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其之三|第七章|黒き龍はアレがお好き?

「ガハハハハハハ!愉快!愉快!」


 ドームに響き渡る黒龍帝の笑い声。

 笑い声だけではない。

 大きな笑い声と共に転げ回る巨体がドームを大きく揺らしていた。


「うきゃぁーーー!!立ってらんない!!」


 あまりもの揺れに妙子ちゃんが悲鳴を上げて這いつくばる。


「すまん!すまん!その男があまりにも滑稽で。腹がよじれる!」


 そう言うと転げ回っていた黒龍帝が何かを詠唱し、その巨体が闇に包まれた。

 闇は次第に小さくなり消え去る。

 黒竜帝の巨体が有ったその場所には少年が一人立っていた。


「はぁー。笑った!笑った!これで問題なかろう。怖い思いをさせてしまったな。外から来た少女よ。それにしてもこんなに笑ったのはいつぶりだろうか。なかなか面白い見世物だったぞ。」


 偉そうに振る舞う少年が妙子ちゃんに目を向けて深々と頭を下げる。


「アイスクラインよ。その男を風呂にでも入れておけ。さすがにそのままでは本当に死んでしまう。」


 アイスクラインと呼ばれた豆コボルドが氷の壁に封印されたリックを担いでドームから退出していった。


 あぁ。そういう事か。

 つまり、この少年はおそらく黒龍帝が人間の肉体に変化した姿なのだろう。


「黒龍帝…で、宜しいでしょうか?」


 確信はしていたが確認の為に問いかける。


「うむ。あの姿で転げられてはお前たちには辛かろう。それに見上げて話すのも辛かろうて。これなら話しやすいであろう?」


 そう言うと、あどけない顔に満面の笑みを浮かべて俺に笑いかけた。


 ドラゴンの姿の黒龍帝を見ているだけにギャップが凄い。


 見た目は年齢にして十歳位の少年の様な姿。

 身長は百四十センチくらいだろうか。

 ドラゴンの物の様な尻尾が生えている以外は人間と同じ様な姿。

 深い黒色の髪は肩で綺麗に切りそろえられている。

 その整った顔は男の子にも女の子にも見えて、どこか中性的だった。


 身体の一部がモロ出しでなければ、少女と見間違ってもおかしくないだろう。


「あのー。黒龍帝さま。目のやり場に困りますのでお服を…。」


 一番近い場所でモロに小さくて可愛いソレ(・・)を見てしまったアーノルド…、ではない。アイリス王女が素っ裸の黒龍帝に指摘する。


「おっと。これは失礼。」


 アイリス王女に言われて、自分が素っ裸だと確認した黒龍帝が再び何かを詠唱すると闇が少年の体を覆って服に変形した。


 目の前で見ても信じられないが本当に黒龍帝のようだ。


 ドラゴンの起源は謎が多い。

 元の世界でもそうだが、この世界でもドラゴンは謎の生き物だ。


 その存在は魔力の(かたまり)だと言っても良い。

 詳しい事は解明されていないが、普通の生物と成り立ちが違うと言う事だけは間違いない。


 人間以上の知能を持ち、人間とは違う仕組みで魔力を行使する。


 存在する事。それ自体が魔法だと言っても良い。

 それは時に巨体で現れたかと思えば、今の様に人間の姿で現れる事もある。


 俺達の様な魔法使いや魔術師も他の生き物に姿を変える事は有る。

 だが、それはあくまでも幻術だ。

 そう見える様にするだけで、肉体が他の動物や人物に組み替えられるワケではない。


 そう。今の黒龍帝のように。


「あぁぁぁぁぁ!それは!!「ドキッ☆なないろ探偵!~ぼくと神様の吐息~」に出てくる、名探偵ブリッツくんのコスじゃないですかーーー!?」


 魔法で服を身につけた黒龍帝を指差して妙子ちゃんが大きな声を上げる。

 何を興奮しているのか分からないが何かの衣装らしい。


「ほぉ。外から来た少女よ。お前もイケるクチか?」


 口から出る言葉とは裏腹に凄く嬉しそうな笑顔で妙子ちゃんに問いかけた。


「もちろん!ショタBLとか大好物ですよ!!ブリッツくんならご飯何杯でもいけます!!特に第十二話での太陽神メビとの絡みとか最高ですよねー!!」


 うん。ちょっと待とうか。


 つまり、この二人はショタ物BLの話で盛り上がろうとしていると言う事で間違いないのだろうか。


 そして、黒龍帝が身にまとっている衣装は、その「ドキッ☆なないろ探偵!~ぼくと神様の吐息~」に出てくる名探偵ブリッツくんの衣装と言う事で間違いないのだろうか。


 「ドキッ☆なないろ探偵!~ぼくと神様の吐息~」の内容は分からないが、二人の共通点は少年と神様がどう言うワケだか絡むと言うキワモノBLの愛好者と言う事で間違いないのだろうか。


「同士よ。お前とは良い友になれそうだ。名を何と言う?」


 良い笑顔だ。

 満面の笑みで妙子ちゃんを見つめながら握手を求めて手を差し出す。


「タエコです!タエコ=イタミ!」


 妙子ちゃんは黒龍帝に駆け寄りガッチリと両手で小さな手を握る。


 一体、俺は何を見せられているのだろうか。

 正直、意味が分からなかった。


「タエコか。良い名だ…。それにこの魔動…。実に面白い。」


 ガッチリと握られた手を覆うように、もう片方の手で妙子ちゃんの手を握り返す。


「フッフッフ。良いだろう…。」


 黒龍帝が妙子ちゃんの手を優しく離すと、数歩後ろに歩き出しマントを翻すかの様に振り向いた。


「我は黒龍帝!黒龍帝バリカタである!タエコよ!お前には我をバリちゃんと呼ぶ事を許そう!!そして、我もタエコをタエちゃんと呼ぶ事を許してくれるか?」


 もう嫌だ。このドラゴン。

 どこからツッコンで良いのかすら分からない。


 大層な名乗りをしたかと思ったら…。

 これはきっと妙子ちゃんに対するフレンド申請なのだろうか…。

 ドラゴンなんて厨二の象徴のようなモノだが、どうやら中身も厨二らしい。

 それに明らかに厨二っぽいのに、名前は「黒龍帝バリカタ」なのだそうだ。

 豚骨ラーメン屋の屋号だか、落語家のようだ。

 もう少しネーミングと言うものが有るだろう?


