第10章 二学期 第303話 剣王試験編ー㉑ 魔法剣士の戦い
「……あたしとチームを組みたい、ですって? あんたが?」
ロザレナは、大剣を構えながら……目の前に立つキールケに鋭い目を向ける。
キールケはというと、熊の人形を腕に抱きながら、オーバーリアクション気味に肩を竦めた。
「キールケちゃんだって、貴方とチームを組むのは不本意よ。だけど―――」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
ロザレナは大剣を上段に構えると、闘気を纏い、振り降ろした。
「【覇剣】!!!!」
「ちょ、まっ―――」
大剣から斬撃が飛び、キールケに襲い掛かる。
キールケはチッと舌打ちをすると、地面に手を当て、魔法を詠唱した。
「我が身を影と同化せよ―――! 【シャドウダイブ】!」
その瞬間、キールケは足元にある自身の影の中へと沈み、斬撃をすんでのところで躱してみせた。
キールケが立っていた場所は……地面が抉られ、木々が薙ぎ倒された。
「……」
ロザレナは背後を振り返る。
すると、木の影からキールケが姿を現し、憤怒の表情を浮かべ、咆哮を上げる。
「お前は狂犬か! 人の話は最後まで聞け! 危うくキールケちゃんの身体が吹き飛ばされるところだっただろうが!!!!」
「……この試験は、相手のネックレスを奪うのが勝利条件でしょ? 相手に敵意がある以上、倒すのが普通だと思うんだけど?」
「冷静に考えてみなよ。この剣王試験に本気で勝とうとするのなら、強者同士組むのが手っ取り早い話だよね? 赤ブロックで上位に名前を書かれていた貴方と、緑ブロックで上位に名前を書かれていた私が組めば……まず間違いなく、第二次試験は突破できると思うんだけど? 簡単な話じゃないかしら?」
「……あんたとあたしは、チームを組むような間柄じゃないでしょ?」
「まぁねー。キールケちゃんは、今すぐにでもお前をぶっ殺したくて仕方がない。だけどぉ、キールケちゃんはこう見えてぇ、割り切ることができる女―――」
「……!」
「ちょ、だからストップだって! 剣を上段に構えるな! 話を聞け!!!!」
ロザレナは剣を上段に構えたまま、硬直する。
キールケは深くため息を吐くと、続けて口を開いた。
「キールケちゃんは、元々、最初からロザレナ、ルナティエ、グレイレウスの各ブロックの最上位勢に会ったら、声を掛けるつもりだったのよ。運悪く、貴方とはたまたまここで会ったって言うだけの話。誰も好き好んで貴方を勧誘したわけじゃないから」
「あたし、あんたとチームなんて組みたくないんだけど?」
「お馬鹿? ここでキールケちゃんとお前が戦っても、お互いに消耗するだけでしょ? 第三次試験というものがある以上、チームを組むことは当然の流れだと思うけど? 下手をしたら……徹夜明けで、第三次試験を迎えることだってあるのよ。効率よく勝ち残るつもりなら、強者同士組むしかないの。お分かり?」
「……」
ロザレナは数秒程黙り込み、考える。
そしてある答えに辿り着いた彼女は、キールケに向けて再度、口を開いた。
「あんた……第二次試験を勝ち残るのは建前で、本当は……傍であたしの力を探るために、勧誘してきたんでしょ?」
ロザレナのその言葉に、キールケはビクリと肩を震わせる。
そして目を細め、口の端を吊り上げた。
「へぇ? よく分かっているじゃない」
「あんたは、生きている以上、復讐するためにあたしを追いかけ続ける……そういう奴よ。アルファルドみたいに更生なんかしない。キールケ・ドラド・バルトシュタインは……標的と定めた獲物を完膚なきまでに叩き伏せるために動き続ける……そうでしょ?」
「キールケちゃんはね、しつこい女なの。いや、バルトシュタイン家の特性というのかな……敗北した相手には、やり返さないと気が済まない、執着心の塊なの。祖父、ゴルドヴァークが、アーノイック・ブルシュトロームに勝利するために、各地に種をバラまいて実験したように……何年経っても私は貴方を追い続けるわ。その心臓を抉り取る、その日までね」
「やっぱり……あの時、殺しておくのが正解だったみたいね。だけど、あたしは、貴方を殺さないと決めた。友達が悲しむから。だから……何度だってかかってくるが良いわ。その度に、ぶっ飛ばしてやるから」
