『……うん。分かったよ。約束。僕たち二人で、国を変えよう、兄ちゃん!』
幼い私は、手を伸ばし……マイスの手を取り、立ち上がった。
場面が切り替わる。
マイスと約束を交わした、一か月後。兄の後を追いかけ、離れの離宮へと足を運んだ時のこと。
『兄ちゃん! 何やってるの!? ここは、来ちゃ行けないんだよ!?』
『ジーク?』
兄は、王族の中で腫れ物扱いされていた、離宮に閉じ込められている妾と妾の子に、こっそりと食事を与えていた。
マイスはいたずらが見つかったかのように困った笑みを見せると、私の元に近付き、頭を撫でた。
『ジーク。このことは黙っていてくれないか』
『き、危険だよ! 離宮に閉じ込められている鼠に、兄ちゃんが食事を与えたと知られたら……ジュリアンたちが何を言ってくるか分からないよ!』
『鼠じゃない。あそこにいるのは……私たちの兄妹、エステリアルだ。彼女は、皆が言うような悪い子ではないよ。良いか、ジーク。真実を見る目を培うんだ。けっして、周りがそう言っているからと同調圧力に敗け、周囲の言葉を鵜吞みにはするな。彼女を鼠などと呼ぶのは止めろ。彼女は、私たちと同じ人だ』
『分かった……けど、兄ちゃん。危険な真似はやめてよ? 兄ちゃんが死んだら、僕は……どうすれば良いのか分からないよ……』
『安心しろ。私は死なないさ。それよりも……ジーク。お前の衣服をいくつか貰いたい』
『え? 何で?』
『エステリアル……エステルを男装させ、この城から逃がす。そのための、子供用のの衣服が欲しい』
『兄ちゃん!? 危ないことはしないでって言ったよね!?』
その後、マイスは無事に、エステリアルを城の外へと逃がした。
だが悲しきことに、エステリアルはすぐに聖騎士に保護されて、城へと戻って来た。
そこまでは、何とも思わなかった。ただ、あの少女も運が悪かったな、くらいにしか。
だが――――エステリアルの母親が死んで……状況が、一変した。
『……? な、何の音だろう……?』
深夜。ゴンゴンと何かを打ち付けるような異音が聴こえてきて、私は、ベッドから起き上がった。
そして、城の中を彷徨い……謎の異音が、離れの離宮から鳴っていることに気付いた。
私は恐る恐ると、離宮―――塔へと赴き、扉の穴から地下を見下ろした。
するとそこには……白骨化した何者かの遺体と、塔の壁に頭を何度もぶつけている、銀の髪の少女の姿があった。
ゴンゴンと音がしていたのは、彼女が、壁に頭を打ち付けていた音だったのだ。
『……殺す。殺してやる。生き残って、全部全部、ぶっ壊してやる……ここで死んじゃ駄目だ……そうだよね、アネットさん……逃げずに戦えって、君が教えてくれたんだよね……お腹が減ってるけど……耐えてみせるよ……あの時の君みたいに……』
『……エ、エステリアル……?』
私がそう声を発すると、銀の髪の少女は顔を上げ……銀の瞳で、私のことを睨み付けた。
その憎悪と怒りが宿った壮絶な表情に、幼い私は尻もちを付き、悲鳴を上げてしまう。
『ひ、ひぃ!?』
『降りて来い!! 今すぐここで僕が殺してやる!! 聖王!! 王族!! 貴族たち!! 僕は―――――この世界の全てを、壊してやる!!!!』
その憎悪のこもった言葉に、私は怯え、逃げるようにして自室へと戻って行った。
そこから、2年後。エステリアルはどういう手を使ったのか、離宮の中から貴族を操り……ジュリアンとフレーチェルの母、第一王妃を退け、自らの手で離宮から外へと出た。そして彼女は、正式に、聖グレクシア王家の一員になったのだった。
エステリアルが離宮を出た当初、私は、王宮で、何度かエステリアルとマイスが何か会話をしているのを見たことがあった。
その光景を目撃してから―――3年後。
マイスは……私が知る兄ではなくなった。
『ハッハー! やぁ、ジーク! 元気にしているか?』
『あに、うえ……?』
私は思わず目を丸くしてしまった。
何故なら、あの真面目で勤勉な我が兄マイスが……衣服を崩し、頬に張り手の跡を作り、王宮晩餐会に現れたからだ。
マイスは頬を摩りながら、頭の悪そうな笑みを見せる。