 何なんだろうか。

 この状況は。


「もちろんよ!バリちゃん!!」


 と、黒龍帝を相手にノリノリで返す妙子ちゃんも、どうだかと思う。

 膝をついて両手で黒龍帝の手をまた握って何故か瞳を潤ませている。


「タエコ…いや。タエちゃんよ…。我が生涯で「ドキッ☆なないろ探偵!~ぼくと神様の吐息~」の良さを理解してくれたのはタエちゃんが初めてだ。礼を言うぞ。」


「バリちゃん…。」


 何故か涙を流す妙子ちゃん。


 どうやら、ショタBLの中でも「ドキッ☆なないろ探偵!~ぼくと神様の吐息~」は、特に理解されにくいマニアックな作品らしい。


 うん。もう何をどう受け止めていいのか分からない。

 だが、二人の友情が「ドキッ☆なないろ探偵!~ぼくと神様の吐息~」を通して、この短時間で育まれたのは確かみたいだ。


 マニアックなBL作品と言う絆によって。


 うん。これは見なかった事にしよう。


「あのー。取り敢えずアレなんで、調査とかしてても良いでしょうか。」


「応!好きなだけ調べるが良いぞ!!!」


 俺の問いに上機嫌で黒龍帝が返事をする。

 だが、心ここにあらず。

 もっとBLについて妙子ちゃんと語り合いたいという感じだった。


 よし。黒龍帝のお守りは妙子ちゃんに任せてしまおう。

 理解は出来ないがこの現状はある意味都合が良い。

 全部、妙子ちゃんに任せて仕事に専念しよう…。


* * * * *


 黒龍帝がマニアックな腐男子だと言う衝撃の事実。

 よく分からないマニアックの話で盛り上がっている二人を残して俺は調査に向かった。


 シーナとローズも若干引き気味だったが、黒龍帝所蔵のBL本がドームの床に並べられた辺りから何やらソワソワと二人を気にしていたのでローズ達もドームに置いてきた。


 多分、妙子ちゃんと黒龍帝ほどでは無いにしろ、そちらの趣味は分かるのだろう。


 俺が準備を整え終え、調査に入ると黒龍帝(人間サイズ)の部屋に挨拶に出向いた時には、四人で楽しそうに黒龍帝所蔵のBL本コレクションを囲んで盛り上がっていたから、多分そう言う事なのだろう。


 そのコレクションをおっかなびっくりで見ていたアイリス王女も置いてきたのは言うまでもない。


 ドームに皆を残して歩き出し約十五分。

 豆コボルトに案内され、時空の歪みが隔離されていると言う封印の間の扉の前に立っていた。


「この先に『時空の歪み』が隔離されております。」


 豆コボルトが言葉少なく小型犬の様な瞳で俺を見上げ目的地への到着を告げる。


「案内をありがとう。あー。アイスクラインで良いのか?」


「いえ。私はハウンドリッヒで御座います。アイスクラインは現在、大浴場にてお客人を解凍中で御座いますがアイスクラインに何か御用でも?」


 うん。違うかなとは思っていたが、やはり別人だったみたいだ。

 彼はハウンドリッヒなのだそうだ。

 小型犬の様なつぶらで潤んだ瞳で見つめられ名前を呼んでみたくなったのが間違いだった。


「いや。用事はないよ。ただ言葉が通じるのに『豆コボルド』では失礼だろ? まあ、結局は個人の判別も出来ずに失礼を重ねたワケだが。」


 誰を見ても同じ様な顔に見える豆コボルドの個人判別など出来ないのに、豆コボルドの可愛さを目の当たりにし、調子に乗って名前を呼ぼうとして失敗した気まずさをポリポリと顔を掻いて誤魔化した。


「お気になさらないように。私どもも人間の顔の個別判断は苦手で御座います。人よりも鼻が良いので匂いで判断出来ますが、ご婦人の香水などが撒かれている状態では何とも…。」


「なるほどな!そうか。匂いか…。匂いで個人を判別する魔術なんてのも需要が有るかも知れないな。落ち着いたら少し組んでみるか…。」


 ハウンドリッヒの言葉に感嘆の声を漏らした。

 確か妙子ちゃんもアイリス王女の性別を匂いで判断していたっけ。

 体臭は年齢や食事やらの習慣で変化はするが、犬が飼い主の匂いを覚えて判別する事を考えると上手くすれば個人の判別に使えるかも知れない。


「フッ。面白い方だ。使用人などに気を使われるとは。魔法使いなど気位の高い変人ばかりだと思っておりましたが、ハルト様は違うようですね。」


 仕事を忘れて考え込んでいると、意外にイケメンボイスのハウンドリッヒに声をかけられ現実に引き戻された。


 どうやら、豆コボルドから見ても俺は変わり者っぽい。

 最近は、こちらの生活に慣れて言われる事も無くなったが、こちらに来たばかりの時には師匠に散々言われた記憶が思い起こされる。


「おい。ハルト。そろそろ…。」


 これまで俺とハウンドリッヒのやり取りを黙って見ていたグリードが口を開く。

 ドームでのBL空間に居たたまれなくなって付いてきたモノの、目的地を前にして思った以上にハウンドリッヒとの会話が盛り上がっているのを見て寂しくなったのだろう。


 こう見えてグリードは意外と寂しがり屋だ。

 興味ない様に見せても、チラチラと様子を伺ったりしているなんて事は多い。


 仕方ない。

 仕事を始めるか。


* * * * *


 封印の間に入る前にハウンドリッヒから諸注意を受けた。


「時空の歪み周辺には結界が設定されております。半径十メートル以内に入ると警報が発せられるほかに、魔法・魔術の無効化が発動致しますのでご注意下さい。また、魔王封印時の影響で地表が隆起し、この山が火山となっているのがご存知でしょうが、この先はこの山で最大の火口となっております。結界により この火口からの噴火は封じておりますが、落ちれば人や物は消し炭となりますので お気をつけ下さい。」


