其之五|第九章|スクロールを複写するだけの簡単なお仕事です!
魔術や神術をスクロールに落とし込むと言う作業は意外と面倒だ。
『正確に術式を羊皮紙などにマナを注入しながら複写する。』
文字にすると三十文字に満たない説明で事足りるが、実際に製作するとなると思っている以上に面倒なのだ。
普段、描き慣れている術式なら目を瞑っても書けるのだが、描き慣れない術式となると話は変わる。高度な術式となれば術式も複雑化し細かくなる上に、普段、俺達の様な魔法使いは頭の中で術式を正確にイメージして発動するから、物理的に書き出すとなると余計に難易度が上がる。と、言うか面倒くさい。
こと、師匠のような大雑把な性格だと苦行でしかないだろう。
「もう嫌じゃ!もう嫌じゃ!どーしてチマチマこんなの書かなくてはならんのじゃ?女神らが私に合わせてバーっと発動してズガーンと突入すれば解決じゃろうが!?仮にも女神として崇められてるんじゃからそれくらいしろって話さね!!」
師匠はペンを床に投げ出して机に体を投げ出した。
「いやいや…。何度もニナ達と術式発動を試してもお互いのタイングが合わないからって、やっぱりスクロールにしようと言い出したのは師匠じゃないですか? 俺は最初からスクロールでいつでも術式を発動出来るように大量に作成しておこうって言ってましたよね?それをスクロール無しでやった方が早いとか言い出したのも師匠だし、上手く行かなくてやっぱりスクロールを作ると言い出したのも師匠ですよ?これ以上何をどうしたいって言うんですか?それに、突入して黒木を取り逃がすなんて事があったらスクロールなんて作ってる暇など無くなるだろうから大量に作っておこうと言ったのも師匠ですよね?黙って大人しくスクロールを作って下さい。」
俺は師匠が投げ出したペンを拾い上げると、机に乗せた師匠の顔の前に置いて諭した。
だが、師匠が投げ出したくなるのも分からなくもない。
単に、黒木空間(仮)を発生させるだけの術式ならば、もう少し簡単なのだろうが変態魔法少女おばさんから提供された術式は複数の効果を持っており、空間の発生・空間の解除・パターン分析・強制解錠などが一つの術式で出来るように組み合わされている。
それらが一枚のスクロールで発動出来るのは便利なのだが、書き写すには実に複雑で細かった。 例を挙げるとするなら富樫や萩原が本気を出した時の見開きページの様なレベルで書き込まなければならないと言えば分かるだろうか。
もしかしたら、嫌がらせとしてワザと複雑にしているんじゃないかと思うくらいに細かく複雑なパターンだった。
何となくダミーっぽい線も有る。
これを間引けば作業効率も上がるのではないかとも何度も思った。
だが、自分で書いたコードじゃない上に検証する時間が無い以上は書かれた通りに書き写すしか無い。
これが何に作用していると何となくは理解する事は出来る。
だが、それがどの様に繋がっているのかを一つ一つ検証するには圧倒的に時間が足りない。出来るだけ正確に慎重に書き写すしか俺達には方法がなかった。
「あーん!もうヤダ!ホントに誰よ!?こんなギッチリ術式を詰め込んだのは!?こことここは省略出来るんじゃない?って思ったら他の所でも使われてるし!下手に省略出来ないようになってるとか嫌がらせレベルよね!?コレを作った人間の性格がにじみ出てるわ!!絶対、どっかから見ててほくそ笑んでるわよ!!ホント!性格が悪い!!人格破綻してるんじゃないの!?まったく!!本来私はこんなチマチマした作業とか嫌いなのよ!!もっと豪快な仕事をよこせーーーー!!!」
師匠とペアを組んで神術部分を書き込んでいたニナが叫んだ。
こちらも精神的に限界のようだ。
淡々と仕事をこなすニコとは大違いだ。
「ン。コレ。」
自分の担当部分を書き終えたニコがペアを組んでいる俺に羊皮紙を渡す。
俺達がニナ&師匠よりも多くスクロールを作れているのはニコのお陰と言っても良いだろう。俺も頼れる人間が居たなら師匠と同様に叫び出したい気分だった。
考えてみて欲しい。富樫や萩原が本気を出した時の見開きページの様なレベルの書き込みを延々と行っているのだ。今週は作者体調不良の為に休載致しますとお知らせが載っても仕方がない仕事量だと言っても良い。
それを淡々とこなすニコは正に神様と言って良いだろう。
「しょうがない。一息入れましょうか。コーヒーでも淹れてきます。」
と、言い訳をして俺は席を離れキッチンに移動した。
