其之五|第±章|涙の色は
注意:今回も途中で読み飛ばして良い個所が有ります。改行が無くて長いだけの個所は気が向いた方だけ呼んで頂ければ良いかとも思わなくもないです…。
――双月日食、当日 早朝
この日を迎えても、なおも主要人物が雁首揃えて顔を合わせていた。
この事からも、あれからの二週間あまり大した成果も上げられずに、俺達が失敗を重ねてきたのは伺い知れるだろう。
あの後、ダンジョンの周囲に張り巡らされた結界を打ち破った黒木は、ルルデビルズが配置していた悪魔達を振り切ってダンジョンから脱出。
上空で待ち構えていたニナを発見するや否や、超絶緊縛術であられもない姿に縛り上げると泣き叫ぶ彼女を放置して逃走。
その際に、そばに居たニコに手作りクッキーを手渡して懐柔。
ニコも馬鹿じゃないので追跡用機動型精霊も放つも尽く撹乱されて黒木の行方を追う事は出来なかった。
即日、王女アイリスに連絡を取り、対魔王最終決戦用迎撃飛行戦艦『ほわいとておふぃるす號』を使って黒木時空(仮)の捜索を試みるも、時空発生の術式が組み替えられているからか、これまでの探索方法では発見できず現在に至ると言うワケだ。
その後、幾度となく変態魔法少女おばさんから金銭を無心され、その対価として黒木の居場所の情報を受け取り、捜索・確保を試みるも、黒木と妙子ちゃんの捕縛・救出には至っていない。
結局、黒木は双月日食の当日まで逃げおおせて、俺達は何の成果も得られないまま今朝を迎えていた。
「では、行動前に最後の確認をします。」
静かに王女アイリスが『最後の確認』を行う。
この『最後の確認』も何度行なっただろうか。
作戦前にコレを聞くたびに思うのだ。
本当に最後であって欲しいと。
そして考える。
本当に黒木と女神達を対面させ、和解させないといけないのかと。
もちろん。親子の確執が解消されるに越したことはない。
だが、勘違いや行き違い。
幼少期や成長期における親と子のすれ違いと言うのは往々にしてある。
どうと言う事のない普通の事。
多くの場合は、子供が成長するのと共に親の気持ちを理解する。
そして、過去の衝突を有耶無耶のままに許す。
と、言うか…。まあ、許さなくとも有耶無耶にする。
とにかく。有耶無耶にして摩擦を減らしお互いの人生を生きていく。
それが親子関係の慣例と言うものだ。
このまま、黒木を見送っても良いのではないかと思う俺が居た。
幸い、女神達はまともに育っていると言っても良い。
今回の黒木と女神達の問題は、その慣例で解決出来る問題じゃないだろうか。
黒木は元の世界で行うべき事を成し遂げれば戻ってくると言っているのだ。
黒木がこの世界に戻って来てからでも遅くないのではないだろうか。
もちろん、幼少期から青年期にかけて親の影響と言うのは大きい。
親子関係を早期に改善出来るなら言う事はないと言うのも事実だろう。
人が抱える人格的な問題や障害は成長過程で生じる場合が多い。
それらの問題の多くは幼少期から青年期にかけて作られると言っても良い。
そう。親と子の関係の中で発生する障害や人格的な問題は思っているよりも多い。
もし、親が子供と本当の意味で向き合う事が出来ていたなら。
もし、親が子供から目を逸らさずに向き合う事が出来ていたなら。
正常な親子関係が築かれていたなら回避できる問題が多いのは確かだ。
好きの反対は無関心と言うが、その通りだと思う。
家庭における無関心は往々にして有る。
まかり通っていると言っても良いだろう。
自由や放任主義と言う言い訳で子供と向き合わない。
結果だけを見て子供が何を考えてどう感じているかを考えない。
子供を暴力で押さえ込み、それを躾と思い込む。
無責任なのか。
無関心なのか。
放置なのか。
暴力なのか。
行われる行為に違いは有れど、子供に何かしらの問題を残すのは確実だ。
少しでも親が子供と向き合っていれば負わなかった傷を負ったまま、気が付かずに成長して大人と言われる年齢に達する人は多い。
分かりやすい例を挙げるとするならフィクションと現実の混同。
こんなのは親子のコミュニケーションの中だけで解決出来る問題だ。
俺や妙子ちゃんの育った元の世界では、凶悪事件が発生した際にアニメやゲームなどを槍玉に挙げられる事が有る。
本当に、ゲーム・アニメ・マンガ。もっと言うならドラマや小説などと現実を混同して事件を起こしたとするなら、問題は家庭環境にも有るだろう。
コンテンツ単体の問題で事件が発生するワケではない。
もし、コンテンツだけに問題が有るなら、俺達が育った元の世界は狂気に満ちた世界になっている事だろう。
コンテンツの内容以上に親がフィクションとの付き合い方を教えられないという点に多くの原因が有る。もちろん、ゲームやアニメは現実感が無いからこそ、特に幼少期から青年期の子供達が受け入れやすいと言う事も問題の要因でもある。その点では国内の役者が出ている国内制作のドラマと海外制作のドラマの違いにも当てはまると言える。洋画や洋ドラが国産ドラマよりも面白く感じるのは非日常性を感じるからだ。考えてみよう。国産ドラマや国産映画を好んで見る人の傾向を。タレントや役者を基準に見る人の方が多いのではないだろうか。つまり、日常の延長で応援している人物を目当てに見ているのであって、ストーリーはオマケだと言っても良い。そこには現実が介在し一歩引いて見る事となる。まれにストーリーが面白くてヒットする事も有るだろうが、それでも同じ人種が演じる実写ドラマを見る際には、配役が単なるヒットから大ヒットになるかを左右する。純粋にストーリーを楽しむなら日常で接する事の少ない人種が演じた海外作品を見た方が純粋にストーリーを楽しめるのではないだろうか。洋ドラが面白いと感じるのはリアリティと普段接する事の少ない人種の役者が演じていると言う非日常が混在するからだ。普段、目にしない人種や背景設定だからこそストーリーに入り込めるのだと言っても良い。では、どうして同じフィクションであるゲームやアニメ・漫画などのコンテンツだけが諸悪の根源としてヤリ玉に上がるのか。それは分かりやすく、受け入れられやすい非現実だからだ。そして、分かりやすく攻撃しやすい対象だからだ。なぜ、これまで絵本や漫画が子供向けとされてきたのか。それは分かりやすく、ストーリーなどを受け入れられやすい形で表現された非現実だから。絵による表現で子供でも分かる様に簡略化して作られている。文字による想像力をあまり必要とせず、人が演じると言う現実性も無く、文章を読んで想像する手間もない。直感的に受け入れやすい表現に対して旧世代が幼稚だと蔑み、嫌悪感を覚えるのは仕方ないだろう。これまでは子供はアニメ、大人は実写。子供は絵本や漫画、大人は活字。そうやって分別されてきた。現実感の有るコンテンツや手間が掛かるコンテンツを楽しむと言う方向に誘導する事でフィクションを区別してきた。もちろん、大人への成長過程で更に想像力を必要とする複雑なコンテンツやリアリティが有るコンテンツに興味を示し、趣味が移り変わると言う人間的な嗜好の変化を利用しているのだとも言える。