 との、事だった。

 時空の歪み周辺の結界に近づけば飛行魔法や防御魔法は解除され、溶岩に落ちて助からないらしい。


 ハウンドリッヒが扉の封印を解除して扉を開けると焼けるような熱風が肌を突き刺した。

 予め魔法で耐熱防御や耐毒耐性を施してはいるが思った以上にキツそうだ。

 もう一段階上位のバフをかけ直す。


 扉の先は通路となっており明かりは灯っていない。

 火口に続く通路は二十メートルぐらいだろうか。

 長く続く暗闇の先に赤々と鈍く光る出口だけが見える。

 どうやら、出口には扉はないようだ。


 俺とグリードは熱風が渦巻く真っ暗な通路を抜けて火口内部に到達する。

 許可を得て入っているのだから当然と言えば当然だが罠などは発動しない。

 本来なら何重にも罠や魔術障壁が張り巡らされているそうだが停止してくれたそうだ。


 通路を抜けて辺りを見回す。

 この出口から溶岩が煮えたぎる火口まで五十メートルくらいだろうか。

 それなりに離れているはずなのに、やけに熱く感じる。


 直径にして約百メートルくらいの火口。

 火口の中心を見ると陽炎とは違う明らかに空間が歪んだ場所が確認できた。

 思ったよりも小さいが、この位置からでもハッキリと見て取れる空間の異常。

 数千年もあんな物が存在し続けると言う事実。

 それが、魔王を異世界に飛ばし封印したと言う伝説が史実なのだと物語っている。


「あれか…。」


 グリードが今までに見た事も無い異様な光景に思わず呟く。


「あぁ。間違いないな。近づいて見てくるか…。何かあった時にはみんなに知らせてくれ。黒龍帝なら何とか出来るかも知れないからな。」


「馬鹿な事を言ってないでさっさと仕事を済ませろ。」


 俺の冗談にグリードが静かに憤ってプイっとそっぽを向いてしまう。

 これが女の子なら可愛いのだが…。

 不幸にもガチムチの青年なので、どちらかと言うと気色悪い。

 まあ、何かあった時には素早く対処してくれるだろうから、ここに居るのがグリードで良かったのは間違いないのだが。


「よし。仕事をしますか…。」


 俺は更に上位の耐熱魔法を重ね掛けして火口を見据える。

 多少はマシになるがジリジリと肌を焼くような熱は遮断しきれない。

 まあ、その方が緊張感を持って作業が出来るのかも知れないが…とにかく熱い。

 額から流れ落ちる汗を拭うと俺は時空の歪みに向けて飛び降りた。


 落下しながら飛行魔法を発動し、結界に触れないように位置の調整をする。

 十メートル以上の距離を取ってはいるが、こうやって近くで見ると実に異様な光景だ。


 中心点に小さな黒い点が見える。

 その周りの空間が歪み吸い込まれる様に回転をしている。

 回転をしているのだが右回りにも左回りにも見えて、ずっと見ていると吐きそうになる。

 時折、小さな黒い点の周りに閃光や薄ぼやけた光のベールが現れる。

 それは気持ち悪いのだが、とても美しくも見えた。


「ふぅ…。」


 ずっと見ていたい気もするが、溶岩から発せられる熱が俺の体力を徐々に奪っている。

 油断していると熱のせいで気を失いそうだ。

 時空の歪みが何かしら気温にも影響を与えているのかも知れないな。

 こんな劣悪な環境にあまり長居はしたくない。

 息を整えて観測の準備を始めた。


「観測魔法発動。過去二ヶ月の魔力痕跡を観測。」


 本来は言葉にする必要も無いのだが、熱のせいで上手く集中出来ない。

 より、イメージを鮮明にする為に言葉にするしかなかった。


 だが、これは…。

 空振りだろう。


 結界に注がれる黒龍帝の物と思われる魔力の流れや、時空の歪みから漏れ出していると思われる魔力と言うかマナの流れは観測出来るものの、その他に関しては小さな魔力の動きすら引っかからない。


「異常無しと言う事か…。」


 自称魔王が魔力感知に対する対策を持っていた可能性は考えられなくもない。


 だが、ポテトイーターを依代(よりしろ)にしなければ、こちらに干渉できなかった事を考えると、魔力探知を無効化するなんて余計な魔力を使う余裕は無かっただろう。


 それに、元々ここに戻って来る可能性は低いだろうからな。


 確かに繋がりやすい場所かも知れないが…。

 だが、異世界に転移なんてのはただでさえ至難の業。

 師匠ですらお手上げなのだから、そう安々と出来る事ではない。

 ましてや座標を指定して狙った位置に降り立てるはずもないだろう。


 そう考えると、ここ以外に出現する可能性の方が高いはずだ。

 ここが繋がりやすい場所だとしても、ここを狙ってたどり着く可能性は低い。


「うーん。厄介だな。そうなると、この星全域が対象になってしまう。」


 ここで痕跡が確認出来ないとなると、それこそ何処に現れるかなんて予想も出来ない。


 そうなると。

 まずは最初に現れた付近が有力な出現地点となるだろう。

 手がかりが無くとも、ダンジョンガーデン付近のポテトイーター生息地に当たりをつけて捜索をしておくべきだったろうか。


 いや。今からでも捜索するべきなのだろうか。


「と、なると。また俺の仕事になるな…。」


 また、面倒事が増える…。

 新たな面倒事の予感がするが、ここが自称魔王の出現と関係ないと分かった以上は、いつまでもここに居ても仕方がない。


 憂鬱な気分を引きずりつつグリードのいる場所に戻る事にした。


 俺が戻るとグリードがホッとした表情で出迎えてくれる。

 かと思うとプイっと背を向けて一言。


「待たせやがって…。取り敢えず戻るぞ。話はそれからだ。心配などしていなかったが無事に戻れて良かったな。」


 なんだろう。

 このツンデレっぽい態度は。

 きっと、女の子なら…


「待たせんじゃないないわよ!バカ!いつまでこんな所で私を待たせんのよ!暑いからさっさと戻るわよ!!全く…。心配させんじゃないわよ…。でも、無事で良かったわね。」


 ってな、感じなんだろうが…。

 相手がグリードなだけに気持ち悪いだけだった。


 はぁ。今は戻ってゆっくり休みたい。

 それ以上、グリードの様子を気にする余裕は今の俺には無かった。


* * * * *


 帰り道、ハウンドリッヒに食事と風呂の用意を頼んでドームに戻ってきた。

 ドアを開けるとドームに響いていたのは腐女子たちの黄色い声だった。

 これがBL話で盛り上がっているので無ければ和やかで可愛らしい光景なのだが…。


「何を言うんですか!!ブリッツくん×メビ様です!絶対に譲れません!」


「あらあら~?でも、メビ様は太古の昔より攻めなのですよ~?あったとしても最初からブリッツくん攻めは有りえませんよ~?」


「うむ。だが、この作品の良い所は頭脳は大人のブリッツくんが、人間界で警部に扮したメビを翻弄するのがキモなのだぞ??」


「それでもですよ~?伝統美を無碍にするのはいかがなものかと~?」


 と、思った以上にカップリングについての議論が白熱しているみたいだ。

 妙子ちゃん、黒竜帝、シーナの三人がやいのやいのと騒いでいる。

 少し離れた所ではローズで眠るアイリス王女に膝枕として嬉しそうににニコニコしていた。


 つまり、ツッコミ不在で誰も腐女子たちを止める者は居ない状況と言うワケだ。


 この状況に呆れドアの前で立ち尽くしていると、何気に振り返った妙子ちゃんと目が合った。


 あ。これはダメなヤツだ。

 関わってはいけない。


 そっと、俺がドアを閉めようとする前に、俺を見つけた妙子ちゃんが叫ぶ。


「あぁぁぁぁ!!ハルトさん!聞いて下さいよーーー!!シーナさんがブリ×メビは邪道だとか言うんですよーーーー!!!」


「あらあら~?ハルトさんは伝統を重んじてメビ×ブリが正しいと思いますよね~?」


 俺が戻って来たのを目ざとく見つけた妙子ちゃんが俺に駆け寄ってワケの分からない主張をぶつけてくる。


 その妙子ちゃんを追ってシーナも俺にカップリングの有り無しを尋ねると言う無茶振り。


 それを俺に聞きてどうする?

 俺が何か答えられるとでも思っているのか?

