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其之三|第三章|出られない待合室

 暇だ。

 大変、退屈だ。


 現在の時刻は十三時。


 師匠がよく分からないノリで自分の工房に戻ったのが十五時間くらい前。

 夜が明けて、役所のポータルで王都に移動してきたのが五時間前。


 ある程度の覚悟はしていたが暇だ。

 やる事が有るとすればポータル使用の際に提出しなければいけない報告書を書くぐらいだ。


 役所に設置されたテレポーター利用が許されるのは公務での移動の場合のみ。

 私的な理由で王都直結の公的なテレポーターを使用する機会など無いと言って良い。

 その利用は厳格に管理されており、余程の緊急事態でも無い限り何の許可も無く利用する事は出来ない。


 そして、使用の際には報告書の提出が義務付けられている。

 公の理由で使用している以上、何に利用してどの様な事を行ったかと言う記録を残さなければならない。


 もちろん、王都で知り得た国家機密とか重要事項を書く必要はないが、大体の行動記録は提出しなくてはならない。


 まあ、ぶっちゃけ。役所のテレポーターを使う必要のあったと言う事が分かれば良い。

 時間ごとの行動とか大体で良いから書いて提出して、テレポーターを使用する必要が有ったと言う事と、王都側と役所側に記録が残ってテレポーター利用の正当性が確認出来れば良いと言うワケだ。


 そう。大体の行動やら理由が分かればそれで問題は無いのだが…。


 王宮に連れて来られてから約五時間。

 何の事態の進展も無い。

 書く事が全く無くて辛い…。


 これまでの状況を報告書に書くとするなら…


『テレポーターで王宮に来て待合室でお茶とお菓子を頂きました。』


 以上!


 酷い。

 酷すぎる。

 良い歳した大人が提出する報告書じゃない。


 最初は、それとなくそれっぽい事を書いていたが、何の音沙汰もなく五時間も放置プレイでは、書く事も無くなってくる。


 何の情報も無く、お菓子とお茶が取り替えられる無為な時間。


 せめて、


「申し訳ありません。こう言う事情により謁見が遅れます。」

「いえいえ。大丈夫です。いくらでも待ちますよ!」

「申し訳ありません。出来るだけ早く謁見できる様に調整を致しますので。」

「はっはっは!お気になさらずに!」


 なんて、やり取りなどがあったなら分かる。

 まだ、分かる。


 だが、なーんも無い…。

 なーんの状況説明すら無い。


 待ち時間がただただ長い!

 と、言うか、クソ長過ぎる!!

 この部屋に通されて約五時間!!

 王様だと言えど待たせすぎだろうが!!


 いや。待て。待て。


 長いのは良い。

 長いのは良いだろう!

 仕方ない!それは許そう!


 なんたって相手は王だ。

 忙しくて時間を作れないと言うのも分からなくもない。

 急遽、決った日程だ。

 仕方がない。


 だが!


 ならば、後日改めて都合の良い日時を指定するとか有るだろう?

 せめて、ぼやっとした予定時刻くらい教えてくれても良いだろう?


 なのに!

 お茶とかお菓子は大量に持ってくるのに!!

 肝心の謁見予定時刻が告げられる気配が全くない!!!


 これだから、王族とかってのはロクなもんじゃない…。


 怒りを押し堪えている俺の目に、俺をここに連れてきた王都からの使者の人が目に入る。

 出来れば関わり合いたくないのだが、こいつに聞くしか方法は無いのだろう…。


「使者の人。使者の人。」

「なんでしょうか?このアーノルドに何か御用でしょうか?」


 ・・・・・・。


 あぁ。そうだ。王都からの使者の人。アーノルドだ。


 うん。何だろうか?


 どう考えても、MMOとかならクエ受注後に急にマップに配置され、アッサリとモブに殺されるだけのモブキャラ的な位置づけのはずなのに、出会ってからここまでヤケにアーノルドの自己主張が激しい…。


 普通は、この人の名前を覚えても次に会うことは無だろう。

 モブに殺されないとしてもアッサリと過ぎ去っていくだけの立ち位置だ。

 どう考えても何の伏線も無さそうなモブキャラなのに、アーノルドと言う名前を覚えてしまった…。


 王都からの使者とか、ラノベとかならモノローグだけでしか登場させてもらえない存在。

 二度と会う事も無く、会ったら会ったで気まずいだけの存在。

 なのに、どうしてこんなに自己主張してくる意味が分からない。


 そして、この仮面だ。

 この仮面が、ずっと待たされている俺をイラつかせる。


 いや。知識としては知ってるから王宮に務める人にとって必要な仮面と言う事は分かってる。

 実際に目にしたのは初めてだが、まさかこんなにイラっとする物だったとは…。


 (´・ω・`)


 ふぅ。この仮面ぶっ壊したい。

 なんで、仮面に「しょぼーん」が映し出されているんだ…。


「使者の人。その仮面に現れる表示は何とかならないのか?」


「はぁ。表示と言うのは、アーノルドが被っている『従者の仮面』の感情表示の事を仰ってるのでしょうか?」


「ああ。そうだ。それ以外に何か他に有るのか?」


 (´;ω;`)


「残念ながら私たちにはどうにもならないものでして…。」


 うん。分かってはいた。

 アーノルドの被っている『従者の仮面』とはそう言う物だと伝え聞いている。


「この仮面は王宮で働く者が性別や個性を捨てる為の仮面。そのボヤけた存在である私どもの感情を仮面に表示する事で、謀反やら良くない感情を抱かないよう抑止する為の物でして、これを表示しない方法は御座いません。王宮に務める者がこの仮面を被る事となった不幸な逸話は有名だと思うのですが、ハルト様はご存知ありませんか?」


「いや。知ってはいるが、その表示方法が長時間待ってる俺を苛つかせるんだが。他に表示方法は無いのか?文字で普通に「怒」とか表示すれば良いじゃないか?」


「ええ。残念ながら。これは『王』から授与された際に、その個人の特性により現れる物ですので…。」


 つまり、あの顔文字的な感情表示はアーノルド個人の特性と言う事らしい。

 どうりで鬱陶しいワケだ。

 実にアーノルドらしくて納得が出来た。


 しかし、必要な物とは言え、こんなに鬱陶しい物だったとは…。


 『従者の仮面』


 それは、アーノルドが言う様に「王宮で働く者が性別や個性を捨てる為の仮面」なのだそうだ。


 もちろん、王宮で働く者が本当に個性を捨てるワケではない。

 この王宮に住まう『王』が従者に関心を寄せないための仮面。

 王宮で働く者が全てを隠し、『王』を抑制する為の神具。

 それが『従者の仮面』と言われる仮面だ。


 王宮で働く者は一部の高官を除いてこの仮面を着用する。


 それには理由が有った。


 それは『王』を守るため。

 そして『王』から従事者を守るため。

 この「従者の仮面」を使って個性や性別を消す必要が有るからだ。


 なぜ、そうする必要があるのか?