師匠やニナの様に叫びだしたりはしないが俺も限界だった。
自分で自分の肩を揉んで気持ちいいくらいには疲労している。
腰を伸ばし、肩を回してお湯が沸くのを待つ。
年だろうか。目の疲労が各所の疲労に繋がっている気がした。
「時間は有ると言えキツイな…。」
誰も居ないキッチンでひとりごちる。
シンと静まったキッチンが俺を切なくさせた。
つい、数ヶ月前までは当たり前の光景だった。
でも、妙子ちゃんを助けてからは彼女の声が絶えなかったキッチン。
キッチンだけじゃない。
静まり返った家の中が、今の俺には辛かった。
こんなにも彼女の存在が俺の中で大きくなっていた事を実感する。
目頭が熱くなる。
じんわりと涙が溢れ出しそうになった。
コンコンコン
その時、家の外からノックをする音が聞こえた。
「ハルトさ~ん。いらっしゃいますか~?」
続いてシーナの声が聞こえた。
思ったよりも早く来てくれたらしい。
俺は「ちょっと待てってくれ!」と外で待つシーナに声をかけ、顔を洗ってドアに向かった。
「お久しぶり。何となく妹から話は伝わってますけど。人の心配を他所に自分の都合だけで連絡をしてきて、のほほーんとスクロール作りのお手伝いを依頼してきた事に関しては問い詰めませんけど、簡単にでも今回の件の事情は説明してもらえるのでしょうね? この依頼はそれに関係するものなのでしょ?」
ドアを開けるとシーナの横に立っていたローズに、出会い頭でやんわりと事情を問い詰められた。
仕方ないか。黒木が現れて以降は街を離れ、帰ってきた後もバタバタとしていて音信不通状態だったのだから。街の人間を避難させて、その後は市長であるエレナに街のことを任せきり。数少ない友人であるローズ達に連絡する余裕も無かった。冷静そうに見えて彼女達が怒っていても仕方がない。人付き合いが苦手となって人を遠ざけてきた俺でも彼女達が心配してくれていた事は分かった。
あまりにも師匠とニナが役に立たないからメッセンジャーで一方的に応援を頼んでみたが、それよりも先に俺達の無事を知らせるべきだったのだろう。
「避難の後に色々有ってな。正直、人を気遣っている余裕が無かったんだ。心配させたなら悪かった。事情は話せる限り話すから、取り敢えず中に入ってくれ。」
俺が中に入るよう促すと二人は顔を見合わせて仕方ないと言う顔で家の中に入った。
そして、もう一匹。どこから現れたのか…。
いや。ドアの横に潜んでいたのだろう。
何食わぬ顔でリックがシーナ達と一緒に家の中に入ってきた。
何の断りも無く入ってきたのだ。
こちらも何の断りも無く追い出しても文句は言えないだろう。
ボックスバリアでリックを囲み、グラビティコントロールでリックを浮かせると、そのまま家の外に追い出したのだが…
「ちょっと待てって!心配して来てみたら、この扱いって酷くねーか!?俺独自の情報網から得た情報じゃ、今お前ってかなり大変なんじゃねーのか!?タエコちゃんや魔王がどうだかって話が聞こえて来てるんだけど!?俺にも手伝える事が有るってばよ!!ここから出してくれーー!!」
追い出したまでは良かったが、人の家の前で騒ぎ立てられて非常に迷惑だ。
面倒くさいからシーナとローズだけ密かに呼び出したと言うのに実に迷惑。
「サイレンス。」
と、追加でサイレンスを重ねがけして黙らせた。
「心配はありがたいけどありがた迷惑だ。連絡出来なかった俺も悪いが、今の所お前の出番は無いから今は帰って大人しくしておいてくれ。グリードも居るんだろ?事情が話せずに面倒事だけ押し付けるみたいで悪いがリックを家まで運んでやってくれ。ついでに魔法が切れた後に逃げ出さないよう見張っててくれると助かる。」
俺の話が終わるのを待っていたのか要件を言い終わるとグリードがどこからとも無く現れる。グリードが現れたのを確認した俺は懐から金貨を取り出すと、そっとグリードの手に握らせる。
「その依頼しかと承った。」
短くそう告げるとプカプカと浮かぶリックの入ったボックスバリアを押しながら街に戻って行く。
「アレでも凄く心配していたから話せる時が来たら説明してあげて下さいね。」
売られていく仔牛の様に街に連れ戻されるリックを見ながらローズが呟いた。
「あぁ。分かっているよ。」
俺は短く答えると時間を惜しむように家の中に入る。
リックの気持ちは嬉しいが、今の俺には彼の相手をしている余裕は無かった。
* * * * *