『あぁ、これか? 昨晩、貴族の娘に手を出したら、その親友と付き合っていることがバレて修羅場になってしまってな。いやはや、俺は皆を幸せにしたいだけだというのに、難儀なものだ。ジーク、お前も浮気をする時は気を付けるんだぞ? ハッハー!』
マイスのその言葉に、周囲の貴族たちがザワザワと騒ぎ始める。
今までは、兄のことを畏敬の念で見つめていた連中が、嘲笑するように彼のことを見ていた。
それが、私はたまらなく嫌だった。
『あ、兄上……ど、どうしたんだよ? 今までの兄上だったら、女性を傷付ける人間に対して、嫌悪感を示していただろ!? なのに、なんで、そんなことを……』
『ジーク。俺はもう、好きに生きることに決めたのだ。聖王も、巡礼の儀も、知ったことではない。俺は、愛に生き愛に死ぬと、そう決めた!! せっかく金と地位があるんだ!! 好きに使わないともったいないだろう? 人生、楽しんだ者勝ちさ!! ハッハー!!』
『ふざ……ふざけるなよッッッッ!!!!!!』
私は思わず兄の胸倉を掴み、声を張り上げてしまう。
周囲は唖然となり、私たち兄弟から離れて行った。
『僕との約束を忘れたと言うのか、兄上!! 僕は、兄上と一緒にこの国を変えようと、必死に努力してきたんだ!! なのに……何だよ、それは!!!! ふざけるのも大概にしろ!! ここは、貴族一同が集まる王宮晩餐会なんだぞ!? お前が今まで培ってきたものを、台無しにするな!! お前を支持していた奴らを失望させるな!!!!』
『残念だが、俺はもう、聖王になる気はない。悪いな、ジーク』
『き……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
私はマイスの頬を殴り付ける。
マイスは吹き飛ばされ―――テーブルの上へとダイブした。
情けない笑みを浮かべ、頬を撫でるその姿は……最早、私が尊敬していた兄ではなかった。
『プッ……今、聖王を目指す気は無くなったと、そう言っていたようだが……それは本気なのかい? マイスウェル』
そう言って、ジュリアンとフレーチェルがやってきた。
マイスはテーブルの上に大の字になりながら上体を起こし、手を挙げ、口を開く。
『あぁ。俺は一抜け、だ。後はジュリアン、お前の好きにすると良いさ』
『フ……ハハハハハ! 神童も成長すればただの人、か。残念だよ、マイスウェル。僕と聖王の座を巡って争うのは、君だと思っていたのだけれどね』
『ハッハー! 聖王の座など、興味無いさ! 俺には、まだ見ぬ可愛い女の子たちが待っているのでね!』
前髪を靡き、爽やかなスマイルを見せるマイス。
その姿を見て、フレーチェルが大笑いした。
『アハハハハハハハ! 聖王よりも女の子、ですって? 私は端から、ジュリアンお兄様の方が聖王に相応しいと思っていましたわ! やっぱり、私のお兄様こそが最強なのです!』
フレーチェルのその言葉を皮切りに、周囲に居た貴族たちも、マイスに対して失笑し始める。
私はその光景を見て、声を震わせた。
『やめろ……笑うな……兄上は、誰よりも、聖王に相応しい人なんだ……お前たちに何が分かる? 兄上は、本気で、この国のことを憂いていて……影でずっと努力していて……』
『ハッハー! みんな、笑顔なのは素晴らしいことだな! もっと笑いたまえ! 笑う門には福来る、だ!』
そう、道化のように笑い声を上げるマイスに対して、私は―――再び、殴りかかった。
その後のことは、よく覚えていない。
ただ無我夢中で兄を殴りつけ、周囲にいた貴族たちが、そんな私を羽交い絞めにして止めていた。
兄を殴り付けていた途中。『ごめんな、ジーク』という誰かの言葉が聴こえて気がしたが……それは幻聴として、片付けた。
以降、兄……いや、マイスウェルは、馬鹿王子として世間で有名になっていった。
あの男が急変した理由。それは、恐らく、エステリアルによるものなのだろう。
だが、その背景を調べる気は起きなかった。
私は、過去の……神童だった頃の兄になろうと、一人称を「僕」から「私」へと変えた。
