其之三|第八章|魔法使いに私はなる!!
バリちゃんに街まで送ってもらって数日。
街に戻った私たちは普段の生活に戻っていた。
街についた途端にリンダさんと名乗る、すっごくおっかない人に王都へ連れ帰られたアーノルドさんことアイリス王女には少し同情してしまうが「それぞれの立場が有るから仕方ない」とハルトさんは言っていた。
別れ際に「タエコさん!私の所にも遊びに来て下さい!!」と言って入城許可書を渡してくれたけど行く機会は有るだろうか?
バリちゃんが私にオーブを渡しているのを見てマネしたらしいけど、王宮へ一人で行くのには抵抗感を感じる。
バリちゃんもだけど、きっと同じくらいの年の友達が居ないアイリス王女も寂しさの様な物を抱えて生きているのかも知れない。
シーナさんのパーティも普段の生活に戻っている。
ダンジョンに潜っては、帰りにこの家で酒盛りをしては消耗品を買って帰ると言う毎日だ。
まあ、夜の九時位には帰ってくれるから良いのだけど。
朝の早い私にとっては片付けと言う余計な仕事を作るリック達さえ何とかしてくれればと思わなくもない。
多分、バリちゃんの家でハルトさんが気を失っちゃったのを心配をして様子を見に来てくれているのだとは思うけど…。
私に掛かる迷惑が尋常じゃないから出来れば週末だけにしてほしい。
ただ、一人で過ごす夜よりも楽しいのは確かで、私としても何となく救われている気がする。
だから、余計に後片付けをしていってくれれば最高なのにと思うのだけど…。
ハルトさんは調査の報告とか、監視所へのお礼とかでバタバタしていたけど、何とか落ち着き、いつもの様に惰眠を満喫していた。
夜中までポーション作りやらダンジョンの増設の指示をしては、昼過ぎに起きて私に魔術について教えてくれたり、お買い物の時には店番をしてくれると言う、これまでと同じ日常。
そんな生活の中で私は考えていた。
本格的にこの世界で生きていく事を。
* * * * *
「ハルトさん!私は魔法使いになります!!」
昼過ぎに起きてきて私の用意した昼食をダラダラと食べるハルトさんに宣言した。
突然の宣言に目を丸くしたハルトさんだったが、
「うんうん。じゃあ、もっと勉強を頑張らないとね。」
と、言ってどこか信じてない様子だった。
これは色々考えた結論だった。
どう考えても元の世界に戻れる可能性は低いだろう。
今回の様に無理してハルトさんが倒れた時に、私がハルトさんの助けになりたい。
そう考えた私の私なりの結論だった。
ハルトさんの力になりたい。
と、言うのはおこがましいと思う。
でも、少なくともハルトさんに迷惑を掛けずに行動したいと思った。
そして、出来る事なら。
一人でもこの世界で生きていけるだけの知識と実力を付けたいと思ったからだ。
今の私の耳は人よりも多くの音を聞く事が出来る。
小さな話声でも聞こうと意識すれば聞くことが出来る。
この前のバリちゃんとハルトさんが話していた事もバッチリと聞こえていた。
難しい内容は分からない。
でも、この前の話に聞き耳を立てて感じた。
そして、この世界での生活に慣れれば慣れるほど。
元の世界に帰れない可能性が高い事を実感する。
それに絶望すると言う事はない。
うん。全く絶望しないと言えば嘘だけど。
お母さんに会いたい。
お父さんに会いたい。
せめて、私は元気だと伝えたい。
そうは思うけど。
そのどれもが不可能だって事は理解してしまった。
脳天気に大丈夫だって言えるワケはない。
でも、だからと言って生きている以上は何もせずに生きていける程、この世界は優しくないと言う事も理解していた。
それならば、私はこの世界で自分に与えられた才能を利用して生きて行きたいと思ったのだ。
幸い、私の周りには私を助けてくれる人がいる。
誰も知り合いの居なかったこの世界で。
悪い人に捕まって奴隷の様に扱われているワケでもない
教えを請えば私の力になってくれる人が周りには居る。
それならば、頼れる人に頼って生きていくための術を身につけたい。