家の中に入るとシーナとローズに断りを入れて師匠達にコーヒーとクッキーを届け、同じセットを改めて用意をして二人の前に差し出した。
二人は差し出されたコーヒーで口を湿らすとカップを置いて俺の言葉を待った。
「何から説明したものか。二人はどの程度の事情を把握しているんだ?」
この二人に限って言えば、全部を話しても街の人などに事情を流布して余計な不安を煽るなんて事はしないと思うが、どの程度の事情を把握しているのかによって説明も変わってくる。協力してもらうのだから必要以上に隠す気は無かったが、状況を確認する事から始める事にした。
「そうですね~。タエコさんが何者かに囚われている可能性があって、今回の依頼はその件に関係が有るかも知れないとローズから聞いています~。」
のんびりとした口調でシーナが話し終わるとローズに視線を向ける。
それを受けてローズが話しだそうとしたが言葉を飲んで考え込んだ。
「これってどこまで話して良いのでしょう?多分、私は妹を通して一定以上の情報を知っているはずですけど…。今回の関係者がどうしてこうなったのかまでは知りません。全ての事情を知らないから不用意に話して良いものか判断に困るのですが?」
不用意に話して混乱を招くよりも、話せる時が来るまで秘匿すると言う選択。
ローズらしい答えだった。
「そうだな。他人にうっかり話して事態を混乱させる可能性を考えるとプロミスで契約を結んでおくべきか。」
俺の言葉にローズが頷く。
万が一、無理やり口を割られるなど色々な可能性を考えての気遣いだろう。
じっと聞いていたシーナもローズの様子を見て素直に頷いた。
「よし。条件としては今回の件が解決するまで業務上で知り得た情報は口外してはならない。解決条件の判断は俺がする。例外として俺が解除した条件内でのみ伝える事が許される。なお、その場合には追加対象にも契約を施すのを前提条件とする。」
条件を伝えると手早く準備をして契約を済ませる。
これでローズも気兼ねなく話せるだろう。
契約を終えて安心したのかローズは話し始めた。
「そうね。まずは経緯ね。避難の後にハルトさん達と連絡が取れなくなって色々と探し回っていた時の事よ。私がこの情報に辿り着けたのは、夢見る冒険者亭のマスターからニコさんとニナさんが「王都に行く用事が出来たから仕事を休む。」と一方的に告げられて、それ以降は連絡が取れなかった言う話を聞いたから。ハルトさん達と連絡が取れなくなったのと同じ時期に。それからは手詰まりだったのだけど、ニコさんとニナさんが戻ってきて事情を聞いたのが昨日のこと。話を聞く中で不自然な感じがしたから確かめてみたらプロミスが施されていたわ。ニコさんとニナさんからは情報を得られなかったけど、緊急で王都に行かないといけない理由なんて限定される。そこで私は聞いてみた。妹にね。妹から聞き出せた情報は「タエコちゃんは取り戻す。」と「必ず捕らえる。」の二つだけ。それでも、あの子が情報を漏らすのは珍しいわ。余程の事があったのね。姉としてはどんな時でも冷静に対処して欲しいから心配なのだけど今回に関しては助かったわ。「タエコちゃんが何者かに連れ去られた。」と言う可能性が見えた。ニコさんとニナさんの王城への召喚。時を同じくして姿を消したハルトさん達。妹の言動。」
ローズはそこまで一気に話すと「ふぅ…。」と息を整え、右手で頭を抱えながら話を続けた。
「状況を整理すれば何となく導き出される答えは分かるわよね。私もどうすれば良いのか分からなかったけど、ハルトさんに手伝いを依頼されて助かったわ。こうやって事情を聞く機会をハルトさんがくれたのだもの。明日にでも問い詰めようかと悩んでいたから。問題が大きすぎて私だけでは抱えられなかったもの。私の推測が正しければ「魔王が帰還し、どう言うワケかタエコちゃんが人質として連れ去られた。」と、考えているんですけど合ってるかしら?」
「魔王!?」
魔王と言うワードにシーナが椅子から立ち上がり机を叩いて俺を見て言葉を待った。
アイリス王女が情報をお漏らししてしまったとは言え、ここまで的確に状況を推測しているとは思いもしかなかった。出来ればある程度ごまかしてスクロール作りだけ手伝って貰えたらと思っていたが、少し考えが甘かったようだ。
俺は覚悟を決めて話し始めた。
「正解だ。細かな事情には辿り着けていないが、概要としては間違っていない。」
「ならば!今すぐにでも撲滅すべきです!!教会に戻って緊急事態宣言を!!」