そう口にして、背中に大剣を納めると、ロザレナはキールケに向けて開口する。
「たまたまあたしを見つけたと言うのは、嘘ね。あんた……遠くにいる誰かを探すことができる能力を持っているんでしょう?」
「……何故、そう思ったのかしら?」
「特別任務の時。あんたは、ベルゼブブがいるフロアにいなかった。他の級長が揃っている中で、ベルゼブブに対面していなかった級長は、あんたとリューヌだけ。リューヌは、あたしたちをベルゼブブにぶつける策略を練っていた首謀者だからこそ、あの場にいなかった。だけど、あんたは違う。あんたは……ベルゼブブがいると分かっていながら、最下層フロアに向かわなかった。それは、遠方を見る能力を持っていたから。そうなんでしょう?」
「……」
キールケは眉間に皺を寄せた後、不愉快そうに口を開く。
「お前……思ったよりも頭が回るみたいね。その鋭さ、かなりうざいよ」
「で、どうなの? 遠くを見る力、持っているの?」
「……正解。私は、自分の影の一部を切り離して、それに意識を載せて遠くへ飛ばすことができる。もっとも、明るい場所だと使用できないけどね。特別任務の時は、地下水路だったから自由自在に扱えたけど、この森林地帯じゃ、夜にならないと使えないよ」
「そう。なら、夜になったらその能力を使って、あたしのメイドを探してくれるかしら?」
「はぁ……? 何でキールケちゃんが、そんなことを……」
「あたしとチームを組みたいんでしょ? なら、もう一人メンバーが必要なんじゃないかしら。三人揃わないと、正式に腕輪を合わせてチームを組むことはできない。そういうルールだったはずでしょ?」
「…………何で、最後の一人に、お前のメイドを入れなきゃいけないわけ? あと一人上位勢の誰かを加入させれば、勝利間違いなしでしょ?」
「言っておくけど、あたしもグレイレウスもルナティエも、同じ箒星の門下同士で組む気なんてさらさらないから。あたしたちは、お互いを敵としてみなして、この試験に臨んでいる……。あたしの意見に賛同できないのなら、他のところに行けば良いわ。確かに、あんたと組めば効率よく進むことができるのでしょうけど……あたしは別に、チームに拘りなんてない。一人でもこの試験を制覇してみせるわ」
そう言って、ロザレナは歩みを進めて、キールケの横を通り過ぎて行く。
キールケは頭をがしがしと掻くと、ロザレナの後を追って行った。
「あーもう、分かったよ! 探してあげるよ! それで良い!?」
「言っておくけど、少しでも変な動きを見せた時は、その場で斬ってやるから。そのつもりでいて」
こうして、ロザレナはキールケと共に、森の奥へと進んで行くのだった。
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「……恐らく、そろそろ、受験者たちがチームを組み始めている頃合いですわね」
そう言って、ルナティエは森の中を歩いて行く。
そんな彼女の後ろをついていくアルファルドは、口を開いた。
「にしても、オレ様とお前、同じ北エリア組で良かったな。お互いを探し出すこともなく、チームを組めたんだからよぉ」
「そうですわね。まぁ、そこは運が良かったと言って良いですわね」
「それで、どうするよ、大将? オレ様たちが勝つには、何をすれば良い?」
「この試験は、相手からネックレスを奪ってゴールを目指すという、至極シンプルなもの。第三次試験まで消耗せずにネックレスを奪うには、相手が通るところに罠を張り、仕留めるのがベストな選択……。わたくしの考えでは、箒星の門下三人を仕留めるために、それぞれがチームを組み始めていると思いますわ。必然的に、わたくしやロザレナさん、グレイレウスは孤立することになるでしょう。まぁ、ただの烏合の衆相手では、わたくしたちの相手にもならないでしょうから、脅威にはならないと思いますが……それでも、危険なチームの組み合わせがあることは事実ですわ」
「危険なチームの組み合わせ、だと?」