 それを知るには、この世界の『王』と言う存在が、どの様に特殊なのかを知らないと納得出来ないだろう。


* * * * *


 この世界の『王』と言うのは実にややこしい。

 元の世界の王様をイメージしていると理解しにくいので注意が必要だ。


 この世界の『王』と言う種族は正確に言うと人間やエルフなどの亜人とは全く違った存在。


 独立した『王』と言う種族。


 起源は遡ること太古の魔王を退けた時代。

 女神により太古の魔王が再び舞い戻ると言う事が人間達は告げられた。

 だが、舞い戻ると言っても、それがいつ再び現れるのかまでは分からなかった。


 危機が去った事により浮かれる人々。

 いつ現れるかも分からない魔王に対し、長い時の流れの中で十二種族の結束が綻びるのは目に見えていた。


 そこで女神が取ったのが、混血を重ねる事で各種族の特徴を取り込み『王』と言う生き物を創る事で、どの種族にも属さず、女神から与えられた特別な力を持った『王』と言う生き物に、全種族の長として、この世界を治めさせると言う方法。


 そして、その『王』の力は当代の『王』のみに発現させる事で、より強力で揺るぎない存在とすると言う方法。


 つまり、王の子であっても『王』としての力は持たず、血によって紡がれた『前王』から『元王』に引き継がれる事で、初めて『王』と言う種族となる。


 当代の『王』以外は、前王であっても『王』としての能力を引き継がせた後は、普通の人々よりも少し知識や能力の高いだけの普通の人となる。


 故に『王』は、この世界にただ一人。

 ただ一人、現王のみが、女神に認められし『王』と言う種族なのである。


 さて、ここまでは『王』と言う存在の概要だ。

 一子相伝で受け継がれ、なんたら神拳の様に使い手は唯一無二の一人だけみたいな話で、一般人にはあまり関係のない話の様な気がする。

 まあ、人権的にどうなんだと言う話は出てくるかも知れないが、『王』の継承と言う点では問題が無い太古より紡がれてきた儀式として納得してもらうしかないだろう。


 だが、その『王』の能力には厄介な物が含まれている。


 王の役割は主に三つ。


 第一には魔王討伐。

 魔王が再臨した時には先頭に立ち、全種族を指揮して立ち向かわなければならない。


 第二には王国統治。

 雑務は官僚や議員が行うが、全ての種族をまとめると言う仕事が王には有る。

 時にはそれぞれの土地に出向き慰問を行ったり、種族間の摩擦に介入などもする。


 第三には『王』と言う種族の継続。

 早い話が子作りだ。

 この子作りに付与された能力が厄介だった。


 女神から授かった能力により「王の種は必ず芽吹く」のだ。


 いつ現れるか分からない太古の魔王を迎え撃つ為に、長い時間備えなければいけない『王』と言う種族が、必ず種を繋ぐ為には必要な能力で有るとも言える。


 必ず子を残さないといけない『王』にとっては必須の能力である事は確かだ。


 ただ、必ず「種が芽吹く」と言っても、それは自由では無い。

 そして、その能力は有限である。


 例えば、相手の決め方は古来より決まっている。


 まず、『王』が適齢期を迎える頃にヒューマンの年齢に換算して十六歳から二十五歳の異性が競い、最も優秀だった者が種族の代表として選出される。


 もちろん、次王は女性の場合も有れば、男性の場合も有るので、次王の性別に合わせて異性がこの対象となる。


 また、純粋に優秀な種を選出する為に既婚未婚問わず該当する年齢の者は参加する事となる。


 俺の常識では酷い話の様に思うが『王』と言う種族を、最も良い状態で継承する為には必要な事だと言う事で、この世界では当たり前の事らしい。


 個人的に思う所は有るが、それがこの世界には必要な事で太古の昔から紡がれてきた儀式である以上は俺がどうこう言う権利もないだろう。


 次に、十二種族の代表が競って、最も優秀だった者から順に継承順位の高い子を儲ける権利が与えられる。


 第一子が最も『王』の能力を強く受け継ぐため、継承順位第一位の子を儲けられると言うのは大変な栄誉とされていると言う。


 そして、順位ごとに『王』の種はスペアとして撒かれる。

 撒かれた種は必ず芽吹き、生まれた子は皆が次王候補としての教育を受け育つ。


 決められた方法で選ばれた相手と子を儲けて、その子は『王』の候補として育てられ、次王となると言う流れは太古の昔から延々と受け継がれてきた、この世界が一つとなる方法なのだ。


 だが、その『王』が必ず芽吹かせる事が出来る種の数は十二発と限定されている。


 『現王』が『次王』に『王』として能力を発現させられるのは一人だが、『王』の能力を引き継げる可能性を持つ者が無制限に増えると言うのは、この仕組みで世界の結束を促した女神としても良しとしなかったのだろう。