シーナが憤り、今すぐにでも出て行きそうだったが魔法でドアをロックして止めた。
「なぜ!?なぜ止めるんですか!?一大事ですよ!?ハルトさん!!」
ドアノブをガチャガチャしながらシーナが叫ぶ。
教会の人間からすれば魔王と言えば滅すべき仇敵なのだから仕方がない。
「まあ、待て。既に王には報告をしている。なのに、表立って動いていないのには理由が有る。無駄に騒いで良い状況ではないのくらい理解できるよな?まずは座って話を聞いてくれ。」
シーナが慌て取り乱すのも仕方がない。
本来ならこの世界において魔王の帰還はシーナの言う通りの大事だ。
だが、事情を知った俺達としては末端の教会に大きな声で騒がれては迷惑だった。
教会の上層部で止めたとしても事情を知らない末端が騒ぎ出しては元も子もない。
人の口に戸は建てられないのだから、すぐに広まってしまうだろう。
取り敢えず、シーナを座らせて話を聞くようにと促した。
俺の言葉に大人しく椅子に座ったシーナだったが納得行かないと言う態度だ。
最悪の場合は女神達にお出まし頂いてでも納得してもらうしかないだろう。
取り敢えず、シーナに納得してもらう為に話し始めた。
「あの日、この街に避難命令が発動された日の事だ。うちの師匠とニコさんにニナさん。妙子ちゃんにもう一人。うちの見習いがダンジョン見学に出かけていたのだが、師匠たちの興が乗ってしまってな。地下十階に向けてモンスター達の大虐殺を行っていた。」
それを聞いて二人が顔を歪めて頭を抱える。
このダンジョンが誰により運営されていて、どうして街の下に存在し、誰が魔物を召喚しているのかも知らない二人だが、突発的なバランスの崩壊が世界のバランスを崩すと言う事を知っているからだろう。局地的なバランス崩壊が良くない物を呼び寄せると知っているからこそ頭を抱えたのだ。
「時を同じくして運悪く魔王は帰還を試みていた。大量の魔物が駆逐されて大量のオドが蓄積されたダンジョンに魔王が引き寄せられ、大量のオドを利用して帰還に必要なエネルギーへと変換し、ダンジョンを帰還場所としたのは必然だったと言えるだろう。タイミングが悪かったのか運命だったのかは分からないが、師匠達が到達した地下十階に魔王が帰還したと言うワケだ。」
「と、言うワケだじゃありません!!魔王の帰還ですよ!?何をのんびりしているんですか!!のんびりしている場合じゃ!!」
「シーナ。黙って。どう考えても話の途中でしょ?」
いつもの、のんびりとした話し方から打って変わって、興奮しながら詰め寄るシーナをローズが止めた。シーナ自身も話の途中だと分かっては居たのだろう。大きくため息をつくと自分の席に座り直す。言葉に出さずにはいられないのだろう。
「ありがとうな。ローズ。では、続きだ。今、俺達が落ち着いて行動しているのには理由がある。第一には魔王の帰還を察知した女神ニナが既に降臨していて事情を色々と聞いているからだ。」
「はぁ!?女神ニナ様が降臨されているですって!?どうして!!どうして!?こんな信仰心の欠片も無い愚民の前に!?その言い方から察するに女神ニナ様の御尊顔を拝謁しているって事ですよね??なぜ!?なぜ私の前にはご降臨されないの!?」
・・・・・・。
うん。少し前から思っていたが…。
シーナ面倒くさい…。
教会関係者の憧れるワード「魔王帰還」だとか「女神降臨」だとかのパワーワードを前に取り乱しているのは分かるのだが、性格がガラっと変わっている。
化けの皮が剥がれているだけなのかも知れないが、色々と失礼な上に面倒くさい。
せめて、話す度にイチイチと話を止めないでいてくれるならマシなのだが…。
いや。この本性があってこそ、リックを始めとするアクの強いメンバーをまとめられるのかも知れないが…。
ポコン
俺が困っているとローズがシーナの頭を叩いて言い聞かせた。
「シーナ。地が出てるわよ。気持ちは分からなくもないけど、話が進まないから少し落ち着きなさいよ。あなたがいつも言ってる事でしょ?神は誰にでも平等だって。だったら、信仰心の無い子の前にも現れるわよ。魔王が帰還しているんだから緊急事態なんだし、現場に駆けつけたってのも実に私達の女神様っぽい行動じゃないかしら?」
ローズに頭を叩かれて理性を取り戻したみたいだったが、不満さは拭えないのか、席に座り直したものの唸りながらジト目で俺を羨ましそうに俺を見ていた。
「はいはい。唸らない。唸らない。じゃあ、ハルトさん続きをどうぞ。」