だが、幼少の頃から絶え間なくアニメなどが供給され英才教育でオタクを育ててしまっている国においては事情は変化し、全世界的にゲーム機器が手軽に手に入る時代において、旧世代が対応しきれていない事がゲームやアニメなど比較的に新しいコンテンツが攻撃される原因だと言える。これまでは漫画やアニメは子供っぽいと貶める事で現実とフィクションとの境界を作ってきた。それは、かつて人間の嗜好の変化と劣等感を利用した簡単なフィクションと現実の分割方法だっただろう。だが、考えて欲しい。ドラマに出演している役者を、役のイメージで好いたり嫌ったりするオジサンやオバサンを見た事はないだろうか。俺の知る限り、俺の子供の頃からそう言う大人は大量に居たのだ。もう、何十年も前から大人のコンテンツ、子供のコンテンツと言う基準では分別出来ず、その世代の人間はフィクションとノンフィクションの分別を自分で行うと言う教育を受けていない。ドラマと現実の分別も着かずに役のイメージで人格を決めつけているのだからな。つまり、アニメなどの新しいコンテンツを攻撃する理由と、ドラマの役者を配役の人物の様に受け取りフィクションと現実を混同してしまうのとは別の話だと言う事だ。本来なら日常的に地上波で流されているドラマを現実と混同して役者を嫌ったり、犯罪の手本とする方が問題は大きい。アニメなどの比較的に新しいコンテンツは色々と受け取りやすいのは確かだと言える。人を銃火器で打つだけに単純化されたゲームなどもそうだ。分かりやすくハマりやすいと言えるだろう。だが、ドラマなどですら大きな影響を受ける人間も多い事を考えると、問題は親や社会がフィクションはフィクションだと、ちゃんと教育しているかに掛かっていると言えるのではないだろうか。幼少期の俺の周りでは一時期「この物語はフィクションです。」と言う漫画の注意書きやドラマのテロップを子供達の間でギャグの様に使われていた。これは有る種の自然発生的な小学生のおふざけだ。だが、それを通じてフィクションと言う言葉を知り、親にフィクションという言葉の意味を聞く事で「作られたお話」「物語」「うそ」だと言う事を知った。本来ならこの程度で十分に現実と非現実を分別する機会となる。親や友人などとのコミュニケーションの中で分別が出来るようになる程度の問題だ。だが、そんな事すら話さない、教える機会も無い、接点を持とうとしない家庭だったらどうだろうか。教育や躾の代わりに好きな物を与えて放牧して子供を見ようとしない親。成績などの結果だけを見て子供の心を感じようとしない親。色々な事情は有るだろうが、子供は親との関わりの中で成長して行くものだ。親にとって当たり前の事でも向き合って話す事である程度の問題は解決すのではないかと俺は思っている。アニメなどのコンテンツが攻撃されるのは、メディアがマイノリティを攻撃する様子を一部の人間が喜んで見たり、反論をする人間が反応して話題にするから。視聴率が稼げるから攻撃されると言うだけ。根本的な問題の解決としては、新しいコンテンツを悪とするのではなく、親がフィクションをフィクションと認識すると言う価値観を幼少時に子供に教えれば良い。その他の事でも親と話すと言う事で色々な価値観を培う事が大事なのではないだろうか。親となった人間はもっと色々な可能性を考えて子供と真剣に向き合う義務があるのではないかと俺は思っている。子供と正面から向き合わず、どう接して良いか分からないからと言って視線を向けようともしないで、子供を正面から見ようとせずに何十年も経過して子供が事件をおこしたと嘆いた所で自業自得だろう。子供が犯罪を犯したり引きこもったりするのは親だけの責任ではないとは言え、責任の一旦は確実に親にも有ると言う事は認識すべきだろう。
まあ、黒木と女神達のご家庭ではフィクションがどうたらとは、別の原因でヤラカシているのだろうが。明らかに親が子供と向き合わずに目をそらして積極的に関わろうとしない一種のネグレクトやコミュニケーション不足が原因なのだろう。
この世界の全てを巻き込んだ親子喧嘩をヤラカシてしまうなんて、どんな親子関係が構築されれば、そんな事になってしまうのか俺には分からない。
幸いにもニナもニコも仕事に関しては責任感を持って引き継いでいるみたいだから、彼女達の人格は後の人間関係などで修正されたのだろうが、黒木が魔王と呼ばれる前の女神達の家族関係がどんなに酷い状態だったのかなんて想像する事も出来ない。
黒木に関しては太陽神メビから分離した半身で、目的を達成する為とは言え、俺達の世界で行なったように数千年分の残虐行為と言うか、俺の様に人を陥れて死に追いやって負のエネルギーを魔力に生成してまで目的を完遂しようとするヤツだ。
半身だから元の太陽神メビと融合すれば行動原理もマイルドになるのかも知れないが、マイルドになったとしても、そう言う一面は有ると言う事だろ?そんな黒木のご家庭で女神達と、どの様な親子関係が築かれていたかなんて分かったもんじゃない。
うむ。何を考えていたのか分からなくなってしまったな。
どうして、他人のご家庭の心配をしなくてはならないのだ…。
ニナやニコって言うか、主にニナは未だに黒木が元の世界に戻る事に抵抗を感じているようだが、ちゃんと話さえ聞ければ納得しそうな雰囲気なのだ。自分が管理者として責任の一端を担い、仕事を理解した事で黒木が何をしようとしているのか分かっているからなのだろう。黒木さえ彼女達と向き合えるなら思う所が有っても送り出してくれるだろう。
取り敢えず、色々と考えて俺として出した結論としては、半身とは言え黒木は親なら親の責任として子供達と向き合えよって事。
あと、妙子ちゃんをさっさと解放しろ。
この二週間、散々駆け回り「この親子面倒くせえ!!」と言う結論しか導き出せなかったのは、こんなにファンタジー色の強い世界に飛ばされてから一番の驚きでしかない。うん。どうせならもっと黒木が魔王っぽかったらどんなに分かりやすかっただろうか。
正直、嫌気がさしていると言っても良い。
俺が作戦の確認も聞かずに、頭の中で「フィクションの分別と親子関係。並びにメディアが二次元コンテンツを攻撃する理由に関する推論」っぽい事を考え込んで、結局上手くまとまらずにワケが分からなくなり、それをまとめる事すらも面倒臭くなって考えるのも止めてしまったとしても仕方ないワケだ。全て黒木とニナが悪い。
あ。付け加えるならアニメや漫画の実写化が嫌われるのは非現実的な理想の世界に現実性を持ち込もうとするなんて無粋な事をするからだろうと付け加えておこう。そして、実写化なんて無粋な事をする連中が現れるのも、きっと黒木やニナが悪いのだ。
「……と、言う事で、作戦は以上となります。何か質問は?」
俺が無駄な思考を巡らせ終わった頃。
時を同じくして王女アイリスからの作戦説明が終わった。
「すまん!全くどうでも良い事を考えいて聞いてなかった!もう一回最初から!」
「ハルト様~~~~~!?」
王女アイリスの悲鳴にも似た悲痛な声が響いた。
うん。分かる。今回は動員人数も多く説明するだけでも一苦労だもんな。