口調も、過去の兄のように、強者然としたものにした。
兄は死んだ。ならばこそ、兄の理想を弟である私が叶えなければならない。
私が、神童マイスウェルとなり、代わりにこの国を浄化する。
そう意気込み、『巡礼の儀』に臨むつもりでいた。
だけど……心の奥底では、いつか、兄が戻って来る日を待ち望んでいたのかもしれない。
だが、聖王が死に、ジュリアンとエステルの一騎打ちになっても、マイスは、王位継承権を取り戻すことは無かった。
聖王が亡くなった後。一人、王の私室から去って行くマイスの背中を見て、私は、悟ってしまった。奴が戻ってくることは、もう、ないのだと。
そして―――四大騎士公の配下を一人も持つことができない私は、ジュリアンとエステリアルに対抗する術もなく、ただ、時間が過ぎるのを見守ることしかできなかった。
剣王試験に参加したのも、自分がどこまでやれるのかという、腕試し的感覚で挑んだだけのこと。
いや……現状を何も変えることができない自分への憂さ晴らし、なのかもしれないな。
「……」
回想を終え、目を開ける。
目の前にいるのは、剣を構え、ブリュエットとポンティキと戦うアルファルドの姿。
奴は私のことを、中身が何もないと、そう言っていた。
まさに、その通りだ。
私は過去の兄を真似て聖王を目指しているだけの、自分の意志がない伽藍堂。
他の者と違い、私には、剣王を目指す理由も聖王を目指す理由もない。
何故、私は剣を握っているのだろうか。何故、私はまだ戦っているのか。
その答えが、未だに、見つからない―――。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ブリュエットが、アルファルドに向けて斬りかかる。
アルファルドはその攻撃を屈んで避けると、ブリュエットへと足払いを掛ける。
あの男の戦い方は、何というか……騎士の戦い方ではなく、スラム流の喧嘩に近い、泥臭いもののように思える。
剣だけに拘らず、拳や足、使えるものは何でも使う。
ただ、自分の目的のために、無我夢中で戦っていく。
その在り方は……少しだけ、私の目には羨ましく感じられた。
今の私には、魂を燃やし、必死になって戦うことができないからだ。
「くっ!」
「ヒャッハァ! クソ女! テメェを人質にすれば、この場をやり過ごすことも―――」
ブリュエットに向け、アルファルドが剣を振り降ろそうとした、その時。
鼠型の獣人ポンティキが短剣を抜き、アルファルドの背中へと向かって突進して行った。
アルファルドはそれを寸前で避けて、二人と距離を取る。
「っとぉ。まぁ、そう上手くはいかねぇよなぁ」
態勢を整えたブリュエットは、ポンティキと二人並んで、アルファルドへと武器を構える。
アルファルドもそんな二人に対して、ロングソードを構え、不敵な笑みを浮かべた。
アルファルドのその目には……強い意志が宿っていた。
(譲れない、信念、か……)
あの胡散臭いルキウスの目にも、何等かの信念のようなものが見え隠れしていた。
私は、自身が戦う理由……信念を得るために、奴の傍についた。
だが……私が最も嫌悪すべき、他者を害す悪―――キールケと同じタイプの剣士、アルファルドにも、何等かの信念があることが確認できた。
自分の命を燃やしてまで求めるものは何か。私は、それが知りたい。
「ハッ! 馬鹿正直にテメェらを相手にする程真面目ちゃんでもねぇからなぁ! 悪いが、ここは逃げさせてもらうぜ!」
アルファルドはそう言って、踵を返すと、林の中を走って行く。
その姿を見て、ブリュエットとポンティキは、急いで追いかける。
「ま、待て!」
腐っても元副級長といったところか。見たところ、二人の速度に比べて、アルファルドの方が脚力がある様子だった。
このままでは、アルファルドは無事に逃げおおせることだろう。
いや……よくよく考えると、奴の性格からして、単独で私たちに攻撃を仕掛けてくるのはおかしいな。
絶対に、何か裏がある。
逃げるのはフリで、後で隠れ潜み、各個撃破でも狙っているのか?