「ええ。もし、ジェシカさん、メリアさん、アグニスの剛剣型チームが結成された場合、わたくしとアルファルドでは少々、荷が重すぎますわね。無論、出くわしたとしても、簡単にやられるつもりはありませんが……それでも、オールラウンダーであるわたくしに、あのレベルの剛剣型3人を倒すことは難しいですわ。一対一にもちこめれば、まだ、勝機はあると思いますが……とにかく、この3人がチームを組んでいたとしたら、かなりの脅威と言えます。……いいえ、組んでいたとしたらではなく、組んでいるでしょうね。あの3人にとって、わたくしたち箒星門下生を倒す手段は、これしかありませんから」
「まぁ、そこは出くわさないように祈るしかねぇってことか。お前は直接的な戦いをするタイプじゃねぇからな。その3人は、ロザレナやグレイレウスに倒して貰えることを祈りたいところだぜ」
「剛剣型チームは置いておくとして、恐らくもう一チーム、特殊なチームができていると思います。それは……3チーム合同同盟、ですわ。この試験、9人が生き残るというルール上、徒党を組んで他の者を倒し、勝利を掴むという思考に辿り着く者がいるのは当然のことだと思います。まぁ、わたくしからしてみれば、9人チームを組んだところで、ロザレナさんやグレイレウスに勝てるとは思えないのですが……実力の差が分からないお馬鹿さんというのはどんな場所にもいるものです。実力者相手に、人数差があれば勝利できると思っているのでしょう。本当に、馬鹿馬鹿しい」
「お前のその口ぶりから察するに、そいつらを狩る気なのか?」
「あら、アルファルドの癖に勘が良いですわね?」
「うるせぇ、クソドリル」
「フフッ。徒党を組んだチームは目立ちますから、高い丘などに登って周囲を探せば、すぐに発見することができるでしょう。相手の指揮官がどれほどのものかは知りませんが、人を動かし、チェックをかけるのは、わたくしの得意分野。アルファルドとわたくしの2つの駒だけで、9人の駒を全て総取りしてやりますわ」
「個人に必要なネックレスの数は3つ、3人チームに必要なネックレスの数は6つ、だがオレ様たちは2人組だから、ネックレスの数は個人に適用されて……4つか。別に、3人チームとそんなに変わらねぇな。それで? 奪って余った残りはどうするよ?」
「交渉、もしくは逃走材料にでも使いますわ。万が一、剛剣型チームに遭遇した時は、それを放り投げて逃げます。相手もまさか、余分にネックレスを持っているとは思っていないでしょうから、追ってくることはないと思いますわ」
「相変わらず、知恵が回るじゃねぇか、クソドリル。さて、それじゃあ……烏合の衆を叩きのめしてやるとするか!」
「オーホッホッホッホッホッ!! 頭脳戦でしたら、敗けることはなくってよ!!」
そうして、ルナティエとアルファルドは、森を一望できる小高い丘を探して……フィアレンスの森の中を進んで行った。
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「さぁ――――――魔法剣士同士、戦いましょう、マリィさん」
俺は目の前に立つ、森妖精族の少女に向けて、氷の薙刀と化した箒丸を構える。
すると、森妖精族の少女、マリィは、器用にナイフを指でクルクルと回しながら、ジト目で睨んできた。
「あのさぁ。さっきも言ったけど、下等な人族が、森妖精族に魔法で勝てる道理はないの。あんたたちの目には見えていないんでしょ? 地脈や、精霊といったものが」
「地脈……? 精霊……?」
「あんたたち人族は、魔法を使い勝手の良いものだと見ているようだけれど、本来、魔法っていうものは、その場所に適した魔法を使用するのが適切なんだよ。溶岩地帯であれば、火の地脈に、火の精霊が集まる。そういった場所だと、森の中で炎熱属性魔法を使用するよりも、各段に威力が上がるというわけ。俺たち森妖精族の目には、その地脈と精霊が見えている。どの種族よりも、魔法に愛されている種族というわけなのさ」
そう言ってマリィは自分の目を指さし、笑みを浮かべる。
「ちなみに、この場所を選んであんたを待ち伏せしたのは、俺の魔法に最適化した地脈が流れていたからだよ。ここには……氷の精霊も、氷の地脈もない。あんたのその魔法は、ナンセンスというわけ」
その時、ヒュゥゥゥと、一筋の風が俺の頬を撫でた。
その瞬間、マリィはナイフを俺目掛けて投擲してきた。