作戦概要は頭の中に入っていたが、俺は居残りでアイリスの説明を受けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
特撮やらアニメなら、この辺りでワンダバ系のBGMが鳴り響いているだろう。
どう言う経路で仕入れた趣味なのか分からないが、数回前の作戦行動まではアイリスからライトニングメッセンジャー経由でオーケストラの生演奏をBGMとして流されると言う嫌がらせを受けていた。
こっぴどく怒った事もあってか今日の作戦は無音で遂行されている。
* * * * *
――対魔王最終決戦用迎撃飛行戦艦 旗艦『ほわいとておふぃるす號』
――並びに、飛行戦艦一番艦『えんどろふぃん』~二十番艦『あんりえる』
「一番艦から二十番艦まで全艦のリンク完了。衛星軌道上で待機行動に移ります。」
「宜しい。作戦開始まで索敵を行いつつ、順番に休憩を取るように全艦へ。」
「了解致しました。全艦に通達。索敵を行いつつ、順に休憩を取れ。」
ほわいとておふぃるす號の艦橋には王女アイリスが、同艦の術法増幅装置にはニナが乗り込んでいた。
役割としては黒木の探索。そして、術法増幅装置により増幅されたニナの力で黒木の動きを封じ込める役割を担っている。
合わせて、飛行戦艦一番艦から二十番艦をリンクする事で索敵範囲を拡大し、予測範囲外の索敵もカバーをしていた。
「ニナ様。問題は御座いませんか。」
アイリスは艦橋に設置された王座に座ると、術法増幅装置内で待機するニナに声をかけた。
「ええ。問題ないわ。合わせて管理システムを使って見張ってるから、拡張空間から出てくれさえすれば捕らえられるはずよ。」
アイリスが耳に装着した通信機からは自信満々なニナの声が響く。
「いえ…。そうではなくて…。」
アイリスが言葉にして良いものか言い淀んだ。
無理もない。王家にとっては生み出されて以来、ずっと秘匿していた神々の事情なのだ。王座の周りは音声遮断をしているとは言え、周りに兵士達が居る状態で声にして良いものかと迷ったのだろう。
「ありがとう。大丈夫よ。だって、これが最後だもの。」
地上に降り立ってから一番優しい声でニナが話し始めた。
「どちらにしても決着よ。行く前に話を聞いてもらえるか。帰ってから文句を言うかの違いってだけで。ホント…。パパは帰って来る気が有るのかしら。だったら、先でも良いじゃないって思うけど。幼かった私が犯した過ちだもの。仕方ないわよね。」
フフフと悲しげに笑うニナにアイリスは声を掛けられなかった。
「あなた達には辛い思いをさせたわね。民に事情も話せず、いつ戻るかも分からないパパを捕らえるために何千年も苦しい思いをさせてきたわ。大丈夫よ。終わったら私がみんなに謝るから。王家は仕方なく従っていただけ。許してくれるわよ。まあ、私達は信仰心を失ってお役御免だろうけど。貴方達に被害が及ばないように頑張るから安心して。」
涙声になりながら、なおも自虐的に笑うニナにアイリスが優しく話しかける。
「大丈夫ですよ。私達はそんなニナ様を愛し敬愛しているのですから。全知全能じゃないと正直に仰る皆様に親しみを感じ、それでも私達を助けようと手を差し伸べて頂き、時には私達にはどうにも出来ないから自分達で何とかなさいと、正直に打ち明けて試練だと言って取り繕うとする方を見放すなんて出来ませんよ。私達が支えないでどうしますか。放り出してしまっては安心して寝てもいられませんよ。」
耳元で端末から聞こえるニナの涙を堪える声を聞きながら、アイリスはもう一押しだと調子に乗って泣かせにかかった。
「えぇ。きっと皆は何があってもニナ様を始めとして皆様を愛し続けますよ。皆様が何者であっても。もし、引退されてお目見えにならなくとも。私達は貴方達を敬愛し続けるでしょう。もし、宇宙のどこかに居るのだと分かれば、この宇宙の謎を解明してでも追いかけます。えぇ。私達は追いかけ続けますとも…。それが信仰と言うものだと思います。」
キマった!と、アイリスは思ったのだろう。
王座から立ち上がり拳を突き上げて、もう悔いは無いと言う顔で涙を流した。
「イヤだ…。それはキモイから勘弁して…。」
だが、ニナから返ってきたのは拒絶だった。
考えれば分かることだ。
引退後もストーキングすると言われれば、例え神でも願い下げだろう。
引退したなら、そっとしておいて欲しいと言うのが人情だ。
ニナが気持ち悪がるのも仕方がない。
でも、二人の間には噛み殺した小さな笑い声が響いた。
クスクスと響く小さな笑い声は激闘の前の最後の笑い声だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――黒帝山 山頂 遊撃部隊αチーム
『しっかし、アレじゃなぁ。すっごく面倒なんじゃが。』
ライトニングメッセンジャーから師匠の不満の声が聞こえた。
いや。聞こえ続けていた。
この作戦に参加するリーダーには女神達が管理するシステムと受信機を組み合わせたライトニングメッセンジャー増幅用端末が配られている。
通信を暗号化する他にシステムを介して増幅された精霊の運ぶ音声がリアルタイムで耳に届き、まるで耳元でずっと愚痴られているようだ。
……実に不快である。
『だって、そうじゃろ?もう、良いじゃろ?黒木は用事が済めば帰ってくると言ってるんじゃろ?黒木が元の世界に戻り、妙子を取り戻せれば、後は女神達が勝手に黒木が戻ってくるのを待っておれば良い話さね。元からこの世界の住人ならともかく、最後まで付き合う理由はなかろうて。それでなくともアレだけ付き合ったのじゃ。文句を言われる筋合いはないって話じゃ。』
* * * * *
――同時刻 サリトテ村 喫茶店『ぷらんたん』テラス席 遊撃部隊βチーム
『分かります。俺もそうだとは思います。でも、そうは言いますけど師匠。残念な女神と残念な黒木の親子喧嘩とは言え、関わった以上は最後まで付き合うしかないでしょう。妙子ちゃんだって無事に戻るかなんて保証は無いワケですし。あいつらの問題だって、解決できる機会が有るなら早めに解決するに越したことはないですよ。』
「分かっておるわ!そんな事!!じゃが、一向に向き合おうともせずに逃げ回る黒木に対して頭にきておるのじゃ!!数千年も有れば自己改変出来るじゃろうが!!!馬鹿なのか?馬鹿なのか?逃げ回るよりも一回話し合えば済む話じゃろうが!?」
端末を支給されていない彼女には聞こえなかったが、ライトニングメッセンジャーを使って遣り取りをするフネと新戸晴人の遣り取りを見ながら糸氏樹々は思った。
壊れてしまった自分には理解しにくい。
未だに完全に人間性を取り戻せずにいる自分には理解する事が出来ない。
でも、人間とは実に面倒臭い生き物だったんだなと思っていた。
私はただ。
黒木正義として出会った彼に。
そう。彼にもう一度会いたいから付いてきただけ。
会いたいなら会うために動けば良い。
誰かに会うためには利用出来るモノは利用すれば良い。
誰かを無事に取り戻す為なら誰かに使われても良いじゃない。
誰かの考えを理解する必要はない。