そう思うのは当然の流れだと私は思った。
その幸運を正しく使いたいと思ったのだ。
この世界での私の人生をより良いものにする為に。
* * * * *
この世界で冒険者になるのは簡単だ。
冒険者組合で手続きをして、適性を調べてもらい、各職業のギルドに登録すれば完了。
私は既にポーターのステータスカード(仮)が発行されているから、後は魔術師の適正の認証を受けて、魔術師ギルドで正式なステータスカードを発行して貰えば晴れて魔術師として活動が出来るって事になる。
「でも、問題はやっぱりハルトさんなんだよねー。」
口に出して言ってみた。
口に出したから解決する問題じゃないのだけど。
ハルトさんは私が冒険者としての資格を取るのには否定的っぽい。
それは、私を元の世界に帰したいと強く思っているから。
この世界での保護者として守るべき対象だと思っているから。
私としては、魔術師としての資格を得て冒険に出たいとかじゃないのだけど。
この前の様にハルトさんが居ない時にお店を閉めなくても良いように、自分でポーションを作ってお店を運営したいとか、その程度の理由なのだ。
もちろん、バリちゃんの所に遊びに行くのにも便利そうだし、何かあった時にハルトさんの手助けが出来ればと言う気持ちも有る。
でも、理由の多くは私がこの世界で慎ましやかに生きていく手段が欲しいと言うだけだった。
「むぅ~。」
夢見る冒険者亭でオレンジジュースを頼んだ私はストローを噛みながら冒険者協会を見つめていた。
パッと入って手続きをするだけの簡単な事なのに…。
その距離は物凄く遠い。
出来ればハルトさんに受け入れてもらってから登録したいと言う気持ちが、どうしてもハードルを上げていた。
「こら!眉間にシワを寄せてたら可愛い顔が台無しよ?」
と、言うとニコちゃんが私の眉間のシワを伸ばそうとしてるのかおでこを弄ぶ。
相変わらず可愛いニコちゃんにムニムニされるのは嫌いじゃないけど…。
そんな気分ではなかった。
「はぁ。ハルトさんと年齢近いのに相変わらず天使。マジ天使だ…。」
いや。本当は構って欲しかったのかも知れない。
普段は胸に秘めた本音が口からこぼれ落ちていた。
「あ~ら★前に年齢の事は言うなって言わなかったかしら★」
暗に年齢について触れられたニコちゃんが、私の頭にアイアンクローを決めてきた。
地味に痛い…。
「うぁー。痛い痛い。ギブギブ!」
バタバタと手足をバタつかせ痛がってみせる。
手加減してくれているのは分かる。
死ぬほど痛いと言うワケじゃないけど痛がってみせた。
こんなやり取りも一つのコミュニケーションだから。
何となく待っていた。
ニコちゃんから聞いてくれるのを。
「で?どうしたの?私の可愛いタエコちゃんがあんな顔してたら放っておけない事くらい知ってるでしょ?」
頭をキツく締めていた手の力が緩み、頭のマッサージをしてくれている。
ゆっくりと頭皮を刺激されるニコちゃんの手がとても気持ちが良かった。
「ハルトさんが認めてくれないんですよね。魔術師の登録するの。」
私がそう言うと、私のポニテを解いて、どこから出したのかブラシをかけながら優しく話し始めた。
「まあ、ハルトさんもアレよね。心配性とか人間不信とかが服を着て歩いているようなモノだからねー。でも、タエコちゃんが来てから随分と変わったのよ?根気よく自分の気持を話せば理解してくれるんじゃないかしら?私はタエコちゃんの話なら分かってもらえると思うわよ?」
それしかないのは私にも分かっていた。
髪の毛を後ろで一本の三つ編みにされながら「もう一度話してみなさいよ」と誰かに言って欲しかったのだと再確認した。
うん。分かっていた。
ちゃんと話して理解してもらわないと意味がないって事は。
制服が可愛いからあそこの高校に行きたいとかと同じレベルで「魔術師の資格を取りたい」と言っていては認められない事くらい分かっていた。
当然だ。人生を左右するかも知れない選択なんだから「魔法使いになりたい」と言うだけで済む話じゃなかった。