 優秀な遺伝子を収束すると言う目的で造られた『王』と言う種族が、自由気ままに種を撒き散らしたのでは意味がない。


 『王』の自制心だけで抑止出来るなら問題ないのだろうが、『王』と言えども生き物だ。


 全ての『王』が清廉潔白で居られる訳ではないだろうと言う事は、女神も容易に想像出来たのだと思う。


 実際に過去には権利の無き者が子を宿し、その子と母が酷い死に方をしたと言う不幸な出来事が語り継がれている。


 これがアーノルドの言う「王宮に務める者がこの仮面を被る事となった不幸な逸話」だ。


 この世界の『神』と言うのは全知全能ではない。

 その事は、この世界の聖書にもハッキリと書かれている。


 女神は『王』が無制限に種をばら撒けない様に数を制限する事で抑止をした。


 だが、『王』が『誰』に種をつけるかまでは制限出来なかったのだ。

 なぜ、女神が種を芽吹かせる相手を限定する事が出来なかったのかは分からない。

 限定するだけの技術が無かったのか、相手を確認して種を必ず芽吹かせる能力を与えるのが面倒だったのか、何らかの理由は有るのだろうが不明だ。


 その不具合の穴を知ってて愚行に及んだ訳ではないだろうが、過去の『王』の一人が王宮に務める侍女に第一子の種を付けてしまった。


 例え『王』としての教育を受けているとは言え、継承直後の『王』は年齢的にも思春期を終えたばかりの健康な青年期である。


 美しい侍女やイケメンの執事などに心を奪われて間違いを犯してしまう可能性はゼロではないと言う事は人間なら誰もが理解できるだろう。


 女神からすれば、まさかそんな事が起こるとは思って居なかったのだろうが間違いは起きた。


 もちろん、その種は芽吹き侍女は子を宿す事となる。

 何の能力も無い侍女の宿した子は『王』になるには器として脆弱すぎた。

 そして、その母体もまた『王』の種を受け入れるには脆弱すぎた。

 母子ともに『王』の力に耐えられず侍女は苦しみ続けてこの世を去った。


 それは『王』が持つ種の特殊性。

 濃縮された全種族の種を受け入れるには、それを受け入れるだけの精神性や肉体性が必要なのである。


 何千年もの間、優秀な者を選抜して血を紡いできた『王』と言う種族が、一般人と交わり子を成す事は出来ないのだ。


 この出来事を嘆いた女神は『王』に秘術を与える。

 それが「従者の仮面」だ。


 王が自ら従者や使用人に授与する事で「従者の仮面」に宿った神術が発動する。

 発動した「従者の仮面」は、被る者の男女の差異を無くし、従者個人の個性をぼかす。

 性別や個性をぼかす事で『王』が従者に特別な感情を持たないように抑止をする。


 従者と『王』が「従者の仮面」と言う壁を介する事で従者と王が間違いを犯すと言う事態を防ぐのである。


 王を抑止し、王から従者を守る為のシステム。

「従者の仮面」は数千年の間、その機能を発揮し続けている。


 また、「従者の仮面」にはセキュリティ的な役割も有る。


 その一つが感情を仮面に表示すると言う機能。

 アーノルドに聞くまでは俺も知らなかったが、『王』から授与された際に個人の特性により現れる物らしい。

 人によって違うと言う事はアーノルドの様な顔文字じゃないタイプの人も居るのかも知れない。


 この機能により、悪意や恋心など露わになるので様々な面で先手が打てる。

 例えば、『王』の暗殺を企てようとする者が居ても、仮面にそれが表示され一発でバレてしまうと言うワケだ。


 また、この仮面は授与された本人専用の仮面となる。

 本人以外が奪って被ったとしても、デバフが発動し身動きが出来なくなるそうだ。


 つまり、この仮面は王宮内で働く者の身分証明書の様な物なのである。


 暗殺者やスパイが王宮に入り込もうとしても、王からの祝福を受けていない偽物の仮面はすぐに見破られる。


 例え、仮面を奪って王宮内に入り込もうとしてもデバフの効果で間者は行動する事すら出来なくなるだろう。


 王との間違いで亡くなった侍女とその子は不幸だったが、それを機に「従者の仮面」が導入されたのは『王』が『王』として有り続けるために必要な工程だったのかも知れない。


 後にも先にも『王』が従者と間違いを犯し死に至らしめると言う不幸な事故は一度きり。

 また、「従者の仮面」の導入以降は暗殺者などが王宮に入り込む事も出来なくなったと言う。


* * * * *


 まあ、そんなワケで、この仮面は王宮で働く者にとって命だと言って良い仮面なのだが…。


 (´・ω・`)


「まあ、良いか。従者の仮面については。それよりも使者の人。ちょっと良いか?」


 (`・ω・´)


「アーノルドですが何か?それとは何でしょうか?何か御用でしょうか?ハルト様?」


 話しかけたらこうだ。

 なんで「シャキーン」なんだよ…。

 顔文字の中じゃ「しょぼーん」や「シャキーン」は好きな方だ。

 顔文字をウザイウザイと言う人の気持ちが今までは分からなかった。

 でも、今なら分かる。

 ウザイ。


 どうやら「しょぼーん」で言うと「楽」らしい。

 これまでの様子からすると「シャキーン」は「喜」なんだろう。


 確かに分かりやすいが…。

 だが、どう考えても他に有るだろう?

 やっぱり、文字で「怒」とか「呪」とか書いちゃえよって思うのは俺だけだろうか?

 選べないと言う事は分かったが、なぜ顔文字が含まれているのか女神に会う事があったなら問い詰めたい気分だ。


「どうされました?ハルト様?」


 それに、その「ハルト様」も止めて欲しい。

 様付けは良い。

 甘んじて受けよう。

 だが、イントネーションが独特すぎてシンドイ。


 ハ↑

 ル↑

 ト↑

 さ→

 ま↓

 ぁ↓

 ぁ↓


 なんで、名前は上がり気味に発音してるのに、どんどん低くなるんだ…。

 なんで、「さ」だけ素の発音なんだ。

 独特すぎて、すっごい気になる。


 なぜ、こんなアクが強いのが王都から派遣されてきたのか…。

 もう、色々と気になりすぎて、出来れば会話とかしたくない…。


 いや。気にしていたら話が進まないから、極力スルーする事にしよう…。

 俺は気を取り直して改めて話し始めた。


「あぁ。なんだ。使者の人。王様が忙しいのは分かるのだが、さすがに時間が掛かりすぎじゃないか?元気そうに店番をしていたとは言え、俺は病み上がりで、骨折は自然治癒で治してるんだ。待ちたい気持ちは有るのだが、こんなに長い時間待たされては身体的にキツイ。」


 そう言うとアーノルドは何やら考え込んで、何か思いついたのかポンとグーでパーを打ち付けてナルホド的なリアクションをする。


 (´-ω-`)


 (`・ω・´)


 噛み砕いて話した甲斐があったのか顔文字を見る限りでは少しは分かってもらえたようだ。


 アバラが痛くなってきた事もあって余計にイラっとしていた事もあり、少し荒い言い方になってしまったが、こちらも怪我の痛さでイライラしていたのは伝えていたし、これ以上言わなくても察してもらえるだろう。


 そうすると、おもむろに 使者の人 は待合室に備え付けられたソファーに正座をしはじめた。


 ポンポン


 使者の人は正座した太腿の辺りをポンポンしている。


 (*・ω・*)


「どうぞ!膝枕ですよ!ハルト様!」


 うん。少し黙ろうか。アーノルド。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 アーノルドの頭に強烈なげんこつを落としてから二時間は経っただろうか。

 未だに王に謁見出来そうな気配はない。


 自称魔王に関しては報告書を作ってあるから、今日はこれを提出して一旦宿屋とかで待機させてくれないかと申し出たものの、そうはいかないの一点張り。


 ならば、せめて謁見の予定時間くらい出してくれと言うものの担当から報告が来ないと言っては土下座されると言うやり取りが何度も繰り返されている。


「な~?アーノルド。待つのは仕方がないとして、客をこんなに待たせて食事の提供すら無いのは王様的にはどうなんだ?王様が忙しいから中々時間を作れないのは仕方ないと諦めよう。だけど、さすがに待たせてる客人の食事の世話もしないってのは王様の名に傷がつくんじゃないか?」


 これまでのやり取りで言い合いには飽きたので冷静に正論をぶつけてみる。

 そして、無言で差し出される菓子皿。


「いや。なんのつもりだ?」


 (`・ω・´)


「食事が無ければおか…」


 ゴチン!