それはないか。それでは最初から姿を現した意味がない。
私たちを引き付けるための囮役……か? もしや、チームを組んでいるのか?
他に別動隊がいる? それで、時間稼ぎでもしているのだろうか?
だが、あのアルファルドが素直に誰かの命令を聞いて、囮になるとは思えない。
しかし、あの男を動かせる存在の心当たりがひとつある。それは――――――。
「……なるほど。本陣、ルキウスの元には、奴の主人ルナティエが向かったのか」
私はアルファルドの考えを推察し終えると、胸に手を当て魔法を唱える。
「主よ、空を駆ける翼を我に与えたまえ――――――【スピードエンハンス】」
その瞬間、足の筋肉が増強され、身体が軽くなる。
私は魔法の発動を終えるのと同時に、地面を蹴り、走り出した。
すぐにブリュエットとポンティキを追い抜き―――アルファルドの背中へと追いつく。
「なっ……!? 補助属性魔法って奴か!? そりゃ卑怯だろ、クソ王子!!」
「バフも立派な魔法剣士の能力だ。歩法を扱う速剣型の剣士相手には些か速度は追い付かないが……貴様程度なら、造作もない」
私は魔法を詠唱しながら、アルファルドに向けて剣を振り降ろす。
「――――断罪の剣よ、我に力を与えたまえ……【アタック・エンハンス】」
防御しようと剣を構えるアルファルドだったが……魔法で強化した私の剣の威力に耐えられず、アルファルドは吹き飛ばされる。そして――――彼は背後にあった大木に背をぶつけ、カハッと、血を吐き出した。
私はそんなアルファルドの前に立つと、剣の切っ先を奴の眼前に突きつける。
「舐めるな。私はこれでも、元鷲獅子クラスの級長だ。級長と副級長の実力差には、大きな隔たりがある。どうやら、ルナティエは配役をミスしたようだな。お前を囮役を使ったようだが……お前では私に勝つことも逃げることもできない。お前たちの作戦は失敗だ」
「……」
「アグニスやエリニュスたちを呼び戻されないように、司令塔であるルキウスを始末することを急いだようだが……ルナティエが先に潰すべき存在は、この私だった。ルキウス一派で一番剣の腕があるのは、私なのだからな」
私の言葉を聞いたアルファルドは、俯いたまま「ククク」と嘲笑の声を溢す。
そして彼は、腕を上げると――――私の剣を素手で掴んでみせた。
その光景を見て、私は思わず驚きの声を上げる。
「!? 何をしている、貴様!? 指が落ちるぞ!?」
「舐めるな、か。そりゃあ、こっちの台詞だぜ、クソ王子」
そう言って彼は顔を上げると……ギザギザの歯を見せて、笑みを浮かべるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アルファルド 視点》
あぁ、糞ったれ。身体中が悲鳴を上げていやがる。
流石は級長クラスといったところか。オレ様みてぇな凡人の身体じゃ、一撃喰らっただけでガタがきちまうぜ。
ルナティエの奴め。何が、囮役をしてヒットアンドアウェイで時間稼ぎをしろ、だ。
ジークハルトの野郎がいるだなんて聞いてねぇぞ。
まぁ……あのクソドリルに文句を言ったって仕方ねぇか。これは、剣王試験。学園の任務なんかじゃない。本気で剣の頂を目指している連中が集まってくる試験だ。
こういうアクシデントがあるのも、当然の話だろう。
以前までのオレ様だったら、ここは穏便にネックレスを渡して、トンズラこいて――――――後で仲間引き連れて復讐するくらいはするんだが……どうにも、オレ様も真面目ちゃんになったかね。真剣に……剣王というものに、真っ向からなりたくなってきやがった。
オレ様は、目の前に突き付けられた剣の切っ先を、右手で握る。
すると、ポタポタと、手から血が流れていった。
その光景を見て、ジークハルトは驚きの声を上げる。
「!? 何をしている、貴様!? 指が落ちるぞ!?」
「舐めるな、か。そりゃあ、こっちの台詞だぜ、クソ王子」
こちとら、泥だらけになって惨めに膝を突くことは、慣れてんだよ。
オレ様は所詮、端役。やられ役。物語の舞台に上がることはねぇ。
だが、端役にも、やられ役にも、プライドってもんがあんだよ。
オレ様は―――ルナティエ・アルトリウス・フランシアという、ロザレナやグレイレウスといった主役どもに喰ってかかる凡人の従者。従者として、主人を表舞台に持ち上げるのがオレ様の役目。
オレ様たちは、当初、卑怯な手でしか勝利を掴めない、地の底で足掻くしか能のない凡人だった。
だが、ルナティエの奴はキュリエールを倒して、示してみせた。凡人だろうとも、その剣が、天才に届くのだということを!