ローズの仕切りで話を続ける。
何と言うかリックのパーティはローズとシーナのバランスで保たれているのだと感じながら。
「話がズレたから時系列をおさらいしよう。俺が妙子ちゃんから師匠達の無茶に関して連絡を受け現場に向かった。程なくして魔王が帰還。魔王が思ったよりも話が通じそうな相手だったので色々聞き出している話の中で、一般の人間が触れてはいけない禁忌に触れてしまったのか、それを察知した女神ニナが緊急降臨した。と、言うのが女神降臨までの簡単な流れだ。」
もちろん、ダンジョンの運営者が俺であると言う点には触れられないので誤魔化している部分は有るが、伝えられる話は出来るだけ伝えた。
「魔王の帰還と女神の降臨に関しては分かりましたけど問題はそこからですよね。タエコちゃんがどうして囚われたのかと、現在の状況が知りたいです。何か行動を起こそうとしていて、それに必要なスクロールを作る為に呼ばれたのですよね?」
シーナがまた騒ぎ出す前にローズが理解した部分の報告と次の話題を促してくれる。
それを聞いてシーナも俺の言葉を待った。
「あぁ。そう言う事だ。順を追って話すと、妙子ちゃんが連れ去られたのは女神と対峙したくなかった魔王が逃げ出すためだ。女神は人を直接的には傷つけられないと言う縛りを知っていた魔王が妙子ちゃんを盾とする為に連れ去った。ここ数日、俺達は魔王を見つけ出し、妙子ちゃんを救出する為にアイリス王女の指揮の下で大規模な捜索を行っていたのだが、特殊な位相空間の中に逃げ込んでいるみたいで見つけ出す事は出来なかった。だが、街に戻った俺達はある筋から情報を得る事が出来た。確証はまだ無いのだか可能性としては高いと思われる。特殊な位相空間を看破する方法とおおよその位置の情報を得てダメ元で踏み込もうとしている。今回、お前達を呼んだのはその為に必要なスクロールを大量生産しておくためだ。もし、今回の作戦が失敗したら、のんびりとスクロールを作る余裕など無くなるだろうからな。万が一の事を考えると今のうちに一つでも多く作っておきたい。協力してくれるか?」
二人の目を見て問う。
二人も避難警報が解かれて普段と同じ生活を過ごしていた裏側で進んでいた事態を知り、さっきまでの狼狽は消えて真剣な目で頷いてくれた。
「でも~。ローズは分かりますけど、私はお役に立てるのでしょうか~?」
冷静さを取り戻したシーナの疑問も当然だ。
普段、司祭などがスクロールを作る事は少ない。
有っても持続効果の有る護符を授けるくらいなのだから。
「それは見てもらった方が早いだろう。」
出来ればリックの関係者に地下の工房を見せたくはなかったのだが、これも事前に覚悟していた事だ。俺は仕方なく二人を地下工房に案内した。
* * * * *
場所が知れた以上、あまり意味が無いのだが二人には階段を使って降りてもらった。
もちろん、テレポーターにも階段にも侵入防止の仕掛けは施してある。
テレポーターは許可が無けれなロック状態。
階段にも偽装や侵入防止の仕掛けが施してあって許可の無い者は通さない。
だが、シーナやローズだとは言えど相手はリックパーティの一味だ。
二人の事は信じているが酔って何を仕出かすか分からない。
酔って暴れた前例も有る。
酔っ払った勢いで仕掛けを解除して侵入を試みないとは言えない。
そんな暴挙を行うとしても酔った時だけだろうけど。
だが、万が一の事を考えると防犯機能の整った階段の存在を敢えて知らせておく事で、万が一の場合には地下工房へと侵入し荒らされると言う事態は避けられると思っての事だった。
地下工房にはダンジョンや機密エリアなどへの直通テレポーターも設置しているからな…。
もし、事情を知らない彼女達に荒らされて発見されては都合が悪い。
普段から隠してはいるが、曲がりなりにも彼女達はそれなりに優れた冒険者だ。
絶対に発見されないとは言えない。
俺の生命線でもある直通テレポーターなどを見つけられない事を祈りつつ地下工房に招いた。
「どこかには地上の小規模工房とは別に大きな工房が有るだろうと思っていましたけど、思った以上に立派な工房が地下に隠されていたのですね!この規模の工房を今まで隠していたなんて人が悪いです!こんな広い工房を独り占めなんて!!」
地下工房に入って開口一番。
目をキラキラさせながらローズが感嘆した。
確かに。この街の中でもウチの地下工房は大規模な工房だと自負はしているが、ローズがバイトをしているマリスさんの工房も五階建てで、総面積で言えば ここよりも広くて施設としても充実しているはずだ。