「いたたたた。何をされるのです!ハルト様!」


 聞かなくとも予想は出来たが、予想通りの言葉を返して来そうだったのでげんこつを落としておいた。


 聞いた話によると、この言葉は本人ではなく彼女よりも百年ほど前の王女の言葉だったと言う説も有るらしいが、ちゃんとした「食事」をしたくて仕方がない今の俺にはとっては、そんな事実とかどうでも良かった。


「俺はメシが食いたいの!お菓子じゃなくて食事がしたいの!おっさんだからお菓子とかいっぱい食べられないの!普通の食事がしたいんだよ!」


 アーノルドがボケて、俺が声を荒げると言う一連のパターンをこの数時間で何度繰り返しているのだろうか。


 正直、いい加減飽きているのだが…。

 王宮に勤めているからか、アーノルドと俺の認識の差は大きかった。


「こんな美味しいお菓子は滅多に食べれませんよ?ポリポリ。モグモグ。ほら、この通り毒味もバッチリです。それに、食事が用意されないのは私の責任では有りませんので…。そんなに声を荒らげられても、アーノルドは困ってしまいます…。」


 これまでは、何を言われてもひょうひょうとしていたアーノルドが珍しくショゲる。


 一応、これまでも外部と連絡を取ってくれていたのは分かっているから、強くは言いたくなかったのだが、骨折の痛みに加えて、空腹でイライラが最高潮に達していたので大きな声を上げてしまった。


 単なる使用人のアーノルドだけに責任を負わせるのは酷だっただろう。

 しゃーない。何かあった時の最後の手を、こんなどうでも良い所で使うしかないのか。


「アーノルド。王宮での魔法の使用は禁止らしいが、魔法アイテムの使用は可能か?魔法アイテムって言っても、食料やら保存用の拡張袋なんだが。」


 俺の申し出に何を言っているのか分からないと言う感じだったので拡張袋を手渡す。


「これだよ。これ。袋の中は拡張空間になっていて、見た目以上の道具やらが収納出来る冒険者の必須アイテムだ。その中に予備の食料とか入ってるから取り出したいんだが、拡張袋を見た事無いか?」


 アーノルドに問いかけると目をキラキラとさせ…

 と、言うかそんな感じの顔文字が仮面に浮かび上がる。

 多分、こんな物を見る機会は少ないのだろう。

 王宮などに勤めていれば使う機会の無いアイテムだからな。

 念入りに調べながら「ほほー。」だの「おぉ!!」だの歓喜の声を上げていた。


「調べて見た感じ問題無さそうですね。自ら開示されたので咎めませんが、悪い使い方も出来そうなので、退城までお預かりする事になりますが構いませんね?」


 まあ、そうだわな。

 そうなりそうだったから、今まで隠していたワケなのだが仕方がない。

 怒られなかったり、拘束されなかっただけでもめっけもんだ。

 それに、まさに背に腹は変えられない状態なのだから使って良いってなら余計な事は言わずに使わせてもらおう。


「ああ。構わないよ。入ってるのは緊急用の食料と野営セットだから、戻って来なくても問題ない。」


 ほっとした感じが仮面を付けていても読み取れる。

 だが、今はそう言う話をしてるんじゃない。


「ただ、さっきも言ったように俺は腹が減ってるんだ。緊急用の食料を取り出したいんだけど良いか?と、俺は聞いてるんだ。」


 あぁ!と言うジェスチャーをして、アーノルドが少し考えてるっぽいポーズを取る。

 一見、考えている風だが、これまでの行動を見てると察しが悪い上に、きっと何も考えていないんじゃないかと思う。


 多分、返す返事はこうだ。


「え?でも、お腹が空いたならおか…」


 ゴチン!


 今度は少し強めにげんこつを落としておいた。


 (´TωT`)


「もう、それは良いから!せめて聞いた内容の答えをよこせ!」


「取り出すのは構いませんけど、私が全て確認しますが構いませんね?」


「はいはい。そう言われると思って全部渡したんだから、最初から余計な事は言わずに必要な答えを返す。じゃあ、次に言うものを取り出して検査するなら検査してくれ。」


 トホホ~。と言う雰囲気を醸し出しながらアーノルドが俺の告げた物を拡張袋から取り出して並べだす。


「あぁ。そうそう。この部屋で料理しても構わないか?軽く炙る程度なんだが。」


「炙るですか?暖炉は使えなくもないですけど、薪が有りませんよ?薪も袋の中に入っていたりしますか?」


「いや。薪は無いがコンロが…って言っても分からないか。一種の魔法アイテムで煮炊きやら焼いたりする事が出来る道具が入ってるんだ。軽い調理に使う程度にしか熱も出ないから問題ないと思うんだが。」


 と、言うとアーノルドに確認をさせながら拡張袋から簡易コンロを取り出した。

 宮殿勤めが長いと、こんな物を見る機会も少ないだろうから仕方ないが、おっかなびっくりでコンロを見つめる。


「使い方はこうだ。ここにダイヤルがあるだろ?押し込んでロックを外して必要な温度にメモリを合わせる。そうすると必要な熱量が中央部分から発せられる。火を使うワケじゃないから何かに燃え移る心配も無い。調理するから食べ物の匂いが部屋に充満するだろうが、問題無ければ簡単な料理を作りたいんだが構わないか?」