 しかも、この手の話はどう足掻いても平行線だ。

 結論の出ない話を俺に振らないで欲しい。


 俺はこう言うしかなかった。


「ぶっちゃけ興味ない。知らんがな。」


「「ハルトさーーーん!!!」」


 バッサリと切り捨てた俺に二人から抗議の声が上がる。

 いやいや。何を訴えるハルトさんだが知らんが知らんがな。

 そんな事を聞かれても答えられるはずもない。


「あっ!グリードさん聞いて下さいよ!こうなったらグリードさんで良いから!!」


「あらあら~?グリードは私の味方ですよね~?」


 俺の後ろで笑いを堪えてクスクスしていたグリードに標的が変わる。


 油断しているからだ。ざまーみろ!

 とは、思うが多少の同情してしまう悲惨な状況だ。

 どうか俺の代わりに生贄になってくれ。


 と、また油断しているとグリードの二の舞いになりそうだ。

 俺は彼女らが戻ってくる前にその場を離れて黒龍帝の居る場所に足を向けた。


「黒龍帝。良いか?」


「うむ。その様子だと何も無かったようだな。」


 口調は硬いが、余程BL談義が楽しかったのかすっごい笑顔で迎えられる。


「まあな。貴方の様子を見て予想はしていたが何も痕跡は見つからなかった。」


「で、あろうな。何か有れば我が見落とすはずもなし。」


 予想通り。

 何か有れば対面した段階で話が出るだろう。

 黒龍帝が異常に気が付かないワケがない。

 何かあったとしても俺が自分で確認していただろうし、何も無かったとしても自分で確認する必要はあったから事前に教えてくれなかった事に関しては構わないのだが。


 のん気にBL談義に花を咲かせていた黒龍帝の様子を考えると、本当に何の異変も情報も無いのだと言う事が分かる。


 自称魔王の出現は黒龍帝にとっても察知出来ない出来事だったのだろう。


 あのタヌキな現王の事だ。

 ここでは何も異変が無かったのは知っていたのだと思う。


 俺と黒龍帝との顔合わせの機会を設けただけなのかも知れない。

 一応、ここでは何も無かったと言う確認も兼ねて。


 まあ「何も無い」と言う事実の確認は意外と大事だだから良いのだが。

 こう言う確認を怠っていると何かあった時に対処が間に合わない。

 だからこそ、ここに黒龍帝が居て、結界には兵士たちが詰めているのだ。

 無駄骨では無かったと信じたいが、予めそう言う事情も言っておいて欲しかったものだ。


「しかし、アレじゃのう。話には伝え聞いておるが、長い人間との共生で本来ならメスの栄養を補給出来る程度の作物を荒らして用事が済めば撤退するポテトイーターが、意思を持つ人間の様に戦略的に攻めて来た事を考えれば、それだけでも何者かの意思は感じるが…。黒幕が本当に魔王だったのじゃろうか?」


 自分には情報は無いと言う意思表示なのだろうか。

 状況の整理と可能性の考察を促してくれる様な話を振ってくれた。

 つまり、知恵を貸してくれると言う事なのだろう。

 人間よりも知恵の有るドラゴンが知恵をだしてくれるなら有り難い。

 俺と師匠だけではたどり着けない可能性に導いてくれるかも知れない。

 単なる状況確認になるかも知れないが、俺は黒龍帝と考察を進める事にした。


「どうだろうな…。残念な事に俺は魔王を知らないから何とも言えないと言うのが正直な所だ。ただ、ポテトイーター…。と言うか七つ星の帝王を操り、群れを統率するとなると骨が折れる。七つ星の帝王を単体で操るだけなら俺も出来そうな気がするが。群れを操り、七つ星の帝王を通してグラビティウォールプレスを放つと言う曲芸が出来る人物に心当たりが有るかと言われると、この世界に数人居るか居ないかだろう?俺が知る限りでは思いつかないが。」


「そうじゃの。七つ星の帝王と言えどネームド。例えそれが七つの群れの中でも最弱の一角だとしても、群れを操り禁呪を放つとなると相当の痴れ者よ。報告書によると魔力を求めて人喰いの結界を張ったとか…。だが、それなら街の周りに人喰いの結界を施して魂を吸い上げた方が早い。例え王に反旗を翻す魔法使いが関与していたとしても、そこまで遠回しで面倒な事をする理由にはならん。まあ、面白いからと言う理由でワケの分からん事をするのも魔法使いらしいと言えるが。」


「その可能性も捨てられないのが何とも…。」


 魔法使いの変人的な部分を指摘されて苦笑いをする。


 魔法使いなんてやってる人間には頭のネジがぶっ飛んだヤツが多いのは確かだ。

 特に長年生きている魔法使いは変人が多い。

 うちの師匠も所々で感覚がズレている感じがするが「やらかす魔法使い」に比べれば可愛いモノである。


 大抵は引きこもって研究に勤しんでいる魔法使いだが、何年に一度くらいは何かしらやらかす者が居る。


 最近だと、長年の研究で完成させた防御魔法を試すために、上位禁呪の隕石落とし。いわゆるメテオを自ら放ち、完成させた防御魔法で宇宙に打ち返すなんて事をやらかしている。


 どっかのRPGではコマンド選択で気軽にポンポンとメテオを放つが、実際にそれが行われたら軽い被害では済まない。


 数メートルから数十メートル級の隕石が地上に落ちたらどうなるかくらい予想は出来るだろう。


 落ちたら地点を中心に何百キロメートルが吹き飛ぶ事になる。


 地上に落ちて周辺を吹き飛ばせば終りかと言うと、それでは終わらない。

 土やら何やらが上空に舞い上がり空を覆って日光は遮断されてしまう。

 それが何年も続き日光を受けられない地表は当然の様に気温は下がる。

 厚く塵で覆われて空では植物も光合成が出来ない。

 植物は枯れ、空気は淀み、栄養を摂取出来ない動物も当然の様に死滅する。

 あっという間に地獄の出来上がりだ。


 長年の研究によってメテオで与えるダメージの規模などは、かなり制御出来るまでに研究が進んでいる。


 実用的に使えるくらいには研究し尽くされているのだから効果的に使う事は可能だ。


 攻城戦などで使う際には、小指の先くらいの小石を引っ張ってきて上空何百キロメートルから落とし、着弾寸前で攻撃目標をバリアで囲い被害を城内に限定するくらいの芸当はメテオを操れる魔法使いなら出来るだろう。


 上手く制御して使えば被害を抑えて大ダメージを与えられる実践兵器として機能するのだが…。


 そこを敢えて大災害級の規模の隕石を落として実験すると言う変人が魔法使いには多いのだ。

 四年に一度くらいの間隔で新聞紙面を賑わしている。


 実質的な被害は少ない無いが、それでも巨大な隕石が落ちてくる時に発生させる風圧で、周囲の木々や農作物をなぎ倒したり、異常気象の原因になったり、民衆を騒がせたりと、それによる恩恵は無いと言って良いだろう。