この街には定住者もそこそこ居るが、借家住まいの冒険者の方が多い。
この街は魔法都市と言うワケでもないから、この規模の工房が珍しいのも分かる。
借家住まいで自分の工房を持っていないローズにとっては、個人所有の工房と言う存在への憧れが強いのだろう。
「あははは…。第一次開拓時代からの開墾者特権ってヤツだな。街の方ほど儲かりはしないが、そこそこ広い土地を自由に使わせてもらえてるだけだよ。」
と、それっぽい事を理由として挙げたが、実際にはこの街のオーナーは俺なワケで。
何の許可も必要なければ、街の方の土地も金を積めば自由に出来る。
だが、街として機能していなければ意味が無い。
ダンジョンを中心に街の経済が循環して、俺が引きこもっていられるだけの資金を生み出してくれてこそ。
俺としてはこの家とダンジョンさえ有れば良い。
そう。最初はそうだった。
今もそうだとも言える。
俺が引きこもるために街が運営される。
その結果、街に暮らす人が不自由を感じない程度に幸せなら良いじゃないか。
俺の事はそっとしておいて欲しかった。
でも、妙子ちゃんと出会い少しずつ変わり始めている。
引きこもるだけではなく。俺は…。
「おい!ハルト!その子らに手伝わせるなら早く手伝わせんか!!」
師匠の声で我に返る。
経緯の説明やら色々と話し込んで無駄に時間を使ってしまった。
師匠達の使っている机の上を見ると、残された三人で頑張っていたのだろう。
時間の割には少ないが完成品のスクロールが若干増えていた。
面倒くさがりの師匠にしては頑張ってくれたのだと思う。
後でお礼をしなくては。
と、考えていた時だった。
「ぬぉぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
シーナが奇声を上げた。
ワナワナと身を震わせ、机の方向を見ながら膝をつき、手を合わせ祈っている。
そして、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、こっちを向いて無言で説明を求めているようだった。
「あぁ…。説明していなかったな…。実は…」
俺が女神がここに居る事を説明しようとした時だった。
師匠達が居るテーブルから光が差した。
勘弁して欲しい。
見なくても分かった。
お前らさっきまで光っても居なかっただろ。
一応、見て確認をする。
ニナが光っていた。
はぁ…。
信者を見つけた女神が取り急ぎ威厳を示すために取った方法が光るって…。
なんと安直な…。
「あぁ…。私の可愛い信徒よ。楽にするのです。私はいつも貴方達と共に有ります。貴方達は我が子も同然。親族と過ごしている時のように気を楽にしてこちらへ。そして、締め切り前の作家の如く一緒にスクロールを作るのです…。」
ニナもなりふり構ってられないのか、最初は何となく神様っぽく話し始めたニナだったが、最後の方は本音がダダ漏れだった。
それでも、シーナは人生で初めて訪れた神との対面の機会に興奮している。
ニナの言葉に首が取れるくらいの勢いで頷き、こんな残念な女神でも恐れ多いと感じているのか、敬愛する女神に近づく事もままならず前へと進めずにいるようだ。
「言い忘れていたが。今、光ってる残念な方の女神がニナ。奥で黙々とスクロールを作ってくれている女神がニコだ。」
「残念とはなんですか!残念とは!確かに女神ニナはおっちょこちょいで、慌てん坊で、ほんのすこーーーーーーし、お調子者だと伝わっていますけど!それはそれは慈愛に満ちた女神様なのですよ!!って言うか女神ニコまで!!ぐぅわはぁ!!死ぬのですか!?私は今日、天に召されるのですか!?と、言うか!!女神様達に何をさせているのですか!!ハルトさん!!失礼ですよ!!」
本来の調子を取り戻した。と、言うか。いつもの三倍位の早口でまくし立てるシーナは完全にキャラが崩壊していた。俺と同じく信仰心など、あまり持ち合わせていないであろうローズですら壊れたシーナの横で「え?本物?え?本物?」と、跪いて一応の敬意を示している事も思えばシーナが壊れてしまうのも無理もないだろう。
だが、いつまでも壊れたままで居られては使い物にならない。
時間は有るとは言え時間を無駄にしている暇は無いのだから。