なんてことはないスピードの投げナイフ。これなら、氷の刃で相殺することが、でき―――。
「――――――我が前にあるものに、風の加護を与えたまえ……【エアリアル】」
マリィは、飛んでいったナイフに目掛け手を伸ばし、魔法を付与する。
風の魔法が付与された投げナイフは、速度と威力が増し―――俺が防ごうと前に出した氷の刃を簡単に砕き、俺の頬を掠めて、背後へと飛んで行った。
その威力とスピードに、俺は「ほう」と、驚きの声を溢す。
「確か、【エアリアル】というのは……低三級の、生活雑貨魔法だったと記憶しています。その効果は、物体を浮かせるだけだった、と思いますが……今のは……」
「そう。今のは、低三級魔法だよ。だけど、地脈と精霊の力を利用すれば、低級魔法だろうともこの威力になるというわけ。……ほら、ぼーっとしている暇はないよ? 後ろ、見てみ?」
その瞬間、背後に殺気を感じる。
俺は、咄嗟に横に逸れる。
すると、俺の真横を、風の魔法が宿ったナイフが通って行った。
そのナイフは、空中で旋回しながら―――マリィの手へと戻る。
マリィはナイフをキャッチすると、再びクルクルと回した。
「さてさて。これで俺とあんたの実力差は、分かっただろ? 俺は、地脈を利用し、疾風属性を驚異的な威力で使用することができる魔法剣士。加えて、【縮地】を使用できる速剣型でもある。敗けを認めて、ネックレスを置いて行った方が、身のためだと思うけど?」
そう言って、勝ち誇った笑みを見せるマリィ。
俺は頬から流れる血を親指で拭うと、マリィをまっすぐと見つめた。
「それだけ、ですか?」
「何がさ」
「貴方の使用する魔法は、その低三級の疾風属性だけなのかと―――聞いているのです」
俺のその言葉に、マリィは、憤怒の表情を浮かべる。
なるほど……今の反応で、大体分かった。
ご高説を賜ってくれたが、要するに彼女は、純粋な魔法剣型ではなかった、ということか。
一番伸ばしている能力は速剣型で、魔法剣型はサブウェポンのような立ち位置にあると見える。
そもそも、疾風属性を得意とする魔法剣士なら、低級魔法で投げナイフの速度をブーストさせるのではなく、ブルーノのように中級魔法を剣に宿し、斬撃を飛ばすのが得策だろう。それなのに、あの少女は低級魔法を使ってみせた。脅しのつもりなのかもしれないが……それなら、もっと他の魔法を使った方が良い。
「……そうだよ。俺は、森妖精族の癖に、魔法の才に恵まれなかった異端者だ。だけど、だからどうしたの、って話。お前ら下等種族とは違い、俺には地脈と精霊を視る目がある。低級魔法だろうとも、お前らを倒すのにわけはないよ」
そう口にして、マリィは懐から無数のナイフを取り出し、それを……俺の頭上に放り投げた。
そしてそのナイフに目掛け手を伸ばし、彼女は魔法を唱える。
「――――我が手の前にあるものに、風の加護を与えたまえ……【エアリアル】!」
その瞬間、宙を待った無数のナイフは、意志が宿ったかのように、俺に向かって飛んできた。
その光景を見て、マリィは、笑い声を上げる。
「あははははは! どうだ、魔法剣士! 種族の差というだけで、低級魔法にやられる気持ちを教えてくれよ!」
あのマリィという森妖精族、随分と、魔法剣士に対してコンプレックスを抱いているようだな。
確かに、種族の壁は越えられないだろう。森妖精族という種族は、地脈を利用し、自分の魔法をブーストさせる術があるのだから。能力を強化できる術を持たない人族では、手も足も出ない。
普通に戦えば、俺の敗北は必至。だが俺には、生前に得た戦闘スキル、経験がある。この程度の局面、乗り越えられないはずがない。
(四方八方から飛んでくるナイフ。しかも、自由自在に操作できるもの。速剣型を封印している以上、避けるのは困難……【アイシクルランス】でも、撃ち落とすのは難しい。なら……)
俺は、目の前へと真っすぐ、手を伸ばす。
その時、脳裏に、シュゼットとの会話が蘇った。
『――――――良いですか、アネット。剣と同じく、魔法にも、相性というものがあります。炎熱は疾風と水に弱く、水は地と電に弱く、地は氷結に弱い。氷結は炎熱と疾風に弱く、疾風は―――地に弱い。このように、属性ごとに相性というものがあります。私のように、一部の魔法を極める者は、瞬間的爆発力は高いですが……苦手とする相手が現れた時には、苦戦を強いられます。ですから貴方は、なるべく多くの魔法を習得しなさい。その方が、様々な状況で、活路が見いだせる場合がありますから』