ただ、自分が欲するならそう動けば良いのにと。
糸氏樹々は思っていた。
* * * * *
――再び、黒帝山 山頂 遊撃部隊αチーム
「馬鹿なんですよ。特に親子となると簡単な事でも簡単には行かないんです。それよりも、呪々は大丈夫そうですか?黒木に会いたいって師匠と一緒なのは良いですけど、どう考えても戦力外ですよね?」
師匠の愚痴に付き合うのが面倒臭くなった俺は強引に話を変えることにした。
現在、双月日食を観測できる最西端のサリトテ村には師匠と呪々が待機している。
双月日食を観測できる最東端の村にも人員を配置しているらしいが、そちらは特に説明が無かったので王族の親衛隊でも配置しているのだろう。何か有れば通信が入るはずなので今は気にしなくて良い。
今の所の心配は師匠と一緒に居る呪々だった。
何かしら乗り物が支給されているらしいから移動に関しては心配ないだろう。
だが、黒木の抵抗に巻き込まれ怪我でもされては寝覚めが悪い。
最近、特に存在感が無かったから余計に心配だった。
『まあ、コレに関しては私に任せておけば良いさね。捜索などの支援はするが最前線に立とうなどとは思っておらぬ。チヨの一人や二人を守りながら、コヤツが暴走せぬように抑え込むくらい造作もない。黒木の事はお前に任せた!』
いやぁ…。やる気が無いなぁ…無いなぁ…とは思っていたが、お祭り好きの師匠でも親子喧嘩の結末には関心が無いらしい。今日までに黒木には散々と振り回されたから仕方がないが…。
流石の師匠も黒木に出くわしたら足止めなどの最低限の仕事はしてくれるだろうけど、主戦力としてはあまり頼りには出来なさそうだ。
「わかりました。呪々も居るんですから無理はしないで下さいね。」
『無理はするなと言うがやらねばならぬ時にはやらねばならぬ。仕事はするから心配するな。っと。注文していた名物の塩ゆでジャイアントクレイフィッシュが来たから切るぞ!通信終わり!』
「はぁ…。」
俺の心配は塩ゆでの巨大ザリガニにかき消されてしまった。
「お主も大変よのぉ…。」
俺の隣で一緒に待機している黒竜帝が残念な物を見るような目で慰めてくれた。
うん。多分、これは慰めだと思う…。哀れみではなくて。
「まあ、仕方ないさ。色々あったからな…。」
本当に今日までに色々あった。
潜伏先に突入したら、公衆浴場の女湯に転送されたり。
追い詰めたと思ったら、対魔術合金の檻が降ってきたり。
飛行魔法で逃げる黒木を追跡していたら、どこから見つけて来たのかパンをくわえて遅刻しそうになっているお嬢さんをブツケられたり。
本当に色々とあった…。
その尽くが三流コメディの様な罠と言うか何と言うかで黒木は逃げおおせるのだから、こちらとしてはたまったものではない。
俺もブチ切れそうになったが、師匠の怒りは凄まじかった。最後には燃え尽きて追跡を最初から諦めてしまうほどに。師匠としてはもう二度とアレに付き合いたくないのだろう。今回の作戦に不満タラタラなのもそのせいである。
だが、そんな生活とも今日でおさらばだ。
「まあ、良い。どちらにせよ我が役目もこれで終わるのだ。これで我も多少は自由に買い物へと出かけられる様になるならありがたい事だ。」
感慨深げに頷く黒龍帝だったが、その買い物と言うのがBL同人誌を買い漁る事だろうと思い至った俺は深くは突っ込まずに放置した。
それぞれの思いは違えど数千年に及んで巻き込まれてきた親子喧嘩に終止符が打たれる。
この世界で生き、何千年も付き合ってきた当事者からすれば、俺達以上にその感慨は一入だろう。と、思っておく事にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その通信が入ったのは双月日食の開始まで一時間を切った午前十時前の事だった。
『ハロー。魔法少女ケイからハルトちゃんへ。聞こえるかしら?』
慣れた様子で回線に割り込んできたのは変態魔法少女おばさんこと魔法少女ケイだ。
「はいはい。感度良好ですよ。って言うか。最初は名乗るのも恥ずかしそうだったのに最近は吹っ切れた感じですよね。自分で少女って言うの嫌がってたのに慣れてどうでも良くなっちゃいました?」
散々、人から金をむしり取っておいて、何年来のマブダチのように話しかけてくる変態魔法少女おばさんにイラっとした俺は挨拶代わりに嫌味を返した。
『あー。まあ、アレよねー。いい歳したババアが女子とか言っちゃうのは私もどうなの?って思っていたクチなんだけど、名乗ってみると意外とイケル!みたいな?』
嫌味と分かっていて普通に返事を返してくる変態魔法少女おばさんに諦めを感じつつ、時間も無い事だし本題に移ることにした。
「で、何ですか。今日で最後なんですから支払うお金なんてもう無いですからね。用事が有るなら聞きますけど。もうビタ一文たりとも払いませんからね。」
そう。これまでにいくら巻き上げられた事か。
情報は正確だった。故に高額な情報料も支払った。
俺達には他の情報源が無かったから情報料を払ってでも手がかりが欲しかった。
ただ、俺達の前に現れる度にお肌がピカピカになっていたり、お前それって魔法少女か?と、問い詰めたくなるような装飾品が日々増えていく様子を見てイラっとしていた。黒木に逃げられては情報を求める俺達は変態魔法少女おばさんにとっては良いお客さんだった事だろう。この守銭奴には二度と関わり合いたくないと思っていたのだ。
『あぁ。滞在費として十分な報酬を貰ってるし、これで最後なんだからサービスしてあげるわよ。それにシッカリとあの子を取り戻してもらわないと私も困るからね。』
返ってきた答えは予想外のものだった。
これまでの彼女の物言いとは打って変わって優しく母親の様な口調で。
そして、彼女は続けた。
まるで事の顛末を知っているかのように。
『良いかしら?新戸晴人さん?物事は全てに繋がりが有り順序が有る。関係無いと思っている様な事にもね。その繋がりの中で何を選んでどう行動するか。様々な要素が絡み合い最終的な結果に繋がる。大きな結果は変わらないかも知れない。でも、小さな結果は確実に変わるわ。そう。私に払ったお金だって無駄じゃなかったわよ。』
うーむ。何だか良い話っぽく聞こえるが…。
単に金を巻き上げた事を正当化しているだけにも聞こえる。
何を言いたいのかは分からなかったが、この局面で情報をくれると言う事は…。
「わかりました。今はそう言う事にしておきましょう。意味がイマイチ分からなかったですけど。それで?黒木の居場所を掴んでいるから連絡をしてきたんでしょ?」
時間もあまりない。
彼女としても前置きは済んだだろう。
時間を惜しく思った俺は引っかかる物言いを無視して単刀直入に聞いた。
「そのうち分かるわよ。まあ、良いわ。時間も無いことだしね…。」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
彼女から告げられた座標。
それは、俺の街から数十キロ北方にそびえる山脈。
ポテトイーターが子育ての為に生息していると言われている山脈だった。