 おぉー!とビックリしながらキラキラした目っぽい感じでこちらを見つめてきた。

 これはオーケーと言う事だろう。


「まあ、問題無さそうですし、私の権限で許可します。さあ!早く料理をしてみて下さい!」


 思った以上にノリノリだった。


「よし。じゃあ、もう一つコンロを出して、フライパンと鍋も出してくれ。あとはさっき取り出した材料を机の上に並べておいてくれ。包丁とかは入って無かったよな?」


「そうですね。刃物などは入ってませんでしたね。大丈夫です。」


「そうか。慌てて準備したから刃物を出し忘れてないか気がかりだったが良かった。じゃあ、コンロの使用と、そこの水道の水を使いたいんだけど良いか?ってか、あれは飲水か?」


「あ。はい。飲料水としても使えますよ。そのコンロ?でしたっけ?それの使用は大丈夫です。」


「おっし。じゃあ、いっちょ作りますか。」


 取り敢えず、必要な許可は取ったから後で文句を言われても俺が悪いワケじゃない。

 アーノルドが上の人間に許可を取った素振りは無かったが、後で部屋に匂いが付いたとか言われても俺のせいじゃないから思う存分、食事の支度をさせてもらおう。


 拡張袋の中はある種の空間拡張魔法と時間制御魔法がかけられているので、袋の中に入れておけば保存食品なら一ヶ月程度は問題なく保存が可能だ。


 弱点と言えば容量が少ない事。

 大量保存には向かない上に調理器具などを一緒に入れてると収納スペースが無くなるので、二~三食程度が入れば良い方だ。

 それなのに容量の割に値段は高く、自作するとしても結構な費用が掛かるので、うちの街で持っている人間は少ない。

 旅をする冒険者なら無理をしてでも買い求めるのだが、うちの街では必須アイテムと言う程ではない。


 俺の場合は、食品の保存用に日常使いしているので、いくつか持っているのだが、慌てて持ってきたので何が入ってるのかまでは確認していなかった。


 ちゃんと中を確認せずに持ってきたワリには、入っていた中身は当たりだ。

 米、ベーコン、鮭の切り身、塩、胡椒、砂糖、醤油、海苔。

 量は二食分程度だったが、王宮に足止めされても 明日には取り敢えず外に出れるだろうから、これで賄えるだろう。


 取り敢えず、水道水で米を研ぐ。

 口に含んだ感じ軟水。悪くない。

 さすが王宮だけあって、そのまま飲んでも問題ない水質だ。

 多分、お茶をこの部屋で淹れられるように水道が引かれているのだろう。

 部屋に備え付けのコンロとか有れば言う事無いのだが、待合室にはそんな物は無くて、この部屋でお茶を淹れる際には持ち運び式の熱源が使われるのだろう。


 米を研いで二つ有るコンロの一つで米を炊く。

 まあ、四十分も有れば炊き上がる。


 さて、ベーコンと鮭の切り身をどうしようか。

 鮭の切り身は塩漬けにしてあるから、さっと塩を流して焼くだけでも食える。

 ベーコンも予め切ってあるから、そのまま焼くだけでも良い。


 ただ、そのままでは面白くない。

 このままでは、貧相な朝食セットくらいにしかならない。


「なぁ。アーノルド。おにぎりって知ってるか?」


「おにぎり?ですか?ハルト様?それはどのような物なのでしょう?」


「いや。知らないなら良いんだ。」


 まあ、この程度の材料しか無ければ選択肢もあまり無い。

 ならば、振る舞う相手が少しでも驚く様な料理にした方が面白いだろう。

 米を使った食事自体が珍しいだろうが、お上品な王宮での食事では味わえない手軽さとにぎり飯の持つ不思議な旨さを体験してもらう事にしよう。


 飯の炊きあがりを待つ間も相変わらずお呼びは掛からない。

 まあ、飯の用意をしている間に呼び出されても困るのだが、流石におかしい気がする。

 飯を食い終わっても何も無いようなら、いよいよアーノルドに動いてもらって、最悪でも日を改めてもらうよう交渉してもらうしかないだろう。


「そう言えばハルト様。ハルト様はあの街でポーションを売る以外にも冒険者としてもご活躍なのですよね?」


 珍しく、これまで自分から話しかけて来なかったアーノルドが自分から俺に話しかけてきた。


「まあ。そうだな。友人のパーティに誘われたり、ポーションの材料を採りにダンジョンに潜ったりはするが。それがどうかしたか?」


「いえ。私の知り合いがあの街で冒険者をしているので少し気になりまして。ローズと言う魔術師を知りませんか?彼女が元気かご存じないかと。」


 ここに来て、以外な事実が発覚!

 アーノルドはローズの知り合いらしい。

 なるほど。あの変なイントネーションはエルフ族系由来の物だったみたいだ。

 確か、ローズもヒューマンの街に出てきた時には少なからず訛りで苦労したと言ってたっけか。


「ローズ=ヴァレンタインなら知り合いだが。と、言うか付き合いの有るパーティのメンバーだな。俺んとこに居候している女の子が居るんだが、仲良くしてもらってるみたいだぞ?元気かと言うと大変そうだが元気に頑張っていると思うんだが。」


 どう言う、知り合いかは分からないが分かる範囲で答えてやる。


 (`・ω・´)


 表情は顔文字でしか分からないが、取り敢えず喜んでいるようだ。


「ホッ…。そうですか。安心しました。随分、会っていないので気になっていたのですが、こう言う仕事をしていると外部と接触する機会は中々無いので…。」


 アーノルドの言う事は当然と言えば当然だ。

 王宮勤めもそうだが、貴族の家に使用人として勤めたとしても、その多くは長期間勤める事になる。

 貴族の家なら規則などは緩い場合が多いが、王宮勤めとなるとそうは行かない。


 多くの場合は間接的だろうが、王家に関わる情報に日常的に触れているのだから、こうやってアーノルドが城外に出てきて俺を連れてくるなどと言うのは異例だと言って良いだろう。


 そう考えると、アーノルドは意外と従者の中でも地位が高いのかも知れないな。


 余程、信頼の厚い者でない限り、城外に出て任務を遂行する事は無いだろうし、本来なら王宮管理とは別の機関となる騎士団の団員辺りが俺を迎えに来るって方が普通なのではないかと思う。


「って言うか、何日か滞在していたんだろ?折角なんだし会ってくれば良かったのに。」


「いえ。私が会いに行っても困らせるだけでしょう。王宮に居る私が突然現れても、ね…彼女に迷惑がかかるだけですから。」


 まあ、そうだろう。

 王宮勤めのアーノルドが何の連絡も無くローズに会いに行っても驚くだろうし、王宮内の人間が外部と無用な接触をすれば、何らかの情報を流したのではないかと疑われ、会った相手に迷惑が掛かる可能性も有るだろう。