「まあ待て。主導しているのは女神様だ。シーナが狼狽するのも分からなくもないが、俺はあくまでも協力者だ。妙子ちゃんを救い出す為に協力していると言う理由も有るが、女神の願いを叶える為にも協力している。あのスクロール作りだって目的の為に必要な作業であり、女神達も自ら率先して行っている。」
女神主導と言う言葉を聞き、シーナが少し落ち着きを取り戻した。
未だに興奮冷めやらぬと言う感じだったが、話を聞く体制には持っていけたようだ。
もう一押し。シーナにも率先しスクロールを作ってもらおう。
「ただな。うちの師匠と女神ニナはどうにも不器用で、スクロールを作るのに時間が掛かっていてな。目標の数を作るのには時間が掛かりそうなんだよなー。」
そこまで話した時にはシーナは既に行動に移していた。
さっきまで重かったシーナの足が軽いステップを踏んだかと思うと、テーブルへと疾風のごとく移動し、ニナの横の席に陣取っていた。
「何が何だかよく分かりませんけど時間が無いのでしょ!?ハルトさん!!何をすれば良いのですか?女神様達を煩わせるなどシーナ=ロックサイドが許しません!」
許しませんも何も…。さっきから今現在に至るまで様子が変なのはお前なのだが…。と、言っても仕方がない。シーナの様子がおかしかろうが仕事は出来ると判断した俺はローズをシーナの対面に座らせると説明を始めた。
「この術式に関しても契約内の秘匿事項だ。神術・魔術を必要とする、この術式を見て察しはつくかも知れないが、お前達を巻き込まない為に細かな説明はしない。面倒事に巻き込まれたくなければ忘れて欲しい。お前達の仕事としては正確に術式を複写する事。それだけだ。書き終えたスクロールは魔術・神術の種類ごとにテーブルの中央に集めてくれ。手の空いた者から完成していないスクロールを完成させていってもらう。ペアで行うよりも総当たりの方が製造量も増えるだろうしな。問題が有るようなら変更するが人手が増えたからこの方が早いと思う。師匠達も良いですね?」
元々、術式を書き写すだけの単純作業。簡単な説明を終えると師匠達に視線を向けて確認をした。ペアで作業していると相手との作業ペースやらに左右される部分も有ってイライラしていた師匠や女神達に異存は無いようだ。
「術式を書き写すだけの簡単なお仕事だ。特に疑問点などは無いと思うが、何か聞きたい事が有れば今のうちに聞いておこう。答えられる事と答えられない事が有るが理解した上で質問を受け付ける。」
正直、ここで何かを聞かれた所で話せる話は少ない。
質問を受け付ける事でガス抜きを行い、納得をして作業に取り掛かってもらう。
ただ、それだけの儀式だ。
それを承知しているだろうローズが手を上げた。
「確認ね。魔王が帰還し、タエコちゃんが連れ去られた。そして、この特殊な術式の空間に隠れ潜んでいて、それを突破する為にスクロールを製造する必要が有る。ここまでは話せる話として間違いない?」
ニナの横でハァハァしているシーナとは違い、落ち着いた様子でローズが聞いた。
「あぁ。そうだ。」
この質問には続きが有ると理解している俺は短く答える。
「その後の行動には、どうしても私達は参加出来ないのですか?」
予想通りの質問がローズの口から放たれた。
もし、俺とローズの立場が逆でも確認をしただろう。
妹と慕っている妙子ちゃんが人類の敵とされる魔王に連れ去られたのだ。
自分が納得するために必要な作業。
それに付き合って俺も誠意を込めて答える。
「そうだ。もし、協力が必要な事態になったなら改めて依頼するが…。魔王の事情。女神達の事情。この世界に生まれ育ったお前達が納得するには受け入れがたい事情って物がある。お前達が物を考えぬ駒なら女神達も命令を下すだけだろうが数千年前とは違う。女神達も成長しているんだ。数千年前の様に感情だけでお前達を巻き込みたくないと考えている。今回の件が成功しようが失敗しようが…。どちらにしてもこの何週間かで魔王の件は決着する。心配や感情など思う所はあるだろうが、俺達から頼まない限りは出番はない。事情を把握してない者に首を突っ込まれると上手く行く事も上手く行かなくなるって事を理解して成功を祈っていてくれ。」
最後に「足手まといなんだ。」と、言いかけて止めた。
ローズもシーナも俺の話を聞き、悔しそうにしながらもそれに耐えているのが目に見えたからだ。
「分かりました。仕方ないですね。でも、何かあった時には頼ってくれて構いませんからね?」
ローズが言葉を終えると唇を噛み締めて悔しそうに下を向いた。