 メテオに限らず迷惑事の種類には色々あるのだが…。

 例を上げているとキリが無いので止めておこう。


 つまり。


 そう言う変人魔法使いが居るせいで、今回の件に関しても魔王を騙った魔法使いの実験と言う線も捨てられないでいると言うワケだ。


「まあ、魔法使いの仕業ではなかろうて。話を聞いて我も現地に飛んでみたが…。スンスン。」


 黒龍帝が俺に抱きつき何かを確認する様に匂いを嗅ぎ始めた。


「うむ。やはりアレはお前の匂いじゃの。あの地にはお前の魔力の匂いしか残っておらなんだ。高名な魔法使いであっても痕跡を残さないと言うのは不可能に近いからの。」


 俺の匂いを嗅いで俺の魔力の匂いを確認した黒龍亭は抱きついたまま俺を見上げてニパっと笑った。


 しかし、黒龍帝がダンジョンガーデン付近まで来ていたとは驚きだ。

 こんな魔力の塊のような生き物が近づけば俺が気が付きそうなモノだが…。

 黒龍帝にはステルス性能まで有るらしい。


「魔力の痕跡が残っていないのは俺も確認している。禁呪を使えば否が応でも痕跡が残るはずなのに、残っているのは物理的に破壊された跡だけだ。魔力の痕跡を残さない方法に心当たりは無いか?」


 もしかしたら、黒龍帝が何かを掴んでいるのではないかと思う問いかけてみる。


「そうじゃの。まるで魔力の痕跡ごと異世界に移動したとかなら可能かも知れんな?」


 確証はないがそう考えてもおかしくないと言う事か。

 どうやっても大規模な魔法を使えば個人が放つ魔力の匂いが残るものだ。

 それは、ある種の拳銃を撃った時の硝煙やライフリングの様な物。

 考えたくは無いが黒龍帝から見ても本物の魔王である可能性は高いと考えているみたいだ。


 考え込む俺に抱きついたまま、俺の顔を見上げてドヤ顔で黒龍帝がニヤリと笑う。

 他の可能性が無いとは言えないが、そう言う可能性は常に頭に置いておくべきだと言いたいのだろう。


 うん。それは良い。それは分かった。

 だが、それを伝えるのにどうして抱きつかれたままで話をしないといけないのか。

 その必然性が理解できない。


 それにこの状況。

 とても嫌な予感がする。


「あの…。本物の魔王の可能性が高いと言いたいのは分かったのですが…。そろそろ離して…。」


 右斜四五度後方から良からぬ雰囲気を察知した俺は黒龍帝に離れるようお願いしようとした。


 その時…。


「あーーーーー!!ハルトさんがエッチな事してる!!」


 案の定、こちらの様子に気がついた妙子ちゃんがあらぬ疑いを掛ける。


「ちがーーーーーう!これは黒竜帝が勝手に!!!」


 と、言った所で恰好のネタを得た妙子ちゃんが逃すはずも無い。

 グリードに固定されていたタゲが外れてこちらに向かってくる。


「お兄ちゃん…。痛い。痛いよ…。そんなに強く抱きしめられたら…。ぼく…。ぼく…。おっきしちゃう…。」


 うん。何を言ってるのだろうか。

 このクソドラゴンは。

 抱きしめられてるのは俺なのですが。


 面白いと思ったのか妙子ちゃんが近づいてくるのを確認した黒竜帝が特大の燃料を投下する。


「良い!良いですよ!ハルト様!もっと!もっと熱い抱擁を!!アーノルドが王になった暁には全力で応援させて頂きます!!」


 いつの間にか起きていたアーノルド、もといアイリス王女が、妙子ちゃんよりも先にワケの分からない事を言いだした。


「お前!アーノルド!じゃない!!アイリス王女!!ちゃんと見ろ!!抱きついてんのは黒龍帝だけだろうが!!!何を応援するってんだ!!ふざけな!!表出ろ!!!」


 だが、俺の訴えは虚しく腐女子にの黄色い声にかき消され。

 違うと分かって居ても、こんなに美味しい燃料が投入されたのだ。

 そんな美味しい餌に腐女子が釣られないワケがない。

 腐女子に限らず美味しそうな燃料が投下されれば美味しく頂くのがオタクと言うモノだ。


 こうなったら諦めるしかない。


 アイリス王女以外は、これがネタだと分かってやっているだろう。

 後々ネタにはされるだろうが、取り敢えず飽きたら落ち着くのも分かっている。


 王女は分かってないだろうからローズに後でちゃんと説明してもらおう。


 俺は事態が沈静化するまで耐えるしかなかった。


 この後、一時間程度。

 彼女達のおもちゃにされたとだけ言い残しておこう。

 出来れば二度と思い出したくない恥辱の一時間であった。


* * * * *


 恥辱にまみれた一時間を耐え、開放された時には空は暗闇と星空の覆われていた。


 腐女子たちから開放された後に黒龍帝と少し話したが、禁呪などの大規模魔法を使って魔力の痕跡が残るのは、この世界の(ことわり)で消せるものでは無い。それを踏まえると、この世界の法則とは違う世界の理がそこには介在している可能性が高いと言う事で落ち着いた。


