4
私が15になったとき、父は私に言った
「私は限界をまもなく迎え、龍となる。お前が女王として立派に立てるころまでは持ちこたえてみせるが、龍となった私には何もかもが分からなくなるだろう。だから私を倒せる唯一であるアリーチェに私を殺してほしい。私が死ねばその土地は豊かな土壌となり、この国は変わらず豊かな国となる。だから」
「承知いたしました。お父様」
思わず食い気味に言うしかなかった。
私はずっと知っていた。私たちの一族が人ではないことを。
そして私と父は特に強大な力を持って生まれてきたのだということも。
私たちの一族はもともと王家であることもあり、魔力は強かった。
しかし、特に力が強い子どもが生まれてくるときはその者が多すぎる魔力を押さえきれなくなった時点で龍に転じ、聖力を持った子が龍を倒して大地に豊かさをもたらすと父から言われていた。
だからその日が来たらひっそりと殺してほしいと、父から頼まれたのであった。
どうやらそんな大事なことではあるが、他の貴族には王家の真の役割は伝えられていないようで、父は時折俺が最後かもしれんとぼやいていた。父に私以外の子は生まれなかったのである。そして、父の兄弟もいなかった。
父が最後だというならば私はなんなんだろうか。
哀しげでもありつつ妙にすっきりしたかのような父の顔をみると聞けなかった。
私はこのことをドゥグムに伝えていなかったし、そもそもドゥグムに好きだとか一緒に生きてほしいだとか言える立場じゃないと痛感せざるを得ない内容だったから何も言わなかった。
ドゥグムも時折私が空虚な顔をしているのをもの言いたげにしていたが、何も言ってはこず、ただ変わらず優しい人だった。
それに私は過去に父がドゥグムに「将来も一緒にいるのか」と聞いているところに出くわしたことがあるが「友人兼従者の業務ですから」と答えているのを知っている。
仕事として優しくしてくれている人にこれ以上寄りかかるわけにはいかない。
私はいつか龍になるかもしれない。
その前に私を殺してくれる存在を生まなければいけない。
そんな哀しい子を私とドゥグムの子にしたくない。
私は15のその話を聞いた頃からドゥグムを少しずつ遠ざけるようになった。
父が自分を最後だというのなら、きっとこの王家という形も私の頃には終わりを迎える。
終わりが見えている王家に縛り付けたくはない。
だからいろんな感情に蓋をして私はドゥグムに冷たく当たった。
「こんな食事食べたくないわ。あなたが触れたものになんて口をつけたくないわ。私の世話なら精霊たちに全てしてもらうから放っておいて。」
「図書室は私の居場所よ。あなたみたいな色の人間が入るべきじゃないわ」
「私の名前を呼ばないで。あなたに名前を呼ばれると虫唾が走るわ」
口を開けば開くほど私は傲慢で高飛車で意地悪な姫となっていった。
ドゥグムもだんだんと私の前で表情が失われていき、くるくると変わる表情は鳴りを潜め、私の前ではほとんど無表情になり、美しく育っていく姿も相まってまるで彫刻のようになっていった。
それでも、ドゥグムは私に何度言われても私の名前を呼ぶことはやめなかったし、表情はほとんど変わらないながらも私に付き従うことも変わらなかった。
ドゥグムはどんな気持ちだったのか。
無理やり連れてこられたこの離宮で、逃げ場もなく、私にすら居場所を奪われて。
父はあふれ出る魔力を押しとどめ、私が魔力制御を完璧にこなし、石に囲まれた離宮でなくとも生活でき、女王として振舞えるようになるまで待っていた。
だが、私の魔力制御ができ、姫としてお披露目される18のとき悲劇は起こってしまった。
私のお披露目の舞踏会で父は龍へと変化してしまった。
いつか来ると分かっていたことであったが、悲しみに浸る間もなく、衛兵たちが簡単に屠られるのを見た私は龍となった父と共に城の外に転移し、愛する父と戦った。
城の衛兵が傷一つ付けられなかった父の体は私の光の矢に簡単に傷つき、私の魔法であっけなく倒れ4つの結晶となった父を見たとき、私は私の魔力の強大さを思い知ってしまった。
私は龍になった父以上の力があるということは一体自分は何者なのか。どうして父は城に住めたのに私は離宮で魔力を吸い取る必要があったのか。
そして大勢の前で私たちの一族が龍であること、私が異常なまでに強い魔力を有していることが公になってしまったのである。
まだ私は顔見せ直後の小娘だったとこともあり、父を倒して茫然としている間に恐怖に陥った貴族たちにあっという間に捕らえられ、離宮以上の魔力を封じる石の塔に閉じ込められる生活が始まったのである。
そしてドゥグムは種類の異なる幽閉の身となった私の監視役として付くことになったのであった。