 考えれば分かった話なのだが、余計な事を聞いてしまった。

 それも、腹が減って頭が回らないせいだ。


 飯も炊ける頃だし、パッとにぎり飯でも作って腹を満たそう。

 作業に集中すれば余計な事を聞いてアーノルドを傷つける事も無い。


 飯を炊いていた鍋を火から下ろして蒸らす。


 その間に、空いたコンロで鮭の切り身を弱火でジックリ焼く。

 普通に等分に分けて皮ごとおにぎりの具にしても良いが、今回は鮭の身を解して水分を飛ばしてポロポロの鮭そぼろにしよう。


 鮭をそぼろにしている間に、良い感じに蒸らしが終わったのでもう一種類のおにぎりを作る準備に取り掛かる。


 鮭そぼろはもう少し火を通したいので、もう一つのコンロを用意して準備を始める。


 塩を振らずに飯を握ってベーコンで巻き、少し醤油を塗って弱火でベーコン巻きのおにぎりに火を入れる。


 肉巻きおにぎりでは無いが、飯とベーコンの脂が合うのは鉄板だ。

 ベーコンから出る脂を米が吸って美味しく仕上がるのは目に見えている。


 ベーコン巻きおにぎりに弱火で火を通している間に、丁度良く俺好みのそぼろに仕上がった鮭で、鮭そぼろおにぎりも完成させてしまおう。


 こっちはシンプルに、おにぎりの真ん中に鮭を入れ、手に塩をまぶして握る。

 軽く炙ってパリっとさせた海苔で鮭おにぎりを巻く。

 シンプルだが間違いないだろう。


 鮭のおにぎりを作っている間に、良い感じで米にベーコンの脂が染みたベーコン巻きおにぎりをフライパンから回収し、菓子用に用意された皿に盛り付ける。


 正直、おにぎりと合ってる皿とは言えないが、皿で味が変わる事は無いので良しとしよう。


「よし。めしあがれ。」


 二つずつおにぎりが盛り付けられた皿の片方をアーノルドに差し出した。


「いえ。私は大丈夫なので。ハルト様が両方食べて下さい。私は大丈夫ですので。」


 きゅるるるる~


 アーノルドの腹から可愛らしい腹の虫の声が聞こえた。

 少し前から思っていたのだが、実はアーノルドは女性じゃないのだろうかと言う感じがしていたので、あまり驚かなかったが見た目に反した可愛らしい腹の虫の声だった。


 まあ、従者の仮面の効果で所々で性別を判別されないようにエフェクトが掛かっているだけなの知れないが、ここまで付き合った仲だ。男だろうが、女だろうが、俺にとってもあまり関係なくなっていた。


「まあ、そう言うな。こんな状況で俺だけメシを食うわけにはいかないだろ?お前が食わなければ俺も食いにくい。何も変な物が入ってないのはアーノルドも見ていただろう?客人の俺が気兼ねなくメシを食える様に一緒に食ってくれないか?」


「ですが…。」


「はぁ。お前が迷っている間に、どんどんメシが冷えてしまう。熱々が美味しいってのに。お前は俺が作ったメシを台無しにするのか?これだけ待たされた上に、これ以上の嫌がらせをするのか?」


「うぅ…。仕方ありません…。そこまで言われるのなら…。」


 と、言うとアーノルドは皿を受け取りおにぎりを見つめる。


「あの。これはどの様に食べれば良いのでしょうか?ナイフやフォークはあの袋に入ってませんでしたよ?」


 あぁ。確かに。

 王宮ではおにぎりはもちろん無いだろうし、サンドイッチですらナイフとフォークで食いそうだ。


「いいか?手で掴んでこうだ。」


 俺は鮭のおにぎりを手で掴み、口を大きく開けてかぶりつく。

 口の中に広がる香ばしい海苔の香り。

 塩気を纏った米の甘さ。

 そして、その米にまとわり付く鮭から出る動物性の脂が合わさって食欲をそそる。


 あぁ。お米の国に生まれて良かった。

 他の国の人でもこの組み合わせには納得するんじゃないだろうか。

 確かに他の国の人間からすればマナー違反っぽく見えるかもしれないが、口いっぱいに頬張った、おにぎりから溢れる旨味のラッシュは何にも変えられない旨さで溢れていると言っても過言じゃないだろう。


 俺を見ていたアーノルドの喉がゴクリと鳴る。

 そうだろう。そうだろう。

 こんなに美味そうに食って見せたんだ。

 食いたくないなんて言っては悔いが残る事は請け合いだ。


 俺は顎を上げて食べるように促す。


「しかた…ありませんね。これもハルト様が食事をしやすいようにと言う配慮…。ハルトさんの食べ方で…。いただきます。」


 アーノルドの仮面がどんな仕組みになっているのか分からないが、口元に持って行った おにぎりが口の形に切り取られる。


 表情は分からないが勢い良く顎が上下し、咀嚼しているのがよく分かる。


「な…なんですか。これは。けしからんです…。」


 余程、初めて食べるおにぎりに困惑しているのか、仮面の顔文字がコロコロと変わりルーレット状態だ。


「こんな食べ物は初めてです…。お米がこんなに美味しかったなんて。鮭も見た感じ少し炒っただけだったのに…。それにこの黒い物。海藻を干した物でしょうか? もしかして、これが北方辺境で食べられると言う海苔と言う物でしょうか? 香ばしくほのかに海の香りがして何とも言えないパリパリとした食感と香りが全てを包み込みます。この王宮に来てからと言うもの色々な物を食しましたが、こんな食べ物は初めてです!! それに、食事を温かいまま頂けるなんて…。」


 余程、気に入ったのかアーノルドは鮭のおにぎりをペロリと完食してしまった。


「まだ、もう一つ残ってるだろ?そっちはまた別の美味しさだぜ。そっちの方が馴染みが有る味じゃないか?」


 俺もベーコン巻きのおにぎりを手にとり、アーノルドに勧める。


「た、たしかに。私がハーフエルフと言う事も有って肉料理をあまり作って貰えないのですが、育ての父はヒューマンで小さい頃はよく肉料理も食べてたのですよ…。それ以来なんですけど…。ベーコンとお米玉の組み合わせ…。想像しただけで美味しそうなのが想像できます…。ゴクリ…。」