「それが神々の意志だと言うなら従うまでです。でも~、ローズと同じく必要なら頼って下さいね~?仲間なんですから~!」
シーナも話を聞いている間に冷静さを取り戻したのか、いつもの口調で答える。
だが、悔しさからか。拳が固く握られているのを俺は見逃さなかった。
冒険者ってのはどうにも負けず嫌いなのか悔しさを抑えきれないらしい。
「よし。納得は行かずともヤル事は変わらんのじゃ。時間は待ってくれんぞ!行動するなら早い方が良いさね!期限は明日の朝までじゃ!それまでに作れるだけスクロールを作るのじゃ!」
重くなった空気を払拭すべく師匠が大きな声で号令をかける。
色々な思いを胸に秘めながら俺達はスクロールの製造に取り掛かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「じゃあ、何かあったらいつでも連絡して下さいね。」
ローズは笑顔で疲労を隠しながらマリスさんの工房へとバイトに向かった。
「では、私も朝のお勤めがありますので~。必要なら私も協力しますからね~?」
シーナも少し悔しそうな顔をしていたが教会のお勤めに向かった。
俺は朝日が輝く中で彼女達を見送った。
「はぁ。これだけ用意できれば何が有っても何とかなるだろうな…。」
休憩や仮眠を入れていたとは言え、二人とも二十時間近く複雑なスクロールを書き写していたのだ。疲れた様子が目に見えたが、二人が協力してくれたお蔭で五百本近くのスクロールを用意する事が出来た。
これで決められるならスクロール一本で十分なのかも知れない。
逃げられる事を前提としているようで嫌なのだが、この一回で黒木を追い詰められるのかと言うと、そう考えるのは楽観的すぎると感じていた。
それは、師匠やニナ達も同じ考えだったのだろう。
そうでなければ、出来る間に出来るだけスクロールを作っておこうと言う考えには至らなかったはずだ。
虚を突いて突入し黒木を捕らえられたなら御の字だ。
だが、俺も師匠も女神達も。黒木が簡単に捕まってくれるとは考えられなかった。
彼女達が話をしたいだけだと知ったとしても大人しくはしてくれないだろう。
自分が居た元の世界に帰ると言う目的を果たすために彼女達は障害でしかない。
物理的にも精神的にも彼女達は黒木にとって障害でしかない。
目的を果たすために自らを切り離した黒木と言う存在が、自ら彼女達に歩み寄る事は無いだろう。
「さて、朝食の準備をするか…。」
黒木のアジトへの突入開始時刻は昼過ぎを予定している。
警戒しながらも普通に生活を送っているなら油断の生まれる時刻だ。
それまでに俺達も疲労回復し、最後の打ち合わせをして突入に備える。
思ったよりも緊張はしていなかった。
もちろん不安は有った。
だが、ここまで来たら後は行動するだけだ。
数時間後には結果が出る。
開き直った俺はソーセージをボイルする。
どんな時にも腹は減るものだ。
仮眠の前に何かを腹に入れておかないと休む事も出来ない。
人数分のパンを用意してオムレツを作った。
簡単な物しか用意できないが文句を言うものは居ないだろう。
これを食ったらしばらく休もう。
腹を満たしてしっかり休む。
体と頭を休めて万全の体調に戻す。
今は行動に備えて準備をする。
今の俺には昨日の様に豪華な朝食のメニューを考えるなどと言う無駄な余裕は無かった。
どうも。となりの新兵ちゃんです。
週末の豪雨が大変な災害となりましたが皆さんは大丈夫だったでしょうか。
うちは近畿で山が近い土地なのですが、これまでに大きな地崩れはなく、今回も命に関わる危険も無くて豪雨の被害は有りませんでした。
降り続く雨と気圧の影響で体調を崩して休みは寝て過ごしましたが何とか体調も戻りました。
私には少額の募金と一日も早い復旧を祈る事しか出来ませんが、被災された方が一日も早く穏やかな生活に戻れるようお祈り申し上げます。
さて、話は変わって今回のお話。
そんなに必要な場面だったのか? とも、思うのですが何だか長くなってしまいました。
文字数じゃなくて。ここで一回分使って、あと一回で書ききれるのか的な。
リック周辺の人物を出したくて無駄に文字数を使った感じもしなくもない。
上手くまとめられば良いのですが次回は中途半端に長くなるかも知れないし ならないかも知れません。
と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。
それでは、またいつか。