ちゃんとハルトさんと話をして「魔術師」から経験と知識を増やして、「魔法使い」として一人前になれるようにサポートしてもらえるように、ちゃんと頭を下げてお願いしないと話すら聞いてくれなくても当然だ。
分かっていた。
私がハルトさんに甘えていただけなんだって。
「よし!終わりっと☆ もう、覚悟は決められた?」
三つ編みを終えてニコちゃんが声をかけてくれた。
ポンと叩かれた肩は文字通り私の背中を押してくれた気がする。
「うん!ありがとう!!もう一度話してみる!!」
笑顔とお礼を残して走り出す。
今ならハルトさんも分かってくれる気がした。
ちゃんと話せば私がこの世界で生きて行こうとしている覚悟を。
「まったく。二人とも手がかかるんだから。」
後ろから飽きれるニコちゃんの声が聞こえた気がした。
* * * * *
「ダメ」
極上のスマイルで却下された。
「frにえjはえjろいあくぁwせdrftgyふじこlp!!!」
私は声にならない声を上げる。
しっかりと必要性や自分がどう思って魔法使いを目指したいなんて言い出したかを訴えたのに…。
思ってた以上にあっさりと却下されてしまった悲しさが心の底から溢れ出した。
「いや。妙子ちゃんの気持ちは分かったから。ありがとう。でも、ダメ。」
にこやかだが容赦の無い「ダメ」の二文字が私を貫く。
言葉には力が有ると言うけど、たった二文字がこんな破壊力が有るとは…。
こうなったら、事後承諾しかないのかも知れない。
「まあ、落ち着いて。それならそれで準備を始めようと言う話だから。」
そう言うとハルトさんは落ち着いた表情で私に言って聞かせた。
「妙子ちゃんの能力は俺も分かっている。でも、人間ってのはちょっとした事で悪にも善にもなるものだ。特に嫉妬なんてのはそこら中で発生する。実績を積み重ねずに現れた突出した才能ってのは忌み嫌われる。未成年の妙子ちゃんがそれを受け流したり、耐える術を持っているとは思えない。何気ない悪意と言うのは思う以上に人を傷つける。妙子ちゃんの能力にリミットを設けるとか制限しないと格好の的。魔法少女の時にも言ったけど突出した能力を疎んで刺客が放たれる世界なんだ。慎重に行動しようね。それが出来ないから気安く良いよとは言えないのは理解してくれたかな?」
少し恥ずかしくなった。
ハルトさんはハルトさんで色々と考えてくれていたのに。
前にも同じ様な話は話してくれていたのに。
私の周りに居る人達は、たまたま気の許せる人達ばかり。
ハルトさんと言う接点が有るから仲良くなれただけの話。
もちろん、元の世界でも悪意は有る。
才能や要領の良さに対する妬み嫉み。
だけど、その悪意が直接的に向けられる事は少ない。
でも、この世界では違う。
悪意がチカラと言う形で簡単に私へ向かってくる可能性だってある。
それを私は聞いていたはずなのに。
私はその本質を理解しようともしていなかった。
考えないようにしていたのかも知れない。
魔術や魔法の使えるこの世界で与えられた私の才能。
それを使って何でも出来るんじゃないかと勘違いしていた。
ハルトさんは私の代わりに、そう言った可能性も考えていてくれた。
恥ずかしさと共に、自分の浅はかさが恥ずかしくなった。
「ほら。大丈夫だから。涙を拭いて。焦らずにゆっくり進んでいこう。」
涙をこらえても溢れ出す涙を拭いてくれるハルトさんの手がとても優しい。
私がこの世界に喚ばれたのは私にとって不幸だったのかも知れない。
でも、ハルトさんに喚ばれたのは私にとって幸運だったと胸を張って言える。
こんな状況でも、優しい人達に囲まれて、私の為に色々と考えてくれる人がいる。
それはとても幸せな事だった。
* * * * *
ゆっくりってなんだろう。
普通って言うのはその人が、これまで経験してきた事を元に独断と偏見で表す基準で一般的という話じゃないのは何となく理解している。
明らかなデータを出されたとしても、その統計が本当に正直に答えられら物であると言う保証も無いから、単なる指針だと言う事も理解している。
