34「そして新たなる世界」
その世界はどこまでも広がる暗闇のように見えました。これが死というものなのでしょうか?
少しずつ眼前には、闇に包まれ始めた街が広がってきます。大きなお月様の横を月光に輝く雲が流されていきました。大空で風に逆らえる雲などありません。
「この空は……」
両手を見て自身の存在を確認すると私は人のままでした。そしてどうやら若い頃の体です。それにここはバシュラール家の、私の部屋でした。
「いったい――」
慌てて姿見の前に立ちます。今の私はあの日、意地のために着飾ったドレス姿でした。
そう。今はあの舞踏会の日の夕刻なのです。
「おっかしいなあ。人間はいつも死ぬときに、もう一度人生をやり直したいって思うんだけど」
「アスモデウスさん……」
私の精霊様がいつものように背後から声を掛けてくれました。私をたぶらかす不謹慎なリスです。怒るのは、とりあえず後回しとしますか。
「これはいったい、どのような魔法なのですか?」
「君にちょっと長く思えるような、幻の未来を見せたのさ。しかし、後悔しないなんて君はやっぱり不思議な人間だ」
「自分の人生を全うできたのですから当然です。それにしてもあれが幻だなんて……」
「思い出してみるといい」
私はこれから舞踏会で兄と共に、あの二人に対面するのです。そして一時、街に別れを告げてアングレットに向かいます。シルヴとも出会い、楽しい日々を過ごすのです。
それからこのアジャクシオに戻って、私は【魅了】を使いました。ソランジュ様の【魅了】を完全に打ち消し、私の【魅了】でアルフォンス様とこの街を取り戻したのです。
そして――、そこからの記憶は途切れ途切れです。それにあっという間の出来事のようでした。
「あまりよく思い出せません」
「そう。君の想像力がそこまでなんだ。今の君は遠い未来には、あまり思いが至っていないのさ」
「そんな魔法なのですね」
「さて、これからどうするの?」
「……」
これから私はどう生きればよいのでしょうか? これは精霊からの問い掛けなのです。
それならば――。
私はクローゼットを開けて他のドレスを探しました。
――これにしましょう。
一着を選び廊下に控えているメイドを呼びに行きます。
「ラシェル。ちょっと手伝って頂けますか?」
「はい。どうされたのです?」
「ドレスを変えます」
部屋戻るとアスモデウスさんは消えていました。ラシェルに手伝ってもらい急いで着替えます。鏡に姿を映して確認いたしました。
これでいいでしょう。
少しして兄が迎えにまいりました。
「ん?」
「どうかされましたか?」
「いや、少し表情が和らいだか」
兄はやはりシスコンなのでしょうか。顔には出さずにいたのですが、私の変化に気が付きます。これは肉親特有の魔力干渉なのですが。
「はい、もう吹っ切れました。悪い気分ではありませんよ」
「すまないな……」
「いいえ。私よりも皆が、家族が心配です」
「気にするな。お前に比べればたいした問題じゃないさ」
そうでもないのですが、言っていただけると気持ちが楽になります。バシュラール家は転領を考えねばならないですし、お兄様はこれから騎士団を事実的な追放になるのですから。
「行こうか」
「はい」
◆
貴賓舞踏会の会場は夢の未来とまったく同じ様相でした。精霊さんの力とは凄いものです。私は自然と、同じように振舞います。夢も現実も同じ私なのでから。
隣の兄上から緊張の魔力が漏れてきます。あの二人が私たちに気が付きました。連れだってこちらにやって来ます。
夢と同じ展開と会話が続きますが、ある瞬間殿下の顔が曇りました。時折私に見せていた不快な表情になりますが、すぐに笑顔に戻ります。
私のドレスは婚約直前の舞踏会で、唯一アルフォンス殿下の不評を買ったドレスなのです。精霊夢の私はソランジュ様に対抗し、着飾って無意識に殿下に迎合していたのです。
思えば、殿下に気に入られたいと強く思っていたのでしょう。今もそうは思います。でもそれは本当の私でなければ意味はありません。
そしてあの時のドレスはやめ、品のある艶やかなドレスといたしました。私の好みです。
それ以外は特に夢との違いはなく、私たちは会場を後にしました・
「俺は妹を悲しませる、最低の兄だな……」
「お兄様。もうそのような話ではないのですよ」
「?」
「吹っ切れたのですから」
「お前は強い。それでこそ我が家の令嬢だよ」
お兄様は真剣な表情で言いました。決意のような表情にも見えます。
◆
大きな転換点は終り、私はお気に入りのドレスを着たままやっぱり部屋のバルコニーから夜の街を眺めます。
振り返ると可愛いリスが中に浮かんで私を見つめておりました。
「こうやって、人を導いていたのですね」
「色々さ。さて、何か変わったかな?」
「そうねえ……。あの時が来たらすぐに温泉に入るわ。少し違う私になりましょう」
「危ないなあ。あいつけっこうスケベだと思うよ」
「そんなことはありませんわ。殿方の部屋には、こちらからうかがいましょうか」
「ますます危ない。はしたない令嬢が目標だね」
「あの人は紳士ですよ。それにお誘いをむげに断るのも止めましょう」
「それから?」
「街の酒場に行くのよ。そしてちょっと酔っ払ってみせるの」
「きっと面白いディアーヌになるよ」
ジョルジュとラシェルを誘って、第一王都アングレットをもっと観光しましょう。あちらの冒険者ギルドでクエストを受けるのもいいかもしれません。四人はパーティーなのですから。
そしてこれから――。
「私は魔女ではなく、聖女を目指しますわ」
30~33話を改稿。
バッドエンドは評判が悪いようなので、急遽ハッピーふうエンド話数を追加いたしました。