だったら、オレ様も足掻いてみせるさ!!
泥臭く、かっこ悪く、天才どもに噛みついていく……それが、フランシア主従の戦い方……!!
凡人らしく、みっともなく暴れてやるとするぜ、ルナティエェェ!!!!!
「ヒャッハァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!」
オレ様は右手で剣を掴み、ジークハルトの動きを止めたまま―――左手の剣を使って、奴に突きをお見舞いする。
こちらの動きに気付いたジークハルトは舌打ちをすると、魔法を唱えた。
「――――神の盾を、我の元に……【ディフェンス・エンハンス】!」
防御力を高める補助魔法を唱えた瞬間、ジークハルトの右肩を狙って突いたオレ様の剣は、まるで鋼鉄に当たったかのように、弾かれる。
「無駄だ。お前程度の闘気では、私の【ディフェンス・エンハンス】は超えられない。諦めて、さっさとネックレスを―――」
「カァァ!!」
オレ様は剣を掴んでいた手を離し、立ち上がると、ジークハルトへと向かって飛び掛かる。
速度強化の魔法の効果が切れていたのか、奴は、オレ様の行動に一歩反応が遅れた。
「くっ!」
腹部に蹴りを叩きこまれる。
激痛で意識が飛びそうになるが……オレ様は気合いで、奴の足を掴んだ。
そして―――一本背負いのようにして振り回し、背後へと叩き伏せた。
そして、すかさず、地面に倒れているジークハルトに向けて剣を振り降ろす。
だが――――剣を受け止めた奴の腕には、一切、ダメージが入っていなかった。
「話を聞いていなかったのか? お前じゃ、私を倒すことはできない」
顔面を殴られる。
オレ様はヨロヨロとよろめくが……何とか持ちこたえ、口の端から流れる血をペロリと舐めた。
「お前に勝てないだぁ? 誰が決めたんだよ、んなこと。オレ様には、譲れねぇもんがあんだよ。オレ様は、剣王になる。テメェみてぇな、何のために戦っているか分からない奴に、敗けるわけにはいかねぇんだよ!」
プッと、口の中に溜まっていた血を吐き出す。
すると、その時。ブリュエットとポンティキの野郎が、合流してきた。
その光景を見て、ジークハルトの奴は立ち上がると、冷静な面で口を開く。
「これで、三対一だ。最早、お前に……勝機はない」
「キヒャヒャヒャ!! 馬鹿かぁ? テメェは? オレ様にはまだ四肢がある。全部斬り落とさないことには……止まらねぇぞ!!!! いざとなったら、ネックレスを呑み込んじまうかもなぁ!! キヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
オレ様のその恫喝に、ブリュエットとポンティキが、気圧された表情を浮かべる。
ジークハルトは不愉快そうに眉を顰めた。
「どうして、そこまでして戦おうとする? 人員が減れば、次回も剣王試験はあるはずだ。今、命を賭して戦う必要性がどこにある?」
「オレ様は、今に賭けてんだよ。次回もある? 明日がある? 笑わせんな。今できねぇ奴に、上に行く資格はねぇ!!!! オレ様の人生の勝負所は、今、ここなんだ!! なら、どんな不利な状況になろうとも……足掻いて足搔いて、足掻き続けるに決まってんだろうが!!!!」
「お前、は……」
ジークハルトが何かを言うとした時、オレ様は踵を返し、森の中を進んで行く。
そんなオレ様を見て、背後にいたブリュエットが、呆れた声を発した。
「かっこいいことを言っているわりには、結局、逃げるんですね。口だけ男、といった奴でしょうか?」
ポンティキも、同意するように口を開く。
「そうでしゅな。さっさと倒して、ルキウス様に褒めてもらいましゅ」
――――――良いぜ、ついて来い。
当初の目論見通り、各個撃破でテメェらをぶっとばしてやるよ。
問題は、ジークハルトの速度だが……そこは、どうにかするしかねぇな。
ハッ。結局は、頭を使って倒すしかなさそうだ。
いいぜ、やってやるよ。惨めなやられ役の矜持って奴を見せてやるぜ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――――さて。貴方の実力がどれほどのものかは分かりませんが……情報属性魔法でお仲間を呼ばれる前に、片を付けさせていただきますわ。ジークハルトがそちらにいたとなると、少々、わたくしの従者に無茶をさせてしまいますからね。早々に、引導を渡してさしあげます」
そう言って、わたくしは、ルキウスの前へと歩いて行く。
すると、ルキウスは――――――わたくしに対して、スライディング土下座をしてきた。
「申し訳ございませんでした――――ッッ!!!!