それと同じように「ゆっくり」と言うのも個人の感覚だと言うのも分かる。
でも、私からするとハルトさんの「ゆっくり」は実に速やかだった。
「おーい!妙子ちゃん!受付始まるよ!!」
まずは、わたくし伊丹妙子としての能力を制限する指輪が次の日には作られていた。
「夜なべして完徹で作ったよ!」
と、言うハルトさんの笑顔はとても晴れやかだった。
ちなみに、魔法少女に変身した際には自動で解除されるらしい。
あっちはあっちで認識阻害が働くから大丈夫なのだそうだ。
次に、魔法使いハルト=ニイドの弟子としてのお披露目が行われた。
リミットリングを装備した私の能力は、一般的な人が魔術師デビューする時の能力よりもそこそこ高い程度らしい。
その「そこそこ」がどの程度なのか分からないが、集まった爺ちゃん婆ちゃん達が、私を掘り出し物だと言うくらいには高い能力なのらしい。
何か嫉妬がどうとか気をつけろとか言われていたのに、こんな事をして大丈夫なのだろうかと思ったけど、隠すよりもハルトさんの弟子だと世間に知らしめる事で、私には手出しさせないと言うハルトさんの意思表示になるそうだ。
ついでに、師匠さんの教えも受けていると言う事を宣伝する事で誰も私に手を出せない状況を作るのが目的だとハルトさんは言っていた。
つまり、公表する事で予防線を張って牽制したと言う事らしい。
ただ、思った以上に心配する事は無かったかもしれない。
なんか、ハルトさんの年齢以下の魔法使いは居ないらしく、かなり若い魔法使い見習いの私は爺ちゃん婆ちゃんの魔法使いにとって孫や娘の様に見えるようで、かなり可愛がられた。
どちらかと言うと爺ちゃん子・婆ちゃん子の私にとっても、悪い気はしなかったから楽しい時間を過ごさせてもらったと言っても良いと思う。
それに、ハルトさんや師匠さん以外の魔法使いさんと知り合いになれた事は私にとって大きなプラスだったと思う。
集まった魔法使いの爺ちゃんや婆ちゃんから山の様な名刺っぽい物をもらい…
「何か分からない事があったらいつでもおいで。婆ちゃんが何でも教えてあげる!」
と、言う様な事を何人もの魔法使いの先輩方が約束してくれた。
もらった名刺の様な物は、その人の位置を示す道標の様な物であり、契約書の様な物らしい。
誰にでも渡すような物ではなく、魔法使いや魔術師にとって、このカードは単なる口約束ではないと言う証明であり、本心から言ってくれた言葉の証。
こう言う環境を作ってから、私に魔術師としての、魔法使いとしての道を歩ませようと考えたハルトさんの考えはよく分かった。
分かったんだけど…。
これが、ハルトさんに「焦らずにゆっくり進んでいこう。」と言われてから二日間に起こった出来事なのだ…。
「ゆっくりってなんだろう?」
と、私は思いながら冒険者協会の前に立っていた。
『私の苦労や悩みはなんだったんだ!!!』
と、叫びそうになるけど良しとしておこう。
「じゃあ、行ってきます…。」
何だかよく分からない理不尽さを抱えながら冒険者協会の受付に並んだ。
* * * * *
「タエコさーん。タエコ=イタミさん。三十三番の窓口まで起こし下さい。」
入口で整理券をもらってから二十分。
思った以上に冒険者登録する人は多いらしくて結構な時間待たされた。
初めてその街で活動をする際には各都市で登録をしないといけないらしく、この街に初めて来た人が登録を受けるから、毎日そこそこの人が冒険者協会を利用するそうだ。
他にも依頼を受けるために掲示板とにらめっこしている人とか、結構な賑わいを見せている。
三十三番の窓口を見つけて前に立つと優しそうなお姉さんが「タエコさんですね?どうぞ、お座り下さい。」と笑顔で話しかけてくれる。
屈強な冒険者も骨抜きにしそうな自然な笑顔。
さすが、冒険者を毎日相手しているだけあって完璧な対応だった。
「よろしくおにぇがいします!」