 ぶっちゃけ、手がかりは無しと言う事だ。

 いや。アレが本物の魔王である可能性は高まった。

 だが、それを確認する術はない無い。

 と、言った所だろうか。


 どちらにしても手がかりはもう消えているだろう。

 黒龍帝がお忍びで街の近くまで来た時点で痕跡は消えていたのだ。


 今更、黒帝山や街の周辺地域を調べて痕跡を探したとしても、禁呪を使用した現場でさえ痕跡が残っていないのだから、これ以上の手がかりが残っている可能性は低い。


 お手上げ状態である。

 次の出現を警戒して準備しておくしかない。

 これまで、数千年も魔王の再来を警戒して待ち構えているのと同じように。


 つまり、今までと同じと言うわけだ。


 後は、自分の工房に戻った師匠が、あの場で収集していたデータを元に何かしらの手がかりを掴んでくれている事を願うしか無い。


 現段階で俺達が出来る事は何もないのだ。


「ふぅ…。結局、師匠頼りか…。」


 ハウンドリッヒが用意してくれた食事を平らげ、腹が満たされた事で気が緩んだのだろうか。

 食後のコーヒーを飲みながら愚痴が口からこぼれ落ちる。


 情けないの一言だった。


 いや。良いのだ。

 今の生活が続き。

 俺の街が活気づいて。

 街に関わる人間が安定して暮らせて。

 それによって俺が楽して暮らせ、好きな研究をしながら引きこもれるなら何の問題もない。


 だが、俺を救ってくれた師匠や、この世界に恩を返せるなら返したいとは思っていたのに…。


 それがこのザマだ。

 師匠はあらゆる可能性を考えて、妙子ちゃんを守りながらも観測やデータ収集を怠らなかった。


 俺はと言うと目の前の敵に気を取られ、後の事など考える余裕など無かった。

 いや。余裕は有ったのかも知れない。


 だが、思いつきもしなかった。


 データを収集する事で魔王再来の観測に劇的な変化を与えられる可能性を。

 そのデータを元に俺達が居た世界に帰れる可能性を。

 妙子ちゃんを親元に帰してやれる可能性を。


 これが情けない状態でなければ、何を情けないとするのかと言う話だ。


 しかも、ここで得た結論は「ここでは何も無かった」と言う事と「本当に魔王である可能性が高まった」と言う事のみ。


 黒龍帝と交流を持てたのは確かに成果だと言えるが…。

 だが、これも王の計らいがあってこそ。

 俺が考えての行動したワケではない。


 もう、俺も三十代半ばのいいオッサンだと言うのに情けない。

 全てが他人から計らいで与えられた成果なのだから。


 ここで何かの痕跡でも発見できればと思っていたが浅はかだったと言わざるを得ない。


「ダメだ。ダメだ。考え込んでも仕方ない。風呂にでも入って切り替えよう。」


 無駄に考え込んでも良い事はない。

 それは、元の世界で俺が実証していた。


 考えるのは大事だが、考え込んだ時にどう動くかはもっと大事だ。

 動けなくなり、頭の中だけで堂々巡りをするのが一番悪い。


 一つの事に囚われて動けなくなるくらいなら、頭を空っぽにして逃げ出したり、恥も外聞もなく誰かにすがれば良い。


 まあ、それが簡単に出来るなら苦労はしないのだが。

 そうする事で何かが変わる可能性は有る。


 少なくとも昔の俺の様に、そのまま追い詰められて自ら死ぬと言う愚行には及ばないだろう。


 俺がこの世界で助かったのは単に偶然が重なっただけだ。


 この世界に来て師匠に助けられ「最悪、ケツをまくって逃げ出せば、どんな問題も死ぬ程の事ではない!」という事を教えられたからだ。


 師匠が気が付かせてくれなければ…。

 俺はこの世界でも自ら死を選んでいただろう。


『国でさえ解決できないような問題は先送りにするんだから個人が追い込まれて逃げ出したとしても悪いことじゃないさね。ただ。今、出来る事を出来るだけでもしないのは、ただの穀潰しだがな!』


 師匠の言葉が頭に蘇ってくる。

 確かにそのとおりだ。

 藻掻いて逃げ出せるなら逃げ出せば良い。

 それが前に向かうために必要なら。

 何もせずに諦めて死んでしまうよりは余程良い。


 言うのは簡単だ。

 病んでる時にそれをするのは難しい。


 俺だって一人では立ち直れなかっただろう。


 俺には師匠が居たから。

 そのあっけらかんとした言葉に俺が救われただけなのだから。


* * * * *


「いかんいかん。意味がわからん。何で落ち込んでるんだ。俺は。」


 思った以上に女性陣によるBL弄りが精神的な負荷になったようだ。

 今更、自分が不甲斐ない事なんて確認せずとも分かりきっていると言うのに。


 妙子ちゃんと出会ったおかげで、人の多い場所でも普通の人の様に振る舞える様になったとは言え人間の本質は簡単には変わらない。


 最近、少し油断しすぎかも知れないな。



 と、言う事で考え込むのは一時撤退。

 風呂にでも入って一旦リセットしよう。

 俺はハウンドリッヒに案内を頼んで風呂に向かった。


 風呂に向かう途中で、山の麓まで案内してくれたブラウン隊長に連絡をして居なかった事に気が付き、状況報告と合わせて今夜は一泊する旨を連絡していて少し遅くなった。


 普段なら待たせている相手の連絡なんて基本的な事は忘れないのに相当疲れているらしい。

 さっさと風呂に入ってリフレッシュする事としよう。


 なんでも、火山だけあって天然温泉かけ流しなのだそうだ。

 この国で温泉に入れる事は滅多にない。

 火山などは少なく平原が多いこの地では温泉地が少ないからだ。

 井戸は掘られても、温泉を探してわざわざ地中に穴を開けると言う事もなく、国内に数カ所有る火山の付近に温泉が湧いているのを利用する事が有るという程度。


 それを考えると、ここまで整備された温泉施設の有る黒龍帝のお宅は貴重な存在と言える。


 変な方向にスイッチが入り考え込んでゴチャゴチャになった頭をリセットする為に風呂のドアを開けた。


「ほっ!ほっ!ほっ!」


 ドアを開けるとそこには浴場で腕立て伏せをするリックが居た。

 今回は影が薄くてすっかり忘れていたがアレからずっとここに居たのだろう。


 入ってきた俺に気づき、腕立て伏せをしながらこちらに顔を向けると、さっきまで氷漬けになっていたとは思えない大きな声で話しかけてきた。


「いよー!ハルト!お前も風呂か?すっげーぞ!ここの風呂は!腕立て伏せも余裕で出来るぜ!」


「あぁ。うん。そうだな。」


 普通は大きな浴場だからと言ってムスコをプランプランさせながら腕立てなんかしないとツッコミたかったが疲れきっていた俺はリックの声を聞き流した。


 かけ湯をして風呂に浸かる。

 温かい温泉の湯が疲れた体に染み渡る。

 その温度が冷え切った俺の心の体温を戻してくれている気がした。


「しかし、ローズにはまいったよなー。あそこまでするか普通?なー!ハルトよぉ?」


 リックを放置しているのは、暗に今は放って置いてくれと言う意思表示だったのだが…。

 案の定リックには伝わらないようだ。


 一人で勝手に話し、ローズへの愚痴を俺に次々と浴びせかけてくる。

 だが、その言葉のは、今の俺の耳には殆ど入って来なかった。


 疲れた。

 ここ数日のドタバタは思った以上に俺を疲れさせていたみたいだ。

 リックの話に相槌を反射的に打っているが耳を素通りしている。

 普段なら鬱陶しいだけのリックの声。

 だが、その騒がしさが今はどこか心地良い。


 最近は無かった。

 でも、たまに電源が切れたかの様に無気力になってしまう。

 随分とマシになったのだが未だに治らない。


 妙子ちゃんが来てから徐々に改善してきている気がする。

 妙子ちゃんがこっちに来る前なら、このリックの一方的な声に逃げ出していただろう。

 だが、今はその騒がしさが現世との繋がりの様で どこか安心する。


 そう。おれはここにいてもいいのだといわれているように。


「おい?ハルト?ハルト!?大丈夫かよ!ハルト!!!」


* * * * *


 気がついた時にはベッドの上に寝かされていた。


「あっ!!起きました!?大丈夫ですか??お風呂でのぼせてリックさんに運ばれたの覚えてますか??」


 気がついた俺に目に妙子ちゃんの顔が飛び込んでくる。

 額には冷たいタオルが乗せられていて、ひんやりとしたその感覚が心地いい。


「ホント!ビックリしましたよー。素っ裸のリックが素っ裸で気を失ってるハルトさんを背負って入ってきて!」


 あぁ。随分、酷い状態で酷い状態の俺は晒し者にされたらしい。

 よりにもよって、ドームに集まるみんなの所へ裸のまま連れて行かれたとは…。


 リックも慌てて、それどころじゃなかったのかも知れないが、豆コボルトにでも頼めば適切に対処してくれただろうに。


「あ!水飲みます?起きれますか?」


 そう言うと俺を起こして水を飲ませてくれようとする。

 酷い状況を聞き眉間にシワを寄せていた俺を見て気を使ってくれたのだろう。


「大丈夫。自分で飲めるよ。」


 声を絞り出し告げると少し安心したような表情で冷たい水の入ったグラスを渡してくれた。


「ふぅー。一安心ですね。意識も戻ったし。ホント何事かと思いましたよー。バーンってドームの扉が開いたかと思ったら、全裸のリックがプランプランさせながら全裸のハルトさんを抱えて取り乱してるんですもの。燃料キターとか言う前に阿鼻叫喚でしたよー!」