「そうだ。その辺りを中心に探索してくれ。念の為、観測点に配置している人員はそのままで。師匠やそっちが配置している遊撃部隊だけを動かして。俺は既に黒竜帝と向かっている。あぁ。頼んだ…。」
まだ、黒木の居場所を確定できたワケではない。
最低限の報告をして、王女アイリスとの通信を切った。
黒木がここまで考えてあの時にポテトイーターに乗り移っていたのだとしたら…。
黒木に「流石は魔王だ」と称賛せざるを得ないだろう。
荒廃した山脈に人が踏み入る事はなく、標高が高くなればなるほど人目に付くことはない。飛行魔法で比較的簡単に山頂まで辿り着けるこの世界では登山目的で山に踏み入る者も少ないだろう。加えて、あの時に生き残ったポテトイーターに何らかの仕掛けをし、必要な魔法陣の準備をさせて、魔力を集めさせていたなら…。
万が一、双月日食の機会を逃したとしても別の方法で異世界移動を行えるのではないだろうか。今度は数千年前の事を踏まえて妨害されたとしても異世界移動魔法を実行出来るように対策を施して。
「見えたぞ。」
俺を背に乗せた黒竜帝が告げた。
岩肌が切り立った山脈の峰が眼下に広がっている。
そして、目標座標の山頂は整地されたかの様に真っ平ら。
何者かによって手が加えられいるのが遠目にも確認できた。
「黒竜帝。何か感じるか?」
「そうだな。何かが仕掛けられている形跡は有る。ここを中心として魔力が分散貯蔵されているのは確かだろう。だが、ヤツの気配は感じられん。警戒をしておるのじゃろうが、じきに双月日食が始まる。そうなれば否が応でも出てくるしかないじゃろう。こちらは包囲網を完成させ粛々と事を成せば良い。ヤツを足止めしてジャジャ馬娘と対面させられれば作戦終了じゃからな。」
俺は黒竜帝の言葉に頷くと王女や女神達が配置に付くのを待った。
* * * * *
事態が動いたのは太陽が欠け始めた頃。
『艦隊の配備は完了。遊撃部隊αチーム並びにβチームも所定の位置に到着。遊撃部隊θチームが若干遅れていますが誤差の範囲内です。情報通り山頂部の平地には特異空間の存在を確認。向こうもこちらの包囲網を確認しているでしょう。早急に作戦行動に移ります。五秒後に時間合わせを。5・4・3・2・1。五分後より行動開始します。以降は打ち合わせ通りに。各艦隊並びに高速飛行騎兵は全力で対象の拘束を優先。包囲部隊は範囲から逃さないように。遊撃部隊は魔王の拘束を優先しつつ各人で最善の判断で行動を。各隊の奮闘に期待します。以上。』
粛々と形成された包囲網の中心に居る王女アイリスからの最後の指示が下る。
旗艦に乗船するニナによって拡張空間に潜伏する黒木をあぶり出す。
それを戦艦に搭載された高速飛行騎兵によって包囲。
俺達、遊撃部隊が黒木を拘束出来れば作戦の大半は終了だ。
後は、親子で勝手に解決してくれれば良い。
各人が配置に着き五分が過ぎた。
いよいよ作戦開始だ。
「異空間キャンセラー発動!」
アイリスの号令で異空間キャンセラーが旗艦から放たれようとした。
その時だった。
黒木と思われる影が現れたのは。
「見事だ!数千年前には女神達に踊らせて力任せに我を攻撃するだけだった人類が、今はこうして組織的な作戦を遂行している!大きな成長だ!素直に称賛しよう!!」
山々の中心部。俺と黒竜帝が最初に目にした山頂。
事態の変動を察したのか黒木が現れた。
その傍らには、妙子ちゃんが光る箱の様な物に入れられて囚われている。
「おい!残念女神!!ボーっとするな!!敵が姿を表したなら次は拘束だろうが!!みんなお前の我儘に付き合ってやってんだ!!気を抜いてんじゃねえ!!お前が動かないと隙を突いて妙子ちゃんを取り返す事も黒木を捕らえる事も出来ないだろ!?とにかく動け!!!」
絶妙なタイミングで現れた黒木に虚を衝かれて動きが止まっているニナに激を飛ばす。それと同時に師匠の動きを見ながら黒木を捕らえるタイミングを狙う。
だが、その間にも先手を取った黒木が飛び回りながら、周辺を包囲する高速飛行騎兵を撃ち落としている。
『わーかってるわよ!!言われなくともぉぉぉぉぉぉ!!ホーミングチェーン!!』
ニナの叫びと共に旗艦から無数に放たれた光の鎖が黒木を追跡する。
効果も強度も術法増幅装置によって増幅されているはずなのだが、黒木の方が一枚上手なのか決め手に欠けていた。追いかけてくる光の鎖を一本一本丁寧に捌かれては引き裂かれる。
「クソ!気合い入れろ!ニナ!!!」
俺の叫びにニナの応答は無かった。
ニナも限界以上に対処しているのだろう。
だが、黒木がそれを確実に処理して詰めさせない。
何かしら隙が作れたならチャンスも生まれるのかも知れないが、俺と師匠の攻撃に対しても確実に対応されて打つ手が無い。
しかも、黒木は発見した呪々に、師匠が施したバリアの上から更に強力なバリアを施して、呪々の更なる安全を確保すると言う余裕。そんな黒木の行為に喜ぶ呪々を見てるとどちらが正義なのかも分からなくなってしまう。いや。この作戦に正義もへったくれもないのだが…。
俺達は手をこまねいていた。
「クソ…。手詰まりか…。」
俺が悪態をついた。その時だった。思いもよらぬ援軍が現れたのは。
「王気発動!!ロイヤルヘイトバスターーーー!!!!」
どこから現れたのか、遊撃部隊θチーム…。いや…。
「説明しよう!ロイヤルヘイトバスターとは!?王族により放たれる王気により何人たりとも無視出来ないイラっとした得も言われぬ感情を植え付け、敵の冷静さを失わせる王家限定のヘイトコントロールスキル!!王族の末席に連なるリックであろうとも、その効果は絶大!!例えパパでも無視する事は出来ない!!」
リックパーティと、癒やし顔のシーナにダッコされながら饒舌に説明しきって満足気に「むふぅー!!」と唸る女神ニコがそこに居た。
「待たせたな!!俺参上!!女神ニナ!!姉様!!ハルト!!師匠殿!!俺が引き付けている間に、その駄目親父を捕まえろ!!!!」
いやいやいや。まてまてまて。
どう言う事だ?何をどう理解すれば良い?
王気?王族限定!?初耳だぞ??
文字通り受け取るならリックは王族って事になるぞ??
理解出来ないまま体だけは動かして、リックに突進する黒木を追う。
『よくやりました!我が末弟にしてドワーフ族を祖とする王子リックよ!皆様!今です!!やぁーーーっておしまい!!』
アイリスはアイリスで説明くさいセリフを挟み込んでくるし!
あと、地味に負けフラグ立てんなし!!
確かにリックがどっかの貴族の息子だとか言う噂はあったが…。
末弟!?ドワーフ族を祖とする王子!?王族!?
いやいや。それよりもだアイリスの弟って事はアイリスより年下なのか!?
リックと出会った時には俺と同じか少し下くらいの年齢だったはずなのだが!?
アレか?アレなのか?身長とか身体的なドワーフ族の特長は王族の血の影響でキャンセルされて、外見とか成長スピードとかはドワーフ族の特性を受け継いでいて、俺と知り合った当時は、見た目は大人、頭脳は子供状態だったのか!?
確かにドワーフ族は幼少期が短く、十二歳くらいで体も頭脳も大人に近い状態まで成長し、以降は緩やかに老化していく長命種だが!!