「はい?」
そのあまりにも惨めな姿に、わたくしは思わず口をパクパクと開けてしまう。
ルキウスは顔を地面に擦り付けながら、口を開いた。
「あのですね、僕、口が上手いことを良いことに皆さんを操って上手い汁を啜ろうとしていただけなのですよ、ええ! このルキウス・ブルシュトローム、本当のところを言うと、詐欺師上がりで手八丁口八丁に世をうまーく渡ってきただけの、剣聖の孫でも剣士でも何でもない一般人なんです! なので、ネックレスは差し上げますので、どうかこの場は穏便に引き下がっていただければと思うのですよ! 僕、痛いのは嫌なので!」
「……はぁ?」
早口でまくし立てるルキウスに対して、ルナティエは心底呆れた表情を浮かべる。
「何ですの? 貴方、本当に剣の実力がないんですの? 第二次試験には、運良く勝ち残れたと?」
「はいそうなんです。昔から運だけは強い方でして、へへっ。おっと、そうでした。お近づきに、ネックレスと一緒に、このアイテムでも―――んん? あれ、何か、ポケットにものが詰まって、抜けないぞ? んん?」
ポケットの中に手を突っ込み、何かを探る素振りを見せるルキウス。
数分経っても、ルキウスはその態勢のままだった。
そんな姿にしびれを切らしたわたくしは、ため息を吐いて、ルキウスの元へと近付いて行く。
「いったい、何をくれるというんですの?」
「とても素晴らしいアイテムですよ――――――ええ」
わたくしがルキウスに近付いた、その瞬間。
ルキウスはポケットから手品のように剣を抜いて、物凄い速度でわたくしへと放ってきた。
その横薙ぎに振られた剣を、わたくしはバク転して回避し――――背後へと着地する。その後、わたくしは腰のレイピアを抜いた。
「あら、やっぱり、戦う気でしたのね。何となく……読めていましてよ? 騙し合いなら負けませんわ。オーホッホッホッホッホッ!」
「完璧な不意打ちだったんだけどなぁ。やれやれ、こりゃあ、ガチで強い敵が来ちゃったみたいですねぇ。まぁ、仕方ありませんね。これも仕事です」
そう言ってルキウスはコートを開き、中身を見せた。
「一応、これを見て、手を引いてくださったりは……しませんよね?」
彼のコートの裏には……びっしりと、大量の魔道具が装着されていた。
その光景を見て、わたくしは、驚きの表情を浮かべる。
「なっ……それ、全部……魔道具、なんですの……?」
「ええ、そうですよ」
「いえ……張りぼての偽物……という可能性もありますわよね?」
「さぁて、どうでしょうねぇ。本物かもしれないし、偽物かもしれない。僕は詐欺師なんで、嘘吐きなんです。ははっ。さて、もしこれが全部、特級魔法の魔道具だとしたら、どうなると思います? 流石の貴方も……ただじゃ、いられませんよね? お互い、ここは退くのがベストではないかと考慮しますが、どうでしょう?」
白い歯を見せてキランと輝かせるルキウス。
その姿を見て、わたくしは、目を細めた。