 リックが酷く恥ずかしい状態でドームに乱入したらしいが、想像すると笑えてくる。

 BLが好きだとか言っても、いきなり全裸のリックが乱入してくれば取り乱して大騒ぎになっても仕方がない。


 さぞ、あの場はリックの乱入によって荒れた事だろう。

 また、ローズによって氷漬けにされたかも知れないな。


「まあ、リックもハルトさんが倒れて混乱していたんでしょうから許してはあげましたけど。いきなり乙女にあんなの見せつけるとか有り得ないですよねー。」


 ケタケタと笑う妙子ちゃんだが、少し無理をしているように見えた。

 単なる湯あたりだけど、俺が思っている以上に心配させたに違いない。


「ホント。ハルトさんは最近頑張りすぎなんですよ。引きこもりのくせに…。頑張るのは良いですけど、頑張りすぎないで下さいよね…。私の知らない場所で無理されちゃ心配になっちゃうじゃないですか…。」


 彼女の目から涙がこぼれ落ちる。

 その涙の理由は俺には分からない。


 この前の戦いで心配させてしまった事。

 初めてこの世界に来て一人にさせてしまった事。

 休む暇も無くここまで来た事。


 心当たりは色々あった。

 どちらにしても、最近の俺は彼女を思いやれていなかったのは確かだ。


 そんな彼女を見て俺の目からも涙が溢れ出した。


 不甲斐なさ。

 また心配させてしまった情けなさ。

 俺の事を心配してくれる妙子ちゃんへの感謝。

 色々な気持ちが一気に涙となって溢れ出していた。


 そこからの記憶は無い。

 疲れのせいだろうか。

 それとも妙子ちゃんの顔を見て安心してしまったからだろうか。

 いつの間にか眠りについたようだ。


 ただ、夢の中で誰かに頭を撫でられている様な気がした。


* * * * *


 翌朝、目を覚ますと部屋には誰も居なかった。

 個人個人に部屋を用意すると言う話だったから誰も居なくて不思議ではないのだが、ちょっとした寂しさを感じていた。


 ベッドの脇には水差しとグラスが置かれており、グラスに水を注いで一気に飲み干す。

 水を飲み干して少し落ち着いた俺は昨晩の事を思い出そうとしていた。


 風呂で気を失ってリックに素っ裸のまま運ばれ。

 この部屋で妙子ちゃんに看病をされ。

 俺はそのまま眠ってしまったようだ。


 うん。思い返しても恥ずかしい。

 なかなか情けない状況だった。


 そう言えば泣いてたっけか。

 妙子ちゃんの表情を思い出す。

 自称魔王の件からずっと心配させっぱなしだ。


 最近、調子が良かったから無理をしているのに気が付かず、無理を重ねてしまったのだろう。


 精神的な負荷が限界を超えてしまったに違いない。

 後で謝らないとな…。


「あ!起きてますねー?今度は寝落ちとかしないで下さいよ?もう、朝ですからね?」


 昨日の事を反省していると、妙子ちゃんがドアから顔を覗かせた。


「流石にもう大丈夫だよ。頭もハッキリしているし。」


 情けないと言うか恥ずかしいと言うか…。

 何となく顔を合わせづらく、伏せ目がちで答える。


「昨日は心配させてすまなかった。最近、ずっとバタバタしていたからか、緊張の糸が切れてしまったのかも知れない。」


 理由は何となく分かっていた。

 自分の不甲斐なさに精神的なキャパがイッパイになってしまった事。

 風呂でのリックの能天気さに、何となく気が緩んでしまった事。

 妙子ちゃんの顔を見て安心してしまった事。

 全てが重なって昨日の恥ずかしい醜態を見せてしまったのだ。


「ハルトさんがみんなに心配掛けるのはいつもの事じゃないですか?今更って感じですよー!」


 地味に傷つく事を言ってくれる。

 そんなにみんなに心配させているだろうか?

 いや。その前に鼻つまみ者の俺を心配してくれる人なんているのだろうか。


「ハルトさんは分かってないかも知れないですけど、街のみんながハルトさんの事を心配しているんですからね。お留守の間も私が街を歩けば「ハルトさんを最近見てないけど大丈夫?」とか普通に聞かれるんですから。これって前にも話しませんでしたっけ?心配させたと思うなら、もっと気をつけて下さいねー?」


 そう言えば前にもそんな話をした気がする。

 その時は聞き流していた気もするが…。

 俺が本当に街のみんなに心配されているのだろうか。

 ニコニコと笑顔で言う妙子ちゃんを見ているとネガティブな意味では無いのは…。


 妙子ちゃんが来てからと言うもの自分でも多少は改善しているのは分かっている。

 だが、人の多い所に行くと気分が悪くなってブツブツと現実逃避の為に呟いていた、自分でも気持ちの悪い人物だった俺を街のみんなが心配してくれていたと言う事実に胸が熱くなった。


「そう言えば!コレ!見て下さいよ!!バリちゃんにもらったんですけど!」


 俺がちょっとした嬉しさを噛み締めていると、妙子ちゃんがある物を見せてよこした。


 それは、オレンジ色に輝くオーブだった。

 ドラゴンからもらったオレンジ色のオーブ…。

 これは…。どう考えてもアレ(・・)か!?


 俺の表情を見てニヤリとした妙子ちゃんが話し始める。


「フッフッフ。そう思いますよね。私も最初見た時は「アレか!!」と思いましたけど、残念ながら七つ集めても願いは叶わないそうですよ。バリちゃんにも「はぁ?何を言っておる?」と呆れられました。これを使うと王家直通のテレポーターを使えるってアイテムらしいです!「これは友情の証じゃ!いつでも遊びに来るがよい!」って言ってました。」


 トホホと言う表情でガックリしながらも、どこか嬉しそうにオレンジ色のオーブを見つめる妙子ちゃん。


 その表情はこの世界で新たな友人が出来た事に対する嬉しさを噛みしめるようだった。


「あ…。そうじゃなかった。何だかバリちゃんが話があるからって。問題ないようならドームに来て欲しいって言ってたんでした!ハルトさんもう大丈夫そうですか??」


 黒龍帝が話が有る?

