第4.5話『死神は、“死ぬ気で”という言葉が嫌い』
「“死ぬ気でやった”って、よく言うよな」
ユウタがコーヒーを淹れながら、ぽつりとこぼした。
「俺も、前は普通に言ってた。
でもさ、今日の話……書いてて思ったんだ」
「――“本当に死んでからじゃ、言葉は届かない”って?」
「……そう」
コーヒーの湯気が、部屋の空気を少し曇らせる。
「“父親として失格だった”ってさ。
ああいう一言を、生きてるうちに言えたら、
何か変わってたのかもな、って思った」
「……変わらなかったかもしれない」
「冷たっ」
「でも、お前の中では変わった。
それで、充分だろ」
ユウタは黙って、コーヒーをすする。
「……なあ、シキ」
「なんだ」
「“死ぬ気で”って、どう思う?」
シキはポテチの袋をいったん閉じた。
いつもの調子でふざけるかと思ったのに、
意外なほど、長い沈黙のあとで答えが返ってきた。
「――あんまり、好きじゃない」
「なんで?」
「“死ぬ気”って言葉を、
便利な勢いに使ってるやつが多すぎる。
ただのやる気アピール。鼓舞。根性論」
「……うん」
「でも、本当に死ぬやつってさ。
“死ぬ気で”なんて、言わないんだよ」
しん、とした空気が流れた。
ユウタは、机に手を置いたまま目を伏せている。
「言葉ってのは、雑に使うと人を殺す。
でも、ほんの一言で、生き返らせることもある」
「……うん」
「お前の今日の話。
“生きてるうちに届かなかった言葉”が、
死んだあとで届いて、
誰かの中で何かが変わる――そういうの、俺は好きだ」
ユウタは、何も言わずに笑った。
シキはもう一度ポテチの袋を開いて、
中身をひとつだけ口に運ぶ。
「……ところで」
ポテチを噛み終わらないうちに、シキが言った。
「ユウタ。あのラストって……電車に“飛び込んだ”ともとれるよな?」
ユウタは、湯気の立つカップを見つめたまま、少しだけ笑う。
「読む人によっては、そう思うかもな」
「……お前、わざと仕掛けたな」
「さあ。どうだろね」
湯気が静かに立ちのぼる。
言葉の続きが、ふたりのあいだに浮かんでは消えていく。
しばらくして、シキがぽつりとつぶやいた。
「……死ぬ気で書く、じゃない。
生きるために書け。……だろ?」
「……名言出たな」
「事実を言っただけだ」