 まあ、お前の家庭事情とか興味はないのだが、喜んでくれているようで何よりだ。

 俺が食べないとアーノルドが食べにくい様なので、まずは俺がかじりつく。


 あぁ。美味い。

 米にベーコンの脂が染み込み口の中で解ける。

 旨味が口の中で広がって、脂の甘さが食欲を刺激する。

 そして、この塩加減。


 出されたクッキーやお菓子の甘さや塩加減も、確かに悪くは無かった。

 だが、菓子は菓子だ。

 その塩加減や甘さは飽くまでも菓子としての旨さを引き出す為の物だ。

 メシとしての旨さでは決して無い。


 確かに、こんな物を食ってしまっては高血圧待った無しだろう。

 決して健康的な組み合わせとは言えない。


 だが、それが良い。


 出来ればコーンを炒めた物などを中に入れたい所だが、ベーコンと米だけの組み合わせが口の中に広がり弾ける、ある種の暴力的な味付けがヤバイ。


 そして、軽く香る焦げた醤油の香りが追い打ちをする。

 そう。これがメシだ。


 スコーンだとか、クッキーだとか、クラッカーだとかとは違う。


 これがメシなのだ。


 その証拠に俺が食ったのを見て、早速かぶりついたアーノルドが身悶えている。


「何ですか…。これは…。マナーも無い。美しさも無い。こんな無骨な食べ物が…。私がこれまで食べた物よりも美味しいなんて。私はこれまで何を食べてきたのでしょうか。悔しい。悔しいです。私は今まで何をしていたのでしょうか。どうして、私は今までこれを知らなかったのでしょうか。美味しい。どうしてこんなに美味しいのでしょう…。」


 人生がどうとか大げさな話じゃないんだが、相当気に入ってくれたのは間違いないだろう。


「まあ、米をこんな食べ方をするのは俺くらいだから知らなくても仕方がない。レシピを書いてやるから、王宮で材料が手に入るなら作れば良いよ。そんなに気に入ってくれるなら俺も嬉しいからさ。」


「ぜひ!!ハルト様!!」


 ガッチリと握られた手をブンブンと振り回される。

 その手から伝わってくる手のひらの感触は、とても温かく柔らかな物だった。


* * * * *


 腹が落ち着いた事もあって、俺も随分と落ち着いた。

 食事と言うのは大事で、偉大だと思い知らされた出来事だと言っても良いだろう。

 とは、言うものの相変わらず肋骨やヒビの入った腕は痛い。

 出来れば、そろそろ開放してもらえると嬉しいのだが相変わらず部屋には誰も訪れなかった。


 アーノルドはと言うと俺が書いたレシピを嬉しそうに眺めてはポケットに入れて、ウズウズしたかと思えば、ポケットから出しては眺めると言う謎の行動を繰り返している。


 もしかしたら、女性かとも思ったが少し幼稚な行動からすると、王宮に入りたての少年の様な気もする。


 王宮勤めをしているのだから、そこそこ優秀な人材と言うのは間違いないのだと思うのだが、時折見せる緩さと言うか変な行動は幼さゆえの行動の様な気がしてきた。


 コンコンコン


 不意にドアがノックされる。


「どうぞ。開いてますよ。」


 ドアを開け、深々と頭を下げて入ってきたのは仮面をしていない三十代前半の女性だった。

 仮面をしていないと言う事は、仮面を必要としない相当の高官なのだろう。


 ロングの髪を三つ編みで二つに分けると言う中学校の生徒会長の様な髪型だが、鋭い目つきは経験を重ねたやり手と言う印象を受ける。

 だが、やり手っぽいその顔つきとは裏腹に疲労の色が色濃く浮かんでいた。


「失礼致します。王宮侍従長のリンダ=アズライトと申します。大変失礼かとは存じますが、諸事情が御座いまして、本日予定しておりました魔王襲来に関する王への報告面談は後日に変更させて頂きたく参りました。この様な時間までハルト=ニイド様には、おま…おま…おま…おま…おま…!!!!!!」


 凄く気丈な感じでクールなメイド長さんっぽかったリンダと名乗る王宮侍従長が話の途中で壊れた。


「あの。お話の途中で申し訳ないのですが。そちらの従者はいつからハルト様と一緒に?」


 リンダさんの笑顔がとても引きつっていた。

 うん。これは俺でも分かる。

 きっと、アーノルドが何かしでかしたに違いない。

 その証拠にアーノルドの様子もおかしい。

 ビクビクしてこの場から逃げられないかと様子を探っているのがよく分かる。


「そうですね。アーノルドさんが いつ街に来たのかまでは知りませんが、俺の家に訪れたのが昨日の昼で、準備の時間をもらって今朝ポータルを使って王都に。そこからはこの部屋で王様に面会出来るのを待っていたので九時間以上は一緒に居たでしょうか?何度も王様に面会出来る時間がいつ頃になるのか聞いてもらっていたのですが伝わってませんでしたか?」