 ここでの問題に関しては全て確認し終わった気がするのだが。


「分かった。もう大丈夫だから取り敢えずドームに向かおうか。」


 体を起こすとドームに向かった。


* * * * *


「おお。朝早くからすまんの。もう体は大丈夫なのか?」


 ドラゴンに体調を気遣われると言う珍しい光景。

 有り難いのだが何となく不思議な感じがする。


「あぁ。問題はない。ゆっくり休ませてもらったからこの通りだ。」


 皆が既に集まっていた事も有り、少し大げさに動いて見せた。


「それなら良い。集まってもらって悪いが大した事ではない。おぬしの体調を考えて我が街まで送ってやろうと思っているのだが、高所が苦手な者はおらぬか確認じゃ。この大所帯で馬車に揺られて帰るのも辛かろうて?」


 思わぬ申し出だった。

 要約すると黒龍帝が俺達を乗せて街まで送ってくれると言う申し出らしい。


「いや。申し出は嬉しいが…。本当に良いのですか?ドラゴンは生涯に一人しか背に乗せないと聞きますが。」


 ドラゴンのパートナーはその生涯で一人きりで、ドラゴンのパートナーはドラゴンと同じだけの生を受けると言う伝説が有る。


 つまり、ドラゴンが人を背に乗せると言う事は非常に珍しいのだ。


「なるほどな。だが、その様な話は嘘っぱちじゃ。滅多に人を我が背に乗せる事は無いが友とその主人や友人を乗せるのに何の問題もなかろうて。巷に溢れる噂は我々が滅多に人を乗せぬ事から人間が妄想した物語。我々と同じ時間を過ごせば並の人間なら精神を壊してしまうのがオチだからのぉ。」


 どこか悲しげな表情でうつむく黒龍帝。

 その表情に長い時間を一人で過ごさなければいけないと言うドラゴンの寂しい運命を感じさせられた。


「分かりました。問題無いならお言葉に甘えさせて下さい。ご迷惑でなければ。」


 俺の言葉に満面の笑顔で黒龍帝が答えた。


「友の為じゃ!問題ない!!」


* * * * *


 黒龍帝の申し出を受け、山の麓で待つブラウン隊長に黒龍帝に送ってもらうと連絡を入れた。


 あまりの事に、随分と驚いていたが「黒龍帝にそこまでさせるとは!」と関心されて、どこか気まずい気持ちになる。


 ここまで黒龍帝にさせたのは、妙子ちゃんと黒龍帝のBLを通した友情の賜物。

 この事をブラウン隊長だけでなく、誰にも教えられないのは言うまでもない。


「おーい!ハルト!そろそろ出発するって言ってるぜ!」


 山頂の広場に集まり、黒龍帝の背中に設置されたカゴにいち早く乗り込んでいたリックが大声で叫んでいた。


「おう!分かった!…と、言う事でお待たせして申し訳なかったのですが宜しくお願い致します。改めてお礼に伺いますので。あと、リンクオーブの返却に豆コボルドが向かいますので攻撃されないようにお願いしますね。」


『いえいえ!そんな貴重な体験は誰にも出来ませんのでお気遣いなく!リンクオーブの件も了解しました。旅のご無事を願っております!』


 貴重な体験を自分の事の様に喜んでくれたブラウン隊長との通信を切り、豆コボルトにリンクオーブを預けて黒龍帝の下に向かう。


「やり残した事はもう無いか?準備が良ければ行くぞ?」


 俺が背中に乗った事を確認した黒龍帝が最後の確認を俺にする。


「大丈夫だ!やってくれ!」


 俺の声を聞き黒龍帝は身体を大きく反らして羽ばたく。

 すると、身体の周りに反重力魔法のようなフィールドが発生し大きく飛躍した。


「うわぁぁぁぁ!!凄いですよ!!ハルトさん!!山頂があんなに小さい!!」


 妙子ちゃんが一気に上昇する景色をみてテンションを上げる。

 そんな様子を背中に感じて黒龍帝も上機嫌のようだ。


「ガッハッハ!まだまだ昇るぞ!ちゃんと掴まっておれ!!」


 そう言うと更に高度を上げる黒龍帝。

 俺が飛行魔法を使う時でも、ここまで高度を上げる事は少ない。


 雲を突き抜け俺達以外に誰も居ない大空。


 それは、ほんのひと時、全てを忘れさせるような蒼色だった。


* * * * *


 流石と言うべきか。

 ほんの一時間程度で街から少し離れた平原に降り立った。

 リックが普段経験しない高度と速度に腰を抜かしてプルプルしているが問題は無いだろう。


「さすがはドラゴンだな。助かった。今度、こちらに来る時には家にも寄ってくれ。」


 礼を言うと少年の姿になった黒龍帝に手を差し伸べ握手を求める。

 差し伸べた手を優しく握り返しニッコリと笑う黒龍帝だったが、その笑顔はどこか寂しそうだ。


「有り難い申し出じゃが、我は契約により縛られておる。屋敷からの出入りも回数で制限されておるのだ。余程の事が無ければ自由に出入りはできん。じゃが、こちらに来る機会があったなら、その言葉に甘えるとしよう。」


 もう一度、笑顔を返すと黒竜帝は手を離して、その場を離れた。


「大丈夫だよ!バリちゃん!また遊びに行くから!」


 ドラゴンの姿に変化して飛び立つ準備をする黒龍帝に妙子ちゃんが大きな声で呼びかける。


 その姿を愛おしそうに見つめながら黒龍帝は何も言わず飛び立っていった。


 長い生を生きるドラゴンの人生の中で、多くの出会いを別れを経験してきた事だろう。


 それは長い時間を一人で生きるドラゴンにとって一瞬の出来事。


 瞬く間に過ぎ去っていく人の人生を見送ってきたドラゴンにとって、妙子ちゃんとの出会いも一瞬で過ぎ去る幻影のようなものだと分かっているのだろう。


 大きな空に消える黒龍帝を見送りながら、俺達は自分たちを待つ街へ戻って行った。


どうも。となりの新兵ちゃんです。


日曜日に上げたかったのですが、なかなか最後まで行きつけずに、出来上がったのは月曜の深夜でした。

取り敢えず、予約投稿で火曜の昼前に上げておきます。

お時間のある時にでも読んで頂ければと…。

って、あとがきで書く事じゃないですね。

でも、まえがきを書くのって好きじゃないので…。


さて、少し駆け足な気がしますがアーノルドと黒龍帝の出番は取り敢えず終了です。

そのうち出す機会も有るかも知れませんが、今回はこれで。


うーん。もう少し分けて、この話は細かく書いても良かったかも知れませんが、うちの話がスカスカなのは今に始まった事ではないので良いでしょう。

私の文章構成能力が低いのは今に始まった話ではないのでご了承下さい。


と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。

それでは、またいつか。


と、言いつつ。

今週末や次の日曜日にアップ出来るか分からない状態です。

アップされなかったら、次週のいつかや終末になるんだろうなぁっと何となく思っておいて下さい。

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