シュゼットはそう言って俺の前に立つと、空中に向け、まっすぐと手を伸ばした。
『ブルーノの得意とする疾風属性を覚えるのも手ではありますが、まずは私の地属性魔法を見て、覚えてください。地属性魔法は、とても使い勝手が良いものです。地面に足を付けている状態であれば、何処からでも攻撃できますから。ですが、まずは、初歩の初歩から。これが……低一級魔法【ストーン・バレッド】です』
目を開ける。
イメージする。手の先から、小石が飛んでいく、その瞬間を。
そして俺は、目の前に飛んでくるナイフに目掛け、魔法を発動させた。
「大地の礫よ、我が敵を貫け――――【ストーン・バレッド】!」
石礫の散弾が、手のひらの先から、射出される。
石礫はナイフに衝突すると、キンと音を響かせ……そのままナイフを、地面へと落としていった。
その光景を確認ると同時に、俺は走り出し、マリィの元へと突進する。
その姿を確認したマリィは、腕を動かして、ナイフを操作した。
するとナイフは軌道を変え、背後から俺に迫ってくる。
氷の壁【アイス・ウォール】では、相性的に不利だ。
アイシクルブレイドを一撃で破壊された以上、疾風属性相手に氷結属性魔法を使用するのは悪手。
なら――――――!
俺は背後を振り返らずに―――――箒をクルリと回転させると、地面を叩き、背後に魔法を発動させた。
「大地の盾よ、我が身体を守りたまえ――――【ストーン・ウォール】」
背後に現れた石壁が、ナイフを弾き、俺の身体を守る。
中二級地属性魔法、【ストーン・ウォール】。
シュゼットの魔法を見ただけだったが、上手く発動できたことに、俺は内心でガッツポーズを取る。
「なっ……!? 疾風属性が苦手とする、地属性魔法を……!? 使えるのは、氷結属性魔法だけじゃなかったのか……!? ナ、ナイフを回収しないと……!!」
そう言って彼女は、つま先立ちになって、走り出そうとする。
【縮地】を発動しようとしているのは明白。
その動きを予測し、俺は箒丸に手を当て、魔法を詠唱した。
その時。今度は脳裏に、ブルーノの姿が思い浮かぶ。
『良いかい、アネットさん。確かにシュゼットの言う通り、地属性魔法は使い勝手が良い魔法なのかもしれない。だが……速度と攻撃力を求めるのなら、間違いなく疾風属性魔法と電属性魔法が有効だ。一点特化の攻撃は疾風属性と雷属性、範囲攻撃なら炎熱属性と氷結属性。防御や小回りなら地属性。状況に応じて使いわけるんだ』
『ブルーノ! 今は私がアネットに魔法を教えているのです! 貴方は黙っていなさ―――もがぁ!』
ブルーノはシュゼットの顔を掴み、奥に追いやると、続けて俺に向けて口を開く。
『君は、王国では珍しい、魔法因子を四つ以上持つ存在……多重魔法詠唱士だ。多重魔法詠唱士は、多種多様な魔法を使い分け、行使することができる稀有な存在。僕は魔法因子が少ないから、疾風だけに絞ってしまった。シュゼットは多重魔法詠唱士だが、【大地の加護】で地属性を詠唱破棄できることから、地属性だけに特化してしまった。だけど、君は、そうじゃない。君の魔法には、多種多様な未来がある。無論、一点に特化することも間違いではないよ。だけど、最初の内は、色々な魔法に触れておくと良い。それが今後の君の成長のきっかけとなるはずだ。僕は……これから君がどんな魔法剣士になるのか、すごく、楽しみだよ、アネットさん』
そう言ってニコリと笑みを浮かべたブルーノは……シュゼットが放った石の杭で遠方へと吹き飛ばされていった。
――――――回想を終え、箒丸に手をかざす。
「――――風の精よ、我が剣に鋭利なる刃を付与したまえ……【エアスラッシュ】」
俺の箒丸に、緑色の風の刃が付与される。
そして、ブルーノの動きを思い出しながら……俺は、マリィの進行方向へと風の刃を放った。
地脈のおかげか、俺の放った【エアスラッシュ】は、ブルーノが使用したものよりも格段に威力が上がっていた。
「なっ……!!!!」