簡単だってハルトさんが言っていたけど、原付きの免許も取った事が無い私にとっては、こう言う試験的なものは初めてでちょっと緊張したのか噛んでしまった。
「大丈夫ですよ。適正判断はこの水晶が自動で行いますから。緊張しないで!」
そう、お姉さんに言われて少し落ち着いたかも。
ショートカットのお姉さんの笑顔に救われた気がする。
「はい!頑張ります!!」
って、言ってから何を頑張るのだろうと自分でも思ったけど、フフフっと笑って手続きを進めてくれるお姉さんの優しさが身に染みる。
「はい。書類のチェックは問題有りません。じゃあ、適正判断をしますからこの水晶に手を置いて下さいね。」
ゴクリ。
何でもない事は分かっているのに緊張からか喉が乾いてツバを飲み込む。
お姉さんの言うとおり水晶に手をかざすと、柄だと思っていた星が回りだして水晶の中にはRPGでよく有る六角形のグラフが表示された。
「お疲れ様です。能力値としてはどれも平均を上回っていて、どの職にも適正は有りますけど…。知能と魔力が多いのでマジックギルドに所属される事をお勧め致します。神職系の適正もギリギリ有りそうですけど、そちらをお望みの場合には教会にご相談下さい。タエコ様は今回が初めての登録ですよね?各ギルドの利益が絡んでくるので一年間は転職が出来ませんから最初の登録はよく考えて行って下さいね?」
もっと、派手な何かがあるんじゃないかと思っていたけど、思ったよりもアッサリとした感じでちょっと拍子抜け。
どの職にも適正が有るって言うのは嬉しいけど、ハルトさんの手助けをしたいと考えると魔術師として登録しておくのが無難な気がした。
確かにMMOとかなら、他職でハルトさんのサポートをとか職バランスを考える所かも知れないけど、そう言うサポートはハルトさんに必要ない気がする。
何かあったらリックをこき使えば良いだけだし、シーナさんやローズさん。オマケのグリードさんが私の出来ない事をサポートしてくれるだろうから、私の出る幕はない。
私は素直に魔術師として登録するのが正しい選択だと思った。
「えっと…。魔法使いを目指しているので魔術師として登録したいです…。」
「はい。じゃあ、紹介状を書くのでもう少しお待ち下さいね。」
お姉さんに伝えると優しい笑顔で応対してくれた。
「この街に住んでると…」
書類を書いてくれる姿をジッと見ているとお姉さんが話し出す。
「良くも悪くもハルトさんの事は話題になりますから。私もタエコさんの事も一方的に知っているんですよね。あなたがこの街に来てからハルトさんも良い方向に変化していると思います。」
そこで区切ると書類を書き終わり顔を上げる。
ニコっと笑って書類を後ろに座っている人に渡し、席に戻って話を続けた。
「だから、タエコさんが魔術師としてハルトさんのパートナーとなる事でもっと心を開いてくれるんじゃないかって個人的に期待しています。無理はいけませんが、魔術師になるって言う夢を叶えてハルトさんを助けてあげて下さいね。」
と、言うと手を握って励ましてくれた。
何というかこの街「特有」なのかも知れないけど…。
私の事情は筒抜けみたいだ。
元の世界なら、ここまで人の距離が近いなんて事は無いだろう。
それだけじゃないのだとは思うけど。
ハルトさんと言う存在がこの街にとって大きいのかも知れない。
大きいけど小さなこの街でハルトさんの功績や行動は少なからず大きいのだと思う。
冒険者組合の受付のお姉さんがハルトさんを心配してくれるくらいにはハルトさんが評価されているのだと実感した。
普段は接点の無い受付のお姉さんだけど、ハルトさんの様子を気にしてそっと見守ってくれているのだと。
それが一概に良い事だとは言えないかも知れない。
プライバシーって有るのだろうかと疑問にもなる。
でも、それは小さな優しさだと思った。
「はい!まっかせて下さい!!」
お姉さんから確認印が押された書類を受け取ると笑顔でマジックギルドに向かう。
私がこの世界で生きていくための第一歩を踏み出す為に。
* * * * *
