20「温泉に行こう」
輸送隊列は順調に進みました。ちょうど中間地点の街、メイジューまであと一日手前の停留地へと到着いたします。女子たち歓喜の地、ドルノン温泉郷です。
ここはメイジューや第一王都と第三王都からもお客様が来る保養地でもあり、貴族の別荘地や温泉街もある賑やかな観光地でした。
「さて。御婦人の皆様、お待ちかねの場所だな」
「ああっ、やっと体が洗えるわ」
「楽しみです」
ジョルジュとラシェル、そして私にとって本当にお待ちかねの場所です。何よりアジャクシオには温泉などないのですから。
例によって輸送隊列の人たちはキャンプ地へ、私だけが温泉ホテル宿泊でした。庶民用と貴族が利用する二軒があります。今回はお父様の言いつけもあり、貴族用に宿泊いたします。
フロントで手続きをしますが、スタッフたちはちょっと驚いたように私の姿を見ました。爵位を記入すると更に驚きます。一人ですし、一番小さい安い部屋にいたしました。
子供のころから、アジャクシオとの往復では必ずここに泊まっておりました。五年ぶりなので懐かしいです。
まだ時間も早いので周囲を見て回りながら森の散策をいたしました。温泉の急流が湯気と音をたてて流れています。
森の散策路からホテルの敷地に入り本館に向かっていると、スタッフが掃除も終わったので女性用の露天お風呂がそろそろ使えますよ、と声を掛けてくれました。
「ありがとう、ございます」
私の薄汚れた姿を気に掛けてくれたのでしょう。ちょっと恥ずかしいです。お風呂が昔と同じままなのか、ちょっと覗いてみましょうか。
「僕も早くお風呂に入りたいな」
人がいなくなりアスモデウスさんが現われました。
「精霊さんがお風呂好きって可笑しいですよねえ」
「それは偏見だよ。お風呂に入らない精霊は汚いヤツさ」
私が一人の時だけ現われるので、だいたい私室かお風呂が多いのですよ。
「あれ?」
旧道が草に覆われ、新しい道ができていました。私は懐かしさもあり旧道を進みますと、昔入った露天のお風呂が荒れ果てていました。
「そうそう。ここでしたね。ずいぶん小さく感じます」
「こっちも使えばいいのにね」
何かと注文を付ける、世間慣れした精霊さんでした。
「ここは、地から湧き出る魔力のポイントなんだ。知っている人間がいなくなったんだな。愚か者ばかりだね」
「そうなのですか?」
私は手をかざして【診断】を使います。確かに他より魔力を強く感じました。
「なぜなのでしょう?」
「温水が地の底から魔力を誘導しているんだ。地表近くで開放されて、ここに集中している、天然の【癒し】さ」
私は手をかざして【探知】いたしました。魔力ではなく誘導の残滓を探します。
「なるほど……」
私でも言われなければ気が付きません。さすが精霊様です。
新しい女性用露天はずいぶんと広くなっていました。開放的で森の緑が近くまで迫っています。自然の木を利用した棚籠には備え付けのタオルもあります。
「よーし、お風呂だ」
「まだ開放前です。部屋から浴衣を持って来てからにしましょうか」
「えー……」
「すぐですよ」
突然、森の中からシルヴが現われました。こちらを見て驚いています。いや、こんな所に突然現われたら驚くのはこちらですよ。
「どっ、どうしたの? こんなところで――」
「いや、一応警戒してくれって頼まれてね。あっ、俺もここ泊まりなんだよ。知り合いが、話があるってさ」
ドルノン温泉郷は複数の貴族領となっております。経営にたずさわる知り合いもいるでしょう。
「驚かさないで下さい。そうでしたか……。ここは女性用です」
「知ってるよ。戻ろうか。じきに露天温泉が開放されるし」
「はい」
「ふーん。こっちが女湯か。男用よりずいぶん広いよ。ずるいなあ……」
「女性客が多いのよ」
危ないところでした。あのまま入浴していれば、裸の私と鉢合わせです。油断して【探査】を怠ってしまいました。つい久しぶりのお風呂に気を取られてしまったのです。
私たちは急いで本館に戻りました。
「話はそいつの仕事が終わって、夜からなんだ。夕食、一緒にどう?」
「お付き合いさせていただきます――。いえ、いいわよ」
「うん。まずは風呂だな。小さい方のレストランにしよう」
◆
久しぶりのお風呂と温泉を堪能いたしました。まだ早い時間なので他の人もいません。アスモデウスさんも出現してお湯に浸かります。
「ふう~っ。いい湯だなあ……」
「お肌すべすべになりますよ~」
開いたばかりなのでお客は私たちだけでした。アスモデウスさんは人目をはばかることなくお湯に浸ります。
「あいつ、覗きに来たんじゃないの? 最低の騎士だよね」
と私に同意を求めてきます。それはないでしょう。
「ホントですね。男の人は婚約も破棄するし、女性のお風呂も覗くし最低です」
「悪いことして、西に逃げて来たんだ。そんな不良貴族って大勢いるよなあ」
それもないでしょう。でも悪徳貴族はそれなりにおります。
「あの人もきっとそうなのですね」
「今もどこからか覗いてるんじゃないの? 【探査】してる?」
「しませんよ。温泉を楽しんでいます。ここに男の人なんて来ませんよ」
「うん。しばらく男は近づけないほうがいい」
「はい。ところでアスモデウスさんは男性なのですか?」
堂々と女湯に入っているこの小動物は、どうみてもオスのリスです。
「今の僕は男だけど本来は中間さ。ディアーヌの心がこの姿を作っている」
初めて知りました。つまりアスモデウスさんは、他の人には別の姿に見え、言葉は女性に聞こえるのですか。今更知りました。
「つまり精霊には、人間特有の異性体に対する興味が無いのさ。ディアーヌと違ってね」
「貴族令嬢も体には対しては、たいして興味はありませんわ。大切なのは内面ですから」
「たいしてねえ……」
「そうです、そうです、おほほ……」
と笑ってごまかしの雰囲気を作ります。
「貴族野郎は違うね。特にあいつは君を狙っているな――おっと、人が来た。僕は上がるよ」
精霊さんはお湯から浮かび上がり空中で消えます。
他の女性客たちがやって来ました。