 その話を聞いたリンダさんが今にもブチ切れそうな雰囲気を醸し出している。


「ほほぉ。そうですか。なるほど。なるほど。それは見つからないはずですね。ハルト様。少し『アーノルド』をお借りして宜しいでしょうか?」


 一転、ものすごい笑顔で凄まれては断る事は出来ない。


 と、言うか。

 少し良い感じに打ち解けたとは言え、凄く迷惑をかけられ事実は変わらない。

 喜んでアーノルドを差し出そう。


「えぇ。バッチリ持って行って下さい。そして、早く用事を済ませて帰らせて下さい!!!」


「え!?ハルト様!!そんなーーー!!友情は!?私達の友情は!?」


「飯を食わせてやって打ち解けたくらいで、お前が無能だったのを許したワケじゃないぞ?」


 俺もニッコリ笑ってアーノルドを送り出す。


「申し訳有りません。今度はお待たせしませんので。すぐに戻って今後の事をお伝え致しますので。今しばらくお待ち下さい。」


 帰りも深々と頭を下げて退室するリンダさん。

 まだ、諦めてないのかリンダさんに引きずられながら一緒に退室するアーノルド。

 子犬が親犬から引き離される様な雰囲気だが、王宮内の仕事の事に俺が口を出す権利はない。


 しっかりと叱ってもらって、自らの無能さを再確認し、優秀な従者に育って欲しい。

 まあ、どんな役割でこの王宮に仕えてるのかは知らんが。

 精々、クビにならないようにだけは祈ってやるよ。

 多少は親しくなったしな。


* * * * *


 コンコンコン


 リンダさんとアーノルドの退室から約五分。

 再び、ドアをノックする音が部屋に響く。


「どうぞ~。入って頂いて大丈夫ですよ~。」


 なんだ。早いじゃないか。


 これまで何時間も待たされたから三十分はかかると思っていた分、こんなにも早くにドアがノックされ少し気分が良い。

 思わず声に喜びが現れてしまう。


「失礼します。」


 入って来たのはリンダさんだけだった。


「本当に申し訳有りません!!!!」


 リンダさんは部屋に入ってくると同時に大きくジャンプし三回転半ひねりの見事な土下座が炸裂する。


 まさか、この世界で土下座を何度も見る事になるとは思って居なかった上にアクロバティックだったので、正直若干引いてしまいます。


「本当に申し訳有りません!!!!詳しくは今はお話出来ませんがウチのアレがアレすぎてハルト様には無駄な時間を使わせてしまいました。これも私の監督不行き届きです。もし!もし!ハルト様が許して下さるなら、私が何でも致しますのでどうかご容赦を!ご容赦を!」


 うん。なんだ。

 これはいくら何でも大げさだ。

 俺が世界で上から数えた方が早い実力の魔法使いだと言う事を知っていたのだとしても大げさな謝罪だ。


 何というかアーノルドがとんでもない事をしでかしていたのは、さっきの様子を見ても確かなんだろう。


 正直、何でもすると言うなら早く家に帰して欲しい以外に要望は無いのだが、このノリの人が素直に受け入れてくれるのだろうか。少し心配だ。


「リンダさん。顔を上げて下さい。確かにすっっっっごく待たされたのは事実ですが、私としては自称とは言え魔王カルキノスと名乗る者が現れ、それに対峙した以上は報告に王都に参上するのは当然の義務です。私も体調の回復の目処が立たずに報告が遅れたのも事実です。王がお忙しいと理解していますから。そんなに謝らないでください。」


 俺は優しく諭す。

 が、その表情は凄く複雑そうだった。

 まあ、何が有るのかは分からないが、こんな茶番はさっさと終えてお家に帰りたい…。


「ハルト様…ですが…」


「ストップ!ぶっちゃけ言いますけど、骨折が治ってなくて早く帰ってゆっくりしたいんです!! そんな謝罪とか良いですから帰りたいんです!! せめて、報告が必要なら明日とかにして宿とか取って欲しいんですけど!?」


 この手の人はズルズルと引きずりそうなので、あえてズバっと言い切ってあげる。

 クソ疲れた状況なのに、体で詫びるとかワケの分からない事を言い出しそうな雰囲気もあったから、これくらいハッキリ言った方が分かってもらえるだろう。


「わかりました…。宿は手配いたします。出来れば直接ハルト様から我が王に状況を報告して頂きたいのですが、少し込み入っておりまして…。今後の予定は明日にでも私が宿に出向いてご相談させて頂きますので、詳しい話はその時で構わないでしょうか?」


 うん。何も話は進んでないが、宿を用意してくれると言うのだけでも今日一番の進展だろう。

 正直、今日一日を無駄にしてしまったが…。

 まあ、これも良い経験だ。

 これからは王宮関連の人物には注意しよう。

 出来れば出来るだけ関わり合いたくない。

 アーノルドもそうだがリンダさんも面倒臭い感じが相当プンプンする。

 今日は素直に宿に案内されて休むとしよう。


「では、宿の手配をお願いします。早く休みたいので。」


「はい。既に手配が出来ていると思いますので案内させますね。でも、本当に許していた…」


「もう良いですから!早く休ませて下さい!!」


 また何かを言い出しそうなリンダさんの声を遮り案内を促す。


 長時間何もせず待たされ、王宮の変な人達に絡まれた散々な一日だったが、唯一の救いは王宮の外まで迎えに来てくれた宿屋の店員のリアンナさんが凄くまともな人だった事だろう。


 俺が王宮の客人だと言う事もあったのだろうが、色々と先回りで気を利かせてくれて食事や風呂の用意をテキパキ準備してくれて、寝室にアロマキャンドルを焚いてくれるなど、ちょっとした事に気を利かせてくれる。


 うん。こう言うちょっとした心遣いが今の俺には染み渡る。

 アーノルドとリンダさんの事は野良犬にでも噛まれたと思って忘れよう。


 はぁ。でも、夜が明ければ少なくともリンダさんは相手しないといけないんだよな。


 早く家に帰って引きこもりたいと久しぶりに本気で思った王都上京の初日だった…。


どうも。となりの新兵ちゃんです。


今回の話が必要だったのかと言うと微妙です。

『王』の設定を説明する部分は、どっか必要だったので消化出来たのは良かったのですが、上手く説明出来てない気がしてなりません。


補足説明として


この世界にはエルフやらドワーフやらヒューマンやらの種族が十二種族存在していて王様が適齢期になった時に各種族で一番優秀な嫁or婿候補を選出する為に大会が催されます。

そこで選出された十二種族の代表が大会で競って順位を決めて、順位の順番で孕み孕ませ十二人の子を儲けます。

『王』が万が一にも血を絶やさないための措置なのですが、十二人も必要なのかと言うのは私としても疑問です。

が、神様が決めた事なので仕方ないのでしょう。


その中で『王』に変体するのは、基本的に第一子のみ。

第一子に流行病や事故などの不幸が有った際には継承第二位以降に『王』としての能力が引き継がれます。

その他の子は即位が行われた後に、パートナー(親)の種族の特徴に近づき、優秀ながらも普通の人に戻ります。


最近では、女王の場合は母体への負荷を考えて継承第三位以降は辞退させ、それ以下の者には報奨のみを授けると言う感じに移行しているそうなので、男子の王でも同様になる可能性も有るかも知れません。


その辺りは、女神様が聞き入れてくれるかですが、医療技術やら神術やらの発達で、近代ではさすがにそんなに必要ないだろと思ってそうなので、そのうち半分くらいにしてくれそうな気がします。


まあ、大体そんな感じでこの世界の『王』と言う種族は引き継がれ、魔王の再来に備えていると言う設定です。


全く。何を言ってるんでしょうね。

しっかり説明出来ないような設定なんて作って、この作者ってば。


その他は「ハルトが待たされた」ってだけのどうでも良い話しすぎて何かアレでした。


次回…。次回何とかしたいです…。


とは、言う物の次回も次回以降も着地点が全く見えません…。


うん。きっと…。きっと何とかなります。


と、言う事で今回もお付き合い頂きありがとうございました。

それでは、またいつか。

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