第8話『ただ、生きてるだけで。』
未来。
労働はすべて、AIとロボットに委ねられた。
人間はもはや、働く必要がない。
だが、ただ無為に生きることを許されたわけではなかった。
代わりに、人間には“存在ライセンス”が義務づけられた。
存在ライセンス――
それは、個々の「存在そのもの」が社会にどんな影響を与えているかを評価し、
その価値を認定するための制度だった。
たとえば、
「周囲に安心感を与える存在」
「人々に希望を思い出させる存在」
「静かに寄り添う存在」
そんなふうに、目には見えない“存在の意義”を記録し、認定する。
年に一度、更新審査があり、
社会に対する“存在価値”が認められなければ、ライセンスは剥奪される。
存在を、失う。
俺は、今日、それを失った。
存在ライセンス抹消通知は、思っていたよりも、あっさりと届いた。
「あなたの存在は、社会に対して有意な影響を与えていないと判断されました」
白い文面を眺めながら、心のどこも動かなかった。
ただ、静かに、何かが剥がれ落ちた気がした。
あてもなく歩く。
ひび割れた歩道、空きビルの壁、手入れを失った街路樹。
かつて人で賑わったはずの町は、今は音すら持たない。
誰も、俺に気づかない。
当たり前だ。
存在を失ったのだから。
そんなときだった。
朽ちたフェンスの向こう、小さな空き地に、しゃがみこむ影を見つけた。
子どもだ。
小さな背中、小さな手。
その手は、土を掘り、花の苗を植えていた。
誰もいない場所で。
誰にも見られずに。
「……なにをしてるんだ」
声が、乾いた風にかき消されそうになった。
それでも、子どもはこちらを向き、にこっと笑った。
「お花、植えてるの」
当たり前のように。
誰のためでもなく。
ただ、それだけのために。
「誰も……見てないぞ」
思わず、そう告げる。
こんな場所で、こんなことをして、誰が気づく。
子どもは、少し考えるように首をかしげて、
それから、ぽつりとつぶやいた。
「見てもらえなくても、きれいなものは、きれいだよ」
胸の奥に、ひっそりと波紋が広がった。
「……手伝っても、いいか」
自分でも、驚くくらい小さな声だった。
子どもは、無邪気にうなずき、スコップを差し出した。
ふたりで、黙々と土を掘る。
小さな苗を、そっと根づかせる。
風が、土といっしょに、かすかな香りを運んだ。
誰にも見られなくても。
誰にも気づかれなくても。
それでも、ここに生まれるものがある。
通りすがりの人が、一瞬だけこちらを見る。
けれど、何も言わずに通り過ぎていく。
子どもは気にする様子もなく、ふわりと笑った。
その笑顔が、痛いほどまぶしかった。
存在しなければならない理由なんて、
本当はどこにもなかったのかもしれない。
ふと、足元の花壇に視線を落とす。
――一匹の、小さな蜂が、花にとまっていた。
こんな町外れで。
誰にも気づかれないはずの、小さな花に。
小さな命が、引き寄せられてきた。
俺は、驚いて、そして、ふっと笑った。
「……誰かに、届いたんだな」
誰に見られなくても。
誰に評価されなくても。
それでも、何かを生みだせる。
それでも、誰かとつながることができる。
そんな気がした。
空き地の真ん中に、小さな花が咲く。
そして、小さな羽音が、その花に寄り添う。
俺も、かすかに笑った。
ただ、生きてるだけで。
それで、いいんだ。