俺が混乱している間にも、周りではアイリスの号令に従い、高速飛行騎兵や飛行戦艦から黒木に対して一斉に拘束術式が放たれている。俺も混乱しながらも黒木に拘束術式を放った。
一斉に術式が放たれた事で危機感が働き冷静さを取り戻したのか、リックが放ったヘイトコントロールスキルの効果が切れたのか、黒木が咄嗟に拘束術式を回避しようとする。
だが遅い。
さっきまで飛び回って回避していたのに、ロイヤルヘイトバスターの効果で、わざわざ地上に降りてリックに突進していた黒木はリックに接近した所を飛びかかられ、恥ずかし固めをキメられて、屈辱的な格好をしたまま色々な方向から飛んできた拘束術式にあっさりと捕らえられてしまった。
「ハルトさ~ん!タエコさんは確保しましたよ~!」
さすがのコンビネーションと言うべきか、リックが黒木を引き付けている間にシーナ達が妙子ちゃんが居た場所まで移動し、光る箱の様な物を解除して助け出してくれている。
やれやれ。これで一安心だ。残された時間は少ないが後は親子でジックリと話し合ってくれれば良い。ニナも黒木と向き合うと言っていたんだ。数千年前の様に拗れて世界を巻き込むような大戦闘にはならないだろう。
ホッとした。ホッとしたのは良いのだが。
何やら妙子ちゃんの周りが騒がしかった。
「ハルトさーん!!その…さんは…だから……します!!……てぇーー!!!」
遠目なのでよく分からないが、妙子ちゃんは大きく手を振って何かを叫んでいる。
「妙子ちゃん何だぁぁぁぁ!?周りがうるさくて聞こえないぃぃぃぃぃぃ!!」
俺が聞き取れていないと理解したのか。
妙子ちゃんが通信機の存在に気がついて誰かの通信機を奪ったのだろう。
彼女の劈くような声が通信機を通して耳に直接クリアに響いた。
「だからぁぁ!そのカラクリ黒木くんは行動不能になったら自爆するんですって!!みんな今すぐ逃げてぇぇぇぇぇ!!」
「はぁ!?自爆!?」
カラクリ黒木くん!?意味が分からなかった。
だが、鬼気迫る妙子ちゃんの声を聞いて俺は反射的に飛行魔法で急上昇する。
「退避だ!退避!!全力でこの場を離れろ!!」
上空に逃げながら全方位通信で周辺に指示を出す。
だが、遅かった。光。音。熱。爆風。そして粉塵。
光ったと思ったら、次の瞬間には空気が揺れ、重い地響きを轟かせながら熱と空気の波が粉塵を上げながら辺り一面に広がり爆風が吹き荒れた。
黒木と思われたモノを拘束していた高速飛行騎兵や飛行戦艦も大きく揺れる。
幸い彼らは距離を取っていたのでダメージは少なかったと思われる。
爆風で飛ばされた者も居るようだが被害は少ないように見える。
地上に近い位置に居た者も、妙子ちゃんの悲鳴に似た警告に反応して防御態勢を取ったのだろう。通信機から聞こえる被害報告は爆発の規模の割に少ないように思える。
妙子ちゃんやシーナ達はニコが何らかのバリアを張ったのだろう。
通信機を通して聞こえてくる声から察するに健在のようだ。
だが、黒木のようなモノを恥ずかし固めで拘束していたリックは爆心地で…。
「クソ…。何やってんだよ…。無茶しやがって…。」
どこにぶつけて良いのかも分からない怒りがこみ上げる。
あの短時間では逃げ出す事は出来なかっただろう。
リックが最後まで黒木のようなモノを恥ずかし固めで拘束してくれていたからこそ。
あの爆発の規模の割には被害が少なかったのだろう。
黒木のようなモノが自爆を選択をし、最後に飛行戦艦にでも突っ込んでいたら、この程度の被害では済まなかったかも知れない。
「思ったよりも時間稼ぎは出来なかったか。」
黒木の冷静な声が俺の近くから聞こえた。
いや。近くから聞こえたように感じた。
周りを見回しても黒木の姿は確認できなかった。
「黒木。満足したか。これだけの被害を与えて満足か。」
双月月食が進み薄暗くなり始めた山頂で怒りを噛み殺して静かに問う。
いや。怒りを噛み殺したワケでもなく、黒木を許したワケでもなく。
ただ、色々な思いが混み合って感情が表に出なかっただけだ。
「満足?いや。満足感などは無い。前にも話したが俺は目的を遂行する為に動いているだけだ。最後まで逃げなかった彼には申し訳なかったが、アレが発する警告音は彼も聞いていたはずだ。俺の計算では、この戦場に参戦する様な人間ならスキルや行動で対処する事が出来るだろうから致命傷を負うような人間は居ないはずだったのだが。彼の事は不幸な事故だ。現に彼以外は致命傷を負う事は無かっただろ?こちらも出来るだけ被害が出ないようには配慮している。」
つらつらと。
ながながと。
淡々と。
飄々と。
姿を見せずに語る黒木に怒りが募る。
「違うだろ。そう言う事じゃないだろ。ここまでする必要があるのか?最善の方法として女神達と対峙しないと言うお前の選択は分からなくもない。だが、周囲を吹っ飛ばしておいて被害が出ないように配慮していると言うなら、最初からお前が女神と顔を合わせて話し合っていれば、こんな事をする必要すら無かっただろ。前にも言ったが女神達が無理矢理にでもお前を止めようとするなら、俺はお前の側に付く。考えてみろ。親と向き合ってもらえず、自分達を見ようともしてもらえず、目を逸らされ続ける子供達の事を。彼女達は納得してお前を送り出したいだけなんだよ。」
事情を知らない者たちには聞こえないように、通信を切って黒木だけに聞こえるように話した。これ以上、黒木を説得しても無駄だと分かりつつも。
元の世界に帰るためだけに分離され、元の世界に帰るためだけに行動する黒木に親としての気持ちが少しでも残っている事を期待して。
「前にも話したが俺にはどうにも出来ない。それこそ、俺の中に刻まれた行動原理が改変されない限りは。お前が何を期待しているのかも分かるが、出来るだけ被害を出さずに、この局面を脱して元の世界に帰ろうと配慮している時点で俺の中に残った親心は使い切っていると言っても良いだろう。現状でこれ以上の被害を出したくなければお前達が引いてくれ。」
黒木の答えは変わらなかった。
黒木からすれば、俺達が勝手に集まって来て邪魔をする面倒な相手でしかないのかも知れない。確かに事態を大事にしているのは俺達の側なのだろう。
「せめて、姿を表したらどうだ。最後に顔くらい見せてやったら。俺が手出しはさせない。」
最後の妥協点を見いだせないかと提案してみた。
「それが出来るなら最初からやっているよ。」
だが、黒木の答えは最後まで変わらない。
どこか寂しげな声で答えると黒木の気配が消えた。
残りの時間を消化して逃げ切ると決めたのだろう。
黒木からすれば出てくる必要も無かったのかも知れない。
妙子ちゃんを返すためだけにカラクリ黒木くんを使って俺達に付き合っただけ。
それだけだったのかも知れない。
「まったく!男がウジウジと!!黒木さん!あんたね!父親として最低よ!!親としての責任を果たしなさい!!出てこないって言うなら引きずり出すまでよ!!」
シンと静まり返った山頂に女性の声が響いた。
この声は…
「え!?お母さん!?えぇ!?そんなはず…」
妙子ちゃんが、その声を聞いてうろたえる。
「お母さん!?」
そして、俺も妙子ちゃんの「お母さん」と言うに認識にうろたえた。
その声はどう考えても変態魔法少女おばさんの声だったからだ。
変態魔法少女おばさんが妙子ちゃんのお母さんってどう言う事だ!?
「妙子!!これを使って黒木を引きずり出しなさい!妙子なら私よりも上手に使えるはずよ!!ハルトちゃんはコレで問題の元凶を引きずり出して!!全てを片付けるわよ!!私の中のユーフィリアがそう言ってるわ!!」
言い終わるが早いか、放たれた光が束となって俺と妙子ちゃんの手に集まる。
「指輪?」
状況が把握できずに困惑した妙子ちゃんの声が通信機を通して聞こえる。
「指輪だと!?ローズオブホワイト…。本物のローズオブホワイトなのか!?」
その声を聞いて師匠が興奮気味に叫んだ。
ローズオブホワイト。
数千年前の戦いにおいて魔法少女ユーフィリアが身につけた魔法少女装備。
魔法少女ユーフィリアの血脈しか装備出来ず、女神達と師匠の師匠であるジョージ=グラスロッドによって作られたチート山盛りの最終決戦兵器。
俺達の世界に転移したユーフィリアが装備していた本物の「ローズオブホワイト」が現存し、変態魔法少女おばさん…いや…妙子ちゃんのお母様が、それを使えたと言う事は…。
「あの変態魔法少女おばさんを母と呼んだか!?妙子!!ならば、お前にも使えるはずじゃ!!今すぐ装備して黒木を引きずり出すのじゃ!!」
そう。妙子ちゃんもまた、それを使えると言う事。
「えっ!?えっ!?意味がわからないんですけどー!?指輪をつければ良いの??」
戸惑いながらも師匠に言われるがままに妙子ちゃんが指輪をはめる。
次の瞬間、警戒な音楽と共に妙子ちゃんが光の渦に包まれた。
白色で統一された衣装に包み込まれる。
だが、前に見た時とは形状が少し違う。
ピンクのレース部分が輝いて半透明の帯が風にたなびく。
所々に金の刺繍が施され上品さを感じられる仕上げになっていた。
それだけではない。
妙子ちゃんのお母様が身にまとっていた時に感じた小者感は全く無く、妙子ちゃんから発せられる魔力、そして神力は他の者を寄せ付けない程の神々しさを放っている。
「ハルトちゃん!うちの妙子が可愛いからって見惚れてないで!!うちの妙子が可愛いのはディフォルトでしょ!?さっさとその計画書を確認して共有なさい!!」
いや!見惚れてない!!