「じゃじゃーん!魔術師のステータスカード無事ゲットです!!」
「おー!おめでとう!!」
家に帰った私は、私の帰りを待っていたハルトさんにもらったばかりのステータスカードを見せつけた。
ギルドでのステータスカードの発行は意外と簡単だった。
待ち時間も無く、書類を提出して確認作業が終わったら研修を受けて即発行。
話に聞く原付きの免許よりも簡単だった気がする。
もう少し、こう…演出とか色々と欲しい所だけど…。
これが現実っぽい。
ギルドの人にとっては毎日の作業なのだから仕方がないと言えば仕方がない。
RPGみたいなプレーヤー向けの演出を毎日毎日やらされてはギルドの人もたまったもんじゃないだろうから。
「それにしても、思った以上に何の演出も無くアッサリと…。」
もう少し劇的な演出を期待していた私の口からは愚痴がこぼれ落ちてしまう。
「いやいや。元の世界で運転免許の試験に合格したからって、派手な演出でお祝いさないだろ? 冒険者になったからってイチイチ派手な演出で祝われたり、チュートリアルが始まって村が一つ壊滅するみたいな演出が発生したんじゃ、この世界の社会が成り立たないよ。」
笑いながらハルトさんは話すけど、冒険者協会で見た適性診断のオーブくらいの演出があっても良かったんじゃないかと言う気がするのは私だけだろうか…。
「さて、これで妙子ちゃんも魔術師になったワケだが…。」
笑っていたハルトさんが一転、真剣な表情で話し始める。
セオリーを考えると冒険者となった弟子に魔術師や魔法使いの心得を伝える的な展開が待っている気がする。
私はハルトさんの言葉を息を飲んで待った。
「特に今までと変わらず、普通に生活をしてくれれば良い。」
あぁ。コレがコントなら思い切りコケている所だ。
ズコーとか言った方が良いの?
困惑する私を見てハルトさんは話を続けた。
「冒険者なんてのはフリーランスの自由業だ。何もしなければ名乗ってるだけのプー太郎と同じだよ。ダンジョンに潜ったり、護衛として雇われたり、冒険者協会の依頼を見て依頼を受けたりと自分で仕事を見つける。それが冒険者だ。」
それは何となく知っている。
昼間から夢見る冒険者亭で飲んだくれている冒険者を見ているから分かってる。
でも、だからと言って「これまでと同じで良い」のだろうか?
「困惑するのは分かるけど、妙子ちゃんはうちで店番とかしてくれているから、別に他に仕事を探す必要はないって事ね。無駄に冒険者協会で依頼を受ける必要もなければ、ローズの様に他でバイトをする必要もない。これまで通り魔術や魔法の勉強をして、この世界の法則を覚え、それを組み合わせ魔術や魔法を身につけていけば良い。」
「つまり、今は基礎を積み重ねましょうって言う事なのかな?」
私の答えに満足したのか大きく頷き頭を撫でられた。
「そういう事。ただ、これまでとの違いが有るとするなら、何をする為に魔術や魔法を使うか考える事くらいだ。元の世界の研究職と同じで基礎を知らなければ次には進めない。基礎を知った後に何を行うかは魔術師や魔法使い次第。その時々で何を追い求めるかは違っても良い。でも、常に何かを追い求めて延々と研究を行う。ある種の生き方だと言っても良いだろう。そこから新たに誰かの役に立つ技術が生まれるかも知れないし、全く役に立たない魔法ばかり開発する者も居る。ただ、探究心を失った時に俺達は魔術師や魔法使いでなくなると言う事を覚えておいて欲しい。」
そう区切るとハルトさんはハルトさんはもう一度私の頭を撫でた。
先の目標なんて分からない。
魔術師になってやりたかった事と言うと、ポーションを作れるようになったり、ハルトさんのお手伝いが出来たり、一人でも行動出来る様になれば良いなぁっと言う事くらい。
でも、ハルトさんが言う目標とか探究心とは違う気がした。
私がこの世界で出来ること。
私がこの世界の為に出来ること。
私がこの世界でやりたいこと。
目の前に有る冒険者と言う肩書き。
目の前に有った魔術師と言う肩書き。