マリィの進行方向にあった大木が【エアスラッシュ】によって切断され、薙ぎ倒される。【縮地】を発動していたマリィは、止まることができず、その大木に激突してしまった。
「あぐぁ!?」
次に、俺は、地面に手を当てた。
最後に思い浮かぶのは――――――俺が最もよく知る魔法剣士の姿。
漆黒の鎧を身に纏った偉丈夫、【氷絶剣】ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン。
「―――氷雪の精霊よ、汝の力で愚者の運命を閉ざし給え……【フリーズドライ】」
地面に霜が降り、一直線に、マリィの元へと向かっていく。
そして、霜は、マリィの足を凍てつかせ、地面へと縫い付けた。
「中一級魔法、【フリーズドライ】まで……!? 様々な属性の魔法を……!? まさか、お前、多重魔法詠唱士なのか……!?」
魔法剣士の戦いは、距離を開けて、遠距離で戦うこと。
だが、一撃を叩き込むには……近距離で魔法を放った方が、確実だ。
俺は即座に地面を蹴り上げ、マリィの元へと駆け抜ける。
そして、箒丸に手を当て、魔法を唱えた。
「……氷の精よ、我が剣に力を――――【アイシクルブレイド】」
最後はやはり、これに限る。
俺は氷の薙刀と化した箒丸をブンブンと回し、構える。
ナイフを全て吐き出したマリィに、退路はない。
「森妖精族の俺が! 何で、こんな、メイドの人族なんかに……!」
「貴方、元々魔法剣型じゃなく、どちらかというと速剣型の剣士ですよね? 森妖精族のプライドなのかよく分かりませんが……貴方は、私が魔法剣士だと明かしたことでムキになって魔法剣に拘って攻撃してきた……そうですよね?」
「そ、それは……!」
「本来の貴方は、ナイフを宙に浮かせたまま【縮地】を発動させて、ヒットアンドアウェイ戦法を取る速剣型の剣士なのでしょう。人族の魔法剣士だと相手を見下し、魔法剣のみで挑んだのが、貴方の敗因です」
俺はそう言って、マリィの目の前に辿り着くと、箒丸を横薙ぎに放った。
「――――――【アイシクルブレイド】」
「あがぁぁ!?」
氷の斬撃はマリィへと直撃し……彼女は血を吐き出し、白目になって気絶した。
その光景を見て、俺はふぅと息を吐き出し、マリィの前に立つと―――箒丸の先端に付いている氷の刃を解除する。
「これが、魔力を消費した感覚、か。結構疲れるものだな」
魔法剣による戦いというのは、予想していたよりも頭を使うものだった。自分の魔法発動範囲内と、剣による斬撃の範囲内を理解していないと、一歩間違えたらこちらが危ない目にあっていただろう。
「それにしても……ナイフを宙に浮かせて操作する魔法、か。低級魔法だとしても、奥が深いものだな。もし、フランエッテがこれを使えたら、物体を変化させる魔法と相乗して面白いことができそうだが……フランエッテに疾風属性の魔法因子はないから、夢物語だな」
いずれにしても、魔法剣というものは、ただ魔法を剣に纏って攻撃するだけではなさそうだな。疾風属性魔法には、速度を上げる効果がある、か。勉強になった。
「確かジェネディクトも、雷属性魔法を剣に宿して、速度を上げていたよな? まぁ、あいつは補助魔法や魔道具も使用して、限界まで速度を上げているんだったか。ロザレナが言うには、キールケも影の魔法を使っていたようだし、一度直で見てみ……影? 影って、何属性の魔法なんだ? 闇……じゃないよな? 闇属性は影ではなく、紫色のオーラを身に纏い、相手の闘気と魔力を吸収するものとか、即死魔法を行使したりするものだし……影って何だ?」
俺が首を傾げていた、その時。
背後から、何者かが現れた。
「ゼェゼェ……あ、あれ? アネット殿でありますか?」
「え?」
振り返ると、そこには、オレンジ色の髪のメイド、ミフォーリアと、初老の従者、ボルザークの姿があった。
ヒルデガルトのメイドとアイリスの従者という不可思議なコンビに、俺は、思わず困惑の声を溢してしまう。
「えっと……これは、いったいどういうコンビですか?」
「あー! いたであります! ボルザーク殿! 某たちのネックレスを奪った森妖精族がここにいるでありますよ!」
「なんと! 逃げ足の素早い小娘め! ここで成敗―――する前に、既に気絶しているようですな」