いや!見惚れてないワケではないけど!!
思わぬ所からの思わぬツッコミにドギマギしながらも、我に返った俺は手元に運ばれていた羊皮紙に目を通した。
「なるほど…。黒木が変えられないと言うなら、変えられるヤツに変えさせるってワケか…。だが、俺に出来るのか…。」
妙子ちゃんのお母様から提示された計画の大胆さに二の足を踏む。
「ハルトさん!大丈夫!!」
躊躇する俺を認識したのか妙子ちゃんが俺に声をかけた。
どんな方法を使っているのか分からないが、俺の頭に妙子ちゃんの声が響く。
「私の中のユーフィリアさんが言ってるの!ハルトさんなら大丈夫だって!ハルトさんにはそれだけの実力が有るって!それにこれだけ一ヶ所に縁をつないだ人達が集まってるんだもん!多少、無茶な召喚陣でも失敗する理由は何も無いって!」
なるほど。本来、召喚術式は縁の深い物を材料にして召喚物と縁を繋ぐ為の術式だ。
これだけ張本人たちが集まっていれば、多少の無茶が通る可能性は高い。
妙子ちゃんの言葉に後押しされて俺は覚悟を決めた。
「分かった!妙子ちゃん!黒木の事は妙子ちゃんに任せる!」
「お任せあれ!!」
妙子ちゃんは短く答えると黒木を引きずり出すために行動を開始した。
「ニナ!ニコ!アイリス!師匠!呪々!計画書を共有するぞ!中心部の指定の配置に居てくれるだけで良い!」
動き始めた妙子ちゃんを確認した俺は、巻き込まれた俺達と、巻き込んだヤツらに声をかけて、このとんでもない計画を共有する。
「なっ!?本当に呼び出せると思ってるの!?システムに固定されて地上に現界なんて出来ないわよ!?」
計画内容を確認したニナが真っ先に驚きの声を上げる。
それもそうだろう。向こうの事に関して詳細を知る者の一人なのだから。
「故ニ魔術ベースニヨル召喚術式ト言ウ事ナノネ。」
驚くニナにニコが冷静に答える。
実際にはニコもこの方法を聞いて驚いているのだろう。
だが、その可能性をいち早く理解したのもニコだった。
「なるほど。神術での降臨要請では限界が有りますが、相手の都合など考慮しない魔術による召喚なら、例え分け御霊だろうと現界する可能性は有ると…。」
普段からは想像出来ないくらい真剣な声でアイリスがニコの答えに説明を付け足す。
そう言う事だ。黒木の行動原理を少し変えさせるなら、ほんの数パーセントだけ女神達の気持ちを寄り添えるようにすれば良い。その全てを呼び出す必要は無い。
「全く。面倒なヤツじゃな。ヤツを素直にさせる為だけに世紀の大召喚術を行う事になろうとはな。じゃが、それで黒木が素直になれると言うならダメ元でもやってみるだけじゃ。ご本人登場で慌てふためく黒木の姿が目に浮かぶわ!」
師匠が言う様に本来ならダメ元。いや、それ以下の大博打だ。
だが、ここに、不自然に。これだけの関係者が集められたのには理由が有るはず。
まるで予め定められていたかの様に。
そうだ。妙子ちゃんの母親までもがここに居る。
彼女がこの場に居る事を考えると予め仕組まれていたと考えてもおかしくはない。
「んー。良くわかんないけど、まさにぃがそれで幸せになるなら早くやろう!妙子もすっごい頑張ってるんだから!」
呪々が妙子ちゃんの方向を指差しながら俺達を促した。
呪々の指し示した先には、眩しい光を放ちながら何もない様に見える空間に光の鎖を打ち込んで何かを引っ張り出そうとしている妙子ちゃんが居る。
「そう言う事よ!うちの妙子が頑張ってんだから、貴方達も早く準備なさい!時間はあまり残されていないわよ!!」
この召喚の最後のピースとなる妙子ちゃんのお母様が作戦の開始を促す。
「よし!どちらにしてもこれで最後だ!!ダメ元でやってみるぞ!!」
俺はこの瞬間にも一人で頑張る妙子ちゃんを見ながら作戦開始を宣言した。
* * * * *
構成する召喚術式は複雑を極めた。
中心地点は六芒星で単純なのだが問題はその周囲だ。
この術式を短時間で全て覚えて具現化させないとならない。
基本的な召喚術式が複雑に組み合わせられた特製の召喚術式。
そして、この世界を構成する物語が詰め込まれた巨大な召喚術式を。
俺は召喚術式の全てを頭に叩き込み、みんなには指定された配置に移動してもらう。
正三角形の頂点には、妙子ちゃんの母親。伊丹京子。その三角形の底辺二ヶ所にニナとニコ。逆三角形の頂点には、俺が。そして、その底辺二ヶ所には師匠と呪々が移動する。そして、中心部の上空には『ほわいとておふぃるす號』が配置され、術法増幅装置に移動したアイリスが陣取っている。
何も無い空間から黒木時空(仮)と思われる正方形の建造物が顔を覗かせている。
それを一人で引っ張り出そうとしている妙子ちゃんが叫んだ。
「ハルトさん!召喚を優先して!決め手は召喚の成功に掛かってると思います!黒木さんも召喚が成功したら出てこないワケにはいかないでしょ!」
黒木に囚われていた割には思っていた以上に元気で力強い妙子ちゃんの声が耳に届いた。その声に勇気をもらう。
俺が妙子ちゃんの声に励まされるように、ちょっとした事で人は変われる。
意識を変えられる方法が明確なら、その方法を黒木の前に引きずり出して変わって貰おうじゃないか。
「黒木!お前が一人で変われないってなら、お節介だろうが何だろうが俺達が全員で変えてやる!やるべき事が有ると言うならその後でも遅くないだろ?」
聞いているのかすら分からない黒木に語りかけて俺は召喚術式を発動する。
「光と闇と地上を統べる大いなる意志よ。我が呼びかけに応えよ。」
詠唱を始めると基礎となる召喚陣が浮かび上がる。
青白く光る線が俺達を繋いで六芒星を形作った。
いつもと同じように徐々に魔力を込める。
いつもと違うとすれば、その量だろう。
規模が大きい分だけ持っていかれる魔力の総量が違った。
ゆっくりと大量に魔力を注ぐ。
「縁は縁を呼び、更にその縁を繋ぐ。そして更なる縁は神代を繋ぐ。」
中心の六芒星が光り輝き、内側から順番に召喚術式が形成されていく。
魔術の召喚術式。そして、続くこの星で毎日行われる小さな日常の物語。
順番に積み重なり、速度を増して大きな円を形成していく。
そう。この星を覆うほどに。
星を覆うほどの大規模召喚陣。
この星に住まう者の全てを覆って、人々の幸せを願う気持ちが召喚陣を形作っていく。それは、ニナやニコが、この世界の住人に慕われている証だと言っても良い。
これは、魔術的な召喚陣だけで構成されているワケではない。
これは、一部で神威が織り込まれている複合術式。
そして、神を降ろす為の祈りだと言って良いだろう。
「我が求めに応じ、皆の祈りと縁に基づき、皆の前にその姿を表わせ。」
光が増す。青白い光が変色し、黄色い光となる。
集まった光が太陽光のようにあたたかさを増した。
そして、大地に根付く植物の葉が太陽の光を反射するかの様な緑の光がアイリスの乗る戦艦を中心として降り注ぐ。
「さあ、思惑通りだろう!太陽神メビ!大地神リミ!集まった縁と多くの民の求めに応じて現界し、その役目を果たせ!」
詠唱が終わると光の渦が爆発的に輝く。
柔らかな光と大地の匂いが辺りに広がる。
光が収束すると召喚陣の中心には二つの影が立っていた。
「手間をかけさせました。新戸晴人さん。そして、皆様には辛い思いも…。」
その影から優しげな声が響いた。
その声は大地神リミのものだろう。
人間の気配とは違う。そして、ニナやニコとは比べ物にならない。大きく包み込むような気配が辺りに広がっていた。