それだけを私は見ていたのかも知れない。
カタチだけじゃなくて、私がこの世界で何をしたいのか。
それを問われている気がした。
「まあ、今は深く考えなくて良いよ。目標なんてのは自分が身を置く環境によって変わるものだから。何かを見つけた時に後悔しないよう基礎を積み重ねて行く時期なんだって事を頭に置いてくれていれば良い。何かする時には俺がサポートするから相談してくれれば良い。魔術師、魔法使いとしての人生は始まったばかりなんだから。」
そう言うと、何事も無かったかの様に地下の工房に消えて行ってしまった。
「何がしたいか…かぁー。」
取り残された私は、さっきまでハルトさんが座っていたお店のレジに座り考えてみた。
でも、すぐに思いつくはずもない。
ハルトさんの手伝いが出来れば良いのになぁっと言う主な理由の他はもう少し自由に街の外に出てみたいとかその程度の理由しか無かった私にとって目標とか研究心なんて、さっきまで考えもしなかったのだから。
「ハルトさんはどうなんだろう…。」
ハルトさんも私と同じように悩んだのかな。
十年前だっけか。
この世界に召喚されたハルトさんは何を思って魔法使いへの道に進んだのかな。
何を思ってこの街を。ダンジョンを作ろうと思ったのかな。
引きこもるため。
そうは言うけど、それは手段であって目的では無い気がする。
「ハルトさんは何をしたくて、今ここに居るんだろう…。」
考えてみても私には分かるはずもなかった。
私は私と出会う前のハルトさんを知らない。
ハルトさん全てを知っていたとしても、きっと分からない。
「私のこれからなぁー。」
考えても今の私じゃ堂々巡りするのは分かっている。
でも、考えずにはいられなかった。
一つは、このお店を一人でも回せるように、ハルトさんのお手伝いをしたいと言う事。
もう一つは、私がこの世界で一人でも生きていけるように成長したいと言う事。
じゃあ、その為に何をするべきなのか…。
ずっと、お店を守ってお店が繁盛するように努力するだけでも良いかも知れない。
他には?と、言うと。
冒険者として活躍する自分も。
何かの魔法を研究する自分も。
世界中を転々と旅する自分も。
私はイメージできずにいた。
「うーん。と、なると…。」
頭の中に一つのイメージが浮かび上がる。
「いやいや。ないない!無い事も無いけど今じゃないし!ハルトさんの気持ちも…。って、そう言う関係でもないし!」
何となく頭に浮かんだ恥ずかしい妄想を振り払い、お店の外を何となく見つめた。
すっかり日も短くなり赤く染まった空が今日の終わりを告げている。
真っ赤な夕焼けの中で家路を急ぐ人達の影が見える。
「普通に普通の毎日を過ごしたいだけなのにな…。」
思いがけず目の前に現れた「人生の目標」と言う難題。
そんな大層な事をハルトさんは言いたかったワケじゃないかも知れないけど。
ステータスカードをもらった時の嬉しさとはウラハラに…。
重たい難問が私の頭の中に広がる。
「よし。考えても仕方ない…。」
私は考えるのを止めた。
正確には先送りにする事にした。
私がこれからどうなるかなんて分からない。
ハルトさんの言う様に環境や場合によって変わるのだから。
そんな事よりもまずは…。
お腹が空いた。
悩んでいてもお腹は空く。
お腹が空いたらご飯を食べたい。
ご飯を食べるなら美味しく食材を食べてあげたい。
まずは、今日の晩御飯を美味しく食べる。
その事の方が今の私には重要に思えた。
どうも。となりの新兵ちゃんです。
何か思う所があったみたいで妙子ちゃんが魔法使いへの道を踏み出したようです。
うーん。話の流れとしてはここで出しといて良い展開なのですが、少し早い気もします…。
中の事情的な意味で。
これを機に二人はまた厄介事を呼び込んでしまいそうですが、それはまた別の話ですね。
と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。
それでは、またいつか。