そう言って、二人は、伸びているマリィの前に立つ。
そういえば、マリィは戦闘前に、二人のネックレスを奪ったと言っていたか。
ミフォーリアは驚いた様子で、俺に声を掛けてきた。
「も、もしかして、アネット殿が、この盗人を倒したでありますか!?」
本来であれば、目立つことは避けたいが……オフィアーヌ家の一族であることを明かしてからは、魔法剣の実力は開示するつもりでいる。これくらいは問題ないだろう。
「はい。今しがた、仕留めました」
俺のその言葉に、顔を見合わせるミフォーリアとボルザーク。
そしてミフォーリアはこちらに、真剣な眼差しを向けてきた。
「あの……アネット殿は、そこの森妖精族を倒したので、ネックレスを取る権利があると思うであります。ですが、その……某たちは、森妖精族に騙されて不意打ちされて、ネックレスを奪われてしまったので、その……」
なるほど。自分のネックレスは返して欲しいと、そう言いたいのか。
俺は首を横に振り、口を開く。
「取り返していただいて、構いませんよ。私は別に、彼女からネックレスを奪うために戦ったわけではありませんから。ただ、降りかかった火の粉を払ったまでのことです」
「え……? 本当に、良いのでありますか? だって、ネックレスを集めないと、第三次試験に行くことはできないのでありますよ? 某は、ヒルデガルトお嬢様と合流した時のために、ネックレスを集めたいと考えているであります。ヒルデガルトお嬢様が勝利なされることが、某の望みですから。アネット殿は……ロザレナお嬢様を【剣王】にするために、この試験に参加したのではないのでありますか?」
「私の手助けなどなくても、ロザレナお嬢様は勝ちますよ。というか……むしろ手助けなんてしたら怒りますね、あの人は。私がここにいるのは、主人を途中まで見守るためです。私は、自身が【剣王】になる気も、主人を【剣王】にする気も、ありません。ですので……こちらはお返しいたします」
俺はそう言って、マリィの懐から二つのネックレスを取り出すと、順番に、ミフォーリアとボルザークへと投げる。
それぞれキャッチした後、ボルザークはニコリと微笑んだ。
「主人が勝つことを信じて疑わない……忠義に厚い御方なのですな、アネット殿は。いやはや、あっぱれな忠道」
「お二人だって、そうでしょう? 自分の主人の勝利を信じて疑っていないはずです」
俺の言葉に、同時に頷くミフォーリアとボルザーク。
俺はそんな二人に笑みを返すと、「では」と言って、踵を返す。
すると、背後から、ミフォーリアに声を掛けられた。
「アネット殿! 某らと一緒に行動しないでありますか!」
「え……?」
俺は足を止め振り返ると、首を傾げ、言葉を返す。
「チームを組むということですか? でも、それをしてしまったら、お二人とも、ご自分の主人と再会した時にチームを組むことができなくなりますよ?」
「そうじゃないであります! 実は、某は、ボルザーク殿と一緒に御互いの主人が見つかるまで同盟を組んでいるのであります! 主人を見つけたら、解散となりますが……それまで従者組で一緒に行動して、難を凌ごうと、話合ったのであります!」
なるほど。チームを組まずに、従者同士、一緒に行動して主人に出会うまで協力して敵を倒すことにしたのか。確かに、一人で行動するよりは、効率的だとは思うが……主人に出会ったたら最後、敵同士となるのに、よくもまぁ一緒にいれるものだ。
「どう……でありますか? アネット殿。某らと一緒に、主人探しをしませぬか?」
俺は数秒程思案する。
リスクはあるが……情報を得るには周囲に人がいた方が無難か。
ボルザークの方はよく分からないが、ミフォーリアの人と形は分かっている。
彼女は、俺を裏切るような人物ではない。
俺は、不安そうな表情で上目遣いをするミフォーリアに対して、口を開いた。
「……途中までなら。申し訳ございませんが、ロザレナお嬢様を見つけられる手がかりを掴みましたら、即座に同盟から抜けさせていただきます」
「それで良いでありますよ! これで、従者3人同盟、結成でありますね!」
楽しそうに笑みを浮かべるミフォーリア。
さて……もうすぐ昼過ぎとなるが……お嬢様と無事に会えると良いのだが……。