「どこまでが貴方達の計画かは知りませんが、俺達の様なユニットに辛い思いをする者が少なからず出てくるだろうってのも織り込み済みだったのでは?神と呼ばれる者達がロクでなしだってのは昔から変わりませんよ。それを押してでも行うしか無かった。そう言う事でしょ? ならば、表面上の謝罪よりも成すべき事を成されるべきです。正直、親子喧嘩に巻き込まれるのはご勘弁願いたいのでね。」
黒木に精神的に追い込まれ、自殺を選んでしまった俺のドロドロとした気持ちを、この事態を止められなかった神とも呼ばれるこの世界の管理者の大元締めである二人にブチ撒けたい気もしなくもなかった。だが、この世界や今の俺を取り巻く環境に意外と居心地の良さを感じている俺は嫌味を言うくらいで止めておいた。
「パパ!ママ!」
召喚された二人の下にニナとニコが駆け寄る。
二人の女神達が日々過ごしている空間で、この親子達がどの様な関係性の中で生活していたのかは分からないが、久々に対面する親子の様な印象を受けた。もし、そうだとするなら親子の対面を実現出来ただけでも、今回の召喚は成功だと言えるのかも知れない。そう思いながら黒木が抵抗していた方向に視線を移す。
この召喚が成功した事からか黒木も観念したようだ。
黒木が自ら出てきたと言う感じはしないが、首根っこをひっ捕まえて、ピロピロと一昔前の魔法少女の様に効果音を鳴らしながら飛んでくる妙子ちゃんに抵抗する事も無く従っている黒木の姿が見えた。
大人しくなった黒木を伴って妙子ちゃんが降り立ち女神達の前に黒木を下ろす。
「はい!ミッションコンプリート!黒木さんも観念して娘ちゃん達とシッカリ話し合って下さいね!」
一仕事終わった!と言う良い笑顔で黒木に言いつけると妙子ちゃんが俺の方に駆け寄ってくる。その笑顔が随分と懐かしい気がした。
「お疲れ様。」
俺の横にピタっとくっついてきた妙子ちゃんの頭を撫でると、もう一度笑顔を浮かべて何も言わずに俺の横に立って、お騒がせ家族の方向に視線を移した。
俺達の仕事は終わった。
後は彼らの問題だ。
それを妙子ちゃんも理解しているのだろう。
彼女は黒木達を優しい眼差しで見つめていた。
両親と再開して嬉しそうだったニナが、一転して不安そうな表情で二人の父親を交互に見つめる。重い雰囲気の中で最初に口を開いたのは太陽神メビ。黒木の半身だった。
「私よ。我が半身よ。娘達を制御出来ずに苦労をかけたな。」
メビは黒木に跪き、その手を取って謝罪する。
何千年前の失態で黒木に随分と遠回りさせた事を。
「何を言う。俺の半身よ。あの時、お前は動けなかっただろう。この世界を維持する為にシステムの生体部品となったお前に否はない。お前が責任を感じると言うなら出発前に問題を解決出来なかった俺の責任こそ問われるべきだ。私は異世界で許さぬ罪を重ねてきた。もし、私達が謝るとするなら、その相手は巻き込んでしまった異世界の子らだろう。」
二人が俺達の方を向いて頭を下げる。
そして、何かを言おうとしたが、俺は口を挟んでそれを止めた。
「黒木が追い込んできた数々の人間の恨み辛みは知らん。どちらにしても、元の世界で俺達が生まれた時代まで生きてる人間なんてのは居ないだろ?何十年 何百年前に終わった話だ。罪の重さは変わらんが、今はそれを後悔してる時間は無いだろ。お前らをこの場に集めた理由を思い出せよ。どうするのかは知らんが黒木を改変すれば娘達の話を素直に聞けるようになるんだろ?さっさと家庭問題を片付けてどこにでも行けよ。黒木が本当にこの世界に戻って来るためには片付けないといけない問題が山積みなんだよな?」
そうだ。残された時間は少ない。
二つの月と太陽が重なるまでに残された時間は少なかった。
もっと、嫌味を詰め込みたい気持ちは有ったが、出来るだけ端折って黒木達を促す。
同じ顔で二人して困った顔をした黒木達だったが、俺に向かって困った顔のままで頷くと二人は唇を重ねた。そして舌を絡めて濃厚なキスをしている…。
「「キャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」」
うちの腐女子達が黄色い声を上げて色めき立った。
「妙子!見ろよ!妙子!!まさにぃがまさにぃと!まさにぃとぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「呪々!見てるわよ!呪々!!黒木さんが黒木さんと!!どっちが攻めなの!?どっちが受けなの?!私は白木×黒木だと思うんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
うむ。うちの腐女子が混乱するのは分からなくもない。
オッサン同士のラブシーンなど気色悪いだけなのだが…。
男の目から見ても黒木は美形な方だろう。
少なくとも片方は生粋の神様的な存在で神補正が入っている。
少なくとも美形な二人のオッサンが同じ顔で濃厚なキスシーンを繰り広げているのだ。騒がずにいられようか。不覚にも俺もほんの少しだけ綺麗だと感じてしまった程なのだから。
と、見入っている場合ではなかった。
「お前ら何してんだよ…。」
静かに足で踏みつけて、ふしだらな行為を続ける二人を引き離した。
その行動に「キャー!嫉妬したハルトさんが二人を引き離したわよ!泥沼かしら!?」「イヤー!まさにぃを引き離さないでーーー!!」と、騒ぐ腐女子達は放置して話を進める事としよう…。
「いや。これは粘膜接触による情報伝達とパーツ交換で致し方ないのだ…。」
「まったく…。腐女子ってのはどこにでも現れやがる…。俺がこの世界を離れて何千年経ってるってんだよ…。少しは改善出来なかったのか…。」
言い訳する神と、悪態をつく魔王。それに巻き込まれた俺。
この話も二人の腐女子と大量の目撃者により語り継がれるのだろうか…。
黒木の言う通り。この何千年かで方法を少しは改善する事が出来なかったのかと頭が痛くなったが、今はそれどころでは無かった。
「で?改変ってのは終わったんだろ?」
二つの月と太陽の位置を確認しながら黒木達に問う。
「ああ。少し調整をするだけだったからな…。」
黒木が頬を染めながら素直に答えた。
オッサンが頬を染めてデレるとか気色が悪かったが今は問わないでおこう。
俺は、ニコの後ろに隠れて自ら前に出ようとしないニナの首根っこを掴むと黒木の前に連れ出した。
「おい。ニナ。お前んとこの変態父ちゃんに言う事が有るんだろうが。時間が無いんだ。モジモジしてないでお前の数千年分の思いをシッカリ伝えろ。手短にな。」
変態父ちゃん呼ばわりに少しだけ憤慨したニナだったが、時間が無いのは彼女も分かっていた。恥ずかしそうに黒木の横に座ると重たい口を開いて話し始める。
「……あのね!パパ!私ね!!」
ニナの背中を押した後、俺達はその場を離れた。
家族同士の時間を盗み見るような悪趣味は無いからな。
彼女が黒木に何を話したのかは分からない。
だが、笑顔で黒木の出発を見送ったニナとニコの様子を見る限りでは、彼女達の間に積もった数千年分のわだかまりは解消されたのだろう。
黒木との別れ際。
彼女達の目に浮かんだ涙には悲しみの色は無かった。
リアルタイムでは一時間後、2018/07/28 11:00にエピローグが自動投稿されます。
今暫くお待ち下さい。




